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本気のおまじない。




 なんとか涙が引いたころ、泣きつかれた私はいつもよりかなり遅れてマーカス教授のところに向かう。


 ノックのために手を上げかけると、室内からクリフォードの声が聞こえてきた。

 研究室に来るのは十日ぶりくらいか。いつからいたのかな。お茶をお待たせしちゃったかもしれない。


 慌てて中に入ると振り返ったクリフォードとマーカス教授が目を丸くして立ち上がった。


「リディア、どうした」

「え?」

「頬が真っ黒だぞ 両手も」

「あ、これは……」


 煤で手が汚れていたのに気付かず、涙をぬぐっていた。

 そのせいで、どうやらものすごくみっともない顔になってるらしい。


「わ! 洗ってきます」

「待て。俺がやる」


 クリフォードは私をソファに座らせ、魔法で出した水で私の顔と手に流す。

 汚れをすすいだ水はその場で消し、ハンカチで頬に残った水滴をぬぐってくれた。


 小さな子供になったようで恥ずかしい。

 居たたまれなくて腰を浮かし気味の私をクリフォードが視線で押さえつける。


 そして壊れ物でも扱うよう、私の両手を真剣な顔で検分し始めた。


 うつむくとクリフォードの長いまつげが影を作り、青い瞳がいつもより濃くなる。

 その瞳で私の手や顔を隅々までチェックし、彼はやっと手をほどいてくれた。


「……ケガはしてないようだな」

「手に呪符の燃えカスがくっついただけなんです。驚かせてしまって、すみません」


 そう言うとマーカス教授が首を傾げた。


「呪符が燃えるほど、魔力を使ったのか? 授業中のことかい?」

「え……と、はい。コントロールに失敗しちゃったんです。すみません、すぐお茶を淹れますね」

「リディア」


 立ち上がりかけた私をクリフォードが再び制し、そっと私の顔をのぞき込む。


「泣いたのか」

「……失敗して、びっくりして」

「それだけで、こんなに目を腫らすほど泣くのか?  何があった」

「別に何も」

「リディア」


 私を問い詰めるクリフォードにマーカス教授の静かな声が被る。


「今日は私がお茶を淹れよう。座っていなさい」

「あ、でも」

「クリフ、リディアに心鎮めを」

「はい」


 返事とほぼ同時にクリフォードが私に呪文を唱える。


 繋がれた大きな手が淡く光り、アイスブルーの色をまとったクリフォードの魔力が私の中に流れ込んできた。


 春の小川のせせらぎに似た、やさしい魔力にこわばっていた手足の力がゆっくり抜ける。


 そこで私は自分が歯を食いしばっていたことに気づいた。


 雑木林から誰ともすれ違わなくてよかった。

 泣き腫らして、顔を真っ黒にして歯噛みしていたなんて、どんなにみっともない顔だっただろう。

 フランセットに馬鹿にされてもしょうがない。


 私は両手で自分の顔を覆った。


「リディア……」


 途方にくれたクリフォードの声。

 ためらいがちに髪をなでられ、迷惑をかけていることに申し訳なさが募る。


 でも顔を見せる気にならなくて、うつむいていたら、コトリと小さな音がした。


「おいしくなぁれ」


 マーカス教授が紅茶にはちみつをひとさじとミルクを注ぎ、スプーンでくるくるとやさしく掻き回す。


 白い渦巻が現れ、消えて色が均一になっていくのを私はぼんやり見つめた。


「少しは落ち着いたかい?」

「はい」

「じゃあ、飲もうか」


 マーカス教授はゆっくりと紅茶を一口。


「うん、おいしい。我ながら上達したなぁ。紅茶の腕もおまじないも」

「本当においしいですね。コツを教えてくださいよ、教授」

「妻が言うには手順と蒸らし時間が重要らしいよ」


 二人の会話を聞きながら、私もカップに口を付ける。

 泣いて興奮したせいで、喉が渇いていたらしい。

 私はすぐに飲みほしてしまった。


「おかわり、いるだろう? ティーポットにたくさん淹れてあるんだ」

「教授、今度は俺がおまじない掛けますよ」


 クリフォードは私のカップに二杯目を注ぎ、「すごくすごくおいしくなぁれ」とスプーンでくるくるかき回す。


「さぁ、リディア。飲んでくれ」

「いただきます……。んっ!」

「どうした、リディア」


 マーカス教授が驚いて目を見開いた私に慌てたが「めちゃくちゃおいしいです……!」と答えたら、あっけにとられていた。


「おいしいのかい?」

「はい、香りも一杯目のようにしっかりあるし、味もフレッシュです。あと舌触りがすごくまろやかで、するりと飲めちゃいます」

「そんなにか! クリフ、私にも頼む」

「はいはい。おいしくなれ~」


 自分とマーカス教授のカップに二杯目を注いだクリフォードは、私の時よりあっさりとおまじないを唱えた。


「はい、どうぞ」

「いただくよ。……ん、まぁ確かに……普通においしいな」

「普通でしたか?」


 こんなにおいしいのに? と、私が首を傾げれば、マーカス教授はクリフォードをじとっとにらんだ。


「確かにおいしいけど、リディアが言うほどじゃない気がする」

「私の味覚がおかしいのかな?」

「いや、クリフの本気度の違いだ」

「リディアのお茶は、ていねいにおまじないを掛けたから」

「そういうところだぞ、クリフ」


 拗ねたようにマーカス教授に言われ、クリフォードは肩をすくめる。

 いつも通りの二人の空気に、私はようやっと……本当に落ち着いた。




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