秋風。
一日の授業を終えた私の元に一羽の白い小鳥が飛んできた。
「あら、魔伝鳥ね」
「マーカス教授からだ」
私が手を伸ばすと小鳥はふわりと降りてきて、白いカードに変わる。
そこには図書館へ行きたいから中庭で待っているときれいな字で書かれていた。
「お仕事だ! 行ってきます」
「うん、いってらっしゃい。また夕食でね」
クラスメイトたちに手を振り、私は急ぎ足で教室を出る。
中庭に着くと木立前のベンチでマーカス教授が本を読んで座っていた。
「お待たせしました!」
「呼び立ててすまないね。借りる本が多くなりそうだから手伝ってほしくて」
「もちろんです! 今日は何の本を借りるんですか?」
「児童書と絵本だよ」
紅葉の始まった小径をのんびり歩きながら、マーカス教授は微笑んだ。
「この間、人に勧められた『ワルイまぞくをやっつけろ!』を読んだんだけどね」
書籍紛失事件が起きたとき、私が借りられなかった絵本だ。教授は後日、町の書店で見かけて買ったらしい。
「目を通したのは子供の頃以来だったけど、面白かったよ。六歳の少年が少女と協力して悪いことばかりしている魔族を倒しに行くまでの冒険譚に年甲斐もなくわくわくしたな」
「かわいい猫だと思ったら魔物だったり、おいしそうな木の実を食べようとしたら、幻で触れなかったりしてましたよね」
「そうそう。魔族の配下だっていう大熊の弱点が働き蜂で、自分の爪より小さい蜂に追いかけられて逃げ回っていたりコミカルな部分も好きだな」
マーカス教授は思い出し笑いをしてから、はしばみ色の瞳をきらきらさせた。
「魔族も改心して人の役に立つようにしたら村の一員として迎え入れられて、みんな仲良く暮らしましたっていうラストもホッとできるよね。でもリディア、このラストが時代によって変わってるって知っているかい?」
「そうなんですか?」
私はびっくりしてマーカス教授を見上げる。
「うん、私が子供の頃に読んでいたのは、魔族を倒して村に平穏が訪れましたというパターンだったんだ」
「私の読んだ話と違います」
「調べてみたら、百五十年前から百年前まで続いた世界大戦前後は魔族が倒されている。その前は魔族と取引したり、魔族が逃げたり、魔族が実は王子さまだったり……いろんなパターンがあった」
「なんでそんなに変わるんだろ」
疑問を口にすれば、授業中と同じようにマーカス教授がおだやかな口調で導いてくれる。
「大本の話は千年以上前から口伝で流布していた。初版は残っていないが、しばらく同じ結末で流通している。魔族と取引して互いの領土を不可侵条約で結ぶというラストだ」
それが時代によって版元が変わる度に少しずつアレンジが加えられてきたらしい。
「大戦前後は士気高揚のためか、魔族が討ち取られるパターン一色になり、戦争終結後は共存で終わる。世相を表しているんだろうね」
「なるほど……。それを聞くと、すべてのパターンを知りたくなります」
私がそう言うと、マーカス教授は破顔した。
「そうだろう! リディアは分かってるなぁ」
「『ワルイまぞくをやっつけろ』だけじゃなく、流通しているすべての絵本の統計を取りたくなりますね」
「なるなる! 時代と絵本の傾向で論文が書けそうなんだよ」
どうやらマーカス教授は新しいネタにウキウキしているようだ。歩幅が大きくなり、図書館に到着する頃にはついていく私の息が上がる。
呼吸を落ち着かせながら入館すると本の匂いが私に押し寄せた。
知識もこうして吸い込むことができたらいいのにと思いながら深呼吸する。
貸出カウンターにいた司書が私を見て顔をこわばらせた。私も気まずくなって、足が止まってしまう。
マーカス教授は司書に微笑んでカウンターを通過した。
「やぁ、いつもご苦労さま。調べ物をさせてもらうよ」
「はい、どうぞごゆっくり」
マーカス教授に話しかけられ、司書は表情をゆるめた。私も肩の力を抜いて司書に一礼し、マーカス教授の後を追う。
「さて、まずはどんな本があるのかチェックだな」
マーカス教授は楽しそうに目的の書架前に立った。
町の図書館と違い、学園の図書館に絵本や児童書は少ない。だいたい五十冊ほどだろうか。
「本のタイトルを控えますか?」
「うん、一緒にやろう。それを元に気になる本から借りていく」
二人で書名と作者、発行日。さらにざっと読んで、簡単なあらすじを書きだしていく。
研究室で働くようになって知ったマーカス教授は、楽しいこと、興味をひかれたことをすぐに知りたい性分のようだ。
次から次へと違うテーマに飛びつくから、移り気なのかと思っていた。しかし過去に集めていた資料、新しい資料たちがある日いきなり統合され、まとめて一つの論文になるのを先日、目の当たりにした。
完成した論文の誤字チェックを頼まれ、思わず拝んでから読み込んでしまい、苦笑されたりもしたけど、しょうがない。
マーカス教授の論文は構成力が本当にすごい。着眼点も斬新。ページをめくる度にわくわくする。そうきたかと膝を打ちたくなる。
今回もまたいつかそんな論文になって世の中に出ていくのだろう。お手伝いできる幸運に身震いしちゃう。
時間をかけてじっくり選び出した本を私たちは貸出カウンターへ運んだ。
「貸出手続きを頼むよ」
「はい、返却は十日後です。延長希望用紙も必要ですか?」
「大丈夫だ。延長や返却するときは彼女が来るから」
「かしこまりました」
司書たちは私によそよそしさを残しながらも、ていねいに接してくれた。
マーカス教授はこうして自分と一緒に行動することで、私が図書館を利用しやすいようにしてくれているのだ。
外に出ると少し冷たい風が吹きつけてきた。敷き詰められた石畳に黄色くなった葉がかさかさと音を立てて転がる。
「……マーカス教授」
「ん?」
「ありがとう、ございます」
私の言葉にマーカス教授は慈悲深い笑みを浮かべて頷く。じわりと涙がにじんだけど、両手に本を抱えているので、ぐっとこらえた。




