どこか切ない夕方。
泣く私の頭をクリフォードは何度もなでてくれる。
「す、みません、止まら、なくて……」
「無理に泣き止むことはない」
やさしい声に甘えてしばらく涙を流し、私は頭に浮かんだ疑問を口にした。
「クリフォードさま、なぜここへ?」
「呪符が発動したから、リディアに何かあったんだと移動術で飛んできた」
「なるほど」
優秀な術者は自分の作った呪符の発動も分かるのか。すごいなぁ。ってか、普通に移動術使いこなしてる……? あれはものすごい魔力使うのに。
疲労してないか気がかりでじっと見つめると、にこりときれいに笑われた。うん、問題なさそう。さすがクリフォード。
少し落ち着いてくると地べたに座り込んでいるのが、すごく恥ずかしくなった。
立ち上がりたいけど、腰が抜けてしまったようで動けない。力を入れようとすればするほど、足が震える。
するとクリフォードは私をひょいと横抱きにした。
「わ!」
「レオン、休める場所あるか?」
「俺の部屋を使え」
強盗の襟首を掴んでいたレオンが、鍵を投げる。
魔法を掛けていたようで、私を抱えて両手のふさがっているクリフォードの胸ポケットにその鍵はストンと収まった。
レオンは強盗をずるずる引きずって仕事に戻っていく。私は大きく息を吐いた。
「あ、あのクリフォードさま」
「なんだ?」
「……ありがとうございます」
「うん」
重くないか? 降ろしてくれと言いそうになって、でも強盗の背を見送るクリフォードの顔を間近で見ればまだ険しい。
心配を掛けた。守ってもらえた。今も気遣ってくれる。そんな彼に強がるのではなく、感謝を伝えたい。
そう思って礼を言えば、クリフォードが目元をやわらげた。
そのまま警備隊詰所にあるレオンの部屋に運ばれ、やわらかいソファに降ろされる。従僕が紅茶を入れてくれた。
立ち上る香りと、あたたかさにやっと人心地つく。
「ふぅ……」
「ここでしばらく休むといい」
「はい、ありがとうござ……いま……」
言いながらも瞼が落ちる。
ぐらつく体を支えようと背もたれに寄りかかって、そこからしばらく意識が途絶えた。
どれくらい目をつぶっていたのか。ふと、話し声が耳を震わせる。
「寝てるのか?」
「あぁ。襲われたショックと、力を一気に放出しすぎたんだろう。もうしばらくここを借りるぞ」
「かまわない」
これはクリフォードとレオンだ。
「顔色は良くなった」
クリフォードの声に続き、大きな手で髪を撫でられた。やさしくて気持ちがいい。
勝手に口角が上がると、くすりと笑われた。
「子供のようだな」
「マーカス教授と同じようなことを言う」
クリフォードの苦笑。やさしく髪を撫でられる感触。お父さまとは違う手。けど同じくらいあたたかい。
ん……? あれ? この状況って、もしかして二人に寝顔、見られてない? はずかしい! でも体はまだ眠ってるようで動かない。
寝ぼけ頭で煩悶していたら、ふいにレオンの固い声が聞こえた。
「彼女の足止めの魔術を見た。爆発的な威力だった」
「痕跡を見ると、そのようだな」
「書いてもらった呪符の完成度といい、さぞかし優秀なんだろうな」
「俺はそう思ってるが、本人は実技が苦手と言っている」
「あれだけの術を使えるのに?」
「うまく使いこなせないらしい。今回も必要以上のパワーで発動させていたし」
「ふぅん……。まぁ、魔術や魔力は繊細なものだからな」
そう言うレオンの声がいたわりを含む。在学中は野性的な外見で怖がられがちだったから、こんなやさしい声を出すなんて知らなかった。
どんな顔をしているのかなぁ。
そう思った瞬間ぱちりと目が開き、すぐそばにクリフォードがいた。
寝起きに美形は目に毒だ。心臓が跳ねる。
クリフォードの方も私が急に起きたことに驚いている。丸い瞳が子供のようでかわいい。
そのまま私たちは無言で見つめあった。
なんでだろう。なぜだか視線が外せない。このままじゃ目が乾くなぁなんて考えてたら、レオンがわざとらしい咳払いをする。
「パウエル君、今日は犯人確保に協力してもらい感謝する」
「あ、はい! いえっ」
「いい魔術だったぞ」
「ありがとうございます」
褒められて照れ笑いしてしまう。
「さっき現場で使っていた目印や拘束の呪符は、君が書いてくれたものだ。今回のように犯人の数が多い時に魔力を持たない隊員たちが重宝している」
役に立っているんだ……、よかった。
「今日で在庫が減ってしまったので、また頼む」
「はい!」
握りこぶしと共に大きく頷く。よし、これからも呪符書きがんばろう!
決意を新たにしていたら、室内に空腹を訴えるお腹の音が鳴り響いた。
三人ではたと視線を交差する。
「今のは……レオンか?」
「いや、クリフォードの腹から聞こえたぞ」
クリフォードとレオンがそれぞれ自分の腹部を押さえる。
「あ、あの気を使ってくれてありがとうございますっ。今のは恥ずかしながら私のお腹の音かと……」
言葉が尻すぼみになる。部屋中に響く大きなお腹の音だった。ホントはずかしい……。
赤面して身を縮めた私に二人は真面目な顔で頭を振った。
「いや、俺だったと思う」
「うん、俺の腹だったな」
「え?」
そこで私たちは全員同時にお腹が鳴ったようだと気付いて噴き出してしまう。
部屋の隅に控えていた従僕も肩を震わせて、クッキーの缶をぱかんと開けてくれる。クリフォードがその音に笑顔を浮かべた。
「ありがたい! 魔力を使うとどうにも空腹が抑えられなくてな」
「どうぞ、お召し上がりください」
「うん、ほらリディア、遠慮なくいただこう」
「はい……」
淑女としてはしたなくも、魔力を使った後の空腹は胃が千切れそうなほどの痛みなのだ。我慢できず、私は新しいお茶とクッキーを頂いた。
「犯人は全員確保したんだよな」
「あぁ、これから尋問にかけていく。おそらく何らかの組織がかかわっていると思うので、突破口にしたいな」
そんな話をしていたら、ノックがありソニアが顔を出した。
「レオン、今いいかしら?」
「ソニア、どうした」
姉の姿を見たレオンが立ち上がる。
「街に強盗が出たと聞いたの。リディアさんはどうしてここに?」
「彼女は強盗騒ぎに巻き込まれたんだ」
「まぁ!」
「だが、犯人確保に魔法で協力してくれた」
それを聞いてソニアは心得たように抱えていた箱を差し出す。
「お腹が減ってると思ってキッシュを持ってきたわ。良ければ皆さんでどうぞ」
「わぁ!」
私はテンション上がって、飛び上がった。
「うれしい、いただきます!」
「身内が言うのもなんだが、ソニアの料理の腕はプロレベルだ」
切り分けられたキッシュのピースを口に運ぶレオンの目が子供のように輝いている。
その様子を見て、私は弟のジェフリーを思い出した。
私が魔法を使うと、いつでも喜んでくれたなぁ。せがまれて色んな魔法を覚えて、両親にも褒められてうれしかった。
会いたいなぁ、領地のみんなに。
じわっと涙がにじむ。キッシュおいしい……。
切なくなっていたら、ソニアがもう一つ箱を出した。
「実はタルトもあるの」
「タルト!」
涙が引っ込んだ。
ソニアが開けた箱の中には五種類のフルーツを使った丸いタルトケーキがどんと鎮座している。
「ガルシアさんは甘いもの平気かしら?」
「大得意です」
「ではレオンと同じ大きさに切るわね」
言葉通りソニアは大胆にカットしてくれた。ベリー系が甘酸っぱくて、いくらでも食べられそう!
めでたく満腹になり、帰り際には廊下ですれ違った警備隊員の人たちにもねぎらわれ、私の足取りは軽い。詰所に運ばれたときと大違い。
寮へはクリフォードに送ってもらった。
「今日は疲れただろう。明日の第二図書館へ行く予定は延期するか?」
「しません! 行った方が元気になります!」
「だよな」
笑ったクリフォードが一枚の呪符を私に差し出した。夕闇に青白く光るデザインに見覚えがある。
「これは……守護呪符?」
「さっき新しいのを書いた。前にあげたのは消えたから」
「……ありがとうございます」
高価なものだと分かっているけど、私は遠慮せず、受け取った。
だって呪符の効果を目の当たりにしたばかりだし、何より切りつけられた瞬間を思い出せば体が震える。
彼はそんな私の状態を分かってくれたんだ。
「クリフォードさまは本当にやさしいですね」
「誰にでもってわけじゃない。リディアだけだぞ」
「……っ」
学園の門の前でさらりと言われて、瞬時に顔が赤くなる。
「こ、光栄です」
「うん、じゃあまた明日」
「はい、よろしくお願いします!」
真っ赤な顔のまま、ぎこちなく頭を下げるとクリフォードが私の頭をぽんと叩いて踵を返す。
背に夕日の残光を受け、金髪が不思議な色合いに染まる。目が離せず見つめていたら胸が痛んだ。
もらった呪符を胸に押しつければクリフォードの魔力が伝わって、ざわざわしていた気持ちが和らいでいく。
「あったかい……」
ふいにクリフォードが振り返った。まだ自分を見送っている私に気づいて、身振りで中に入るよう促す。
頷いて手を振り、私は学園の門をくぐった。
ひとまずここで三章完結とさせていただきます。
「農家の娘に転生したから大雑把に野菜を作る」の書き直しが
終了したら、再開したいなぁ。
クリフォードの研究とか魔力とかいろいろ書きたいです。
気長にお待ちいただけるとうれしいです。
お付き合いありがとうございました!




