レオン・タッカー。
浮遊術で運ばれた私はテラスにあるベンチにていねいに下ろされた。
「ここは?」
「図書館に併設されているカフェだ」
オーダーを取りに来たカフェ従業員にクリフォードはランチプレートを二つ注文する。
「気持ちいい場所ですね」
「そうだな。ここで読書の合間に栄養補給をしたり、研究者同士で意見交換している」
木立から吹いてくるそよ風が私たちの髪を乱し、なでるように去っていく。
クリフォードの金髪が陽光を弾くのに見とれながら、他愛のない会話をし、食事を済ませた。
「さて、戻るか」
「はい!」
休憩をはさんだおかげで、頭はすっきりしている。早く本の続きが読みたい。
うきうきと立ち上がったら、遠くの席にいた男性が声を上げた。
「ガルシアじゃないか」
「シンプソン先輩、こんにちは」
「ちょうどいい、昨日の件でちょっと意見を聞きたいことが……と、悪い。連れがいたのか」
シンプソンと呼ばれた男性はクリフォードの隣にいた私を見て目を丸くする。
「ご家族か?」
「学園の後輩で、リディア・パウエルです」
「そうか。私はロニー・シンプソン。魔法省の職員だ。学園生なら私の後輩でもあるな」
「はじめまして、リディア・パウエルです」
名乗ると、シンプソンは穏やかに微笑む。
「すまないが、少しだけガルシアを借りていいか?」
「はい、もちろんです」
即答すればクリフォードが心配そうな目をした。私は安心してもらうため、にっこりと微笑む。
「席で大人しく読書していますから、お気遣いなく」
「……絶対に動かないように」
せっかく微笑んだのに功を奏さなかったようだ。クリフォードは私に幾度か念押しして、シンプソンと席に座り直す。
私は背筋を伸ばして、閲覧席に戻った。
いくら慣れない場所でも、読書をしているだけで迷子になるわけがない。
「けっこう心配性なんだな」
孤高の存在なんて噂されていたけど、話してみるとクリフォードは気さくだし、休日を後輩のために使ってくれる程やさしい。
「さて、続きを……」
くすぐったい気持ちを胸に、私はすぐに本に没頭する。
どのくらい経ったのか……ふと手元が陰った。
太陽が動いたのか、クリフォードが帰ってきたのだろう。
私は気にせず文字を追うことに集中した。なるほど、移動術は術式が複雑な上に魔力を大量に食うから段々使われなくなり、廃れたんだな。
「リディア・パウエルか?」
ふいに思考を一刀両断するような鋭い切れ味を感じる声で呼びかけられた。
パッと本から顔を上げれば、長身の男性が通路をふさぐように立っている。
短い黒髪に黒い目。鍛えられた体躯の持ち主だ。
「あの……?」
「俺はレオン・タッカー」
「タッカー? え、もしかしてソニアさんの……?」
「弟だ」
「タッカー先輩ですね、初めまして。リディア・パウエルと申します」
私は立ち上がってお辞儀をした。彼が学園在籍中に会話をしたことはない。せいぜいすれ違う程度だった。
その頃より、体は一回り大きくなっていて、凄みを増した双眸が私を捉える。
「ソニアから目印と拘束の呪符を書いたのは君だと聞いた」
「あ、はい。お仕事させてもらいました。今週の分も昨日ソニアさんに渡し……」
「いい出来だった」
レオンは私の言葉をぶった切って頷く。これは、褒められたのかな?
安堵の息を吐き礼を言おうとしたら、レオンはおもむろに一歩私の方へ踏み込んできた。足が長いから距離が一気に縮まり、私は無意識に一歩下がる。
「それより俺は両親に渡した呪符のことについて聞きたい」
「ご両親に……というと痛み止めの呪符ですか?」
ひたとねめつけられ、私は呪符が効かなかったのかと青ざめる。いや、効かなかったのなら、まだいい。呪符のせいで悪化させていたらどうしよう。
何も言えなくなった私を見下ろし、レオンは真顔で首を横に振った。
「違う。心鎮めの呪符のことだ」
「あれがどうか……?」
「君はケーキと引き換えにあの呪符をくれたそうだな」
「はい」
「なぜそんなことを」
責められ、口の中が干上がる。
「おいしすぎて、つい……。お代わりはやっぱり図々しかったですよね」
「は?」
「もしかしてタッカー先輩の分のケーキを横取りしてしまったんでしょうか? 本当にごめんなさいっ」
「何を言ってる。ケーキのことじゃない」
「あ、じゃあ呪符のせいでご両親に不利益が?」
呪文を間違えて呪符が成立しておらず、効果がなかったのかもしれない。冷や汗が噴き出す。
「中途半端なものをお渡ししたつもりはなかったんですが、ご迷惑を……」
「呪符は完璧だった」
苦虫をかみつぶしたように言われ、私は戸惑う。
じゃあなぜ今、私はレオンに絡まれているんだろう。
上背があるから、見下ろされているだけで怖い。
よろめいて一歩下がると、レオンも間合いをつめるように一歩前進した。
私の背に書架が当たる。逃げ場がない。まるで追いつめられるような形になってしまった。
どうしよう。
身を固くして、動けずにいたら、レオンが大きな手を伸ばしてきた。
殴られる……っ?
身をすくめたら、レオンの手が不自然な位置で止まり、冷たい声がかかる。
「何をしている」
通路から氷のような瞳をしたクリフォードが現れた。
いつもお読みくださりありがとうございます。
「勤労学生、始めます」第一章が
MBSラジオ
「寺島惇太と三澤紗千香の小説家になろうnavi-2ndbook-」さまにて
朗読していただけることになりました。
7月毎週日曜日 17:10から、全4回です。
お読みくださっている方々のおかげで大変光栄な経験をさせていただけます。
また、誤字脱字のご報告もありがたく助けていただいています。
いつも本当にありがとうございます。




