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第二王立図書館。




 待ちに待った翌週、クリフォードと待ち合わせて乗合馬車に乗り私は王宮へ向かう。


「おはようございます! クリフォードさま」

「あぁ、おはよ……う」


 馬車乗り場で落ち合ったクリフォードは私を見て、数回瞬きをした。


「今日はよろしくお願いします!」

「うん。……今日は少し雰囲気が違うな」

「そうなんです。第二王立図書館に行くと言ったら友人が身ぎれいにしなくちゃってアドバイスをしてくれて」


 ヘアスタイルからメイクまで、マリーとキャロルが手伝ってくれた。

 ローブはいつもの紺だけど、その下はふんわりしたブラウスにピンク掛かったグレーのプリーツスカート。

 かわいらしすぎないかなと思ったけど、足元のスクエアタイプのブーツが引き締めてくれて、いい感じにバランスが取れている。


 髪も自分で適当にやるのとは違い、手の込んだハーフアップ。両サイドを数房編み込んで、後ろでくるんとまとめて、丸い花のようにしてくれている。

 合わせ鏡で見たときは可愛すぎてテンション上がった。


 私がそう言うと、クリフォードは笑みを浮かべて頷く。


「あぁ、かわいいと思う」

「ありがとうございます!」


 私の髪色は父親のブロンドと母親の赤髪を両方受け継いで、ローズブロンドと呼ばれる色合い。紺のローブと調和してて、自分でもけっこう気に入っている。

 だから褒められて余計に気分が高揚し、向かうのが第二王立図書館だというのも相まって、馬車の中でも落ち着いて座っていられない。


「リディア、そわそわし過ぎだ」


 幼子のような私にクリフォードが苦笑する。


「だって……もう何から閲覧したらいいのか……。その場に入っただけで倒れそう」

「いきなり倒れたら本が読めないだろう。せめて一冊でもつかんでから倒れろ。で、倒れながら読むんだ」

「そうします」


 全面同意。倒れても手と目が動かせれば本が読める。そんな事態に備えて、まずは本を掴んで倒れるところからイメージトレーニング!

 ……をしている間に馬車は王門前に止まった。いよいよ王宮に入る。


 まずは衛兵に身体チェックをされ、危険物を持っていないか確認されたら、受付で学生証を提示。


「ガルシアさんの招待ですね。ではこちらに名前を書いてください」


 入場カードと書かれた厚手の紙には、名前を書く欄が二か所あった。

 左右の署名欄の下には入場時刻と退場時刻を記入する。これで入退場を管理するらしい。

 左側には入場目的などを書き入れる欄もある。

 必要事項を埋めて渡すと、門番は中央付近にサインを入れ割り印を押し、半分に切り取る。そして右半分を私に差し出した。


「これが許可証です。無くさないよう気を付けてくださいね。用が済んだらこちらに戻してください」

「はい」

「さて、行くか」

「クリフォードさまは許可証いらないんですね?」

「職員はパスを持っている。入口に水晶があっただろう?」

「切り株みたいな大きいのですか?」

「そう。あれにパスをかざすだけで通れる」


 そう言って私に見せてくれたのは左手首に巻かれた銀のバングル。


「これがパスですか?」

「あぁ。ここに石がはまっている。この石の色は所属を表していて、青の石は俺たちのような省職員。赤は侍従侍女、使用人。緑は各役人。紫は高位貴族。石の色が濃く、大きいほど地位が高い」


 クリフォードの石は透明度の高い青でサイズは足の小指の爪半分ほどの大きさ。私には見ても彼の地位が分からない。

「えぇと……」

「俺はまだ新人だからこの程度だな。この石は退職するまでずっと装着し続ける」

「地位が上がると付け替えるのではないんですね」

「石が地位に応じて育つようになっている」

「石が、育つ……」


 理解が及ばず首をかしげる私にクリフォードはやさしい声で説明を続ける。


「そういう術式が組まれている」

「術式!」

「うん。要するに魔石なんだ。作っているのは魔法省職員。術式は部外秘匿。職員の中でも少数にしか伝えられていないので、複製は不可能」

「すごい……」


 口には出さないけど、クリフォードは魔石作りに関わっているんじゃないかな。かっこいいなぁ。

 つい羨望のまなざしを向けたら、クリフォードが腕を差し出してきた。


「迷わないように掴まれ」

「えっ、でも」

「遠慮しなくていい」

「子供じゃないんだからはぐれたりしませんよ」

「どうかな。今日はずっと浮足だっているだろう」

「それは、まぁ……」


 否定できない。


「王宮は様々な機関が入っていて、迷路にもなっている」

「えっ?」

「王族の住む宮に簡単にたどり着けないよう、複雑なルートばかりなんだ。おとなしく掴まるといい」

「はぁい」


 私は恐る恐る彼の肘に自分の手を添える。するとクリフォードはゆっくりと歩き出した。

 途端に王門付近でざわりと空気が震える。


「あれは……ガルシアだろう。女性をエスコートしてるぞ」

「おい、まじか」

「女性の人形じゃないのか?」

「動いてるけど?」

「きっとお得意の魔術だ」

「そうか、いや絶対そうだろう」

「あのガルシアが魔術書以外の物を握るなんてありえないもんな」


「クリフォードさま、ずいぶんなことを言われてますけど」

「雑音は聞き取らない主義なんだ」


 見上げる彼の表情は変わらない。


「あ、え、うそ」

「まさかあれ、ガルシアさま……?」

「ちがうわよ、そんなはずないわ」

「あの女性は……生きてるのかしら」

「あっちで人形って聞こえたわ」

「なるほど、そうよね」

「そうよ、ガルシアさまが特定の女性と……なんてあり得ないから」

「あの方はずっと孤高でいていただかなくちゃね」

「えぇ、休日なのにお見掛けできたなんて、ラッキーだわ!」


「クリフォードさま、相変わらず人気ですねぇ」

「魔力が強いせいで、物珍しがられてるんだ」


 もしかしなくてもクリフォードは自分の美形度分かってないのかな。

 至近距離にこんな美貌があったら、誰でも落ち着かない気持ちになるんだけど。


「えっと、クリフォードさま」

「この森の向こうが魔法省だ」

「はい!」


 その言葉に私の意識は全部持っていかれた。

 クリフォードに導かれ、複雑に分岐する小道を歩くことしばし。


 目の前に重厚な、歴史を感じさせる建物が現れた。

 私の身長の二倍はある重そうなドアの前には警備兵が二人。


「今日は第二図書館に友人を案内しに来た」


 それだけ言うとクリフォードはドアの前に立ち、バングルに埋め込まれた石をかざす。

 するとドアが勝手に開いて玄関ホールに明かりが灯る。


「さぁ、行くぞ」

「はいっ。い、いよいよ憧れの魔法省に……」


 建物内部や、移動する度に勝手に灯る照明とか、極まれにすれ違う人とか……目に入るものすべてが感動を伴って私を夢見心地にした。

 胸がどきどきして、足に地がついていない。


 どこをどう歩いたのかなんて、まったく分からない。クリフォードにエスコートしてもらってなかったら、間違いなく迷子になってただろう。

 のぼせている私をクリフォードが面白そうに見ているような気もしたけど、会話もままならない。


「ここだ」


 クリフォードが足を止めて、またバングルをドアにかざす。

 ぎぃときしんだ音を立てて、ドアが開いた。

 どこか埃っぽいような本の匂いが鼻に届く。


 玄関ホールの壁側に置かれたデスクには最近発表された論文がずらりと並ぶ。その横には閲覧者が自由にコメントを書けるノートがあり、質問や疑問、私見が記入されていた。執筆者からの返信もあり、そのノート一冊だけでも腰を据えて読む価値がある。


 そんな垂涎コーナーをあっさり通り過ぎたクリフォードは私の手を引いて書架の間を歩く。


「書架はテーマごとに分類されている。リディアは何が読みたい?」

「全部……端から端まで……」

「俺のおすすめを言うか」


 選ぶことさえできないでいる私を生暖かい眼で見て、クリフォードは奥まった書架に入る。


「ここは過去に使われていたが、今はすたれた魔術の書架」

「ふあぁぁ……」

「その横の書架は過去の魔術者が残した雑記ノートや手紙など」

「ひぇえ……」

「あっちの壁一面は世界中の術式が集められている」

「お宝が多すぎてめまいがします。早々に倒れていいですか、クリフォードさま」

「まったく……想像以上だな」


 クリフォードは丸い大きなテーブルとイスがある閲覧席に私を座らせ、書架から抜き取った数冊の本を目の前に置いた。


「さぁ、読むといい」

「はい!」


 一番上のタイトルは「移動術式の変化と衰退」、著者はハワード・ダイナモン博士。十年ほど前に亡くなった研究者だ。


「タイトルだけでゾクゾクします」

「目次に目を通すとよだれが出る」

「本当だ……」


 目次だけでこうなる私は、本文をまともに読み進められるだろうか。でも読まない理由はない。読みたい!

 クリフォードも私もそこから無言で本に熱中することしばし。どこか遠くで鐘が鳴った。


「昼か」


 クリフォードが本から顔を上げた気配。


「リディア、休憩しよう」

「もう少し……」

「まったく」


 本を取り上げられた、と思った瞬間、体が宙に浮いた。


「わ!」

「リディアはマーカス教授みたいだな。あんまり動かないでいると、イスに根が生えるぞ」

「わかりましたっ、程々にしますから下ろしてください~」

クリフォードは椅子に座った姿勢のままの私を浮遊術でテラスへ運んだ。





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