探索の魔法。
校舎と図書館の間には遊歩道があり、木々が静寂を生む。
普段であれば図書館までつかの間の散策を楽しむ人がちらほらいるが、今回の件が解決するまで図書館は閉鎖となり、今は人気がない。
「風が冷たいな。寒くないか?」
「大丈夫です。あの……」
「ん?」
「ありがとうございました。あの場から連れ出してくれて。それに……コーディがご迷惑をおかけしました」
「あぁ」
矢継ぎ早に話す私にクリフォードは苦笑した。その顔に煩わしそうな雰囲気がないのを見て、肩の力が抜ける。
「以前も言いましたが、あんな態度を取る人だとは思わなかったので」
「うん、おそらくリディアの前ではいろいろと取り繕っていたんだろう」
「取り繕う?」
「好かれたくて格好つけてたってことだ。男なら多少気持ちが分かる」
「はぁ……」
そういうものなのか。あ、でも女性だってその気持ちはあるかな? うん、あるな。
納得しかけたところで、クリフォードが「しかし」と低い声を出した。
「あの態度はいただけないな。人の話を全く聞き入れないし、いつまでもリディアを自分の物のように扱っている」
「婚約時代の名残でしょうか」
「それにしても馬鹿にした態度だ。他人を思いやる気持ちがない」
「そうですね……」
フレッドたちが小声で事情を聞いてきたのに対し、コーディは人前で私をいきなり犯人扱いしてきた。しかも周囲に聞かせるように大声で。
他の級友たちは詳しく聞かない、と気遣ってくれたのにコーディは私の話に耳を傾けなかった。
自分の正義に酔いしれる顔は私をはっきりと見下していたと思う。
「縁が切れて、よかったです」
「そうだな。また絡まれたらすぐに俺に伝えるように」
私は無言で頷いた。声を出したらまた泣きそうだ。
必死で涙を押さえ図書館に到着すると、入口に学園長が立っていた。
「クリフ、ずいぶんと偉くなったな。私を小鳥一羽で呼び出すなんて」
「互いにいちいち移動する手間が省けるでしょう。魔法も実生活も効率第一ですよ」
「そうだな。警備隊長と調査官は中にいる」
学園長は威圧的に見せていた態度をすっと収めた。クリフォードはまったく意に介した様子はなく、私へ手を差し伸べる。
「リディア、おいで」
「あの、図書館で何を……」
「探索の魔法を使おうと思って」
「探索の魔法!」
探索術式は去年習った。けれど魔力をかなり食うから理論のみで、実際に発動させた生徒はいない。
「見たことないだろう?」
「はい、ガルシア先輩は使えるんですね」
「こいつは昔から得意だよ」
学園長は図書館に入り、そこで待機していたグレイや司書たちを一瞥する。
「明日は入学式だ。彼の探索魔法で本を見つけてもらう」
「しかしそれでは犯人の自白があった場合……」
「グレイ、紛失の原因探しは一旦保留だ。私たちにとって、入学式であの本を掲げることは譲れない矜持だ」
学園長は言い切り、グレイを見た。グレイは深く頷く。
「かしこまりました。どうぞ」
「うん、クリフ。始めてくれ」
「はい」
指名され、クリフォードは学園長の隣に並ぶ。
「紛失した本のタイトルを教えてください」
「ディアス教授の召喚術、そしてレミントン流錬金術、初歩から応用までの召喚術、禁術大全一、二巻。すべて初版だ」
「金に糸目をつけないコレクター垂涎の、貴重な出版物ばかりですね」
「調査は今どうなっているんだ? グレイ」
「聞き込みでは、手掛かりに繋がる話は入っていません。闇マーケットに流れる場合、事前に必ず噂が駆け巡ります。その方が高値で売れますから。けれどその情報もないので、本の流出はまだだと思っていいかと」
「個人宅にある可能性は?」
「否定できません」
グレイは学園長の問いに直立不動のまま答えた。
それを聞いたクリフォードはさらに一歩踏み出し、図書館中の人たちを見回す。
「探す本は五冊。出発点はここ。すべて国内にあると仮定して」
クリフォードが球を包むように両手を合わせ、小声で何か唱える。
近くにいる私にも聞き取れない、歌のような、水のせせらぎのような不思議な音階。
その音に合わせ、クリフォードの手の中で光が生まれた。
最初は小さな光だったが、やがてどんどん光量が強くなり、指の間から漏れ出た光が周囲を照らす。
「さぁ、探しておくれ」
クリフォードの両手が花開くように広げられると、きらめく光が五つに割れた。
光たちは野兎のように飛び出して、天井付近を楽し気にくるくる回り、図書館中を駆け回る。
一度は外に出ていった光もいたが、すぐに戻ってきて書架の間を風のように吹き抜け踊り、やがて一つ二つと空中で静止した。
そのまま、それぞれバラバラに書架に止まり、薄く発光する羽を震わせる。
「見つけたか?」
クリフォードが呼びかけたら、光たちは並べられた本の後ろに潜り込み点滅した。
「学園長、確認を」
「うむ」
クリフォードに促され、光が点滅する場所へ学園長が手を伸ばす。
「本の後ろに巧妙に隠されているな。うん、禁術大全一巻だ」
学園長は厳しい顔で、すべての光の元から本を取り出し、閲覧席の大きなテーブルに乗せる。
「全部で五冊、……あったな」
「タイトルは」
「間違いない。お手柄だ、クリフ」
学園長のねぎらいにクリフォードは、たいしたことはしていないとばかりに小さく頭を下げる。
グレイは硬い表情で学園長の元へ近寄った。
「本は盗み出されていなかったということですね」
「ふむ、パウエル君が持ち出したということはなさそうだな」
「し、しかし勝手に移動させられていました」
司書長は見つかった安堵と管理不足を指摘される焦りから、慌てふためく。
「生徒のいたずらかもしれませんっ」
「そうだ! 我々司書の中にはそんなことをする者はいません」
司書長につられるように、司書たちも口々に叫び、私を振り返る。
「彼女は最近毎日来ていました。その隙にここに隠した可能性だってあります」
一人が言うとクリフォードはひたり、とその司書をにらみつけた。
「その発言の根拠は?」
「え」
「リディアが本を隠す理由はなんだ?」
「彼女は金に困っていると噂で聞いた。売る目的で盗んで、一旦ここに隠したのかもしれない」
「ふぅん」
クリフォードは司書たちの顔を一瞥する。
「図書館に毎日出入りしている生徒はリディアだけか?」
「他の生徒もいる。しかし禁帯出ルームに入った生徒は彼女だけだ」
「そうか。だがそもそも出入り回数でいうなら怪しいのは君たちだけど?」
「私たちがそんな」
クリフォードの指摘に司書長が眉根を寄せる。
「だってそうだろう。貸出と返却しかしないリディアより、ここが仕事場の人間の方が犯行を行いやすい」
「我々は司書という仕事に誇りをもっている。本を粗雑に扱うことは絶対にない!」
「ならば、言葉だけではなく、司書が無実だというそれなりの証拠を出すべきだ」
「しょ、証拠は警備隊や調査員の人が掴んでくれるんじゃないのかっ?」
「そうだ、私たちは被害者側だ」
「そっちこそ彼女が無実だという証拠を出してみろ」
いきり立つ司書たちにクリフォードはため息をつく。
「わかった。出そう」
「え?」
「証拠を、出す」
クリフォードは冷たい目で司書を見遣った。




