大賢者
建国の祖である、勇者ご一行。
メンバーは勇者、武闘家、そして大賢者。彼らが古の時代に魔王を倒したことで、ようやく魔物が大人しくなって平和が訪れた、というざっくりとした昔話が言い伝えられている。
建国の祖たる大賢者が国全体を覆うほどの巨大な結界を張り、魔物を遠ざけながら平和に過ごしてきていたけれど、大賢者も不老不死なんかではない。
死ぬ間際、『私は、ずっとこの国と共にある。だから皆、心配しないで』と大賢者は残した……のだが。
「まさか、本当にずぅっとこの国と一緒にあり続けるだなんてね」
『……』
「まぁまぁ、怖いお顔」
にこやかにエルザは話しているが、神霊はとても嫌そうに顔を歪めている。こんな顔でいる神霊はさすがに見たことがない、とオフィーリアも少し驚いている。
「……まさかの展開」
『オフィーリアは知らなかったの?』
「うん。何かめちゃくちゃ力の強い存在だ、っていうのは知ってたくらい……?」
『でもあれよね、大賢者ってことは……』
「まともにやり合うと、私も危うい」
真顔で言い切るオフィーリアの言葉に、嘘はなかった。
とはいえ、一体どんな原理でこの魔石と神霊がどうにかなっているというのだろうか、とオフィーリアは手の中にある魔石をじっと眺めている。
「……これが、何かあるのかな」
『分からずに人質にしてたのぉ?』
「魔石を傷つけるな、っていーっつも言われてたからなんかあるんだと思って人質にしておいた」
悔しそうにしていた神霊だが、そこそこ適当な考えだったオフィーリアを見て『こいつ本当に……』と思わず呟いた。それを素早く察知したエルザが神霊に微笑みかける。
「あなた、オフィーリアの持っている魔石とやらが媒体になっているとお見受けしましたが」
『……つくづく、頭の回っておる女よな』
「お褒め頂き恐縮です」
『褒めておるか、クソ女が…………って、ヒィ!?』
ぺっ、と唾を吐きつつ悪態をついた神霊の方を、物凄い顔をしたオフィーリアが睨んでいる。先ほどまでリューリュと楽しく話していたような感じだったのに、まさか一瞬で般若の形相になっているだなんて誰が思うか。
エルザがオフィーリアの方へ視線をやると、ぱっと明るい笑顔になるオフィーリア。
『(えぇ……?)』
何でそんな対応違うんじゃ……とショックを受ける神霊だが、エルザは神霊の姿をきちんと把握している。
オフィーリアは神霊の一番大事にしているものをしっかりと握っている(物理的に)。
『あの……オフィーリア』
「何ですか」
神霊に話しかけられた途端、スン、と真顔になっているオフィーリア。
『態度違いすぎやせんか?』
「やかましい」
問いかけに対して、それ答えじゃないだろうという言葉を返したオフィーリアは、物凄い真顔のままで淡々と言葉を紡いでいく。
「何ですか、悪霊的な存在だった、っていうことですか」
「オフィーリア、ちょっと落ち着きなさい。悪霊ではないから」
『おお……!』
助け舟が出された! と喜んでいる神霊だったが、エルザが取り出した液体の入った小瓶を見てぎょっとする。
『お、おま、おまえ!』
「種明かししちゃいましょうか」
「おばさま、それ……」
『オフィーリアが持ってる魔石の色と似てない?』
そうだ、とオフィーリアが手の中の魔石と、その液体を交互に見比べて目を丸くした。何でこんなところにそんなものがあるのだろうか、と考えてみるもののオフィーリアの頭の中には?マークがぽこぽこと浮かんでは消えていく。
「おばさま……あの、それ、は」
「世間的に……そして、言い伝えとしては『最も強いものが筆頭聖女となって国を護っていく』とされている。でもねぇ、力を貸してくれている存在がいるっていうことは、皆の記憶から抜け落ちているみたいなの。そもそも教えられていないから、っていうのもあるんだけど」
『いや、まて』
「そもそも論として、よ。力を貸す、貸さないを判断しているのが神霊様であり、あの人の中での明確な基準だってあることは知られていないでしょう?」
待て、と言って誰が待つというのかと言わんばかりに、エルザは言葉を続けていく。
まるで音楽を奏でるように、つらつらと言葉が紡がれている様子は、もう誰も口を挟むことができなかった。国王夫妻も、ただ、エルザの言葉を聞いていた。
「今まで、誰も疑問に思っていなかったんです。だってそれが『当たり前だった』から」
『……貴様』
「その当たり前って、誰にとっての当たり前なんでしょう?」
エルザは楽しく話しているように見えて、その実、とても怒っていた。可愛い姪っ子がこんなことに巻き込まれた時点でだいぶ怒っていたのだが、『あれ』と疑問に感じたことを調べていけば出てくる謎たち。
「誰も疑問に思わないように、何らかをしていた?」
『……しておらん。そもそも、調べようと思わんじゃろうて』
「あら、どうして?」
『国を護る役目を、そなたに。そう言えば大体の者は大層喜んだ』
「まぁ、そうでしたか」
ふふ、とエルザが笑うが、目の奥にはまた怒りがジワリと滲んだ。それは、オフィーリアも同じ。
人を何だと思っているのか、いいや、こいつだってそもそもは人であっただろうに。
「……で、教えていただけます?」
『なんじゃ、オフィーリア』
「アンタ、何の基準で筆頭聖女を選んでいるんですか。表向きの理由はさておいて、本音を暴露していただけませんかね」
『おや、気付いておらんのか?』
「……」
ああ、駄目だ。
苛々してしまうけれど、これは神霊の思うつぼにしかなっていない。けれど、とオフィーリアがじくじくと怒りに呑まれそうになっていると、リューリュがぺち、とオフィーリアの額を叩いた。
「……いたい」
『痛くないでしょ、お馬鹿ちゃん。深呼吸なさい、あの神霊に呑み込まれちゃうわ』
「……あ」
そうだ、とオフィーリアは大きく深呼吸をする。
一度、二度。大きく吸って、吐いて、を繰り返してからまたいつもの調子を取り戻した。
『まぁ、ええわ。教えてやろう。……求めるは、かつての仲間である』
「は」
「えーっと、そういうことらしいのよ」
ぎょっとしたオフィーリアだが、周りは更に驚いている。
エルドウィンまでもが目を見開いているし、王妃は『一体何なの!?』と頬を引きつらせているし、オフィーリアの両親までもがポカンとしていた。
『いやー……懐かしい。かつての仲間と同じ魂の波長を持っているものと、共に行動することこそが我の喜びよ』
心から嬉しそうに呟いている神霊だったが、オフィーリアは自分の手を握ったり開いたり、を繰り返している。いったいどこが、と問いかけようとしたところで、悪気なく、とっても良い笑顔の神霊は無神経に言葉を続けた。
『オフィーリアはな、筋肉馬鹿で脳筋でしかない、まさしくあの武闘家なんじゃ! もう本当に懐かしくて懐かしくて……』
それを聞いたオフィーリアは真顔になって、手に力を込める。
みし、と何やら嫌な音が響いたなぁ、と呑気に神霊がオフィーリアを見て、『やべ』と呟いた。
「浄化されろ、クソ神霊」




