第26話 後悔
第7艦隊はようやくコロンニャ哨戒の任を解かれ、帝都への帰還が許可された。
コンコンコン。ノックと同時にドアが開く。
「フクオカー!」
「……。エルミナ、騒々しいな。ノックの意味がないぞ。」
「硬い事いうなよ。ハナさんの引っ越しを手伝いに行くぞ。」
「え?あぁ、そうだな。すぐに行こう。」
「分かりやすいくらいに嬉しそうだな。会う口実ができたか?
もうすぐしばらく直接会えなくなるからな。」
(なっ…こいつは全く……。いちいち人の心を読んでくるな!)
「馬鹿言うな。早くいくぞ。」
二人でハナの元に向かう間も、エルミナが色々話しかけてくる。
「でもさ、フクオカ。100日も会えないの辛くない?」
(辛い。)
「別に普通だ。普通に毎日通信することになるだろう。」
「そりゃそうだけどさ。ハナちゃんのシャンプーの匂いとか柔軟剤の匂いとか、感じられなくなるんだぞ?」
「お前、僕のことを何だと思ってるんだ?」
「遠距離恋愛寸前のハナ中毒者。」
「プっ…馬鹿言うな。笑わせやがって。」
「あっ、そうそう。ハナちゃんのシャンプーはね。Lunéveilが出してるSilken Bloomだよ。」
「……?そっそうか。だが、それがなんだ?」
(LunéveilのSilken Bloom……。頭に刻んでおこう)
「効果なしか。ちっ、この情報料を請求しようと思ったのに。」
「おいおい……。ちなみに、いくら請求するつもりだったんだ?」
「え?そりゃまぁ、言い値で売ってあげるさ。
もし、これからもそういう情報欲しかったら結構出す気にもなるでしょ?
信頼関係、信頼関係♪」
「……。言っておくけど、出さないからな?」
「なんだよ、つまんないな。
あぁ、Silken Bloomはコロンニャみたいな田舎だとなかなか売ってないんだけどなぁ。
このあたりだとね……。」
(え?売ってないのか?)
エルミナが意地悪そうに焦らした後、大笑いする。
「フクオカ、お前、意外と分かりやすいな。あはははは。
いい、いい。お前と私の仲だ。
今回”だけ”はただで情報を売ってやるよ。
この星系要塞だと居住区3番街にある、ハナちゃんの行きつけの美容室のエトワール・フェリーヌでしかみたことないな。」
「エトワール・フェリーヌ……。」
「くくくく……。
次からは情報料たのむよ、あははは。」
「こら、人のことをからかうな!」
「柔軟剤の情報もあるよ?」
「うるさいっ!」
・・・
・・
ついに100日近い、離れ離れの航行が始まった。
遠距離恋愛、エルミナの余計な一言のせいで妙に意識してしまったフクオカ。
執務室の片隅にエトワール・フェリーヌの小さな紙袋が置いてあった。
いつも通り仕事をしていると、個人端末にメッセージが届いた。
(ん?ハナさんから??)
少し期待しながら、メッセージを確認した。
『どう、これ可愛いかな?似合う?』
そこには私服を着て恥ずかしそうに笑うハナの写真が添付されていた。
(あぁ、いい!
いつものことだが、ハナさんは清楚な感じでありながらも、可愛さも同居していて、とてもいい)
「ぷっ……。エルミナ宛を誤送信したか?
提督、たまにそういう所、抜けてるからな。」
送られてきた私服をじっと見つめるフクオカ。
(ハナさん、今、エルミナと何を話していたんだろう?これは良いなぁ…。)
「これが、提督の私服か………。とても綺麗だ……。
いやいや、誤送信を伝えよう。覗き見たみたいになるからな。
いや、待てよ。『とても可愛いです』と一言添えるべきか?
いやいやいや、それは送られた側は気持ち悪いだろう。
だが『誤送信です。』と素っ気なく返していいのか?
待て待て待て。」
しばらくしてもう1通メッセージが届く。
『ど………どう……かな?』
そこには、エルミナと一緒に選んだ勝負下着を身につけて、顔を真っ赤にしているハナが映っていた。
(な………、なにぃぃぃぃぃぃぃ!?)
「てっ提督、なんてものを送信してるんだ!!待て、既読にしてしまった。
どどどどどうしたらいい?!」
(いやいや、まずい。見てしまった。いや、見ていない。見ていないぞ。
水色か……。ハナさん、スタイルも良かった……。待て待て待て。
何を言ってる?!見ていないのに、わかるわけがない!!
見ていない。見ていない。僕は見ていなかったんだ。)
フクオカは震える手で個人端末を握りしめ、個人ビークルに向けて走り出した。
そのまま、心配する兵士を無視して、エルミナの旗艦パファルーニャまで乗り継いだ。
エルミナの部屋に大慌てで飛び込んだ。
そして簡単に事情を説明して、個人端末を渡す。
「ぶふっ!!……やらかしてる!
よりによってフクオカに。あはははははは!!!
ある?こんなこと!?あはははは!!」
(エルミナ、笑いごとじゃない!!助けてくれ!!)
「わっ笑いごとじゃない。ぼっぼっ僕はどうしたらいい?教えてくれ。
もうお前にしか頼れない。」
「フクオカ、しっかり既読になってるけど、やっぱりお前ムッツリだったんだな。」
「ちっ違う、見ていない。」
「何色だった?」
「水色……いや、違うんだ!ちょっと目に入っただけだ!!」
(ぐはぁ・・・まずい。見てないのに!?)
「あはははは。分かってるよ。あははは。お前も災難だったな。
私がちゃんと消して、取り繕ってやるよ。この貸しは大きいけどな。」
「頼む。」
「本当に消して良いんだな?後悔しないな?」
(……待て待て。消していいのか!?
しっかりと目に焼き付けた方が良かったんじゃないのか?
あほか!そんなことをしたらハナさんに気持ち悪がられるぞ!
後悔するだと?
後悔する…わけない。どっちでも後悔するんだ!
だったら嫌われない方だ!)
「………………………………後悔……………しない」
「滅茶苦茶考えたな?あははは。このムッツリめ。消したよ。
ちゃんと私が消えたのを確認した。
中身を見ずに私の所に相談にきたから、私が消した。
この作戦で行こう。」
「恩に着る。今度、何でも欲しいものを1個奢る。それでいいか?」
(これでことが収まるなら安いものだ。)
「契約成立だ。」
その時、外から声が聞こえる。
「えっエエエルミーナーーーーーぁぁ!!」
「ハナちゃん?!フクオカ、隠れろ!!」
フクオカが会議机の陰に隠れた。
(間一髪!あと一歩遅ければ地獄だったかもしれない。
あぁ、ハナさん、あんなに取り乱して……。
誤送信なんかするからだよ、まったく!)
「やらかした。私はやらかした。今から自害する!
でも怖くて引き金が引けない。エルミナ、代わりに撃ってくれ。」
「いやいやいや、待って待って。嫌ですよぉ。
それじゃあ上官殺しで私が軍事裁判で死刑です。」
「でもぉ、でもぉ………。もう死ぬしかないの、死ぬしかないの。」
なんとかエルミナが取り繕って、ハナを落ち着かせようとする。
(あぁ、僕がハナさんをお慰めしたい。いや、逆効果だ。
ここはエルミナに任せるしかない。)
そしてようやく話がまとまりそうだった。
(さすがエルミナ。あいつに任せるのが正解だった)
だが、その間になぜか会議机の方へハナがふらふらと歩み寄ってくる。
(まずい!)
ハナと隠れているフクオカの目が合った。
「ぎゃあああああああああああ!!!!!!」
目を丸くするフクオカをよそに、大声で悲鳴を上げたハナはそのまま崩れ落ちて気を失った。
「・・・よほどショックだったみたいね。気を失ったわ。
ここにあんたは居なかった。夢をみていただけ。
あんたは画像を見ずに、すぐに消した。
そして消えているのを私が確認した。
この貸しは好きな物1個ではなく3個。
それでいい?」
(あぁ、安い買い物だ。3個でも10個でも欲しいものを買ってやる。
だから頼むから、この状況を収めてくれぇぇぇぇぇぇ!!!)
結局その日以降ハナはダウンし、フクオカは毎日心配しながらも提督代理として帝都への帰還の指揮を執った。100日の航海は、ドタバタの内に、あっという間に終わった。
帝都へ戻ってからしばらく経った後、ハナから食事デートのお誘いを受けた。
ニャオンモールの『ニャパスタ』前に集合だ。
(良かった……。ハナさんに嫌われたんじゃないかと気が気じゃなかった。
エルミナには本当に頭が上がらない)




