第1話 私、絶賛、恋してます!
これは、後世の帝国軍史において
「零七の奇跡」の尊称で国内外から畏れられ、
教科書にすら載った偉人——
神聖帝国軍最強の智将、ハナ・フクオカ大将が、
“中学生レベルのポンコツ恋スキル”を駆使して、
“超低難易度の片思い”を
ようやく成就させるまでの恋物語である。
——けれど、この時のハナはまだ知らなかった。
この、もどかしくて平凡な恋が、
やがてハナからすべてを奪い、
絶望へと叩き落とすことを。
これは、ただの恋物語では終わらない。
愛と絶望と、そして——奇跡の物語だ。
やり直せるのなら。
この恋を救えるのなら。
ハナは世界ではなく、
たった一人の愛する人を守るために、
絶望の底から、すべてを取り戻す。
私はハナ・フクオカ、唐突ですが、絶賛、恋してます!!
(相手は……、あっ、ちょっと待ってくださいね。)
「ハナ様、どうぞこちらへ。既に準備が整っております。」
「分かりました。案内してください。」
ハナと彼女を誘導する兵士がゆっくりと歩いて細い廊下を進む。
(えーと……私が恋しているのはっ!)
「こちらです。どうぞ。皆が待っております。」
(あれ?普段はこの辺りにいるんだけど。どこだろ?
こんなに緊張しているのに、普通は少しくらい優しい言葉を
かけてくれるもんでしょ!)
「はい、ありがとう。」
(近くに居ないみたい。もういいや!
えっと、実は私、ちょっと特殊なんです。っというのも……。)
ハナはゆっくりと進み、ステージ横から壇上へと現れた。
そこは数万人以上収容できる、宇宙軍の帝都大ホール。
そして目の前には1万人を超える兵士が直立して出迎えた。
彼女の猫耳がピクピク動く。やはり何度体験しても緊張する。
「あー、第7艦隊将兵諸君。
新年の幕開けに際し、帝国軍大将として、諸君の奮励に深く敬意を表する。」
(ちょっと特殊でして………
私、こう見えて、ニャニャーン神聖帝国の公爵令嬢にして、
宇宙軍大将、この目の前にいる第7艦隊将兵一万人のトップなんです!
つまり提督、エリート軍人です。)
「昨年は国境防衛において幾度も困難を乗り越え、帝国の安寧を守り抜いた。
その勇気と忠誠に、私は心から感謝している。」
(でも緊張してると、猫耳がプルンって動く、至って普通の人でして。
それなのに、みんな、私のことを陰で『高嶺のハナ』だなんて呼ぶんです。
自然と距離が出来ちゃって………。もっと本当の私を見てっ!
はぁ、だから絶賛、片思い中。そんな高嶺じゃないのに。)
・・・
・・
「……以上をもって、帝国軍第7艦隊提督としての新年の辞とする。
諸君、今年も共に戦おう。」
盛大な拍手が鳴り響いた。
(アー……緊張した。戦いの場では大丈夫なんだけど、ちょっと人付き合いってのが苦手でして……。こういう演説も廃止にできないかなぁ。)
拍手に見送られながら、背筋を伸ばし、猫耳もピシっと立てたハナは再びステージの横に消えた。
「お疲れさまでした。ハナさん、立派な演説でしたよ。」
「ありがとう。」
赤毛の女性がハナに声をかけた。
彼女はエルミナ・ヴァルク中将、第7艦隊参謀長。
(彼女は参謀長。
と言っても私、実は結構、学校でも軍略の成績が良かったの。
だから彼女に相談しなくても自分で軍事作戦を立てられるのよ!
彼女の意見を聞けることは、助かるけどね!
だから、どっちかというと彼女は……)
「提督……もう挨拶できました??」
「え……まだ新年になってから会えてない……。」
「彼、どこ行ったんでしょうね?」
(そう、彼女は私の数少ない親友でもあり、恋の参謀長!
私が結構コミュ症だからって色々教えてくれるの!
あ、違う違う!私コミュ症なんかじゃないの!
ちょっと…人見知りなだけなの!)
「あ…いましたよ。あそこ。」
「どこどこ?あ!居たぁ!」
二人は背筋を伸ばし、真面目な顔で一人の男性に近づいていく。
(そう!そして、私が恋しているのはっ、彼!!!)
「あ、フクオカ提督。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
「フクオカ君、あけましておめでとう。こちらこそよろしくね。」
(彼はフクオカ君、私と同じフクオカ姓。
私、男性とお話するのは少し苦手なんだけど。
同じ姓ってことで、何か親近感がわいて、彼とは普通に話せるようになったんだ。)
続いて、エルミナとフクオカ中将も挨拶を交わした。
「フクオカ中将、あけましておめでとうございます。」
「あけましておめでとうございます。エルミナ中将もよろしくお願いします。」
(あー!!!やっぱりだ!
エルミナのことは名前で呼ぶのに私のことはフクオカ提督だって!
変でしょ!変でしょ!
フクオカ同士なんだから、逆に私の方こそ名前で呼ぶでしょ!!
あ……バレちゃったかな?えーっと。そうなの。
私が好きなのはこの人、私の部下にあたるんだけど……。
フクオカ君!
第7艦隊の副提督。頼りになるの!そしてかっこいいの!!
長い足、引き締まった体、整った顔立ち。
そして何より、声が凄く素敵なの!
低くて落ち着いてて、聞いてるだけでドキドキしちゃう。)
「フクオカ提督、どうしました?
顔が赤くて、それでいて、何か少し機嫌が悪そうですが……?」
「え?何でもないよ。
それにしてはフクオカ君とエルミナはいつも親しそうだな?」
「え?てっ提督!ただの同期ですよぉ。こんな鈍ちんとは何でもないですってば!」
慌ててエルミナが取り繕う。
「鈍ちんとはなんだ、失礼だな。
まぁ、同期で腐れ縁のようなものです。
エルミナは優秀なので色々と頼りにはしていますが。」
真面目に返すフクオカ中将。
「あ、いや、他意はないんだ。気にしないでくれ。」
(ん~!エルミナだから安心できるけど、フクオカ君って他の子にも名前呼びしてるんだよなぁ!くそぅ!)
そこに兵士が報告に割り込んだ。
「提督!新年早々、申し訳ありません。海賊です。」
「海賊?惑星ニャルクサルか?」
「あ?はい、ご存知でしたか?」
「いや、実はあのあたりに新参海賊が台頭してきたと情報があってね。
偽りの輸送船団の噂を流しておいた。第22対賊哨戒艦隊と連携済みだ。」
そうこうしている内に、もう一人兵士が訪れる。
「提督、第22対賊哨戒艦隊のレッサルー提督から伝言を承りました。
作戦成功、卿のご尽力に感謝いたします……とのことです!」
それを聞いて、最初に報告に来た兵士が一瞬呆けた顔をしたが、すぐに尊敬の眼差しに変わる。
(ふふふ、私、一応仕事できる系なんです!ただの公爵令嬢じゃないんですよ!)
「さすがですね、フクオカ提督。」
(おっ! 今年一個目のフクオカ君の”さすがです”ゲット~!!)
「いや、あんな低能な奴らを出し抜いたくらいで褒められても
嬉しくもなんともないよ。ああ、君たち、ご苦労様。」
兵士達が敬礼をして立ち去った。
「それより二人とも。
この後、旗艦メルローニャの提督室にきてくれ。
総司令部からの指示について、今後の方針を決めたい。」
「はっ!」 二人同時に敬礼する。
「それでは、提督、私はコロンニャ星系の報告書を取ってきます。
先に向かってください。」
そう言ってフクオカ中将は自身の乗艦ニャルローレッドの執務室に向けて歩き出した。
声が聞こえない所まで行ったところでエルミナが呟く。
「鈍ちんですよね。あんなにわかりやすい嫉妬発言を気付かないって。」
「嫉妬なんかしてない!」
(あ……フクオカ君、またあんなところで女性士官……誰だ!?
わかんないけど誰かに捉まってる!!)
「フクオカ中将~!!!何をモタモタしてる! すぐに始めるから急いでくれ!」
ハナが大声で叫んで、フクオカ中将もそれに応えて敬礼し、女性士官を振り切って走り出した。
「嫉妬してるじゃないですか?」
「してない。行くよ、私達も。」
・・・
・・
ハナの旗艦メルローニャ、艦隊司令部を抜けた先に提督室がある。
幹部以外入れない区画となり、今は二人だけだった。
こうなると二人は軍人というよりただの親友だ。
「ハナさん、初恋はいつですか?」
「27」
「……今27ですよね?まさかあいつが初恋の相手ですか?」
「……悪い?」
彼女達、猫耳種族のニャーンは20歳頃に老化が止まる不老長若種。
そのため、いつまでも若々しく、遅い初恋は珍しくもない。
特に貴族令嬢のように相手を選ぶ場合は、それが顕著だ。
「いや、悪くないですが。あいつがそうですか?
あいつ、確かにレベル高いですよね。
でも、ポンコツっぽいから苦労しますね。」
「そうよ、私こんなにアピールしてるのに。
誰に対しても優しいし。
いや、むしろ私に対してだけ素っ気ないっ!
恋にポンコツすぎる!!」
「ハナさんって高嶺の華だからなぁ。
みんな引けちゃいますよね。
フクオカは侯爵家の出だし、つり合いは取れてるのに。」
「そうよね、そうよね!
フクオカ君だったらお父様も絶対反対しないのに!」
「あとはあいつ次第ですか。あいつ、女性吸引力が高いですからね。」
「そりゃそうよ!フクオカ君はカッコイイし、何でもできるし、決断力もあるし、それに……優しい。」
「ハナさんが一番吸引されてるじゃないですか。
では、すぐに対策を打たなければ、世間に溢れる敵どもに後れをとりますね。」
(え?!まっまっまぁ、普通に考えたらそうよね。私達このままだとただの上司・部下だし。)
「ねぇ、エルミナ。どうしたらいい?」
顎に手をあて、考えるエルミナ。
「………。ずばりボディタッチです。」
口元にうっすら笑いを浮かべながら、真面目な顔の(ような)エルミナが、自信満々に答えた。
(えっ!?それって……それって……!)
「ま、両片思いなんだろうし、楽勝ですよ。」
たかがボディタッチごときで、興奮冷めやらぬハナは、エルミナの最後のボヤキを聞いていなかった。
【あとがき】
読者の皆様、『ハナちゃんのポンコツの恋』を読んでいただき、本当にありがとうございます!
私はハナ・フクオカ。宇宙軍大将です。
仕事は一応できるんですが、恋のアプローチはご覧の通り、絶望的に苦手です!
なのに絶望的な片思い。どうしたらいいの?
第1話で無事に、恋の相手・フクオカ君と、恋の参謀長・エルミナを紹介することができました。
フクオカ君は本当に完璧で格好いいのですが、私に対してだけ素っ気ないのが悩みです。あんなに素敵な男性を、他の女性に奪われてたまるものですか!
さて、エルミナ参謀長から提案された『ボディタッチ作戦』。
一万人の将兵を率いる私ですが、愛する人に触れるという最大の難関を、無事クリアできるのでしょうか?
この物語は、本日より毎週日曜日朝8時に更新してまいります!
(三連休の初日ということで、今日、第3話まで一挙に公開します!)
次回、第2話『ぼでーたっち』。
ハナ大将、愛と威厳をかけた、決死のボディタッチ作戦の行方にご期待ください!
引き続き、ハナのポンコツな恋の行方を、応援していただけると嬉しいです!
(ひろの)
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