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傍役メランコリー  作者: 夏冬
32/32

32.今日から犬好きになります


さぁ次のイケメン討伐だ!

と、私は意気込んで、横峰先生を連れて風紀委員長のもとへ向かおうとしたのだけど、横峰先生は他に用事があるらしく、泣く泣く諦めた。


ならば、賢ちゃんはどうか——と考えてみるも、賢ちゃんとの関係が周囲にバレるのは非常に困るので、却下。

風紀委員長の共同戦線の申し出を断るのは、またの機会に持ち越された。




「うぅ…、癒される〜。」


我が家に帰り、不良先輩から貰ったお菓子をつまみながら、テレビのバラエティ番組を見る私。


…………と、その横でスクワットに励む賢ちゃん。


床には鉄アレイが転がってるが、うん、これぞいつもの光景だ。

癒される。


「どうした? 六花。いつもに増してふにゃふにゃしてるな、まるで水でふやしたワカメみたいだぞ。」

「賢ちゃん、その喩えおかしい。」

「乾燥ワカメは油断してると、無限増殖しそうだよな。」

「しないから!」


そりゃ私も初めて料理した時、ワカメを元に戻す際に塩梅が分からなくて、ほぼワカメで埋め尽くされたお味噌汁作っちゃったことあるけど!

その後、きちんと田中さんに教わったもんね。

それに私はワカメじゃないから。

増えないから。


「はぁ〜、でも賢ちゃんいい。」

「がはは、そうか。」

「そのガサツな笑いもいい。」


近頃、イケメンばかりの学校生活だったせいか、賢ちゃんとの会話が涙が出そうなくらいホッとする。

この気を張らなくて済む安心感。

あー、もう賢ちゃん最高! バンザイ!


「最近、関わりたくないと思えば思うほど、イケメン中心の毎日だったからなぁ……。」


お守りを作らなくなったからだろうか。

それとも神社でのお祓いが足りないのか。

もはやエンカウント率とか言ってる場合じゃないくらい、イケメンと関わり合いを持ってしまっていることに今気づいたよ。

こうなったら縁切りの神様か?

エンガチョか?

あ、それだとダメだ。

折角できた友達の王子まで縁が切れちゃう!


「それで、六花。最近の学校はどうだ? 楽しいか?」


賢ちゃんは腕立て伏せを始めた。

小さい頃は、よく腕立て伏せをする賢ちゃんの背中にわざと乗ってたっけ。

単純に邪魔したかったんだよねー。

でも賢ちゃん、ちょうどいい重石だって俄然やる気を出しちゃって……うん、思えば昔から賢ちゃんは完成された賢ちゃんだった。


「うーん、すっごい慌ただしいよ。」


せっかく友達ができたにもかかわらず、その幸せの余韻に浸る余裕もないほどに、イケメンたちが様々な厄介事を背負ってこんにちはしてくるんだもん。

私は空気になりたい。


「俺は嬉しいぞぉ、これぞ青春って感じだな。」

「えっ、どこが?」

「友達作りの方も順調なんだろ? 篠崎たち然り、渡会とも手紙のやり取りを続けてるようじゃないか。」

「……。」


よくご存知で。

やっぱり賢ちゃんには隠し事できないのかなぁ。


「私、変われたかな。」


ぽつりと呟いた言葉を賢ちゃんはしっかり拾い上げたようで、白いピカピカの歯を見せつけるように笑ってくれた。


「そうだな、成長したな。」

「け、賢ちゃん〜〜〜っ!」


やばい。

どうしよう。

嬉しすぎて、涙と鼻水が出てくる。

最近色んな人と関わりを持つようになって、厄介事ばかり私に回ってくるし、イケメンは揃って私のことを無碍に扱ってくるし、もうキャパオーバーもいいところで、だけど賢ちゃんの言葉は私も頑張ったことを認めてくれたみたいで。

くぅぅ、賢ちゃんやめて。

私を泣かせないで。

鼻水がほんと垂れちゃいそう。


気がつくと、私たちの周りをさながら青春映画のような空気が取り巻いてる。


「ということで、六花。」

「なぁに賢ちゃん。」

「ご褒美に、週末遊びに行くか!」

「えっ。い、いいの!?」


嬉しい!

だって、高校生になってから同じ学校の教師と生徒ということで、外では滅多に遊べなくなってたのに。

いいのか? いいのか!

思わずにやけてしまう。


「もちろんだ! 楽しみにしとくんだぞ。」


これだから賢ちゃんは、大好きだ。




うへへ〜。

週末、楽しみだなぁ。

賢ちゃんってば、どこ連れてってくれるんだろう?


「さっきから、一人でニヤニヤと……気色悪いな。」


週末に思いを馳せる私は、向かいで勉強していた篠崎くんにそんな心ないことを言われたのにも気づかずに、頭に花を咲かせていた。


現在、私は篠崎くんと東堂くんと勉強会を開いている真っ只中である。

つい筆が止まって、週末の妄想に走ってしまうのはご愛嬌。


「篠崎くん。女の子に気色悪いだなんて、たとえ思ったのだとしても声に出すものじゃないよ。」


庇うようで庇いきれていない東堂くんの言葉すら、耳を通り抜ける始末。


「…じゃあどう言えばいい。不気味、おぞましい、まるで深海魚のようだ。」

「言い方を変えればいいってものじゃないからね。それに深海魚って、おぞましくないし、可愛いよね?」

「………薄々勘づいてはいたが、今日こそははっきり言わせてもらおう。やはり東堂、貴様のセンスはおかしいぞ。」

「え、そうかな…?」


篠崎くんと東堂くんが何やらゴニョゴニョと話している。

いつの間にこんなに仲良くなったんだろう。

少し前までは、顔を合わせれば言い争いが絶えなかったのに…。


「松村さんも、深海魚と一緒で可愛いと思うんだけどな…。」


東堂くんがとんでもない発言をした。

さすがにそんなことを言われ、スルーしてしまうほど私の耳は大物ではないので、脳みそで理解したと同時に顔が赤くなる。


わ、私、深海魚になる!

王子に可愛いと言われるためなら、真っ暗な海の底で、誰に見つかることなくぎょぼぎょぼ泳いでますとも! 永遠に!


「おい。安易にこいつを褒めるな、惚れられるぞ。貴様はもう少し、己の容姿の使い勝手について見直した方がいい。」


メロメロになる寸前の私を見て、呆れた様子で私の頬を引っ張り、目を覚ませと言う篠崎くん。

ははーん、篠崎くん、ひょっとして嫉妬かい?

本当はきみも私のことを可愛いと思ってたんだろう? うん?


……はい、すみません調子に乗りました。

全力で土下座を披露したいと思います。

王子の発言はド天然こじらせただけで、篠崎くんはただ忠告してくれただけだもんね。

妄想の中でくらい、私にモテ期をください。


「それで、松村。今日はどうした。お前らしからぬ、その締りのない顔は何なんだ。」

「き、聞きたい?」

「………いや、やっぱりいい」


そうか〜、聞きたいのか〜。

そんなに言うんなら、教えてあげないこともないぞ!


「実はね、」

「遠慮すると言ったのが聞こえなかったか。」

「そんなこと言わずに!」

「いらん。」

「でも、」

「必要ないと言っている。」

「え……。」

「……。」

「……。」

「………分かった、少しだけ聞いてやろう。」


さすが、我が友達!


「週末にね、賢ちゃんと——、」


私は意気揚々と語り始めるのだが、ふと気がつく。

あれ? 休日に校外で教師と会うのって、何だかいかがわしく思われないか?


賢ちゃんは幼馴染みだし、そもそもあんなのだし、穿った見方はされないとは思うんだけど——篠崎くんには、図書室で王子と話していただけで「乳繰り合うんじゃねぇよブス」的なことを言われた記憶がある。

相手は賢ちゃんだけど。

もう一度言う、相手は賢ちゃんだけど!

戸籍謄本で一応は人間の男扱いされている人物と二人きりで遊びに行く、なんて自ら自慢するように言うものではないんじゃ…。


「……。」

「なんだ、何故そこで黙る。そもそも賢ちゃんとはどこのどいつだ。」

「き、近所のイングリッシュマスティフ…。」

「イングリッシュ……は?」

「大型犬だね。とても可愛い犬種だよ。」

「東堂、詳しいな。」

「王子キャラは博識でなきゃダメなんだって。クラスの女の子たちに犬の種類くらい言えなきゃ、って無理やり覚えさせられたよ。」

「……苦労してるな、お前。」


私的にマスティフは可愛いとは言えないんだけど、東堂くんは世で言うブサカワなるものを好むのか、そうなのか。

あまりにも自分が綺麗で王子過ぎるから、正反対の物を求めちゃうんだよね、きっと。

…ってことはじゃあ、王子に可愛いと言われた私の顔面レベルはマスティフレベルなの…?

泣ける。


「で、その犬がどうした。」


密かに打ちひしがれていると、篠崎くんが話の先を促してきた。

やばい。

とっさに嘘をついて「賢ちゃん」が近所のイングリッシュマスティフだって言っちゃったものの、どうしよう。

確かに隣の家の山田さんはイングリッシュマスティフなる犬を飼ってはいるけど、思わずニヤニヤしちゃうような、近所のイングリッシュマスティフとの週末の予定って何。

まったく思いつかない。


いっそのこと、ここは犬好き設定を押し通す?

どちらかと言えばツンなタイプの猫より、デレなタイプの犬派だしね!

うん、そうしよう、と嘘八百を繰り出そうとした私を、タイミング良く東堂くんが遮った。


「マスティフはなかなかお目にかかれない犬種だもんね。今からワクワクしちゃう気持ちも分かるな。マスティフと遊べるなんて羨ましいよ、松村さん。週末が楽しみだね。」

「えっ、あ、う、」

「なんだ、お前。そんなに犬好きだったのか?」


そ、そう!

そういうことにしておいてくだせぇ…。


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