31.盾を装備しました
私は、爬虫類が大の苦手である。
蛇とかトカゲとか見ただけで鳥肌が立つくらいのレベルで、生き物はみんな友達♡って感じで幼虫を素手で触れる麗しの女神、相田ちゃんとは天地の差なのだ。
殺虫剤?
平気で使いますとも、それが何か?
おおよそ私らしくない悲鳴を上げた後、不良先輩はゲラゲラと笑いながら愉快愉快と言って去ってゆき、私はしばし、カエルを顔に引っ付けたまま茫然自失してしまった。
そうだ。
相手はイケメンな不良なのだ。
アレがきっかけで彼が私に靡くなどと、考えるだけでも罪に問われる事案である。
カエルはそんな私に下された罰だ。
きちんと身の程を弁えろと、神様が言ってるんだきっと。
傍役は、傍役らしく、舞台袖でひっそりとしていよう…。
翌日、私はマスクに眼鏡という完全武装で登校した。
マスクのせいで眼鏡のレンズが曇って視界不良のため、傍から見ると不気味な女子生徒に映ってしまうだろうけど、私にとっては好都合である。
目の前に誰かいても、顔が見えないから。
つまり、私の最大の対イケメン装備なのです。
イケメンと対峙しても顔が不明瞭だから、いつもみたいにイケメンオーラにやられることはないよ、えっへん!
「ま、松村…? どうした、風邪か…? それに、眼鏡なんてしていたっけ……?」
放課後、さっそく会いに行った横峰先生にはそんなことを言われてしまったけど、気にしない。
頭にハテナマークを浮かべる横峰先生を引っ張って、生徒会に向かった。
「横峰先生。どうしたんですか、今日はいつもより早くに……って、お前、誰だ?」
室内に入ると真っ先にこちらに気づいた俺様生徒会長が横峰先生に質問を投げかけ、途中で横峰先生の後ろに私が隠れているのを見つけて、訝しむ。
マスクに眼鏡。
顔のほとんどを隠す見るからに怪しい女な自覚はあるけど、え、私だって気づかないの?
横峰先生が分かってくれたから、問題ないと思ってた…。
「ま、松村です。」
おどおどしながら声を出す。
昨日いっぱい悲鳴を上げたから、今日は声が枯れてないか心配だったけど、別にいつもとあまり変わらなかった。
室内を見渡すと、どうやら生徒会メンバーが勢ぞろいしているらしい。
「松村? ……なんだ、その妙な格好は。」
「まっちゃん、眼鏡なんてかけてたっけぇ? う〜ん、あんまり覚えないや!」
何気に酷い言葉を会計が投げつけてきたため、私はショックで胸を押さえる。
ええ、どうせ私は影が薄いですよ。
なんせ前髪を切ったことを、家族以外の誰かに気づいてもらえたことは一度としてない。
「今度は、奇怪な格好をして、俺たちの気を引こうとでも?」
俺様生徒会長がキッと睨んでくる。
ひっ、そんなつもりは断じてないのに。
私がどんな手を使おうが、イケメン様に振り向いてもらえないことはもう身をもって知っている。
たとえ裸で踊っても、背景くらいにしか思われないだろう。
自分で言ってて、悲しいよ…。
柳眉を逆立てるイケメンは怖い。
でも、レンズが曇ってるおかげではっきりと顔が見えないので、私の装備は完璧だ。
「会長。あからさまに睨むことはないでしょう。以前のテストの件は、尚によって誤解が解けたはずです。」
副会長が相変わらず丁寧な言葉で、生徒会長を諌める。
「けど、こいつは直接謝りに来なかっただろ!」
「あなたがそんな態度だからですよ。彼女が自ら僕たちの前に姿を現しただけ、進歩です。」
「……。」
ムッとしつつも黙り込む俺様生徒会長。
なんだかこの会話を聞いていると、副会長は私を庇ってくれているようにも感じる。
気のせいだとは思うけど…。
うんうん、自惚れよくない。
「それで、この面子が揃うのは初めの顔合わせ以来だと思うのですが、何か心持ちに変化でも? というより、何故横峰先生の背中に隠れたままなんですか、あなた。」
私は少しだけ顔を覗かせる。
横峰先生は、謂わば私の盾だ。
横峰先生に間に入ってもらうことで、なんとなくスムーズに彼らと話せる気がしたので、ついてきてもらったのである。
だって、横峰先生は賢ちゃん2号だもんね。
賢ちゃんはすごいぞー。
どこがって、イケメンをただの人として扱う図太さとか。
「えーっと、会計様に用事がございまして…。」
「俺?」
「はい。少し…いいですか?」
本当は会計のクラスに行こうと思っていたのだけど、生憎とどこのクラスに所属しているのか分からなかったため、こうして生徒会の活動時間に呼び出すことに…。
う、他の役員たちの視線が痛い…!
うちの子に何の用だ根暗女、って顔してるぅ!
ビシバシと突き刺さる視線が怖いので、懸命に横峰先生という盾に隠れつつ、私は室外にと会計を誘導する。
と、そこで。
「そいつに用って、何だよ。」
まさかまさかの、女嫌い書記様からの制止。
やばい。
冷や汗ぶしゅー。
「た、大した用事では、」
「じゃあ、ここで話せよ。わざわざ場所を変えることはねえだろ?」
そ、その通りだけど…!
「まあまあ、まっちゃんは人見知りだもんねぇ〜。こんな怖い顔した人たちの前じゃ、話しにくいこともあるよねぇ!」
にこにこ笑って私の味方になってくれる会計が、今は天使に見える。
え、何この空気読める人。
天才か。
会計が進んで生徒会室を出てくれたので、私も横峰先生を引っ張って針のむしろを後にする。
………書記様がものすごく険しい表情でこちらを見ていたけど、うん、気のせいということにしよう。
「それで、用事ってなぁに? まさか告白? え〜俺って罪な男! きみが尚とくっつけばいいなぁとは思ってたけど、そっか〜、俺に惚れちゃったかぁー。うん、でもごめんね! まっちゃん、好みじゃないし!」
「……。」
生徒会室を出た廊下で。
してもいない告白でフられる私って、本当にかわいそうだと思う。
ふ…、泣かないもんね。
これきしのことで泣いてやるもんか。
「三枝。さすがに、その言い草はないだろう…。」
我が盾、横峰先生が呆れた様子で言う。
もっと言ってやってくださいよ、先生!
そもそも告白するなら横峰先生という第三者を連れてきたりしないし、言わせてもらうなら私にだって好みがある!
……というのは、恐ろしくて口にできないけど。
私なんかが選り好みするとは無礼な、とかなんとかで切腹を命じられそうだ。
「用事というのは、これを…返そうと思って……。」
しっかりと横峰先生の裾を握りしめ、勇気を貰いつつ、会計に差し出す品。
それは、以前に書記様を誘ってねと貰った水族館のチケットだ。
「え、これ……。」
「む、無理なので。」
「…………わざわざ、返しに来たの?」
ひぃっ。
言われたこと一つできないなんて、この愚図が! と怒られる!?
私はとっさに横峰先生に隠れ、避雷針よ、と祈るのだけど、肝心の雷が降ってくることはなかった。
「あはは! 別に怒んないよぉ、これくらいのことで。っていうか、まっちゃんって律儀だねぇ。それにあの尚が嫉妬するところも見れたし、満足満足。」
じゃーね、と会計は颯爽と生徒会室に戻ってゆくのだけど、見事に謎が残された。
「松村。状況がまったく読めないのだが、結局先生は何のために連れてこられたんだ?」
首を傾げる横峰先生と一緒に、私も頭を悩ます。
……嫉妬、ってなんぞ。
完全に誤解である。




