28.呪いとまじないは違うんです
風紀委員長は一度取り出した例のブツを再びしまい、何事もなかったかのように鞄を私に返してくれた。
「昼放課、話がある。」
……そう言って。
うわーん、賢ちゃんどうしよー!
もうお嫁に行けない、生きてけないー!
そんな感じでフラフラ教室に向かっていたところを横峰先生に捕まり、誤解されてて、その誤解を解いて、なんとか任務を遂行しようと図書室までやって来た。
自分では結構早起きしてきたつもりなのに、図書室に辿り着いたときには、いつも教室に入るのと変わらない時間帯だった。
こんなはずじゃ…。
いや、早く例のブツをどうにかしよう。
風紀委員長のように、誰かに見られてしまう前に。
私は例のブツを取り出して、机の上に置いておいた。
後は知ったことじゃない。
持ち主である不良先輩のもとに戻ればいいけど、例え他の誰かに拾われたとしても、もう私はこれに関与しないんだから!
図書室やその周辺に誰もいないことを確認して、抜き足指し足忍び足。
私はそっと立ち去る。
ふぅ。
とりあえずは任務完了だ。
これで、あの忌まわしき呪いの本は私の手元を離れてくれたわけだけど、やはり呪いを呼び込む物なのか、あれのせいで堅物風紀委員長に目をつけられてしまったことについて頭を悩ます。
イケメンとのフラグよ。
どうしてこう、私にまとわりつくんだ…!
しかもそれは決して恋愛フラグなんかではなく、私ばかりが被害をこうむるような、酷いフラグだ。
イケメンと恋愛できたら、そりゃあ楽しいだろう。
人生バラ色だろう。
でもイケメンにとって私は恋愛対象には値せず、むしろノミ虫のような扱いで…いや、もしかしたらノミ虫にすら負けているかもしれない。
ああ、相田ちゃん。
私にイケメンの攻略方法を教えてください。
「あれ、松村さん?」
「え。あ、おう……じゃなくて、東堂…くん。」
そしてそこに現れる超絶イケメン。
王子、とついつい言いそうになってしまうのだけど、寸前で慌てて言い直す。
純朴王子…もとい東堂くんは、王子と呼ばれるのがあまり好きではないらしいから、私は心の中でも彼を名前で呼ぶことに決めた。
うん、私なんかが呼んでいいのかと、毎回毎回すっごく躊躇われるんだけどね。
やっぱり、様付けで呼んだ方が正解なのかな?
「ふふ。おはよう、松村さん。僕のこと苗字で呼びにくいなら、別に王子呼びでも構わないよ?」
「え…い、いや、…えっと、そういう呼び方は、好ましくないん、だよ…ね?」
よし私ってばやればできる子。
王子に質問することができた。
「確かに王子って言われるのはあまり好きじゃないけど、松村さんにそう呼ばれるなら、それはそれでいいかなって。だってほら、まるで僕が松村さんの王子様になれたみたいでしょ?」
と、ここで。
王子の悩殺スマイルが発動する。
私は慌てて目を覆った。
な、なんという殺し文句…!
これが天然タラシというやつか! 恐ろしい!
彼にとっては何気なく口にした言葉なのだろうけど、そのセリフは、まるで私が口説かれているのかと錯覚しそうで。
顔が赤くなるぅ…っ。
王子の名は伊達じゃない。
おまけに頭がクラクラしてきて、東堂くんの魅力にやられてしまいそうだ。
ああ彼こそ私の探し求めていた王子様……じゃなーい!
しっかりしろ私ー!
「お主、私を攻略する気なのか…。」
「え? 攻略? …何の話??」
恐ろしい。
恐ろしいぞ、王子。
「えっと、それで松村さんはどうしてここに? あ、僕と同じで図書室に用事があったとか?」
一人、芽生えそうになる恋心と戦っている私をよそに、王子は話題を変える。
うむ、そうだとも。
私は例のブツを元あった場所に戻すという、大変重責な任務を終えて、無事に帰還するところだとも。
…とは言えず、ええ、まぁ、とお茶を濁した。
「そっか、奇遇だね! 僕も図書室に用事があるんだ。昨日借り忘れてしまった本を借りようと思って……って、松村さん!? どうしたの? 顔色が良くないよ?」
「と、とう、東堂くん! 図書室は今、なんていうか、近寄らない方が…。」
「え? どうして?」
首を傾げる東堂くん。
そんな姿もうん、かっこいい。
対する私は冷や汗が止まらなかった。
一難去ってまた一難…。
王子を図書室に向かわせるわけにはいかない。
だってあそこには、まだ例のブツが……。
「と、とにかく、図書室はマズいと言うか…。」
「? …そっか、そうだね。まずは松村さんを保健室に連れていった方がいいよね。」
「え? あ、いや、そういうことじゃ…。」
「無理しないで、松村さん。松村さんは体が弱いんだから。」
……いつの間に、王子の中で私は体の弱い子になってるんだろう?
「だ、大丈夫! …だから。本当に。」
東堂くんの美しいかんばせに見つめられながら、私はなんとか言葉を紡いだ。
まだ何か言いたげな王子だけど、そんなやり取りをしていた私たちの間に第三者が現れたことにより、それはうやむやになった。
「何をしてるんだ? お前ら。」
秀才くん…篠崎くんだ。
何故かその顔はげんなりしている。
「飽きないな、東堂。またちちくり合って…。」
「おはよう、篠崎くん。ひょっとして篠崎くんも図書室に?」
「……ずっと疑問に思ってたが、お前のスルースキルは故意なのか?」
うん、篠崎くん。
奇遇だね、ちょうど私も同じことを思ったよ。
「なんのこと?」
キョトンとする東堂くんに、まぁ王子だから許されるんだろうなと遠い目になる。
これがわざとなら凄まじいまでに腹黒だ。
生徒会の腹黒眼鏡ことクールビューティな副会長にも負けないだろう。
腹黒・オブ・ザ・イヤー。
「まぁ、いい。僕は昨日忘れ物をしたことに気づいて、それを取りに向かう途中なんだ。邪魔するな。」
「邪魔するなって…篠崎くんから話しかけてきたクセに…。」
ボソリと口にすると、すぐさま睨まれる。
本当のことを言っただけなのに…。
でも、だんだんこの人の眼光の鋭さにも慣れてきたぞ。
「とにかく僕はもう行くからな。」
「あ、待って篠崎くん。僕も行くよ。」
「え……ちょ、二人とも、ちょっと待っ、」
やめてー!
図書室には、二人には到底見せることのできない俗世物が……!
慌てて私が図書室の扉の前に回り込むと、怪訝な顔をする篠崎くん。
と、首を傾げる東堂くん。
「どうしたの? 松村さん。」
「妙な真似をするな。」
フハハッ。
図書室にどうしても入りたいというなら、この私を倒してからにするんだな!
どうしても中に二人を入れたくなくて、私はそう意味の分からないことを心の中で宣言してしまう。
「図書室は現在、その…清掃中で…。」
「清掃? 何を馬鹿なことを。」
「そ、そう! ワックスをかけたばかりで、床が滑りやすくなってて…あ、危ないかなーと…。ほら、滑って転んで、腰を強打してぽっくりお陀仏…なんてよくある話でしょ?」
「何だそれは、聞いたことがないが。とうとう頭がイカれだしたのか? お前。」
ひ、酷い。
篠崎くんは立ちはだかる私をいとも簡単に押し退け、図書室に入っていってしまった。
あ~~れぇ~~~!
「大丈夫? 松村さん。」
床に倒れ込んだ私なんかを心配してくれる東堂くんは、マジで王子だと思う。
「だ、だいじょばないです……。」
「え?」
そうこうしている内に篠崎くんは例のブツが置かれている机に近づき、その存在を――。
って、あれ?
あれれ?
例のブツがない。
確かにあそこに置いてきたはずなのに、篠崎くんが素通りしたように、そこには何もない。
えっ、なんで?
私が例のブツを置いて出て行った後、図書室には誰も入室していないはず。
まさか…。
呪いの本と謳われるだけあって(私が勝手に名付けただけだけど)、ひとりでに動き出したんじゃ…。
ゆ、由々しき事態ー!
「やっぱり呪いだ。呪われてるんだアレ。厄払いに行かなきゃ…。」
ブツブツとつぶやく私の独り言は聞こえていないようで、二人は各々の用事を済ませていた。
しかし、篠崎くんが奥の本棚の方へと向かおうとしたとき。
――バサバサと音を立てて、いきなりどこかでたくさんの本が落ちたのだ。
「ん? 誰かいるの、」
「ぎゃあああぁぁあああぁぁぁあああぁああぁぁぁあああぁぁあ!!」
「か。」
私は生まれてこの方おそらく一度も出したことのないような大声を上げて、脱兎のごとく逃げ出した。
両手にはもちろん二人を引っさげて。
だってこの二人、明らかにさっきのは超常現象だったのに、目の当たりにしてもまったく動じてないんだもん。
ダメじゃん、逃げなきゃ!
呪い殺されちゃうよ!
私は確かにお守りとか占いとか、まじない的なのが好きだ。
素晴らしいと思う。
でも呪いの類いは無理なのだ。
聞くのもダメ、見るのもダメ。
だからクラスメイト諸君。
私が読んでいる本は呪いの本だとか誰かを呪い続けてるとか、一時私にまつわるおかしな噂が流れたりしたけど、あんなの嘘っぱちだからね!
とにかく私は逃げ回った。
霊とかの存在を一切引き寄せない賢ちゃんを求めて。




