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傍役メランコリー  作者: 夏冬
27/32

27.あゝ賢ちゃん!


「以前にも先生は見てしまった…。松村が篠崎の使いパシリにされているところを…!」


ぼけっとしていたら、何やら横峰先生の一人芝居が始まった。


いきなり席を立ち上がって、頭を抱えて唸りだしたかと思えば、しばらくしてまたいそいそと着席し、咳払いをする。

そして私を真っ直ぐに見つめてきた。

…何がしたいんですか、先生。


「じ、実は先生もこういう対応には慣れてなくてな。どうすればいいと思う? 俺の生徒が俺の生徒を虐めるなんて…!」


どうでもいいけど、一人称が「先生」なのか「俺」なのかはっきりしてほしい。

以前までは生徒の前でもずっと「俺」だったのに、最近は違うから、もしや教師としての自覚が出てきたとか?

これも賢ちゃんの影響なのだろうか。


「松村! せ、先生どうすれば…っ。」

「いや、私に意見を求められても…。」


そもそも虐められてないし。


「先生は、…コホン。イジメはよくないと思う。イジメなんて、危害を加える側も加えられる側も損しかしないからだ。できれば、根絶やしにしたい。」

「…はあ。」

「松村は辛くないのか? きっかけは何だったんだ? 篠崎は勉強以外に興味はないと思ってたんだが、まさかあんなことをするなんて…。いつから始まったんだ?」


………無理には聞かないんじゃなかったっけ、横峰先生。


めっちゃ根掘り葉掘り聞いてきてるじゃないか。

私がもし本当にイジメを受けている立場だったら、その遠慮のなさにハートが傷ついてるところだよ。

こなっごなだよ。


最近思うんだけどさ、うん。

多分、横峰先生は空気が読めないんじゃないかな…。

変なところで鈍いし、勘違いが多いし、なんか勝手に暴走機関車やってるし、ツッコミどころ多いし、たまに図々しいし、酒癖悪いし、酔って家電を恋人にしちゃうくらいだし……あれ?

なにこれ、ほぼ賢ちゃん。


イケメン顔なだけの賢ちゃんじゃないか。


「横峰先生!」

「うわ。…なんだ、松村。びっくりしたじゃないか。いきなり大声で……。」

「先生、私は虐められてなんかいません。篠崎くんは友達です。」

「え? いや、でも…。」

「誰が何と言おうと友達なんです! ちなみにおう…東堂くんともちょこっと仲良くなれました!気のせいかもしれないけど!私、頑張ったんです! コミュ障の壁を乗り越えたんです! ―――だから、褒めて!」

「……………は?」


最後の台詞に、横峰先生は素っ頓狂な顔をする。

何言ってるんだ? とでも言いたげで。

自分でも何言ってるのか分からないけど、横峰先生が完全に賢ちゃんとダブって見える私の口は止まらなかった。


「先生、私の頭をワシワシ撫でてください。」

「え、あ…こうか?」

「もっと力強くお願いします。」

「……こうか。」

「はい! へへー。」


賢ちゃんに褒めてもらった!


久しぶりに頭を撫でてもらえて上機嫌になる私とは反対に、横峰先生は首を傾げて、分かりやすく頭にハテナマークを浮かべてる。


「松村…、また何か変なものでも食べたのか。」


最後らへん、私をカワイソウな子でも見るかの如く同情的な視線を送ってきたのは、いただけないけど。

いつの間にか“イジメ”の誤解は解けていたから、良しとする。



空き教室を出た私は、自分にはまだ遂行途中の任務があることを思い出し、ハッとした。


そうだ。

私にはやらなければならないことがある。

急いで図書室に向かわなければ…。


そして、例のブツを―――!





話は、横峰先生に捕まる少し前に遡る。


それは二十分ほど前のこと。

私は色んな意味でドキドキしながら、朝、学校の正門をくぐった。


うわあああ。

心臓がすっごく脈打ってる。

こんなに緊張するのは、幼稚園の学芸会以来かもしれない。


理由は、鞄の中の“ある物”の存在だった。


これが誰かにバレたら、私の人生は一巻の終わり…!

何としてでも鞄の中身だけは死守せねばならない。


汗をダラダラかいた手で鞄を握りしめ、抜き足さし足で昇降口に向かう私は、遠巻きに見てもきっと不審者然としていた。


だから、当然の如く呼び止められてしまったのだ。


「そこのお前、待て。」


―――門の傍らに立っていた、風紀委員に。


ひいいぃっ。

ぬ、抜き打ち検査だと!?

今日に限って、なんてことだ!


私はあえて聞こえていないフリをして、なんとか逃げようとする。

空気になるのはもっとも得意とするところだ。


……が。


「待てと言っているのが聞こえなかったか。そこの一年女子、松村六花。」


呼ばれたフルネームに、思わず体が固まる。


風紀委員に知り合いなんていなかったはずだ。

そもそも、私の顔を見て名前を当てられる人物など、この学校にそういない。

教師ですら時々間違えるくらいの影の薄さなのに…。


なんで、私の名前…。


振り返って、思わず悲鳴を上げてしまいそうになった。


そこにいたのは、泣く子も黙る風紀の鬼、磐城いわき恭久やすひさだったから。


相田ちゃんの逆ハーレム要員である、堅物風紀委員長だ。


「お前、今、私を無視しようとしたな。」


ぶるっと全身の毛が粟立った。

そんな、滅相もない…と何とか言い訳を探しながら視線をさまよわせる私だけど、堅物風紀委員長と目が合った瞬間、完全に頭が真っ白になった。


いや、だって。

何この人…!

尋常じゃないくらい怖い!


相田ちゃんのハーレムに所属するだけあって顔は整ってる。

カッコイイと思う。

が、表情は恐ろしいまでに冷たい。

私のお父さんに顔面恐怖度で敵う人間がこの世にいるとは思えないものの、お父さんとはまた違った意味で、目の前の御仁は恐怖を煽ってくる。


いつも遠巻きにしか見たことなかったけど、なるほどこの人は近くで眺めちゃいなけい人だ。

目からビームで殺される。


「おい? ……どうした、すごい汗だぞ。」

「えっ!?」


何!?

見苦しいな今すぐノすぞゴラァって!?


ご、ごめんなさいぃぃぃっ!


「怪しいな。何か隠しているのか?」


堅物風紀委員長の視線が、私が大事に抱え持つ鞄へと移る。


私は反射的に、鞄を背中へ隠してしまった。


「………。」


必然的に、鋭さを増す眼光。


ち、違う!

私は断じて、悪いことはしていない。

今のコレだって、学校にもとあった物を戻そうとしているだけで……。


うん、ほら、私いい子。


「鞄をこちらに渡せ。抜き打ち検査をする。」

「ぷ、ぷ、…ぷら…!」

「ぷら?」

「…プライバシー、の、しんがーい…。」

「……。」


なんかもう、風紀委員長が頭の中で考えていることが分かる。


「何言ってんだ、テメェ」って。

絶対そう思ってる。


「見られたくないものを隠し持っているとき、人はなかなか鞄を渡そうとしないものだ。」

「……べ、別に…。」

「視線を合わせようともしない、口調もしどろもどろ。おまけに挙動不審ときて、怪しまない方が無理な話だろう。」


それは半分、あなたの見た目のせいでもあると思うんだ。


「何を持っている?正直に話せば、ここだけの話にしといてやろう。」

「え…。」

「初犯は口頭注意で済むことになっている。」


ぐ…っ。

ここだけの話にしてくれるというのは、大変有り難い。


だが!

そう、私はどうしても、鞄の中身を他人に見られるわけにはいかないのだ。

これは私の死活問題に関わる。

もし、他人に中身を知られたら……私は生きていけない。

明日から登校拒否する自信がある。

そのまま引きこもりのニートになって、一生親のスネかじりになる自信がある。


「…埒が明かないな。貸せ。」

「あ……!」


頑として鞄を離そうとしない私にため息をついて、無理やり奪い取ろうとする堅物風紀委員長。


ぎゃー! やめてー!

鞄の中身を知られたら、私、私…!


「これは………。」


鞄をふんだくった風紀委員長が中を見て、一瞬だけ固まる。


ついでに私も固まった。


「…………。」


風紀委員長は無言で例のブツを取り出し、私に見せる。


「これはお前のか?」


あ、死んだ。




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