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傍役メランコリー  作者: 夏冬
26/32

26.あの件について



「六花。あの件について、どういうつもりだったのか聞かせてもらおうか。」


ひゅううううーと吹き荒れる豪雪。

あまりの寒さに腕をさすれば、瞬時に鋭い視線で咎められる。


一つ良いことがあると、九つ悪いことが起こる。

それは私の人生における、絶対的なルールだった。


「お、お父さん……どどどどうしたの。」


家に帰れば、珍しくそこにはお父さんの姿があった。


仕事はどうしたのと聞けば、トラブルが起きて、いつもより早く上がることになったらしい。

そして、そうなんだー、とのほほんとする私を椅子に座らせ、絶対零度の眼差しを向けてきたのだ。


間違いない。

これは、精神を狙った死亡フラグだ。


「六花。私はね、別に怒っているわけじゃないんだよ。ただ、お前がどういうつもりだったのか、きちんと自分の耳で聞きたいだけでな。」


柔らかな口調。

でも、その顔と背中に背負ってる吹雪が、ものすごく恐ろしい。


私とお父さんは、見た目がまったくと言っていいほど似ていない。

私はこの世のどうでもいいものを寄せ集めた風姿だけど、お父さんは悪さをするためだけに生まれたような顔をしている。


つまり、とんでもない悪人面。

今までどれだけの、見ず知らずの子供を泣かせてきたか。

職質を受けた回数は数知れず。


特に目つきが凶悪で、現在進行形でその目に睨まれている私は、魂が口から「こんにちわ☆」してしまいそうだ。


う、浮かれていた私が悪かったのか……。

秀才くんと友達っぽくなれて、純朴王子とも少し近づけた気がして、うひゃひゃーなテンションで帰宅してしまったからなのか。


「六花? 聞いてるのか?」

「は、はい!」


どうしよう。

どう言い訳をしよう。


お父さんの言う“あの件”とは、おそらくこの間のテストの順位のことだ。

今まで20位以内をキープしていたのに、初めて25位なんて順位に終わってしまい、だから怒っているのだ、きっと。


「最近のお前は、本当に何を考えているのか分からない。あれだけ目立つことが嫌いだったのに、いつの間にか生徒会なんてものに入っているし…。六花、私は、悲しいよ。お前の心がどんどん父さんから離れてゆくようで……。」


お父さんが額に手を当てて俯くものの、厳ついお顔が邪魔をして、まったく悲しそうには見えない。

お父さん的には嘆いているのだろうけど、他人からしてみれば殺人計画でも立てているかのような雰囲気だ。


本当、私、お父さんに似なくてよかったかも…。


「えっと、お父さん、ごめんなさい。」

「…! では認めるのだな、六花。」


認める? 何を?


私が首を傾げると、お父さんも一緒に傾げた。

お父さんの動作は、喧嘩前の「よし、殺るか」的な準備運動にしか見えないからやめた方がいい。


「お父さん、何言ってるの?」

「六花こそ。」

「私は…素直に謝ろうと思って…。」

「あの件についてだろう?」

「え? うん。」


あの件って、テストの順位のことだよね。

良さそうな言い訳が見つからなかったから、こうなったら頑張って謝り倒して、許してもらおうと覚悟を決めたんだけど…。


――私たちの間に齟齬が生じていると気づいたのは、お父さんが紙袋から取り出した、ある物を目にしてからだった。


「ぶふうっ! お、お父さん、それ……!」

「ああ、六花。洗いざらい話してもらおうか。何故こんなものが、我が家のゴミ箱に捨てられていたのか――。」


そんな。

一体どうして…。

きちんと捨てたはずなのに!


お父さんが机の上に置いたのは、いつかの――エロ本だった。


まさか、そんなものをお父さんが持ち出してくるとは思わず、私は絶句した。


だってあの本は、きちんと燃えるゴミに分別して捨てたはず…。

見つからないように、ゴミ袋の奥底に隠したのに。


再び私の元へ戻ってこようとは、なんたる呪い!


「田中さんが偶然見つけたんだ。朝、ゴミを捨てに行くためにまとめていたら、妙なものがあることに気づいたらしくてな…。」


田中さんとは、我が家のハウスキーパーさんだ。

その道28年の大ベテラン。

何でも誰かに話してしまう口の軽さが玉に瑕だけど。


ああ、田中さん。

そこはスルーして欲しかった。

本の存在を知っても、あえて触れないで、そのままゴミ収集に出してくれれば良かったのに…。


どうして、わざわざお父さんに報告してしまうんだ。

それも、実物付きで。


「深刻な顔をした田中さんに、お嬢さんは何か悩みがあるんじゃないかと言われて、これをそっと差し出されたときの私の気持ちが分かるか、六花。」


………分かりませぬ。


どこか哀愁漂うお父さんの口調に、私は目を逸らして現実逃避した。


違うんです。

それには、深ぁ~い事情というものがあって…。


「さあ六花よ。私にお前の言い分を聞かせておくれ。」


たぶん、人生で一番の修羅場だった。



と言うわけで、お父さんの言う“あの件”は、テストのことではなかった。

むしろ、テストの順位を下げたことについて、お父さんはあまり怒ってはいなかった。

テストに関しては「次に頑張りなさい」と言われたのみだ。

メールでテストのことで話があると言っていたのも、口実だけで、実は初めからエロ本についての話だったらしい。


そのエロ本については、途中からやって来た田中さんも含め、一夜議論になった。

クラスメイトが間違えて私の鞄に入れちゃって…という私の言葉は誰にも聞いてもらえず、最終的に「どんな六花であれ、私の可愛い愛娘に代わりはない」とものすごく真摯な瞳でお父さんに訴えられて、話は終わった。


ええ、お察しの通り、問題解決には至っていませんとも。

父さんが悪かった、なんて言われて、否定の仕様がなく、誤解されたまま次の日になってしまった。


流石にこれは…うん。

早いうちに誤解を解いておかないと、取り返しのつかないことになりそうだ。


次にお父さんに会ったときは、はっきり釈明しよう。

ぶっちゃけ、「クラスメイトがふざけて鞄に入れたらしくって、私が気づいたのは家に帰ってきてからだった」と嘘ついてでも、不名誉な誤解は回避しなければ。

お父さんの中での私の株が、どん底になる前に。


そして、固く心に誓って、学校に登校した私を待ち受けていたのは、さらなる厄介事だった。





神妙な面持ちで、横峰先生は口火を切る。


「松村。先生は、無理には聞かない。だがな、だからと言って、松村の今の状況を看過するわけにもいかない。つらいことがあるなら、素直に先生を頼ってほしいんだ。」


えー、コホン。

何言ってるんですか、このイケメンは。


朝、登校して、若干風紀委員の人といざこざがあったりして、ぐったりしながら教室に向かう途中。

ばったり出くわした横峰先生に空き教室へと連れて行かれ、何これ禁断の恋!? とか一瞬でもときめいてしまった私の乙女心を置き去りに、横峰先生は至って真面目な顔で意味不明なことを言ってのけたのだ。


「つらいことって…。」

「あの件についてだ。」


あの件。

と言われて思いつくのは、昨夜の我が家でのちょっとしたエロ本事件。


何故、先生が知ってるんだ!?

なんて瞠目するけど、すぐにそんなわけないかとかぶりを振る。


エロ本事件については賢ちゃんも知らないはずだし、この重大機密が万が一にも外部に漏れる可能性はない、…と、信じたい。

口の軽い田中さんには要注意だけど。

それに、もしお父さんと田中さん以外に知られていたのだとしたら、私の死活問題に関わる。

あ、いや、現在も十分そうなんだけどね…。


となると、横峰先生の言う“あの件”って一体?


「松村が、心優しい生徒だと言うのは知ってる。だが時に、その優しさがアダとなってしまうこともあるだろう。」

「ちょ、ちょっと待ってください、…えーっと、何をおっしゃられてるのか…。」


最近、人との会話が噛み合わない気がするぞ、私。

コミュ障だから元からなんだけどね、うん。


「―――篠崎についてだ。」


え? 秀才くんがどうかしたの?


横峰先生はまっすぐこちらを見据えたまま、言いづらそうにしている。


「あの、どういうことですか…?」

「あーっと、いや。…ほら、篠崎は友達という言葉を使って、松村を言いように扱ってるんじゃないか、と。」

「……。」


それって、つまり?


「先生は分かってる。松村は、篠崎にいじめられてるんだろう?」


………あれ。

それ誤解だって、私言わなかったっけ?



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