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傍役メランコリー  作者: 夏冬
25/32

25.純度100%にございます



翌日から、なんともおかしな構図ができあがった。


図書室で秀才くんに勉強を教えてもらう私。

と、その横で本を読む純朴王子、だ。


この奇妙な光景に、図書室へやって来た人はだいたい二度見する。

勉強熱心だな~なんてスルーして、あれ? 王子いる!? と再度確認するのだ。

気持ちは分からないでもない。


王子いわく、秀才くんが私をパシリに使わないように監視しているらしい。


「喉が乾いたな。」

「あ…。私、なにか買ってこようか。」

「そうか、頼む。」


「ちょーっと待った!」


と、こんな具合に、なにかあるとすぐに止めに入ってくる。


たとえ私が自主的に申し出たとしても、純朴王子の目には秀才くんが無理やり…という風に見えるようだった。

純朴王子よ、あなたはどれだけ秀才くんを加害者に仕立て上げたいんだ。


「篠崎くん、自分で行ってきなよ。女の子に買いに行かせるなんてかっこ悪いよ。」

「……。毎回毎回、なんなんだお前は…。」


げんなりした顔の秀才くん。

ことあるごとに口を挟んでくる純朴王子に、初めこそイライラMAXで反論していたが、あまりにもしつこいので逆に疲れてしまったようだ。


秀才くんは、納豆のようにネバネバしたものが嫌いらしい。


「………もういい。自分で行ってくる…。」


しつこさに負け、秀才くんは頭を押さえて図書室を出て行った。


ある意味ですごいぞ王子。

秀才くんの豊富なボキャブラリーが繰り出す言葉の刃をものともせず、馬鹿の一つ覚えみたいに同じことを繰り返し繰り返し…。

儚い容姿からは想像もつかないほど、王子は意外に打たれ強かったようだ。


私なんて未だ、秀才くんに名前を覚えられていないショックが後を引いているというのに。


「ふう。松村さんも、はっきり言った方がいいよ。何でもかんでも安請け合いしちゃうと、相手が味をしめてしまうから。」

「そ、そうだね…うん。気をつける…。」


分かってはいるが、それでも断れないのが私だ。


「それにしても、松村さんと篠崎くん、いつの間に勉強会を開くような間柄になってたの?」


ジッとこちらを見つめる視線。


今更ながら、現在はイケメンと二人きりであることを思い出した。

ついでに言えば、秀才くんさえいてくれていたら、王子とも存外普通に…とまではいかないけど、比較的障害なく話せることに気づいた。

おお…、私成長してる?

二人きりだと途端に汗だくになってしまうものの、うん、ちょっとはイケメン耐性が備わってきたのだと信じたい。


「ええっと…言うほどの仲ってわけでも……。」

「そんなことないと思うけどな。篠崎くんが誰かに勉強を教える姿なんて、僕、初めて目にしたよ。彼は自分の勉強時間が減らされることを、ひどく嫌うからね。…すごく、意外だった。」

「……。」


王子よ…。

何故そんな遠い目をするんだい…。

あれか?

秀才くんと仲良くなりたい純朴王子にとっては、勉強を教わる私が羨ましいのか?


う、憂いを帯びた顔をされたって、秀才くんのお友達ポジションは譲らないんだからね!

私にとって、初めてできた(たぶん)お友達なんだからね!

と、お友達立ちポジションから引きずり落とされまいと、恐れ多くも純朴王子に対抗心を燃やす私だが、やはり王子の哀愁漂う表情には弱く。


最終的に……。


「お…じゃなくて、東堂くんが私の代わりにしゅう…じゃなくて、篠崎くんに勉強を教えてもらっては……。」


イエス、私が折れた。

不本意だが致し方ない。

王子に悲しい思いをさせ、天より罰が下ることを思えば、秀才くんから勉強を教えてもらえる権利を献上することなど容易いものさ。


ふふふ…。

王子のために身を引く私、なんて健気!

人魚姫みたい。

友達との別れの時が思いのほか早くやってきたことから現実逃避するために、脳内がメルヘンに犯され始めた私だった。


さよなら、生まれて初めてのお友達よ……。


「え。それは、悪いよ。松村さんだからこそ、篠崎くんも勉強を教えてくれてるんだろうし…。僕、そんなに羨ましそうにしてた? 松村さん、気を使わせちゃって、ごめんね。」

「め、滅相もない!」

「ふふ。松村さんは優しいね。」


………。

自分ってば健気~、とか心の中で思っていた数秒前の愚かな自分を殴りたい。

申し訳ありません、王子。

私なんて人魚姫の足元にも及びませんでした。

プランクトンからやり直してきます。


「……僕はさ。」

「え?」


長い睫毛を悲しげに伏せて、純朴王子が口を開く。


「篠崎くんのこと、ずっとすごいなって思ってた。頭も良いけど、それ以上に……ほら、誰に何を言われても堂々としているところとか。自分の信念…って言えばいいのかな。貫いてて、すごな、って。中学の頃から少し、憧れていた。」

「それは…。」


ただ“協調性がない”だけなのでは…。


「憧れって言っても、篠崎くんみたいになりたいとか、そういうわけじゃないんだ。」


うん、と相槌を打っておく。

純朴王子が秀才くんを目指してもらっては大いに困る。

たぶん、学校にいる王子ファンすべてが泣いてしまうんじゃないか?


「なんて言えばいいんだろ…。僕にとって篠崎くんは、まったく別の次元で生きてるような人で。すごいなと思う反面、篠崎くんみたいに振る舞えない自分がもどかしくて、わずかに妬んでるんだ。だから、篠崎くんを前にすると、自制が効かなくなっちゃうんだよね。」


そういえば前に、王子は周りから押し付けられる理想像のせいで「本当の自分が分からなくなる」とか言っていたっけ。

それで、どこまでも我が道を行く秀才くんが妬ましい、と。

なんとなく分からないでもない。


「えーっと、あの、…東堂くん。」


純朴王子を名前で呼ぶのは少し難易度が高い。

私みたいなプランクトン以下の存在が、簡単に呼んではいけない気がしてためらわれるのだけど、王子は特に構う様子はなく。


よ、呼んでいい?

流石に本人の前で王子とは言えないから、東堂くんって呼んじゃうよ?

天罰とか、下らないよね?


「たぶん、それは、良い変化…なんじゃないかな…。」

「良い変化? つい、篠崎くんにばかり口うるさくなってしまうのに?」


言いたいことが言えるのは、いいことだと思う。

少なくとも私にとってはそうだ。

内弁慶だから、賢ちゃん以外の人に本音を話せることはまずないし…。


「……私は、羨ましい。」


ぽつりとつぶやくと、純朴王子は目を丸くした。


「えっ。羨ましいって……僕が?」

「う、うん。東堂くん、篠崎くんと友達になれるよ。…私と違って。」

「そんな、どうして?」

「……なんとなく…。」


私は。

友達がなんなのか良くわからなくて、欲しいとは思ってもなかなか作れなくて。

秀才くんが私を友達だと言ってくれたとき、困ったけどとても嬉しかった。

こんな私でも友達になってくれる人がいるんだ、って。


……でも。

ああ、そうか。


いつまでも受け身のままじゃ、ダメなんだ。


秀才くんは私を友達にしてくれたけど、それは、名前だけのもの。

だって本当の“友達”は、相手をパシリになんてしないし、もっと色んなことを言い合える仲。

今の私と秀才くんは友達未満の状態だ。


私は、秀才くんと、本当の意味での友達になりたい。


「私、東堂くんがう、羨ましい。…なんて。お、おこがましいかもしれないけど、…でも、篠崎くんにはっきり物を言ってるところとか、見てて、その、こうやって何でも言い合えるのが友達なのかな、って。………思ったりしちゃいました。」


うあああ。

こんなに長々としたセリフを賢ちゃん以外に話したことなんてそうなくて、段々と自信がなくなって尻つぼみになってしまう。


「よし…私、決めた…。」


ええと、つまり。

だから。


「篠崎くんが戻ってきたら、まず、名前を呼んでいいか許可を求めることにする!」


決めたよ、賢ちゃん!

まずは、そこからだ。


「――な、名前?」

「うん…。」

「下の?」

「ま、まさか。」


異性を名前呼びとか、なにそれハードルが高すぎる。


「ということは、苗字ってこと?え、ちょっと待って。じゃあ、今まで松村さんは篠崎くんのこと、なんて呼んでたの?」

「……秀才くん。」

「しゅ…いや、確かにそうだけど…。」


そして、何か考える素振りを見せる純朴王子。


「ちなみに、僕のことは? 心の中ではどう呼んでた?」

「え…、いや…別に…。」

「怒らないから、聞かせて?」

「……。」


本当に怒らないかな。

気分とか害さない?

私は恐る恐る答えた。


「……純朴王子……。」


途端に、ぶっという吹き出し音が聞こえた。


「ハハ! 松村さん、おもしろいね。王子って言われることはよくあるけど、純朴って…。」

「ご、ごめんなさい。」

「大丈夫、怒ってないよ。だから謝らないでほしいな。本当に、少しツボに入っただけだから。」


目尻に溜まった涙を拭いながら、王子は笑う。


怒っては…ないようだ。

ふー、危ねー。

私ってば、しなくてもいいことをカミングアウトしてどうする。


王子を前にすると、嘘がつけなくなってしまうのだから恐ろしい。


「でも、そっか。そうかもしれない。僕も、篠崎くんと友達になりたいのかも。」




それから、飲み物を片手に戻ってきた秀才くんに、私は一生分の勇気を振り絞って言ってみた。


「あなたの本当の友達になりたい。だから、どうか私に、名前を呼ぶ許可をください!」と。

秀才くんは呆れていた。


「お前…いや、お前ら…。とうとう結託しだしたか。名前なんてどう呼んでも別に構わないが、その目で僕を見るのはやめろ。」


その目? と、隣にいた王子と視線を交わせば。


「私たち、濁ったものは何もありません! って言外に訴えてくるその目だ! うわあもう鳥肌が立ってくる! 僕は、お前らと一緒に青春を謳歌するつもりなんて、微塵もないからな!」


秀才くんは訳の分からないことを言って、しまいには、王子も一緒に勉強してもいいか訊ねた私に、頭を抱えて「好きにしろ!」の一言。


「雛鳥二匹に懐かれた気分だ……。」


雛鳥って、まさか私たちのことじゃなかろうな。



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