24.空気ですかそうですか
大変です。
今私、すっごい状況に嵌ってる。
生まれてこの方十数年、今の一度も体験したことのない空前絶後の状況。
「これ以上、松村さんに近づくのはやめてあげて!」
「何を言ってるんだ、貴様。彼女は自分の意思で僕の傍にいる。貴様につべこべ言われる筋合いはないと思うが?」
なんと二人の男が、私を奪い合ってらっしゃる。
夢? 妄想?
こめかみをグリグリしてみたが、痛いだけで夢が覚める気配はない。
つまり現実。
きっと神様が、この世に未練を残さぬようにと、最期にびっきりのご褒美を与えてくれたのだろう。
…あれ。
ということは私、死期が近い?
死神が迎えにくるの?
どうしよう、遺言書かなきゃ!
「松村さんだって、好きでこんなことしてるわけがないよ! 篠崎くんが脅してるんじゃないの。」
「…聞き捨てならないな。僕が脅す? 誰をどうやって。妄想も大概にしろ、このヒーロー気取りが!」
私が現実逃避をしている間にも、どんどん白熱する二人の言い争い。
なにがどうしてこうなった。
片方は名前も出た通り、秀才くん。
しかしもう片方は少女漫画のヒーロー役も似合うだろう王子だ。
そう、あの王子。
キラキラで、清廉潔白で、イケメンでイケメンな。
純朴王子は何故か、私が秀才くんに脅されているのだと勘違いしていて、私を解放するよう秀才くんに訴えているのだ。
何故か…いや、理由は明々白々なんだけどさ…。
認めたくはないが、秀才くんは私に勉強を教えてくれる代わりに私をパシリに使う。
それも一度や二度ではない。
最初のパシリ以降も、頻繁に。
最近ではパシられることが当たり前になっていき、特に抵抗を感じなくなってしまった順応な自分に絶望すら感じていた。
おそらく、心優しい王子はそんな私の様子を見て胸を痛めたのだろう。
純朴王子は庶民すら気遣ってくれる。
虐げられている人間がいると、見捨てられない質らしい。
秀才くんを責める純朴王子に、私は何度も大丈夫だよと口にするのだけど、まったく聞き耳を持ってくれない。
優雅な王子が声を荒げるのも珍しく、そんなに秀才くんとの相性は悪いのか?
うん、でも、お願いだから私の話を聞いて。
ヒートアップしてゆく二人は話題の渦中の人物である私のことすら見えていないようで、止めに入ろうとしたら押されて尻もちをついた。
く…っ。
女の子なら誰しも夢見る「私のために、争わないで!」シチュエーションなのに、なんだこの疎外感は…。
早くも心が折れた私は、争う二人から離れ、図書室の隅で空気とお友達になる。
そう、ここは図書室だから、二人ともお静かにね。
「だいたい、篠崎くんは勝手すぎる! 中学の時もその横暴な性格にどれだけの人が迷惑を被ってきたか!」
おっと、意外な事実発覚。
純朴王子と秀才くん、同じ中学出身だったんだね。
「僕が横暴だと? どの点において? 三十文字以内で言ってみろ。」
「協調性がなく、自分の邪魔をされるとすぐにキレるとこ!」
あ、すごい王子。
きっちり三十文字以内におさめてる。
「篠崎くんは、自分が良ければすべて良しって感じで…、地方分散のときも、修学旅行のときも勉強道具を肌身離さず持ってたし…。」
「時間を効率よく使って何が悪い。誰も文句は言ってこなかったぞ。」
「班のみんなが気を遣ってたからだよ! 裏ではみんな文句を言ってた。それを班長である僕がいさめてたんだ。」
なんと王子と秀才くんはクラスと班別行動ですら一緒だったらしい。
苦労が垣間見えるなぁ…。
王子がここまで激昂してるのも、今まで溜まりに溜まった秀才くんへのストレスが一気に爆発したせいなのだろう。
「だからなんだ? この僕にお礼を言えと?」
「そんなものを望んでるんじゃないよ。僕はただ、周りのことを考えてきみに行動してほしいだけ。」
「フン。ただの綺麗事だな! くだらん。」
「くだらなくないよ!」
なかなか出口の見えない口論に、私はどうすればいいのかとふと考える。
いつもであれば即逃亡。
しかし秀才くんは私の友達だ。
見捨てるわけにはいかない。
とすると、秀才くんの援護射撃?
友達にこんなことを言っては悪いかもしれないが、どう角度を変えたって、秀才くんは悪者にしか見えないのに?
だからと言って、純朴王子の味方をするのもなにか違うような気がするし…。
うーむ。
「それに。」
純朴王子が口を切る。
「それに、いつまで経っても、僕のことをテストの順位でしか覚えてくれないし!」
ぶふぅっ。
なんか今、すごい発言が飛び出たぞ。
王子、あなた、もしかして秀才くんと仲良くなりたかったのかい…?
今の発言からは、そうとしか考えられない。
「で? テストの順位が一桁外の生徒は名も覚えていない。顔と名前が一致しているだけ感謝してほしいくらいだな。」
え!
ってことは秀才くん、私の名前、覚えてないの!?
だからいつまで経っても「圏外」呼びだったの!?
ショック!
「テストで良い成績をおさめた生徒としてじゃなく、僕として――東堂皆葉として認めてほしいんだよ!」
「……。」
純朴王子がどうしてそこまで必死に言い募っているのか知らないが、私はせっかくできた友達に名前を覚えられていない精神的ショックで、一人床に突っ伏していた。
私の背景には木枯らしが吹いているのに、誰も気づいてくれない。
うあああ……名前…。
「……面倒だ。貴様の相手は骨がいる。くだらない話はここまでだ。」
「待って! ~~っ!」
純朴王子の制止もなんのその。
時間の無駄だと、さっさと図書室を出ていこうとする秀才くん。
焦った様子の純朴王子は、何故かこちらへやって来て、私の腕をとった。
「じゃあ! 松村さんは、僕が貰うからね!」
お、王子ぃぃ!
なんて台詞!
そして、私のこと、忘れてなかったんだね!
ちょこっとだけ嬉しいよ!
秀才くんを止めるために言った他意のない言葉なんだろうけど、すごくとんでもない台詞に聞こえるのは、きっと私の神様への信仰心が薄れてしまっているからなのだろう。
神様ごめんなさい。
危うく、純朴王子を穢してしまうところでした。
「―――は?」
秀才くんは苛立った表情で振り返った。
バチバチと火花の散る音。
純朴王子と秀才くんは私を挟んでしばらく睨み合い、先に口を開いたのは秀才くんだった。
「フン! こいつのことはどうでもいいが、かと言って貴様にくれてやるのも癪だ。おい、お前、僕とこいつとどちらを選ぶ?」
もちろん友達である秀才くん。
…と、三十分前の私なら言っていただろう。
けれど色々とひどい言い草と扱いに、私は今度こそ根底から、秀才くんが友達だという自信をポッキリ無くしてしまった。
あれ、おかしな。
目から鼻水が……。
「松村さん! こんなひどい人より、僕を選んで? お願い。松村さんを助けたいんだ。」
後ろでは純朴王子が小悪魔的テクニックを駆使して誘惑してくる。
乙女の憧れのシチュエーションのはずなのにな…。
ドキドキするどころか、むしろ巻き込まないでほしいとさえ思った。
だってこの二人、あきらかにお互いを敵視していて、私というか弱き女の子を当て馬にしているだけのように思える。
純粋に私を好いてくれてる人たちのバトルだったら嬉しいけど、99%の確率であり得ないし、うん、ちゃんと分かってるから、泣いてもいいですか。
前門の虎、後門の狼とはまさにこのこと…。
すっかり逃げ場をなくした私は、苦し紛れに言った。
少女漫画のヒロインのような台詞を。
「み、みんな、仲良く…しよう…?」
………なんちゃって。
自分で言ってて、サブイボが立った。




