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傍役メランコリー  作者: 夏冬
23/32

23.『友達』の誤った使い方



友達。

友達、友達、友達。


嗚呼、なんて素敵な響き……!


誕生日にお願いしても、サンタさんにお願いしても、決して手に入れることのできなかった、もはや私にって幻も同然のもの。


そんな、稀少な価値を持つ“友達”は、ある日なんの前触れもなく、突然出来た。


相手の名前は篠崎明彦。

入学してからずっと、あのミス・パーフェクトである相田ちゃんとテストで首位を争い続けてる、非常に頭の良い生徒だ。

性格に多少の難有りだが、きっと、性根は正義感あふれる心優しき青年に違いない。

だって、私なんかを友達にしてくれたくらいだし。

素晴らしい人間なのだ、彼は。



朝。

うららかな小鳥のさえずりで目覚めた私は、非常にすっきりした爽快な気分で、伸びをした。

ハウスキーパーさんの用意してくれた朝食を食べ、身支度をする際も、いつもであれば憂鬱にしか感じない鏡に映った冴えない顔を上機嫌で眺めていた。


「ふっふふ~ん♪ 友達百人できるかな♪ 私は一人、でーきたよ♪」


適当な歌を口ずさみながら、しまいには小躍りし出す私を、ハウスキーパーさんが怪訝な目で見ていたのはさておき。


私は今日から、脱ぼっち!


なんて幸せなのだろう。

これが生きる喜びというやつか。


試しに頬をつねってみるけど、痛みをともなうだけで変化はない。

ああ、夢じゃないんだ。

私に友達ができるなんて、夢でもあり得なかったのに。

人生バラ色だ。



秀才くんに会ったら、どんな話をしようかと胸を膨らませ、ドキドキしながら私は学校へ向かった。


憧れに憧れていた友達トーク。

近況を報告し合ったり、どうでもいいことで笑い合ったり、一緒にトイレに行ったり……あ、いやそれはもちろん相手が同性だった場合だけど。


今まで学生同士の友情というものを傍観する立場でしかなかった私が、ついに今日、禁断の領域へ。

――いざ参らん!


「お、お、おはよう!!」


私なりに精一杯の大声を出し、図書室の扉をガラッと開けた。


茹でダコのように真っ赤になった顔をうつむかせ、返事を待ったが、いつまで経っても秀才くんの声はかからず。

不思議に思い顔を上げてみると、そこにいたのは待ちに待ったマイフレンドではなかった。


「―――あん?」


机に足を乗せて、到底図書室に置いてあるとは思えない卑猥な雑誌を恥ずかしげもなく広げて読んでいる、不良先輩の姿。

いつもと違い前髪を上げているため、眉間に刻まれたシワがより一層目立って見える。


図書室には、不良先輩以外の生徒は見当たらなかった。


「…………間違えました。」


即座に私は扉を閉めた。


回れ右をし、急いで図書室から離れようとするも、再び開いた扉から伸びてきた手に、簡単に捕まってしまった。


「待てよ。」

「ぐえ……!」


胸倉を掴まれた私から蛙の鳴き声のような声が漏れるが、そんなことは露ほども気に留めず、話を続ける不良先輩。


「変質者、お前よく朝に図書室に来んのか?」


変質者って誰だ、変質者って。

ああ私か。

ふざけんな!


…と、言えたらどんなにいいことか。


「い、イエ…。」

「ふーん。じゃあ、知らねぇか。俺、だいたい朝は暇つぶしに図書室で本読んでるんだけどよ。結構前の話、俺の愛読してたエロ本を机の上に置きっぱにしちまって。気づいて取りに戻ったら、すでになくなってたんだよな。気に入ってたやつだから、失くすのは口惜しいっつーか。」


やめて。

花盛りの乙女にエロ本の話なんてしないで。

あなたの春本の行方なんて知らないから!

だから、その鋭い目つきで無駄に威嚇しないで!


これがきっと相田ちゃん相手であれば、爽やかくん同様、必死にエロ本を隠すんだろうな…。

イケメンの中では女ですらいさせてくれない私。

なんて可哀想。


とか自分を憐れんでいたら、あることを思い出す。

以前にエロ本を持っていた爽やかくんは、そういえば「このエロ本は自分のものではない」的なことを言ってなかったっけ。


…いや、まさか。


一つの可能性が思い浮かんだが、私は瞬時に蓋をした。

うん、ありえない。

きっとただの偶然だ。


だってあのエロ本は、今頃ごみ処理場…。

手違えさえなければ、ハウスキーパーさんが可燃ごみの日にごみ収集に出してしまったはずだ。


よって、返せと言われても、どんなに頑張ったとしても返すことはできない。

ここは余計なことを言わない方が、身のためだ。


ほら、あのエロ本が不良先輩のものだっていう証拠もないし……。


「チッ。盗まれたか捨てられたか知らねぇけど、どっちにしろ犯人見つけたら半殺しにしてやる。」


忌々しげにつぶやいた不良先輩は、私の拘束を解いて、図書室へと戻っていった。


怖い。

言わぬが仏か……。

相手が司書さんだったり、見回りに来た教師だった場合はどうするんだろう、とどうでもいいことが脳裏に浮かんだりもした。



結局、秀才くんに会えたのは昼放課の図書室だった。

秀才くんイコール図書室と考えていた私は安直で、どうやら秀才くんは昼放課だけしか図書室を利用しないらしい。


不良先輩がいないことを十分に確認し、私は秀才くんに挨拶をするため大きく息を吸う。


「あ、あの、おは……!」


瞬間、ギンッと凄まじい眼光を向けられる。


「……。」


おかげで一気に威勢を無くした私。


「…ああ、お前か。また勉強の邪魔をする無粋な輩が現れたかと思い、つい睨んでしまった。」

「だ、大丈夫…。」


大丈夫じゃないけど。

すっごく怖かったけど、友達だから許す。


「で? 何の用だ?」

「え?」

「用があるからここに来たのだろう?」

「あ、え…。そ、そう! 勉強を教えてもらいに…。」


友達トークはまず、他愛ない話や近況報告から始まるものだと心得ていた私は、簡潔に用件だけを尋ねてくる秀才くんに戸惑う。


あれ?

最近どう? みたいな会話はないの?


初めての友達だから、勝手が分からない…。

みんな、こんなものなのかな。


「そういえばそんな話をしたな。」

「う、うん…。」

「言い出したのは僕だ。仕方ない、5分だけ時間をくれ。この問題集を片付けてから、お前の勉強を見ることにする。」

「う、うん…。」


そう言って秀才くんは机に向き直ろうとするが、途中で何かに気づいたように顔を上げた。


「5分間、お前は手持ち無沙汰になるな。ちょうどいい、購買に行って僕の昼ごはんを買ってきてくれないか。いつもは買いに行く時間がないから何も食さないが、今はちょうどいい人間がいるからな。品は何でもいい。ただ、後味と匂いの残らないもので、片手間に食べられるものにしてくれ。」

「あ、はい…。」

「代金は後で払おう。」


私は秀才くんに言われた通り購買に行き、自分の分もついでに買って、また図書室に戻った。


しかし、5分はゆうに経つだろうに、一向に鉛筆を動かす手を止めようとしない秀才くん。


私は先程買ってきた焼きそばパンを隣に置いた。

なかなか難しい注文だったから、購買のおばちゃんオススメのこれにした。

匂いも後味も残るかもしれないが、他にいいやつがなかったのだ。


「あの…。」


話しかけるも返事はない。

秀才くんは一心不乱に鉛筆を走らせている。


どうでもいいかもしれないけど、そういえば秀才くん、前はシャープペンシルを使ってなかったっけ?

鉛筆にシフトチェンジさせたのか。

シャーペンだと芯が折れやすいからだろうか。


「遅かったな。あまりにも遅かったから、次のページにまで手を出してしまったぞ。あと10分はかかる。それまで、これを物理の担当教諭に渡しに行ってくれ。」


と、ようやく顔を上げた秀才くんは、私にノートを渡してきた。


「……。」


あと10分って…。

いや、私は勉強を教えてもらう立場。

文句は言えない。


「じゃあ、行ってくる…。」


いそいそと図書室を出るも、秀才くんからは「行ってらっしゃい」の言葉すらない。


な、なんだろう…。

私たちって友達になったんだよね? ね?


秀才くんの言っていた物理の担当教諭である横峰先生にノートを渡した際、こんなことを言われ、ちょっと自信がなくなってきた。


「これは篠崎の…。ま、まさか、松村…! お前、イジメに遭ってるんじゃ! 篠崎にパシリにされて――。」


友達…です、よ? たぶん。

胸を張っては言えないけど…。




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