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傍役メランコリー  作者: 夏冬
22/32

22.夢うつつ



夢を見た。

誰かが私に話しかけてくる夢。


「……お前。体調崩して寝込むほど、テストの結果のことで悩んでたのかよ。」


誰?

聞き慣れない声だ。

賢ちゃんではない男の人。


「横峰先生が今朝、言ってた。五十嵐いがらしたちがテストのことで腹を立ててると聞いて、お前、めちゃくちゃ苛まれたんだってな。」


五十嵐…ああ、俺様生徒会長のことか。

名前で言われると、いまいちピンとこない。


「別に、実力を隠したいなら隠したままでいいんじゃねえの。俺は正直どうでもいいよ、お前の実力なんて。…五十嵐たちも、お前が体調不良になったと知れば、もう怒ることはないだろうし。」


声色がなんとなく、生徒会の書記に似てる気がした。

あくまで気がした、だけだけど。


「生徒会。辞めてぇなら、そう言えばいい。お前の意見は尊重してやるよ。」


彼にこんな風に優しい言葉を投げかけられるほど、私は彼に関わっていた覚えはない。

だから、これは夢だ。

早く覚めてしまえ、妙な夢から。

女嫌いな書記が私に優しくしてくれるなんて妄想、目覚めたときに虚しくなるだけだし。


イケメンの夢を見てしまうなんて、私ももう末期なのかなぁ…。

来月は、山奥の有名なお寺に厄払いに行こう。

脱・イケメン地獄だ。




二時限目からは、授業に参加した。

例のごとく心優しき相田ちゃんが私が休んだ分の授業ノートをとっておいてくれ、感動のあまり咳き込んでうまく日本語を話せなかったことが遺憾だけど。

午前中は、特に何事もなく、きたる放課後に怯えながら過ごした。


で、ところ変わって。

昼放課の現在は、賢ちゃんに昨日のお詫びをしている真っ最中だ。


「ごめんね、ごめんね、賢ちゃん! 校長先生に説教されたんでしょ? 私のせいで…。」

「なんだ、耳が早いな。」

「賢ちゃんが減俸されたら、私、お詫びに毎月100円のお小遣いあげるからね…!」

「六花、俺は小学生じゃないぞ。」


人気のない階段の踊り場。

珍しくまともな返答という名のツッコミをしてくれる賢ちゃんに、私は地味に感動した。


「それで、校長先生、なんて? やっぱりお給料減らすって?」

「軽く注意されただけだぞ。六花が気にすることじゃない。」

「賢ちゃん! カッコつけないで正直に答えないと、賢ちゃんの秘密バラしちゃうからねっ。」

「秘密?」


賢ちゃんが首を傾げる。

身に覚えがない、とでも言いたげだ。

基本的に胸のうちがフルオープンな賢ちゃんは、一見、秘密という秘密を持っていないように思われる。


しかし!

私は知ってるのだ。


「賢ちゃんが、ウインクできないこと。」

「……!?」


そう。

賢ちゃんは、ウインクができない。

私もそんな器用な真似できないけど…その話はいったん置いておいて。


とにかく、賢ちゃんはウインクできないことを何故か隠したがる。

理由は分からない。

硬貨15枚以上になると途端に計算できなくなることは誰にバレて笑われても平気なのに、ウインクだけは違うらしいのだ。


「り、六花…!! どこでそれを!」

「ふふふ。さて賢ちゃん、どうする? 話した方がラクになるんじゃない? いいんだよー、全校生徒にバラしちゃっても。」

「ぐぬぬ……!」


賢ちゃんの顔がすごいことになっている。

見るからに苦渋の決断になります、という顔だ。


「じ、実は―――。」


賢ちゃんが口を開きかけた、その時。


「あれ、平野先生? サッカー部の連中が探してましたよ。」


突如、階段上から声が降ってきた。

私と賢ちゃんが見上げた先には、見目麗しき生徒会の会計様がいた。


い、今の会話、聞かれ……!?


「そ、そうか! 三枝さえぐさ、教えくれて感謝する! それじゃあな!」


賢ちゃんは脱兎の如く逃げ出した。


ちょっと待って、賢ちゃん!

私一人置いてかないで!


心の中で懸命に呼び止めるも、足早に去って行った賢ちゃんが戻ってくることはなく。

…なんだかとても、見捨てられた気分だよ…。

完全に逃げるタイミングを見失った私は、踊り場の隅で、壁と同化しようと試みる。

そんな私を訝しげに眺める会計様。


「きみさぁ、ゴリラ脅して何企んでんの? びっくりしたよ、階段下りようとしたらきみが教師を脅してる場面に出くわすんだもん。」

「おど…っ!?」

「全校生徒にバラす、って。ゴリラに一体どんな秘密があるわけぇ~?」


なんたる誤解だ!

違う、それ違う!

どんな秘密もなにも、私の脅しネタは賢ちゃんがウインクできないという、心底どうでもいいことだ。

私たちの会話をすべて聞いていたなら、分かるはず。


しかし、ちょうど私が賢ちゃんを脅迫していたところで、会計はやって来てしまったらしい。

なんてタイミングの悪さ。

否定しようにも、ウインクできないことが賢ちゃんにとってなにより重大な秘密になることを、果たして会計様は信じてくれるのか。


………うん、信じてくれない気がする。


「まぁ、どうでもいいんだけどね~。それより、きみ、やるじゃん! あともう一歩って感じ!」

「へっ?」


なにが?

というか、私が先生を脅していた出来事は、どうでもいいのか?


急にハイテンションになった会計についていけず、私は間抜けな声を上げてしまった。


「尚が、あの尚が! 女であるきみのことを庇ったんだよ~!? かいちょーたちは大椿事だって騒いでたけど、俺は嬉しかったね! これでライバル一人減ったぁ!」


普段の色気だだ漏れな妖艶スマイルがなりを潜め、まるで子供のように無邪気にはしゃぐ会計様。

どうしよう、眩しすぎる。

今の会計は、周りに星が浮いててもおかしくはないキラキラっぷりだ。

ただでさえ尋常ならぬイケメンオーラに、輝かしい煌めきエフェクトが加わって、見ているこちらとしては目が、目が潰れる。


確かに、相田ちゃんを好きな男子生徒は多いし、それもイケメンばかりだ。

今まで散々、恋敵に苦労させられてきたのだろう。

だから一人でも数が減ったことに、大喜びなわけで…。


でもね会計様。

それ、ぬか喜びに過ぎないと思う。

とっても言いにくい。


「尚にお礼言いなよぉ? テストのことをかいちょーが許したのは、ひとえに尚のおかげなんだから。」

「え、あ、ありがとうございます…?」

「俺じゃなくて、尚に! 頭悪いなぁ。あ、そうだ。水族館の無料券あげる。親が持ってる株の優待券なんだよねぇ~。」


はい、と有無を言わさず、会計はどこからか取り出した券を私に押し付けてくる。

それも二枚。


「………え。」


親が株を持ってるとか、さすがは金持ち坊っちゃんだな。

株主優待券なんて持ち出して、自慢したいのかこのやろう!

…なんて、思ってる場合じゃない。


なんとなく、本当になんとなく話の流れが分かり、口元が引き攣った。


「これで尚を誘って行ってきなよぉ。庇ってくれたお礼にぃ、とか言って。で、既成事実でも作って帰ってくれば上出来!」


上出来って、なにが!?


思わず、貰ったチケットをグシャグシャに握りつぶしてしまいそうになった。

会計はどうやら、相田ちゃんを好きな恋敵が多すぎるあまり、頭のネジが一本抜け落ちてしまったらしい。


触らぬ神に祟りなし。

私はお礼を言って、逃げるように階段を駆け下りていった。


貰ってしまったチケットは、どうしろと…。




放課後。


夢の中の書記や会計が言っていた通り、俺様生徒会長は怒っていなかった。

逆に、横峰先生が私の意思も聞かずに賭けのようなことをして悪かったと、謝ってきたくらいだ。


なんでも賢ちゃんに言われたらしい。

「あまり六花を悩ませないでやってほしい」と。

私の知らないところで、何それ賢ちゃんイケメン…。


しかも、話があると言っていたお父さんも仕事の用事ができてしまったとかで、お説教は少しの間だけ先延ばしとなった。

やったぁ!! と、誰もいない家の中で欣喜雀躍したのは言うまでもない。


色々あって忘れかけていた“私に友達が事件”も、夕方私の家を訪れた賢ちゃんに吐露したことで、すっきりした。


「友達ができた? なんだ、良かったじゃないか! 吉報だな。」


―――うん。

友達ができたというのは、生まれてこの方ほ

とんどぼっち人生を歩んできた私にとって、良いことであって。


むしろ、今日の私、なぜ頭を抱えて悩んでたんだ?

賢ちゃんの言葉のおかげで、事件は無事に解決を迎えることができた。


ちなみに。

賢ちゃんが校長先生に課せられた罰は、ジャージ禁止というものだった。


校内で一年中ジャージを着用している賢ちゃんに思うところがあったのか、校長先生は明日からスーツで出勤するように命じたのだ。

それって罰になるのだろうかと思ったけど、賢ちゃんのスーツ姿を想像すると、かなりかわいそうなものだった。

だって死ぬほど似合わない…。


私と同じようなことを思ったらしい。

話を聞きつけたサッカー部の部員たちが処罰を取り消してほしいと校長先生に直談判し、事なきを得たとか。

そのとき校長先生は感動したそうだ。

平野先生はこんなに生徒たちに慕われてるんですね…と。


青春ドラマさながらだけど、たぶん、違うと思う。

みんな、背広を着たゴリラに同情しただけじゃないだろうか。




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