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傍役メランコリー  作者: 夏冬
21/32

21.無敵スターはありませんか



泣いた。

私はしばらく泣き続けた。


そして、賢ちゃんに愚痴を吐き散らし、泣くことで溜まりに溜まったストレスを発散し終えた後。

今度は何故、私がこんな理不尽な目に遭わなければならないのかと、怒りの感情がふつふつと芽生えてきた。


「そうだよ! なんで、私が泣いてるんだろ…。賢ちゃん、私、なんにも悪くないよね?」


悪いのは、勝手に誤解を重ねる周囲だ。

自分が被害者だと思えば、何も恐れるものはないように思えた。


うん、思えただけだ…。

だって実際、テストの順位が下がってしまったのは勉強を怠った自分のせい。

紛れもない自業自得だった。

本当は明日、俺様生徒会長たちに会ったらどう言い訳して謝り倒そうか、その方法ばかりを考えてる。

というより、明日はもう仮病を使って休みたかった。


「おう。六花は悪くないぞ~。だから、ほら、駅前で買ってきた、六花の大好きなあんこ餅だ! 好きなだけ食べるといい。泣いた後は、お腹が空くからな。」


そう言って、賢ちゃんが差し出してきたのは私が一番好きなお菓子。

特に、駅前にお店を構える老舗の和菓子屋さんのあんこ餅は絶品で、私もお小遣いを貯めては、ほぼ全額をそこで費やしているほどだ。


あれだけ感じていた憤りが一瞬にしてなくなった。

私は目を輝かせて賢ちゃんを見やる。


「いいのっ? 賢ちゃん、ありがとう!」

「ガハハ。気にするな、子供は泣いて食べて遊ぶのが仕事だからな!」

「私は幼児じゃないけどね…うん、嬉しいから別にいいや…。」


ほんと、私のことを分かってくれてる賢ちゃん、大好き。



あんこ餅と賢ちゃんのおかげですっかり機嫌を良くした私は、翌日、下手くそなステップをしながら登校した。

怖いものなんて何もない。

下がってしまったテストの順位も、俺様生徒会長も、生徒会の人たちも、みな恐るるに足らず。

今の私は、無敵スターを手に入れた小さいおじさんも同然なのだ。


「さあ、どっからでもかかってくるがいい!」


握りこぶしを作って、決めポーズをする。


と、同時に、携帯に着信があった。

メールだった。




テストの成績が悪かったそうだな。

今晩、話がある。


父より




「ひぃぃぃぃいっ!」


私は思わず携帯を地面に落としてしまった。

時代の波に乗り遅れたガラパゴス携帯は、半開きの状態で地面に寝そべる。


おう、のー。

これは間違いなく説教コースだ。


なにが怖いものなんて何もない、だ!

現実なんてこんなもんだ。

無敵スターなんてまやかしだ。


今夜訪れるだろう吹雪の嵐に、私は早くも肩を震わせた。


「……珍しいな。折りたたみ式の携帯か。」


その時、転がり落ちた携帯を拾ってくれる、心優しき男の人がいた。


秀才くんだ。


「あ、あ…ありがとう…。」


私は秀才くんから携帯を受け取る。

いつの間にいたんだろう。


「フン。そそっかしいやつだな。」

「……。」

「そういえば、お前。テストの結果を見たぞ。20位以内にも入ってないなんて、随分残念な頭をしてるんだな。」

「……。」

「流石は圏外だ。」


ぐ、ぐうの音も出ない…!


秀才くんのせいもあるのだと声を大にして言いたかったが、秀才くんから毎日本を受け取り、夜更けまで読書に励んでいたのは紛れもない私なので、責めるに責められなかった。


「圏外、折角だ。勉強を教えてやろうか、この僕が。」

「え……。」

「なんだその顔は。」

「あっ、い、いえ…。」


今、なんて?

勉強を教えてくれる?

…秀才くんが?


あまりに意外すぎる提案に、私は思わず面食らう。

何だろう。

その優しさが、怖いぞ…。


「……。」

「おい、何だ。その疑心暗鬼のカタマリみたいな顔は。」

「べ、ベツニ……。」

「そんなに意外か? 僕は善意から言ってるんだぞ。僕の傍にいるなら、それなりの順位でいてもらわなくては困る。」

「傍…?」


ちょっと待って。

私別に、秀才くんの傍にいたいなんて微塵も思ってない。

なのになんでそんな話になってるの。


「何かおかしいことを言ったか? 僕たちは友だろう。」

「とも……っ!?」


え? え?

私たちって友達になってたの?

いつから!?


「本の貸し借りをしていた。それに、ニーチェの良さについても語り合ったじゃないか。」

「いや、あれは語り合ったというほどでも…。」

「この僕がお前みたいなちんちくりんを友人にしてやると言ってるのに、断る気か。」


頷かざるを得ない雰囲気だった。


どうしよう、賢ちゃん。

私に友達ができてしまった!



秀才くんと別れた私は、おぼつかない足取りで廊下を歩く。

こころなしか頭が痛い。


なんでこんなことに…。


「賢ちゃんどこぉ~」


まさかまさかの、こんな私に友達ができるという空前絶後の出来事に頭がパニックを起こしていて、早く賢ちゃんに吐き出してしまわなければ今にも脳みそパンクしそう。


でも、そういう時に限って、賢ちゃんの姿は見つからない。

どこにいるの賢ちゃん。

私に、この私に友達ができてしまった一大事なのに!


「賢ちゃんー!」


校内のいたるところを探しても見つからないので、私は近くにあったゴミ箱の蓋を空け、中を覗き込んで賢ちゃんの名前を呼ぶ。

もちろん、本気でやってるわけではない。

私としては何かをやっていなければヒートしてしまいそうだったゆえの、ただの冗談だ。


………しかし。


「ま、松村さん? 平野先生は、そんなところにはいないと思うよ…。」


まさかまさかの目撃者がいて、それも純朴王子に見られたとなると。


話は必然的に、ややこしくなる。


「いや、あの、これは…。」

「大丈夫? 体調でも悪いの? ゴミ箱の中まで人を探すなんて、平常じゃ考えられない。熱でもあるんじゃ。」


お、王子…!

なんというボケ殺し。

ここは真面目に私の頭について心配するのではなく、何やってんだよ、と軽い調子でツッコミをいれてほしかった。

私だってさすがに、ゴミ箱の中まで真剣に人を探すような残念な子ではない。


「あと、平野先生だったら校長室にいると思うよ。クラスの女の子たちがさっきそう言ってたのを聞いたんだ。」

「えっ。校長室? 賢ちゃん何かやらかしたの!?」

「えっと…。確か、昨日の放課後、部活の指導をサボって数十分だけ行方をくらませてたとか…。それで、校長先生にお呼ばれしちゃたみたい。」

「昨日の放課後!?」


やばい。

それ、私のせいだ。

私が賢ちゃんを捕まえて、家までおんぶして帰ってなんて無茶ぶりしたせいだ。


ご、ごめん賢ちゃんんん!!

そういえば、そうだよね。

賢ちゃんはサッカー部の顧問だったもんね。

部活に向かうところを、私が無理に引きとめてしまったんだ。

私、なんて馬鹿やらかしてしまったのか。


「松村さん? 大丈夫? さっきより顔色が悪くなってるよ。」

「あばばば…。」

「え? お腹が痛い? それは大変だ、早く保健室に行こう!」


泡を吹いて今にも悶絶してしまいそうな私を見て、純朴王子が勘違いする。

違うの、王子。

痛いのはお腹じゃなくて、頭。

自分の取り返しのつかない失態に、頭が痛む…!





――気づけば、私は保健室のベットの上にいた。

王子が連れてきてくれたのだろう。

道中の記憶が吹っ飛んでいるが、なにか粗相をしでかしてないことだけを祈る。


「松下さん、調子はどう? だいぶ顔色もよくなってきたわね。」

「せ、先生…。」


養護教諭のおばちゃん先生がこちらを覗き込んでくるが、何度言えば分かるのだろう。

私は松山でも松川でも松下でもない。松村だ。


「一時限目がもうすぐ始まるわ、松下さん。どうする? まだ体調が悪いのなら、このまま保健室で休んでなさい。帰宅する手もあるけど、さっき登校したばかりだものね。様子を見ましょうか。」

「あの、私……。」

「ああ、いいわ。一時限目は休むのね。じゃあ、私から先生方に伝えておくわ。」

「……。」


相変わらず人の話を聞かないな、この先生…!


やがて、おばちゃん先生は保健室を出て行き、始業のチャイムとともに、辺りは静寂に包まれた。


……ああ。

賢ちゃんに謝らないとな。

俺様生徒会長様たちにも…。

それに、忘れてはいけないのがお父さんだ。

今夜はブリザードが吹き荒れるぞ、絶対。

なんだか、謝らないといけない相手が多すぎるような…。


そうして、いつの間にか私は眠りについてしまった。




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