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傍役メランコリー  作者: 夏冬
20/32

20.もう無理なんです


従来であれば勉強に宛てがう時間のほとんどを読書に費やしていたのだから、こうなるのはいわば当然であって。


《25位 松村六花》


過去最高に悪いテストの成績に、私は顔を抱えてうずくまった。


な、なんてことなの…。

20代に、20代に突入してしまった!

今までずっと、10位以内を目指して頑張っていたというのに、まさかの25位。

お父さんに、どう報告すればいいんだ。


「く…っ! 秀才くんめ、まさか私に本を渡していたのは、こういう作戦なんじゃ…。」


秀才くんは私を“圏外”と呼ぶ。

理由は10位以内に入っていないから、だそうで。

圏外という呼称はいかにも馬鹿にされたようで好きではないのだけど、10位代ならまだしも、20位代では私は本当に圏外だ。


頭の中で、必死にお父さんへの言い訳を考える。

そうだ。

ニーチェがいけない。

テストを受ける間、ずっと私の脳内で「神は死んだ~。」とリピートし続けたニーチェのせいだ。

いっそのこと、ニーチェがテストに出題されくれてたら良かったのに。


私は視線をずらした。

かくいう秀才くんは、前回のトップである相田ちゃんから1位の座を奪還し、見事頂点に君臨している。

なんだかものすごく、悔しい。


2位はやはり相田ちゃんで、秀才くんとの点差もそれほどない。

さすがだ。

以前までなら、見た目に共感を覚える地味群もさい属の秀才くんを応援していた私だけど、今回は相田ちゃんに肩入れさせてもらおう。

次回のテストは、どうか相田ちゃんに軍配が上がりますように!




その日の放課後。

私は誰よりも早く生徒会室に到着し、さっさと自分の業務にとりかかる。


私の役職は広報だ。

主に生徒会の活動や成果を文章にして、広報誌を作る役割を担っている。


あまり生徒会の面々と関わらずともこなせる仕事なので、こうして早くに来て、他のメンバーが来る頃に帰れるようにしている。

それが、私のイケメン対策だった。


私が生徒会に入ったことによる影響は、ほとんどないと言っても過言じゃなかった。

女子生徒たちの反感や妬みを買うんじゃないかと初めは恐ろしかったけど、何故か嫌がらせや陰口を叩かれることはなく。

むしろ、私はみんなに同情されていた。


以下は、とあるクラスメイトの言葉である。


『松村さん、かわいそう。あんなに綺麗な美形集団の中にいなきゃいけないなんて……別の意味ですっごく目立つね。ご愁傷さま。』


だ、そう。

つまり、見目が良い恋敵ちゃんとは違い、私は地を這うような容姿をしているため、妬みよりも憐れみの感情のほうが、みんなの中では勝ってしまったらしい。

うぅん、なんとも言えない…。

クラスでさらに孤立してしまうのかという心配は杞憂に終わったから良かったものの、同情されるということは、私がイケメンに相手にされないと決めつけられているということであって。

良いのか、悪いのか。

どっちなんだろ…。

ちょっとだけ、心が痛い今日この頃だった。


「うげぇ。なに、まだ誰も来てないのぉ? ひょっとして、きみと俺二人きりになっちゃう?」


しばらくして、やって来たのは会計様だった。

私を視界に入れるなり眉をひそめて、なんともいえない表情をする。


そんなに嫌がらないでほしい。

私はバイ菌でもなんでもない!

あえて言うなら、ただの地味菌だ。


「まあ、別にいいけどさぁ~。」


私の目の前の席に、向かい合う形で腰を下ろし、会計はじぃっとこちらを見つめてくる。

イケメンに真顔で見つめられなきゃいけないなんて、なんたる罰ゲーム。

怖さからか、恥ずかしさからか、手が震えてくる。

人の視線に晒されることは、ぼっちな私には耐性がない。


…本当に、早く生徒会やめたい…。

このままじゃ、イケメンストレスで死んじゃうかもしれない、私。


「ていうか、そうそう。ずっと聞きたかったんだよねぇ。」


未だこちらを見据える会計が話しかけてくる。


「え…な、なにを、ですか?」


拷問か。

これは拷問なのか。


もう、いっそのこと、私はいないものとして扱ってほしい。

空気でも壁でも床でも、きっと私なら同化できるから。

頼んでくれたら、是非ともやりますよ。


「きみ、尚と仲良いのぉ?」

「え?」

「尚だよ尚。桐生尚。女嫌いの書記。」

「え…いや、」

「あの病的なまでに女を嫌う尚が、きみを生徒会に入れようとしたんだよ? おかしくなぁい?」


確かにおかしい。

けれどその種明かしは、生徒会長の手によってされたはずだ。

私が女に見えないだとか、もさいとか、断崖絶壁だとか…。

あ…思い出しただけで、目から汗が…。


「きみが女に見えないからって、それで積極的に生徒会に入れようとした理由にはなんないでしょー? 俺、きみには期待してんだよねぇ。」

「あ、は、き、期待? …ですか?」


なんだろう。

嫌な予感しかしない。


「そ。尚をオトしとしてよ。そしたら、ライバルが一人減るしぃ。」


ずしゃぁぁぁッ。


ノートに書いていた鉛筆の線が、大幅にノートの枠を越え、机の上にまでたどり着いてしまった。

私は慌てて消しゴムを探す。


「お、落とすって…。」

「物理的じゃないことは分かってるでしょぉ? きみが天然ぶっても、ないから。」


……ないって、なにがでしょうか。

いくらイケメンだからって、暴言ダメ、絶対。


「尚がきみのことをどういう目で見てるのか知らないけど、俺的には結構チャンスだと思うんだよねぇ。だから頑張ってよ! ほら、その極限までない色気をひねり出してさぁ!」

「……。」


もうやだ生徒会。

彼らは、どこまで私を貶めれば気が済むのだろう。

ハートブレイク。

木っ端微塵だ。


「それとぉ、あと一つ。今回のテストの話なんだけど、なんでまた手ぇ抜いたの?」

「え。…っと、あの。どういうことですか?」

「とぼけなくてもいいよぉ。もう俺たち知ってるし。」


なにを?


「きみが、本当は1位だってとれる実力の持ち主だってこと。」

「!?」


びりぃぃぃッ。


思わず力が入ってしまい、文字を消していたはずの消しゴムがノートのページを破ってしまった。

ぐしゃぐしゃになったノートを眺めたまま、私は固まる。


今、会計はなんて?


「横峰先生が教えてくれたんだよねぇ。それで今回のテスト、松村はきっと実力を発揮してくれるだろうから、それを見て彼女を生徒会の一員として真に認めてほしい、って。

でもきみ、実力出すどころか順位下げたでしょ? かいちょーなんてもうカンカンでねぇー。誠意がない、ってさぁ。」


よ、横峰せんせぇぇぇ!!

なにそれ!

私、聞いてないよ!

だから、あれは、横峰先生の勝手な勘違いであって!!


「そもそも、なんで実力隠してたのぉ? 目立つのが嫌だから?」

「あ…わ、私、」

「えー? なにぃ? 聞こえないけどー。」

「ご、ごめんなさい。きゃう、…今日は、もう帰ります!」

「え? ちょっと…!」


急いで荷物をまとめ、脱兎の如く生徒会室を出て行く。

会計の制止も聞こえないふりだ。


「あ、松村! どういうことだ、テストの結果……。」


廊下に出たところで諸悪の根源である横峰先生とばったり出くわしたので、私はここぞとばかりに制裁をお見舞いした。


地面を飛び、華麗に飛び蹴りをする。


…イメージで、力いっぱいに頭突きしてやった。


「おわ!? ま、松村? いきなりどうしたんだ?」


大した威力もなかったようだけど、私は横峰先生の混乱を無視して、そのまま走り去る。


「松村? …食べ過ぎか?」


横峰先生の見当違いな心配も、知らんぷりだ。



「もういやぁぁぁ!! 私、もう、生徒会やめるぅぅっ。うべえぇぇぇん!!」


そうして、私はもっとも安らぎを手に入れられる居場所に泣きついた。


「あの俺様会長が、怒ってるんだって! 横峰先生のおかしな勘違いもまだ続いてるし、ほんと、いやぁぁぁ!! 場違いにも程があるんだよぉ、私は! しかも、テストの順位も落ちちゃうしさ! だから、賢ちゃん、おんぶ!!」

「お前な……。」


賢ちゃんのお腹で文句を撒き散らし、涙と鼻水を賢ちゃんの服で拭いながら、私はわがままを欲求する。


呆れつつも私を背負ってくれた賢ちゃんに、「そのまま家まで全力疾走!」と言えば、賢ちゃんはその通りにしてくれた。

家に着いた後も、「これはいい運動になるな!」となかなか私を降ろしてくれなかった。

さらに、近くの運動公園をこの状態で三周ほど走りたいと言ってきたので、私はこちょこちょ攻撃でなんとか危機を脱した。



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