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傍役メランコリー  作者: 夏冬
18/32

18.きっかけって大切ですね



女嫌いな書記様がそんなことをおっしゃるなんて……まさか私のことを?

花ざかりの乙女ならば、普通はそう思わずにはいられないだろう。

現に私がそうだった。


書記様のセリフに、どういう意図があってのことなのだろうかと戦々恐々としながらも、ちゃっかり頭の隅ではまさかの可能性にドキドキしてしまい。

い、いや。

そんなことあるわけない。

だって相手はイケメン。

天地がひっくり返ったとしても、私には不相応な人種である。

今までそうやって少しでも期待して、果たして良いことがあった?

騙されちゃダメだ私。


「ど、どうしたんだ、なお…。」


俺様生徒会長が、この場にいる全員の心を代弁してくれた。


「そいつはいくらもさくても、胸に凹凸がなくても、女なんだぞ? お前の大嫌いな。よく見てみろ! それともお前には、そいつが女に見えないっていうのか。」


失礼だ。

失礼すぎるぞ俺様生徒会長。

本人を目の前にして、なんてことを。

いくら断崖絶壁を誇る我が胸があろうとも、女の子らしいしなやかさは失われてはいない…はず。

私はそっと自分の胸元を見下ろし、なんの障害なく足元が見えることにわずかな絶望を感じた。


「見えねぇ。」


そしてさらに私を奈落の底に突き落とす追い打ちをかけた、書記。

わ、私は、イケメンからすれば、女ですらないというの…!?


ショックにショックが重なり、今すぐ床に膝をついて嘆きたい気分に駆られた。

どうせこんなことだろうとは思ってたさ。

大丈夫だ。

傷はまだ浅い。


「ま、まあまあ。ともあれ、桐生きりゅうは賛成してくれるんだな? 松村が生徒会に入ることに。…他のみんなはどうだ? 桐生がここまで言ってるんだ、もしかしたら、松村を生徒会に入れることで、桐生の女嫌いが治るかもしれない。その可能性にかけてみないか?」


横峰先生、なんともうまいことまとめた。

イケメンの暴言に心が灰と化していた私は、咄嗟に反対することも忘れ、ただただ流れに身を任せてしまった。


「……横峰先生が、そこまで言うなら…。」

「チッ。おい女、少しでも俺たちに色目を使ったり、結愛に危害を加える素振りを見せたら、すぐに生徒会から追い出してやる。それだけじゃないぞ。この学校にもいられないようにしてやるからな。分かったか?」


分かりたくもない。

何故、事態はこんな方向へと進むのだ…。

生徒会長の脅しに近い発言に、私は顔を真っ青にして首を縦に振った。


「良かったな、松村! みんな認めてくれたみたいだ!」


朗らかに笑う横峰先生だけど、ぜんぜん良くない。

これ、明らかに私に死亡フラグが立っただけだ。


そして翌日には、晴れて私は生徒会入りを果たしたのだった。

アンビリーバボー。



…とはいえ、私は新規の役員が見つかるまでの繋ぎであって、正式な役員になったわけじゃない。

つまり、私がどれだけの期間生徒会にいなくてはならないのかは、新しい役員をどれだけの時間で見つけられるかにかかっている。


イケメンオーラに殺される前に、なんとしてでも代わりの生徒を探さなくては…!


私はジッと目の前の男子生徒を見つめる。

とうとうなりふり構っていられないところまで来てしまった。

仮に目前の男子生徒が貧乏揺すりを繰り返しながら、明らかに私に対して苛立たしそうにしていたとしても。

今の私にはちっとも怖くない!


「ああもう、鬱陶しいな! なにか言いたいことがあるならさっさと言え! そのしつこい視線をどうにかしろ!!」


バアァァン! と、静かな図書室に響いた大きな音。

秀才くんが机を思い切り叩いて立ち上がったのだ。

表情は、まさしく鬼の形相だった。


「ひ…っ。」


どうしよう。

怖くないとか大口叩いたけど、やっぱり怖かった。

物に当たるとか、やめてほしい。

どこぞの不良先輩と同じじゃないか。


「なんなんだ、お前! 僕には二度と近づくなと言っただろう! お前は人の話も聞けない鳥頭なのか? そうなんだろ!?」

「と、鳥頭……。」


顔に似合わない毒舌は相変わらず。

秀才くんの口からはもはや私に対する罵声しか出てこない。

なんでみんな、私を罵りたがるんだろう…。

私のハートは空気に触れると壊れてしまうビタミンC並だが、胸に手を当てなんとか耐えしのぎ、本題を切り出した。


「あ、あの、私、あなたに話があって…。」

「フン。圏外が僕に何の用だという。」

「……生徒会の…。」

「生徒会だと?」


秀才くんの目が一層鋭くなった。

なんでこう、いちいちトゲトゲしてるのこの人。


「あんな、見た目をチャラチャラさせて、自分の容姿を鼻にかけるやつらの話を、この僕にしようとしているのかお前は。」

「ひっ。す、すみ…。」

「ああ、そういえばそうだった。お前、生徒会に入ったんだって? どんな方法を使ったか知らないが、よくもまあやるもんだ。そんなに生徒会の連中が魅力的か。やはり僕の見立て通り、お前はしたたかなようだな。」


私は全力で首を横に振るけど、秀才くんは華麗に無視して話を進める。

私の! 話を!

どうか聞いて!!


「いいか。図書室ここは僕の縄張りだ。これ以上邪魔するようなら、こちらも考えがあるぞ。」


一向に私の話に聞く耳を持たない秀才くん。

これは私のコミュ障が招いた災いなのだろうか。


なんとかして、まずは秀才くんの誤解を解かねばと、考える。

その時ふと、秀才くんの手元にあった本が視界に映った。


「……ニーチェ?」


参考書や電子辞書など勉強に必要な文具の中に、ひっそりと混じる本は、見るからに異彩を放っていた。

それは、哲学者であるニーチェの言葉をまとめたものだった。


「知ってるのか?」


秀才くんが意外だとでも言いたげに、言葉を返してきた。

哲学者ニーチェ。

詳しくは分からないけど、教科書の片隅に掲載されていたため、なんとなく覚えていた。


「えっと…。」

「フリードリヒ・ニーチェ。数多くいる哲学者の中でも、有名な方だな。“神は死んだ”が代名詞の、少し過激な哲学者だ。」

「か、神……?」


え、神様死んだの?


なんのこっちゃ、な私を置いてきぼりに、秀才くんはそれまでの冷たい態度が嘘のように、意気揚々と話し続ける。

なんでもニーチェは孤独な男で、友人もろくにいなかったとか。

人生で初めて好きになった人は、数少ない友人にとられ、おまけにニーチェの著書が脚光を浴びるようになったのはニーチェの死後。

ここまで孤高を貫き通し、生前に報われない憐れな男は他にいはいだろう? と、何故か秀才くんは嬉しそうだった。


ニーチェが好きなのかと問えば、かわいそうな男だからな、とよく分からない答えが返ってくる。

解せぬ。

かわいそうだから、好きなの?

なんか変だ。


「ふむ。お前はなかなか理解があるようだ。僕のこのニーチェの本を貸してやろう。汚すんじゃないぞ。」


と、何故か話の流れで私はその本を渡され、家に帰って読むように勧められた。


「……。」


私はとりあえず、お礼を言って図書室から逃げた。


急に態度が丸くなって、友好的になった秀才くん。

ニーチェさんの力は恐ろしや。

戸惑いつつも、生徒会の話は、とりあえずこの本を読み終わってからではないとできなさそうだ。


私はその夜、秀才くんが押しつけてきた本を読んでみた。


難解すぎて、私にはほとんど意味が分からなかったけど。



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