17.生徒会
「それで、条件というのは?」
横峰先生が言った。
「えっと、なんていうか私を臨時の助っ人的な扱いにしてほしいんです…。」
「と、言うと?」
「…正式な生徒会役員ではなく、あくまでも一時的な代理というか、繋ぎというか…。きちんと請け負ってくれる生徒が見つかるまでの仮役員として認めてくれるなら、私は横峰先生の勧誘を受けたい…と、思います。」
我ながらずるい考え。
でも、どうしてもあのキラキラな集団の中に長くいたくはないのだ。
どんなとっばっちりが待っているか分からない。
「……呆れた、六花。そうまでして生徒会が嫌なのか。」
ため息混じりに呟いた賢ちゃん。
私からすれば、賢ちゃんの方こそそうまでして私を生徒会に入れたいのか、だ。
「だって。」
「だってじゃないぞ。」
「賢ちゃんいじわる。」
「なら、お前はワガママだな。」
「…ワガママじゃないし。」
こんなにも謙虚な私の一体どこが、ワガママだって?
「松村。よければお前が生徒会を嫌がる理由を教えてくれないか? …正直、うちの学校の女子生徒はみな少なからず生徒会へのあこがれを持っているとばかり…。だから、松村が嫌がる理由がわからないんだ。」
横峰先生の言葉に、私は即座に首を横に振る。
あこがれを持っていないだなんて、とんでもない!
イケメンで成績優秀な生徒会の連中なんて滅びればいい、主に私のために! とか思ってないよ。
ええ、まったく、これっぽっちも。
「いや、その…生徒会の方々が嫌というより、生徒会の方々に混じろうだなんて不遜な行為をしでかそうとする自分が嫌というか、なんというか…。」
「なんだ、それは?」
横峰先生はまったく意味が分からないとでも言いたげに小首を傾げた。
えーえー、そりゃあイケメンに私の気持ちなんて分からないでしょうとも!
そうして、いつの間にか賢ちゃんと横峰先生は我が家から消えていた。
また飲みに出歩いてるわけじゃないことを願おう。
明日は平日だ。
「はあぁぁぁ……。」
とにかく、大変なことになってしまった。
私はその日の晩、恋敵ちゃんへの文をしたため、翌朝ポストに投函した。
渡会茉莉花様へ
何故か私が茉莉花様の後釜に選ばれてしまいました。
どうしたらいいですか。
お返事待ってます。
通行人Aより
返事はすぐに来た。
下僕へ
あら、昇格おめでとう。
生徒会に入るってことかしら?
あの頭が腐った連中と共に過ごさなきゃいけないなんて苦でしかないとは思うけど、せいぜい惚れないように頑張りなさいな。
微笑みかけられたからって、うっかり恋に落ちるなんてことのないように。
根暗な子は勘違いしやすいものね。
あいつらの良さは顔だけよ。
中身はこの世の塵屑が詰まった連中なんだから。
先生から誰かに乗り換えるなんて真似、絶対に許さないわよ!
茉莉花
渡会茉莉花様へ
えっと、私、先生のことが好きなわけじゃなくて…。
訂正が遅れてすみません。
あと、生徒会に入ったら、女の子たちからイジメの標的にされたりしませんよね?
とても心配です。
茉莉花様の時はどうでしたか。
下僕より
意気地なしな下僕へ
そうね。
直接文句を言ってくる女はいなかったけど、やたらと敵意をあらわにしてくる女ならいたわ。
でも、それが何だって言うの?
仕掛けれる前に、こちらが仕掛けてしまえばいいのよ。
私に歯向かう者は容赦なく潰してやったわ。
はあ?
先生が好きじゃない?
寝言は寝て言いなさい。
あんたが先生に惚れない理由が、一体どこにあるというの!
今度そんな嘘ついたら、あんたの家に特上寿司の出前を注文しまくってやるわよ。
茉莉花
女王様へ
ごめんなさい、寝てました。
ただの寝言です。
だから特上寿司はやめてください。
家計が破産します。
下僕より
貧乏な下僕へ
庶民は大変ね。
裕福な女王より
……こんなやりとりを続けること、一週間。
とうとうこの日がやって来てしまった。
横峰先生に連れられ、ビクビクしながら入室した生徒会室。
そこには見目麗しい生徒会メンバーが勢揃いしており、私はその恐ろしいまでのイケメンオーラにあてられ、早くも腰が抜けてしまいそうだった。
イケメンが私を見てるぅぅ!
そんで、なんだこの女、って顔してるぅぅ!
特に、書記の私を値踏みするような視線に耐えきれず、私は真横にいた横峰先生の裾を握った。
横峰先生。
同じイケメンなのに、なんだか今、とっても彼に安心できる。
すごいよ賢ちゃん。
横峰先生が、第二の賢ちゃんに思えてきた…。
「その女は?」
俺様生徒会長が腕を組みながら、片眉を上げる。
なんとも器用だな…。
私がそんな真似をすれば、きっと変顔にしかならないのだろう。
だって私は、未だに片目を一瞬だけ瞑るという高度な技……別名ウインクができないのだから。
ちなみに、賢ちゃんもできないよ。
「松村六花。これから、生徒会の一員になる生徒だ。」
横峰先生が答えると、すぐさま「はあ?」という声が上がる。
うん、分かってた!
誰も歓迎してくれないことくらい、ね…。
悲しきかな。
「…どういうことですか、先生。渡会さんの一件で懲りたはずでは?」
副会長の質問。
加えて、私に降り注ぐ視線というなの凶器。
私、人類で初めて、視線に殺されるかもしれない。
「そうは言ってもな。学校の規定では、生徒会員は6人と決まっている。」
「だからって女のコはないんじゃなーい? また渡会ちゃんみたいなことになっちゃうよ。」
「松村はそういう生徒じゃないさ。」
そろりそろりと、横峰先生の背後に向かって移動する。
もちろん、裾を掴んだ手は離さない。
これは私の命綱だと思わねば。
「でもさぁ。わっかんないよぉ、女のコって。」
「葉月の言う通りです、横峰先生。他に生徒会メンバーが必要だと言うなら、女子生徒以外を見繕ってきてください。あんな二の舞いはごめんです。」
「しかしな…。」
横峰先生と生徒会の人たちが言い争う中、完全に先生の背後に隠れきった私は、とりあえずホッと息をつく。
ほら。
先生、やっぱり。
生徒会メンバーが新しく女子生徒を入会させることに、賛成するはずがなかった。
また恋敵ちゃんのようなことになったら、とか。
相田ちゃんを傷付けるかもしれない、とか。
彼らは心配なのだろう。
たとえ私にその気がなくても、私が女子生徒というだけで、億が一でも可能性が拭いきれない。
そのことが分かりきっていたから、横峰先生の誘いを受け入れることにしたときに出した条件とは別に、後日私は二つ目の条件を出した。
―――生徒会の人たちが賛成してくれたら、と。
絶対にするはずがないと、分かっていたから。
ふふん。
残念だったね、賢ちゃん。
私が横峰先生の言葉に簡単に頷いたのは、こういうわけだったのだよ。
賢ちゃんが敵に回ると厄介だけど、今回は私の方が一枚上手だった。
背中にイケメンオーラを感じながらも、一人ほくそ笑むこの時の私は、これで生徒会に入らずに済むのだと信じて疑わなかった。
「お前、生徒会に入りたいの?」
彼に、そう声をかけられるまでは。
……え? と、素っとんきょうな言葉を口にしたのは私だけではなかった。
生徒会室にいる誰もが、彼の行動に驚いたのだろう。
あれだけ言葉の応酬で騒がしかった室内に、静寂が訪れた。
「だから、お前。」
いつの間にか私の隣にまでやって来た彼は、噛んで含めるようにセリフを紡ぐ。
「生徒会に入りたいのか入りたくないのか、どっちなんだよ。」
「え…いや、あの。私は……。」
「まあどちらにしても、俺はいいぜ。」
「は?」
最後の「は?」は私が発したものではない。
生徒会メンバーの誰かのもの。
私は何がなんだか、頭が混乱していた。
「この女が生徒会に入るの。俺は、支持するけど。」
「……………え?」
女嫌いで有名な(相田ちゃん除く)書記が、そんなことをのたまおうとは、いったい誰が想像できたか。
た、助けて賢ちゃん!




