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傍役メランコリー  作者: 夏冬
16/32

16.厄介な敵


あり得ない誤解をされた時、すぐさま否定できる人間は一体どれだけいるのだろう。

私は無理だ。

誤解だと訴えようにも、訴える手段を持たない。

口下手ゆえに、否定の言葉すらとっさに紡げなかった。

結果、秀才くんは私を不特定多数の男に言い寄るしたたかな女、という風に認識し、あれから見かける度に舌打ちされるようになった。

存在感からして薄い私は、誰かに強い感情を向けられることもなかったため、新鮮といえば新鮮――なんて、感動するわけもなく。

誰かに嫌われるのが怖くて、空気と同化できるスキルを手に入れたのに、何故か秀才くんには通じないのだ。

私はますます秀才くんが苦手になりつつあった。


それでも、生徒会の話を純朴王子と爽やかくん…イケメン二人にするわけにもいかず、究極の選択としては性格がキツめでたとえ私を嫌っていようと、イケメンでない秀才くんの方がいい。

…という結論にたどり着く。

王子は頼んだらすんなり受け入れてくれそうだけど、それは私という人間を誤解し、いいように解釈しているから好感を持たれているだけであって。

その誤解を利用しようだなんて神をも恐れぬ行為、できるはずもない。


「フン。テストで10位以内にすら入ったことのないやつの名前なんて、覚える必要性も感じないからな。つまり僕にとってお前は塵芥と同じ。近くをうろつかれるのは目障りだ。」


半径2メートル以内に近づこうものなら、敵意をあらわに刺々しい言葉を投げてくる秀才くん。

どうやって生徒会の話をすればいい。

この日も、私は秀才くんに本題を切り出せないまま、むやみに罵られて終わった。




「ちきしょー! 何なの! どこからどう見たって私と同類のくせに、性格がおかしいっ。私が塵芥だって! あ、ちょっと言い得て妙だな…とか思った自分がもっと悔しい! どうせ私はそこらへんのゴミクズと同じだあぁぁっ。生まれてきてごめんなさぁぁいっ。」

「……落ち着け落ち着け。な、六花。」


賢ちゃんの筋肉質なお腹に抱きついてさんざんにわめき散らす私は、自分でも言ってることの意味が分からなくなっていた。

私なんて、どうせ、塵芥に等しい人間なのだ。

ちくしょう。

好き勝手に言われて反論できなかったのもまた、悔しい。

私は賢ちゃんのお腹をグーで叩き出す。

人間サンドバッグだ。


「がはは! その程度の力じゃ痛くも痒くもないな。お前の全力は、それっぽっちのものか!」

「賢ちゃん、暑い。私の前で熱血スイッチをオンにしないでよ。」

「ぐわははっ。」


なんだかんだで、賢ちゃんにくっついていると安心する私。

熱血が玉に瑕だけど、やっぱり癒されるからなぁ。

何と言ってもこの顔に。

決してイケメンとは呼び難い顔は、近頃やたらとイケメンとの接触が多い私に安心感を与えてくれる。

秀才くんとは大違いだ。


「あー、もうやだ…。横峰先生の気苦労なんて知るか。私は天戸岩に閉じこもりたい…。初めから無理だったんだよ、私が人様を説得させようなんてさ…。」


コップの水を勢いよく飲み干し、ぷはぁっと息を吐く。

水で酔えるものなら、酔ってしまいたい。

時計の針は10時ちょうどを指していた。

少しずつ眠気もやってくる。

夕飯を済ませた後に我が家を訪れた賢ちゃんは、そんなこともお構いなしに、リビングの片隅でストレッチに励み出す。


「賢ちゃん、聞いてる?」


だいたい三日置きにホームヘルパーさんが帰った後、我が家へやって来る賢ちゃん。

いつもやることは変わらない。

私と適当な会話をして、適度にストレッチや筋トレをやっていくだけ。

私としては賢ちゃんとゆっくり二人きりで話す機会ができて嬉しいけど、本当、賢ちゃんはなんの目的があって家に来るんだろう。

筋トレなら自分の家でもできるのにね。

まさか…。

冷蔵庫の食品を狙っているのではあるまいな。


「聞いてる、ぞ。ふんっ! 簡単な話、六花が生徒会に入ればいいじゃないか。横峰先生も、一番それを望んでいる。ほいっと!」

「えぇー。本命は王子か爽やかくんなんだって、絶対。」


秀才くんは…うん、あの性格からして、優先順位は低いものと見る。


「お前…。いい加減に東堂たちを変なあだ名で呼ぶのはやめろよ。」

「いいじゃん別にぃ。私が王子たちの名前なんて呼んでみてよ? 翌日にはこの世から私という存在が抹殺されている。」

「はは、その異様なまでのイケメン信仰も相変わらずだな。」

「王子たちを呼び捨てで呼んでる賢ちゃんの方こそ信じられない。というか、信仰じゃないって。」


まぶたが重い。

賢ちゃんは会話中もずっと、足を上げて腹筋を続けてる。

たぶん、すでに100回近くはいってる。

賢ちゃんのあの綺麗なシックスボックスは、こういう運動で成り立っているんだろな。


「六花はどうして生徒会に入りたがらない? メンバーは美麗揃いだろ、もしかしたら運良く彼氏ができるかもしれんぞ。」

「ひぃっ。そ、それが嫌なんだって! 根暗系女子の中でも最低ランクに位置する私なんかが簡単に侵入していい場所じゃないよ! プラス、絶対に、私にイケメンな彼氏ができるわけない!」

「好きになるのに見た目は関係ないだろ?」

「じゃあ賢ちゃんは、ゴリラと恋愛できる!?」

「………。」


つまり。

私にとってイケメンとは、種族の違う生き物。

はたまた異星人。

彼氏とか、そういう次元の対象ではない。

そもそもあちら様からして、私は願い下げだろう。


「…できんな。」


一瞬の間が恐ろしいが、否定した賢ちゃん。

そうだろうそうだろう。


「でも、可愛いゴリラだったらいいかもな。」

「……ゴリラはゴリラでしょ。」


可愛いゴリラってなに。

私は、この年にもなって独身な賢ちゃんが心配になった。

人間の女の子に相手にされないあまり、ついに動物に走るようになったんじゃ…。


「ともかく、俺は! 六花に生徒会を勧める!」

「なんで!」

「内弁慶を治したいんだろ? 六花はおそらく、荒治療でもしない限り治らない。自分から行動を起こす気がまったくないからな。」

「そんなこと…。」


とか言いながら、確かにその通りだと思った。

内弁慶を治したいと言う割に、私は何一つ行動に移せていない。

賢ちゃん以外には、いつも受け身だ。

こんな自分でいいの?


「でも、生徒会は無理! えっと、私、他のことで頑張るよ。クラスで友達一人を目指すからっ。」

「目標設定が低い! どうせ登るなら、山の頂を目指せ! よし、今から横峰先生を呼んでやろう!!」

「え? …なんでそうなるの!?」


筋トレを中断した賢ちゃんの行動は、早かった。

私の制止をものともせず、携帯で横峰先生をこの家に呼び出し、横峰先生も横峰先生であっさり了承しちゃって――。


8分後。

慌てていたのか部屋着のままで、横峰先生はドアホンの画面に現れた。

うわぁ、本当に来た…。

どうしてくれるの、賢ちゃん。


「松村じゃなきゃダメなんだ! 東堂にも都竹にも、篠崎にも断られて、だから仕方なく松村に頼んだのは事実だ。でも、松村を深く知っていくうちに、松村ならあの生徒会でもやって行けるんじゃないかと思った。その透明感! 個性的なメンバーしかいない生徒会の中では、誰よりもうまくやっていけると確信した。先生は松村の…天賦の才と言ってもいい。何にでも簡単に馴染んでしまう才能が、必要なんだ!」


玄関先で、目が合うより先に頭を下げられた。

私は唖然。

賢ちゃんは神妙に頷いてる。

横峰先生は、真剣そのものだ。

なんてこった――。

イケメンに頭を下げさせてしまうなんて!


「せ、先生! あ、頭っ。頭を上げてくださいっ。」


なんでここまで懇願されてるの。

ちょっと容量オーバー。

私のキャパシティーを越える。


「松村!」

「はいぃ!」


横峰先生に両肩を掴まれる。

熱がこもった口調は、賢ちゃんが二人いるみたいで大変混乱した。


「俺は、お前の才能、すごいと思う。」

「え、あ…ありがとう、ございます…?」

「それは才能なんだ。松村ほど、影を薄めるのが上手い人間なんて、俺は他に見たことがない。ここまでして俺が引き下がらないのも、松村だけなんだ。他のやつじゃダメだ。どうしても松村がいいんだ。自分に自信を持て。松村は、とても素敵な俺の生徒だ。」

「は、はあ…。」


どうしちゃったんだろう。

賢ちゃんに感化されてしまったのか。

ヘタレ横峰先生は完全に鳴りを潜め、目の前には、真っ直ぐに私を見つめる熱血漢がいた。

…横峰先生に、一体何があったという。


「松村に託したい。俺もできる限り、全力でサポートする。もし、それでも松村が断るというなら、その時は諦めよう。潔く腹を決める覚悟だ。」

「は、腹? …って、え?」

「教師を辞職しようと思う。」

「え!?」


何故!?

私は横峰先生の話についていけず、ひたすら目を泳がせた。

辞職って…私のせいで?

生徒会への勧誘に断った、ただそれだけで?

どうしよう、賢ちゃん。


「生徒会の新規役員すら集められない俺は、教師としての責務を果たしていない。顧問としても、面目が立たない。」

「そ、それだけで辞めちゃうんですか…?」

「それだけ、じゃないぞ六花。社会人にはいろいろあるんだ。俺たちは税金から給与を賄ってもらっているからな。」


私の質問に答えたのは賢ちゃんだ。

嘘でしょ。

たったそれだけのことで辞めなきゃいけないなんて…。

ブラック企業かなにかじゃないの、それ。


「どうするんだ? 六花。このままじゃ、横峰先生の教師としての道は終わりを迎えて…。」

「だ、代役を探す! きっと私以上に、適任な生徒がどこかにいるはずだからっ。」

「横峰先生はお前がいいって、他の人間は考えられないとまで言っていたのにか?」

「うぅ~~、あ~~!」


間違いない。

これは人生の分岐点だ。

生徒会に入るか入らないか、私の選択次第で横峰先生が教師を続けられるかが決まる。


私はしばらく頭を抱えて悩み抜いた末。


「…条件付きで、なら。」


苦渋の決断だったけど、イエスをとった。


「平野先生の言った通りにしただけで、こんなにうまくいくとは!」

「ぐわっはは! 六花のことは、誰よりも分かってるぞ。」

「流石っ!」


「………。」


賢ちゃんが敵に回ると厄介だ。

嬉しそうに笑い合う二人を見て、私は心底そう思った。



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