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傍役メランコリー  作者: 夏冬
15/32

15.誤解だらけです


ちち…。

え、それ誰に言ってんの?

私ははじめ、秀才くんが怒っている原因が自分たちにあることを理解できず、頭にハテナマークを浮かべてしまった。

むしろ共感しちゃったよ。

図書室でいちゃいちゃするKYなやつらなんて邪魔なだけだよね。

うん、どこか別の場所に行ってしまえばいい。

とか思っていたら…。


「聞こえなかったか! このへっぽこ共!!」


秀才くんは私たちを睨みつけていた。

分厚いメガネに阻まれた目を三角にして。

なにゆえ…。

いや、だって、私たちはいちゃついた覚えなどない。

普通に…と言っていいのか分からないけど、会話をしていただけだ。

別に大きな声を出して喋っていたわけでもないし、秀才くんに怒鳴りつけられる理由がまったくもって意味不明。

ちちくり合うなんて、私は王子を穢した覚えもない!


「ごめんね、篠崎くん。うるさかったよね。でも僕たち、へっぽこなんかじゃないよ。」


そして王子。

真っ先に否定すべきはそこじゃない。

天然だから、ちちくり合うなの部分は聞こえなかったのだろうか。


「お前…五位の東堂か。フン、余裕だな。女どもから王子なんて呼ばれて調子に乗ってるんじゃないか?」

「そんなことは…。」

「は、そういう態度が僕の神経を逆撫でするんだ。僕はお前ほど暇ではない。女を口説くなら、他所でやれ。正直、僕にはお前の好みが露ほども理解できんがな。」


ちらり、と私に視線を移し、見下した笑みを浮かべる秀才くん。

あ、馬鹿にされてる。


「…良かったじゃないか。その女、お前に落ちる寸前だろ? まあ僕にとっては、そういった、見た目が大人しそうでも中身は計算し尽くされた手合いは、見ていて吐き気がするから嫌いだけどな。二度と僕の前に現れるなよ。」

「……え。」


ちょ、私何もしてないのに!


「待ってよ篠崎くん。松村さんは、そんな子じゃないよ。」

「僕の勉強の邪魔をした時点で、お前もその女も二度と顔を見たくない部類に入った。言い訳も聞きたくない。さっさと退出しろ。お前らが出てかないんなら、僕が出ていくまでだ。」

「……。」


キツい。

キツすぎる。

あの王子でさえ眉間にしわを寄せ、不快感をわずかにだが示してる。


「行こう、松村さん。」

「え、いや、ちょ…。」


そう言って、さっさと図書室を出て行く王子。

流れ的に、私も退出せざるを得なかった。

…珍しい。

というより、初めてだ。

王子の怒ったような態度を見たのは。

図書室を出てすぐの廊下で、王子は立ち止まっていた。


「えーっと、あの…。」

「ごめん、松村さん。でも我慢できなかったんだ。松村さんを貶される言葉なんて聞きたくない。」

「……。」


ありがたや、王子…。

私を庇ってくれたのね。

けど秀才くんに二度と顔を見たくない人間として認定されてしまったのは痛手だ。

これからどうやって、生徒会の話を受け入れてもらえればいいの…。


「えっと…僕、余計なことしちゃったかな。」


王子が申し訳なさそうに言う。

誤解から仲間認定されたおかげで、こんなにも良くしてもらえてるのだと分かっていても、王子の私を思っての行動には素直に嬉しくなった。

私には行き過ぎたご褒美だ。

あの純朴王子にここまで気にしてもらえるなど、一生分の幸福を使い果たしたようなもの。

後は不幸しか待ってないのか。

嫌だな。


「…本当にごめんね。ああいう時、どう対処すればいいのか分からなくて。」


人見知りの私にはもっと分からない。

だから全力で首を横に振った。

王子のそういう顔に、私は弱い。


「ごめん。」


何度目になるか分からない謝罪の言葉をのべて、王子は去っていった。

…謝らなければいけないのは、私の方では。

王子と秀才くん…。

相性は水と油のごとし。




さらに翌日。

めげずに秀才くんを尾行し、昨日と同じように図書室に入った。

だけど、私が足を踏み入れた途端、ギラリとこちらを射抜く視線が。


「……。」


言わずもがな、秀才くんである。

あまりの鋭い眼光に、固まる私。


「チッ。」


舌打ちをされ、秀才くんは用具をまとめて図書室から出て行ってしまった。

おう、のー…。

すごい嫌われようだ。

すぐさま気配を消して後をつけようと、行動しかけた時。


「あー。松村さんだっ。」


静穏としたこの場所には似合わない明るい声。

振り向くと、我が女神、相田ちゃんがいた。

本日も大変可愛らしく…。


「松村さんも、何か本を借りるの? 私はね、童話! 図書室の一角に童話専用のコーナーがあって、そこを制覇しようと思ってるんだ!」


ほうほう、そうなんだ。

私は童話はあまり読まないからなぁ…。

それにしても相田ちゃん、可愛い。

見ていて和む。


「って、あれ。…今日はいないんだ。」


相田ちゃんは図書室を見渡し、小さな小さな声でつぶやいた。

…いない?

誰かと待ち合わせでもしていたのだろうか。


「なぁんだ。」


くるり、とスカートを翻して、相田ちゃんは図書室から出ていこうとする。

あれ、童話はいいのかな。


「本は明日借りることにするね! ばいばいっ、松村さん。」

「あ、ばっ、ば…ばいばい…。」


相田ちゃんに話しかけられた。

名前を呼ばれた。

今日は、なんていいことずくめなのだろう。

彼女が去った後、私は天にも昇る気持ちだった。


「ざけんじゃねえぞ。てめぇ、もうストーカーはしねえと誓っただろ。」


…鬼の怒りが降ってくるまでは。


不良先輩はしつこかった。

以前のように手を出してこなかっただけマシかもしれないけど、それでも言葉の暴力で私を痛めつけてきた。


「根暗女が、結愛にちょっと優しくされたからって調子に乗ってんじゃねーよ。勘違いすんな。結愛は誰にだって優しく、分け隔てないだけだ。特別お前を気にかけてるんじゃねえ。」


それはもう、嫌というほど存じ上げております。

マッハで頷く私に、聞いてるのか! と机を叩いて怒鳴る不良先輩。

図書室では静かに過ごしましょう。


「だいたい、やり方が気持ちわりぃんだよ。結愛に直接話しかければいいものを、ストーカーなんていう最低最悪の行為に出て…何がしてぇんだっつーの。」


苛立たしそうに不良先輩が机を小刻みに叩く度、私は肩がビクッとなる。

もう許して。

さっきのはストーカーしてたわけではなく、私がいた場所に相田ちゃんがやって来ただけだ。

つまり偶然。

以前までのストーカー行為も、不良先輩に脅されてからは怖くてやっていない。

私は無実なのだ。


「お前みたいなのは質がわりぃ…クソ。男ならいざ知らず、女が女をストーカーとか。レズかよ。」

「!?」


最後の聞き捨てならない台詞には、即効で否定させてもらった。

声が出なかったので、首を振ることで。

相田ちゃんは私の憧れであって、そういう対象に見ること自体おこがましいというか、あり得ない。

私から言わせれば、そんな女神に懸想するあなたの方こそ何様だ。

ああ、イケメン様か。

ふん、これだからイケメンはっ!


不良先輩はさんざん私を貶して、それで満足したのか踵を返していった。

あの男、私が相田ちゃんを好きなのだと勘違いしたままだ絶対。

秀才くんから下された私への評価も然り、私って、他人からどう見られているのだろう…。

したたかな女に、レズに、王子の仲間、実力を隠している……どれも私に対する誤解の数々である。

私は誤解されやすい見目をしているのかと、本気で悩みそうになった。


「フン。もういないと思って戻ってきたのに、東堂とは別の男といちゃついているとはな!! その顔でよくやる! 褒めてやるから、さっさと去れ!!」


不良先輩と一緒にいるところを見られたらしく、図書室に戻ってきた秀才くんは怒り心頭に発していた。

だから、誤解…。




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