14.ターゲットを決めました
週明け。
学校で会った横峰先生は、どこか気まずそうにしていた。
きっとあれだ。
あの日はつい食欲に負けてチャーハンまでご馳走になってしまったけど、帰宅してよくよく考えれば、教師としてあるまじき行動だったと反省したパターンだ。
横峰先生が妙に賢ちゃんとシンクロして見える分、先生が何を考えているのか予測しやすくなってしまった。
…横峰先生って、本当にイケメン?
ふと疑問が湧く。
そもそもイケメンって、何を指す言葉だっけ?
私の中で、イケメンがゲシュタルト崩壊しつつあった。
どうやら生徒会のことで悩んでいたらしい横峰先生だけど、賢ちゃんと酒を飲んで酒に呑まれた原因は、なんと私にもあったようだった。
私が生徒会への勧誘に応じないから、思いのほか根を詰めてしまったらしい。
おまけに生徒会メンバーは以前にも増して相田ちゃん相田ちゃん状態で、この年で白髪が増えそうだと、切実な悩みを賢ちゃんにぶつけたそうだ。
横峰先生も、いろいろ大変みたい。
家電を恋人にしてしまうなんて、余程のことだからね。
この話は賢ちゃんから聞き出した。
賢ちゃんほど誘導尋問に引っかかりやすい大人はいないだろう。
だから私は、横峰先生に一つ案を出すことにした。
簡単な話だ。
もともと私に生徒会入りの話が来たのは、三人の人物に断られたから。
つまり、その三人のうちの誰かをそそのかし、やる気にさせれば、横峰先生が悩む必要も、私に生徒会入りを勧める必要もなくなる。
おまけに私も負い目を感じなくて済むのだから、我ながら素晴らしいアイディアだと思う。
横峰先生が勧誘したのは王子にクラスの爽やかくん、そして学年で一、二を争う秀才くんだ。
前者二人はイケメンだから除外するとして、狙いどころは秀才くん。
正直に頼めば、きっと受け入れてくれるんじゃないだろうか。
しめしめ。
お守りを持たずとも、自力で厄を払ってみせよう。
今こそ私の真の力を見せる時だ!
――昼放課。
秀才くんは図書室にいた。
クラスの子と昼食を食べにどこかへ行ってしまった相田ちゃんを断腸の思いで見送り、代わりに秀才くんを尾行する私だけど、気分はあまり乗らない。
女神である相田ちゃんならまだしも、垢抜けない容姿をした秀才くん。
どちらを見ていたいだなんて、火を見るより明らかである。
おまけに秀才くんは図書室に来てからひたすらに机と向き合うばかりで、若干怖い。
ガリガリガリ…と、手を休める暇なくノートに文字を書いてゆく。
あっという間に、1ページが真っ黒になっていた。
漫画の中のガリ勉キャラが、そのまま飛び出してきたみたい…。
20分も経つ頃には、怖さを通り越していっそ尊敬の気持ちが芽生えてしまうほど、秀才くんは勉強に打ち込んでいた。
休憩を始めたらその隙に声をかけ、生徒会の話をしてしまおうと考えていのだけど、秀才くんはいっこうに休憩を挟む気配すら見せない。
ただの一度も、顔だって上げていないのだ。
肩や首がこらないのだろうか。
羨ましい。
タイミングを見計らいつつも、図書室に来て手持ち無沙汰なのは怪しまれるかもしれないと適当に選んだ本につい夢中になってる間に、放課の終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。
私はある重大な事実に気づく。
お、お昼ご飯を食べてない…だと!?
昼放課が始まってすぐに図書室に篭もった秀才くんは、昼食をとらないまま、チャイムが鳴るまで勉強していたのだ。
そして、颯爽と引き上げていく秀才くんの表情に、空腹の表れはない。
なんということだ。
ご飯より勉強。
飯を食べる時間すら、もったいないということか。
ガリ勉恐るべし…。
比べて私はといえば、今更ながらにやって来た空腹感と戦いながら、授業を受けるはめになった。
それも隣の席の男子に腹の音を聞かれ、頑張って私じゃないですよ感を出していたのだが隠しきれず、ひそひそと近くの男子数人に笑われてしまった――。
その日は布団の中で、羞恥に悶えた。
翌日。
昨日と同じく、秀才くんは昼放課に図書室を訪れた。
そして同様に、一心不乱に鉛筆を走らせる。
気迫すら感じるその姿。
秀才くんの周りだけ、空気が違うようだ。
まだテストの時期でもないのにご苦労なことだと、カロリーメイト片手に私はこっそり観察する。
…昨日のような失敗をするわけにはいかない。
今度はタイミングを窺わず、ガバッと行ってしまおう。
ガバッと。
大きく息を吸い込み、立ち上がる私。
口を開きかけて……。
「…チッ。」
聞こえた舌打ちに、すぐさまシットダウン。
え、何?
秀才くんが舌打ちした。
もしや私が立ち上がった時の音がうるさかったとか?
ギャー!
私のせいか!?
気分を害してしまったのだろうかと、恐る恐る秀才くんを窺い見た。
「なんでこれしきの力で折れるんだよ。脆い芯だな。」
けれど、秀才くんは欠片もこちらを気にする素振りはなかった。
あ、芯ね…。
秀才くんは折れてしまった鉛筆の芯に対して舌打ちしたみたいだ。
私にではないことに、ひとまず安心した。
「……。」
で、私は、出鼻をくじかれたために、余計に声をかけづらくなってしまった。
…どうしよう。
イケメンでない人種相手ならスムーズに会話ができると踏んでいたけど、そもそもの話、それなりに会話ができたらクラスでぼっちになんてなっていなかったよ、私。
なんでそのこと忘れてたんだろ…。
加えて秀才くん、見た目は私の仲間のくせに、中身はちょっとキツめみたいだからなぁ。
なんでもかんでもあけすけに物を言うおばちゃんを苦手としている私としては、なるべく相手にしたくないタイプ。
いや、まあ、人見知りだからどんな人であっても苦手に変わりないけどさ。
私は悩み、悩んだ末に、棚にあった『私たちのメカニズム2』という難しそうな題名の本を手にとった。
これは昨日、私が読んでいた図書の続きだ。
胃のはたらきとか、人間の内部構造を説明するようなものではなく、書かれているのは主に精神面のことばかり。
対人関係をうまく築けない人へのアドバイスなんかもあって、内弁慶が自分の中で深刻な問題化している私には重宝したい本。
人見知りを治すにはあえて大勢の人間と関わり、少しずつでもいいから慣らせばいいんだって。
賢ちゃんと同じ台詞だ。
でも、まず大勢の人間と関わる勇気すら持てない私はどうすればいい。
「あれ。あっ、松村さん!?」
秀才くんへの対抗策はないものかと本のページをパラパラ捲っていると、無駄に良い声が室内に響いた。
げ、げげ!!
思わず、持っていた本を床に落としそうになる。
「こんにちは。久しぶりだね。」
にこにこと、この世のすべての穢れを浄化してしまいそうなほど、崇高な笑みを浮かべる純朴王子。
以前よりも、神々しさに磨きがかかってるのは気のせいじゃないはずだ。
ひ、久しぶりと言われた。
私としてはあれから王子と関わるつもりなんてなかったから、大変受容できる言葉ではない。
なんて返せばいいのだ。
軽く挨拶の返事もできない私って、もう末期なんじゃ…。
「お、オホホ…。」
純朴王子の顔を見ているとなんだか平身低頭の態度にならなければいけないというか、こちらも上品でなければいけないようで、私的には品のある笑いが口から出てく。
図書室で王子に会うなんて、まったく想定外。
向こうはやけに親しげに接してくるし、何なの。
誰かタスケテ。
「ふふ。変な笑い方だね。」
あ、やめて。
心が折れる。
「昼放課に松村さんに会えるなんて、ラッキーだな。この前のお守りのお礼も改めてしたいなって思ってたんだよね。あれ、僕を励ますためにくれたんでしょう? 少し、悪かったなって。」
「イヤ、イエ、滅相モナイデス…。」
「そんなことないよ。あ、松村さんって、昼放課はいつも図書室に来るの? 松村さんがいるなら、僕も昼放課には図書室にいようかな。」
なんだか、王子が今日はやたらと饒舌だ。
こんな地味女を相手に、一体王子の中の何が駆り立てるのだろう…。
なんで、と心の底からの疑問がつい音になってしまったのを、王子は聞き逃さなかったらしい。
「だって、松村さんは僕の仲間だよ。僕の秘密を唯一知ってるんだから。お守りも、本当に嬉しかったんだ。あれを持つようになってから、なんだか気分も晴れやかになった気がして。松村さんのおかげだよ。」
「そ、そうなんですか…。」
たぶん、それは気のせいなだけな気がする。
あのお守りは厄除けに効果があるだけであって、決して気分を落ち着かせてくれたりするアロマセラピー的な効果はない。
勘違い、思い込みでは…。
晴れやかに笑う王子に水を差すのは気が引けたため、私は言葉を飲み込んだ。
勝手な仲間認定も、まだ続いていたのね…。
と、その時。
「うるさいな!! 気が散る! ちちくり合うんなら、どこか別の場所に行ってやれよ!! 僕の邪魔をするな!!」
鬼の形相をした秀才くんが、私たちに向かって怒声をあげた。




