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傍役メランコリー  作者: 夏冬
13/32

13.いけ……めん?


賢ちゃんたちは、私の家に泊まっていった。

かよわい私に、感謝してほしい。

私に大の男を担げるだけの怪力があったら、絶対に家から追い出していた。


翌日の昼下がりに目覚めた二人は、昨晩の記憶がほとんどないようで、特に横峰先生は酷かった。


「あれ…? 俺、森の中でドンキーコングに襲われて、友達になって、それから……え? ここ、どこ?」


夢にドンキーコングが出てきたのか、記憶がごちゃ混ぜになっているようだった。


「ふぁっくしょん!」


霧吹きで水を顔面に3プッシュという起こし方がまずかったらしい。

横峰先生は寒そうに両腕をさする。

…顔が濡れていることには気づいてないのかな。

いや、だって、お日様が上りきっても起きなかったから困っちゃって。

悪いのは、なかなか目を覚まさなかった大人二人だ。

私は二人に目覚めのお茶を差し出した。


「……え。な、なんで松村が? うぐっ、気持ち悪…。」

「…トイレはあちらです。」


気持ち悪いのは、二日酔いだからだよね?

まるで私が気持ち悪いかのような発言に、少しだけハートがブレイク。

それにしても、私は昨日今日で、イケメンも人であることを思い知らされた。

イケメンって、絶対に酔わない人種だと思ってたから。

お酒に強くない賢ちゃんでさえ二日酔いはないのになぁ。


「うげえぇ…。」


イケメンらしからぬうめき声は、私の耳には聞こえませんとも。


「で、賢ちゃん。どうして横峰先生を連れて私の家に来たのか、そもそもお酒に手を出した理由。ちゃんと教えてくれるんだよね?」


横峰先生がトイレに行っている間に、私は腰に手を当て仁王立ちで、賢ちゃんを問いただす。

これでも怒ってるのだ。

横峰先生に家の場所を知られてしまったこと、これから賢ちゃんとの関係性を誤解なく説明しなければならないこと。

それに、私のお守りを強奪されたこと!

最後のだけは、どうしても許せない。

前作より手間をかけただけに、そのショックは計り知れないのである。


「理由、なあ…。」


ポリポリと頭をかく賢ちゃん。

ふ、今日の私は激辛モードだ。

決して甘くはない。

言い逃れできるなどと思うなよ。


「ただ酒。飲んだでしょ?」


本当はただの水だけど。

ペットボトルの水を出すのはもったいなかったから、水道水だけど。


「…覚えがないな。」

「今朝、隣の山田さんから苦情入った。昨日の賢ちゃんたちがドアを叩いて騒いでいたのがうるさかった、って。どうしてくれるの。」

「い、いやあ。それは、申し訳なかったというか…。」

「酔いつぶれた賢ちゃんたちを、一体誰が介抱したんだろうねぇ。さぞかし大変だったんだろうね~。」

「………。」


介抱も何も、私は床で寝始めた二人を放置していただけ。

私がやったのは、ブランケットをかけたことくらいだ。

でも、宿泊費だと思えば安いものだろう。


「たっくさん迷惑かけたのに、というか謝罪や感謝の言葉すら未だないのに、だんまりしちゃうのー? 賢ちゃんって、生徒を啓蒙すべき教師じゃないのー? うわあ。」

「く…っ! す、すまなかった六花。だが、横峰先生と酒を飲んだ理由はいくら六花でも教えられない! これは男同士の約束だ。横峰先生が自分の教師としての不甲斐なさに嘆いていたから、酒で忘れさせようとしたなどと、男の弱さを女に教えられるものか!」

「……賢ちゃんがおバカなのは知ってたけどさ…。」


普通に言っちゃってんじゃん。

もう、ため息しかでない。


「うん。で、私の家に来たのは? 何か用でもあった?」

「いや、ただ心配でな。夕飯はきちんと食べたか?」

「え…。」


固まる私。

まさか、賢ちゃんがそんなことを考えていたとは。


「な、何言ってんの! 食べたに決まってるでしょ。」

「そうか。なら、いいんだ。それを確かめようと訪れただけだからな。」

「……。」


うわ、うわ、うわあ!

どうしよう、ちょっと嬉しい。

昨日はホームヘルパーさんがお休みの日だから、きちんと夕飯を作って食べれたのか、私の身を心配してくれたんだ。

く、なんて性格イケメン…。

これで容姿が良ければ、間違いなく惚れてた。


「あ、ありがと…、賢ちゃん。」

「おう!」


賢ちゃんの笑顔が眩しい。

どうしよう。

見た目、ゴリラなのに。

今まで見てきたどのイケメンより輝いて見える…。


――って、違う。

だからと言って、酔っ払った状態で私の家に来たことをチャラにしちゃいけない。

危うくそっちを忘れてしまうところだった。


「…賢ちゃん。罰として私のお昼ご飯作ってね。」

「え。」

「さっき、ホームヘルパーさんに連絡しちゃったんだよねー。私しかいない家に男が二人、それも教師が泊まったことをホームヘルパーさんに知られれば、お父さんの耳にまで届くのは必然だし? 良かったね、警察行きにならなくて。」

「……なんか今日の六花、手厳しくないか?」

「当たり前だこんにゃろ!」


お守りの恨みは、忘れない。

昨晩ずっと、横峰先生のどうでもいい愚痴をひたすら聞かされていた身としては、ストレスが溜まりに溜まっているのだ。

悪いけど、賢ちゃんで発散させてもらう。

根源である横峰先生にしろって?

酔った勢いでさんざん痴態を晒したとしても、曲がりなりにも、彼はイケメン。

私の手に負える代物ではない。

よって責任をとるべきは、酔った横峰先生を連れてきた賢ちゃんにある。


「チャーハンが食べたい! 油でベトベトしてない、ぱらっぱらなやつ。」

「いっ、分かった、分かったから! 腕に爪を食いこませるな!」

「グリンピースはいれないでよー。」

「わぁかってる!」


賢ちゃんの腕を握っていた手は、はたき落とされた。

皮膚に爪の痕が薄っすら残ってるのを見て、にやり。

ははん。

二階から飛び降りても骨折一つしない鋼の肉体の持ち主でも、所詮は人間。

皮は弱い。

ムカムカがわずかにすっきりした私だった。


「…チャーハン?」


ぐぅぅ、と、腹の虫の大きな鳴き声を轟かせて、横峰先生が物欲しそうな目でこちらを見ていた。

会話、聞いてたのか。

いつの間に戻ってきたんだ。

イケメンの空腹音は、たいして賢ちゃんと変わらなかった。


「……。」

「……。」


私が何も言わないでいると、横峰先生も無言になる。

ただ、その視線と腹の虫は明らかに訴えていた。

自分もチャーハンが食べたい、…と。


「……横峰先生も、食べて行きますか?」


頬を引き攣らせながら、提案した私。

一瞬だけ、横峰先生が餌を待つ子犬に見えてしまったのだ。

…重症かもしれない。


「い、いいのか、松村。悪いな。」


どこか申し訳なさそうに、どこか嬉しそうに。

横峰先生って、こんなに単純な人だっただろうか。


賢ちゃんが台所に立つ間、私は横峰先生に事のあらましを説明した。

賢ちゃんとの関係も、ただのご近所さんで、昔から家族ぐるみの付き合いがあっただけだと、邪推されないよう丁寧に伝えた。

横峰先生の返事は、そうかの一言のみ。

あまり興味がなさそうだった。

代わりにひたすら、自分が何か変なことをしでかしていないか気にしていた。

裸踊りを披露しようとして、机に足の小指をぶつけ悶えていたことは、変なことに入るのかな。

それとも、家電と話をしていたこと?

炊飯器を恋人だと言っていた時は驚いた。

でもどこか慣れていたので、酔って家電と恋人ごっこするのはいつものことなのだと、私は勝手に納得していた。

本当に、昨夜から横峰先生をイケメンだとは思えない。

中身、賢ちゃんに近くないだろうか。

だから二人は気が合うのかなぁ…。


余談だけど、私をドンキーコング扱いしたことは、あえて話さなかった。

シラフの状態で同じようなことを言われたら、もう立ち直れない。




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