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傍役メランコリー  作者: 夏冬
12/32

12.私はノーと言える人間です


厄除けのお守りを王子になんて渡すんじゃなかったと、三日後の私はさっそく後悔していた。



「――松村に、生徒会に入ってもらいたいと思うんだが。」


放課後。

珍しく賢ちゃんに手伝ってほしいことがあるからと呼び出され、なんだろうと思いつつも快く承諾し、賢ちゃんに頼られることが嬉しくて浮かれて上機嫌で呼び出し場所に向かえば。

扉を開けた先には、賢ちゃんとは似ても似つかぬイケメン――横峰先生がいた。

そして唐突に、そんなことを言ってきたのだ。


「……。」


私はゆっくりと後退し、廊下に出て扉を閉める。

ガラガラ。

今、横峰先生がいたような…。

気のせいだろうか。

賢ちゃんはいつから、あんなイケメンになってしまったんだろう。


「待て、待て、松村!」

「うわっ!?」


真剣に考えていれば、いきなり扉が開いて、中から飛び出してくる横峰先生。

びっくりして、私はのけぞりかえった。

尻餅をつかなかったことは、奇跡に近い。


「…あ、まだ去ってなかったのか、松村。良かった。」


良くないよ。

驚きのあまり縮んでしまっただろう寿命と身長、どうしてくれるんだ。


「あの…。私、平野先生に呼び出されて…。」

「ああ、俺が頼んだんだ。…平野先生、言ってなかったか? 以前断られた話を改めてしたくてな。」

「………。」


賢ちゃんは一言もそんなこと、言ってない。

く、怪しいと思ったんだ。

賢ちゃんが私を頼ることもそうだけど、呼び出された場所が進路指導室だった時点で、私は確かめるべきだった。

お前なら手伝ってくれるだろ? と賢ちゃんは尋ねてきた。

主語が抜けていたもののおそらく、生徒会の仕事を、お前なら手伝ってくれるだろうということだったのだ。

嵌められた。


その後横峰先生に延々と、生徒会入りすることで生まれる利点や私でなければダメな理由、数々をのべつ幕なしに聞かされ。

いい答えを待ってる、と解放されたのは、それから一時間後のことだった。

私はかなり、憔悴しきっていた。


何故…。

何故今頃ふたたび、生徒会入りへの勧誘がやって来るのだ…。

恋敵ちゃんが転校してから、もうしばらく経っている。

恋敵ちゃんの空席は埋められないまま、来年度に突入するかと思っていたのに。

一体何の嫌がらせだ。

横峰先生は、どうやら耳が遠いらしい。

無理ですと何度首を横に振っても、松村しかいないんだと言われる。

聞きようによってはとんでもない台詞だけど、恋敵ちゃんにも同じ台詞を吐いて生徒会へ誘ったこと、私は知ってる。

だから騙されたりしない。

イケメンも、目を瞑ってしまえばただの人。

私は横峰先生が頑張って説得してくる中、ずっと両目を閉じていた。

王子の時のような、イケメンの謎の力に屈してなるものか。

そしてとうとう、懇願されては断ってのいたちごっこ…横峰先生と私、どちらが先に折れるかの持久戦に突入してしまった。


「生徒会入り、おめでとう! 松村には期待してるぞ!」


下校する際、校門で大仰に手を振ってきた賢ちゃんに、私は問答無用で頭突きした。

本当は飛び蹴りをしたかったけど、きっと私は飛べない。

なので運動音痴の私でも確実に相手にダメージを与えられる頭突きを選択したのだ。

賢ちゃんは、がははと笑っていた。



お守りを作ろう。

家で夕飯を食べ終えた後、私は唐突にひらめいた。

お守りを他人に譲ってしまった途端、今日みたいな厄災が降りかかってくるのだから、また私を守ってくれるお守りを作ればいいのだ。

生徒会の話も、きっとそれで断れる。

私は裁縫道具を取り出し、せっせと制作に取り組んだ。


家のインターホンが鳴ったのは、夜の10時を回った頃。

ドアホンに映っていた人物を見て、絶句した。


「お~い、六花ぁ~?」


賢ちゃんだ。

通話ボタンを押してないから何を言ってるのか分からないけど、たぶん私へ呼びかけてる。

別に、それはいいのだ。

賢ちゃんが私の家を訪ねてくるのはそう珍しいことではない。

しかし、賢ちゃんの隣でわーわー言っている男の人…横峰先生は、完全にアウト。

賢ちゃん、何故厄介事を持って私の家を訪れた。

私は居留守を使うことに決めた。


バンバンバン。

インターホンの代わりに、扉を思い切り叩く音が。

なんて近所迷惑!


「賢ちゃん! 静かにしてっ!」


今何時だと思ってるの。

お隣さんにまた文句を言われてしまうではないか。


「おー、六花。邪魔するぞー。」


仕方なく扉を開いた私に、賢ちゃんは軽い調子で返してきた。

おまけに許可も得ずに家へ上がってゆく。

ちょいと待て。

というか、酒臭い!

もしかしなくともこの二人、酔ってるのか。


「あ~、待ってくださいよぉ、平野せんせぇ。ってか、あれ? ちょっとこの人、松村さんに似てません~?」


賢ちゃんに続いて靴を脱ぎ始めた横峰先生が私を視界に入れると、指さして笑い始めた。

似てるどころか、本人だよ。

横峰先生、大丈夫か。


「松村さんみたいな影の薄い顔してる人って、意外にいるもんなんですね~。こういうの、なんて言うんでしたっけ。ど…ど、どぉー…ドンキーコング?」

「………。」

「ぶはっ。ちょ、あなた平野センセーの奥さんですか! お似合いっすねぇ。いやいや、夫婦は似るものだっていいますからね。」


なんだろう。

相手は酔っぱらいで、完全に頭が働いていない状態なんだろうけど、この発言には怒ってもいいような気がした。

失礼すぎるだろ。

ドッペルゲンガーを言おうとしてドンキーコングってのも…「ど」しか合ってない。

横峰先生って、酔うと言っていいことと悪いことの判別がつかなくなるんだね。

いざという時に動けないヘタレだったり、なんだか私の中でのイメージがマイナス方面に向かってる。

そして土足で上がってかないで。

片方の足だけ、靴脱ぎ忘れてるから。


「六花ぁ。酒~! 酒持ってこーい!」


我がもの顔でリビングに居座り、酒を要求する賢ちゃん。

悪酔いしてるな。

それにしても賢ちゃんが酒を飲むなんて珍しい。

明日は休日だから、たまには羽を伸ばしたかったのだろうか。


「六花ぁ?」

「…我が家には、無礼者に出すお酒なんてありませーん。」

「ぬわんだとぉ!?」

「お酒が欲しかったら、それなりの頼み方ってものがあるでしょ? ねー、賢ちゃん。」


お酒に呑まれた賢ちゃんは面倒だけど、結構扱いやすい。

ほらほら、と促せば、賢ちゃんは私の狙い通り姿勢を正し、かしこまる。


「はっ! このぉ不肖平野にぃ、どうかお神酒をいっぱい! 恵んでくださぁいぃっ。」


頭がカーペットについた。

酔った賢ちゃんにプライドはない。

煽れば、簡単に乗ってしまうノリの良さ。

良いのか悪いのか、さてはて…。


「あっ! 俺からも頼むッス、奥さん。なるべく高い酒で!」


対する横峰先生は、図々しかった。


我が家には料理酒以外に本当にお酒がないので、代わりに水を出した。

これ飲んで、酔いを冷ませ酔っぱらいども。


「ちょっとぉ、なんすかこれ! 薄すぎじゃありませ~ん?」


水に一口つけるなり、眉を顰める横峰先生。

賢ちゃんはお酒と思い込んでガバガバ飲んでるのに。


「高いお酒は、こういう味ですよ。」

「えぇ~? マジっすか?」

「こういう味なんです。」

「うぅん…。」


納得がいかないのか、横峰先生は水の入ったコップとにらめっこを開始する。

もう放っておいていいかな、この人。

普段のイケメンオーラが鳴りを潜めてるため、私の扱いも雑になってくる。

ヒエラルキーが逆転したのだ。

酔っぱらいは、私よりも地位が低いものとする。


「賢ちゃんー、なんで、お酒なんて飲んだの? それも横峰先生と。」

「決まってるだろぉ! 酒が飲みたかったからだ!」

「…だから、なんでお酒を飲みたい気分になったの?」

「気分だったからだ!」

「……。」


答えになってない。

私は、ウトウトとし始める賢ちゃんを眺めながら、この二人をどうするか考えた。

家に帰そうにも、自力で動いてもらわなきゃいけない。

すでに賢ちゃんは半分眠りについている。

自力で帰ってもらうのは無理そうだ。

せめて横峰先生だけでも、と彼を見て、唖然。

机の上に置いてあった出来たてほやほやなお守りに頬ずりしていた。


「せ、せんせ…?」


何やってんの。

怖い。


「このお守り、俺のですぅ。ありがとうございます! 拾っといてくれたんすねっ。」

「いや、何言ってるんですか。それ私の手作りで…。」

「本当にありがとうございます~! もうなくさないよう、大切に大切に保管しとくんで~。いやぁ、見つかってよかったぁ。」


私の言葉をスルーして、勝手に感極まる酔っぱらい。

挙句にお守りにキスをしていた。

あ…、それもう私が使えない…。


「ていうかぁ、聞いてくださいよぉ! この間行ったイタリア料理店の話なんすけどね~。」


制作時間およそ三時間の、渾身の作品が一瞬にして私のもとから消えてしまったことにショック以上の何かを受ける私をよそに、横峰先生は至極どうでもいい最近の愚痴を喋り出した。

お守りは、もう作るなという天からのお告げなのだろうか。

ああ、私のあの三時間は一体…。


賢ちゃんが大きないびきをかく中で、横峰先生の話は日付が変わるまで続いた。




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