表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傍役メランコリー  作者: 夏冬
11/32

11.純然たる王子


「……二重人格なの?」

「ち…、チガイマス、ヨ?」


……………。

しばし沈黙する、私たち。


何故だ。

何故王子がここにいる。

ここは人目につかない場所であって、だからこそ不良先輩に脅されていたのであって。

私は混乱したが、さっさと起き上がってそこら中に付いた砂を払い落とすだけの意識は働いていた。

だって、これ以上純朴王子に恥を晒せない…。

鼻血を出した上に、地面で打ちひしがれてる女子ってどうなの。


「エット、あの…。」

「……。」


いつの間にいたんだろう。

というより、どこまで私の一人茶番劇を見ていたのだろう。

一体何を言われるか、正直めちゃくちゃ怖い。


「松村さんは、さ。」

「は、はい!」

「二重人格でないにしても――。」

「はい! 二重人格じゃありません!」

「…その。普段の態度と、学校での態度が違うってことでいいの?」

「そうであります!」


だんだん自分のキャラが迷走してきてる。

口調もテンションもおかしい。

王子の言葉を肯定してしまうなんて。


「……そっか。」


何やら顎に手を当てて考え出す純朴王子。

私、もう帰ってもいいですか?

今の自分に、軽く絶望してる。


「そうなんだ。やっぱり、合ってた。」

「……え?」


何が?

意味の分からないまま、肩に置かれる王子の手。

思わず凝視してしまった。

王子の聖なる後光の力で腐り落ちないだろうか、私の肩。


「…僕も、同じなんだ。仲間が見つかって、本当に良かった。」

「はい?」

「ずっと悩んでたんだ。周りから王子だなんてあだ名で呼ばれて…もちろん、冗談半分なのは分かってるよ。でも、言われ続けるたびに、僕もそうでなければならないのかなって思い始めて。」

「……。」


いや、何の話。


「エット、ナガクナリマス?」

「あ…うん。ベンチに移動する? 僕、きみに話を聞いてもらいたいんだ。今までこんなこと、言える相手がいなかったから…。」


嫌です、無理です、なんか面倒そう!

私はノーと言いたかった。

王子が綺麗な顔を歪ませて、とんでもない爆弾発言をするまでは。


「昇降口での一件から、なかなかきみに会えなくて困ってたんだ。もしかしたら僕の仲間かもしれないと思って、昼放課には毎日きみの教室に行ってたよ。でも、毎回きみは留守で…。今日も会えなかったら、教室のきみの席で待ってようかとも考えてた。」


なんて迷惑な話。

私が今日まで王子に鉢合わせなかったのはきっと、昼放課は相田ちゃんに着いて各地を飛び回るため、教室を留守にしがちになっていたからだ。

そう考えると、お守りの力はまだ健在なのかもしれない。


だがそれより、王子の話があるという誘い文句は私をリンチにかけるものでなく、本当だったことに驚きである。

数日前の私、自意識過剰だったかな。

いや、王子が私みたいな平民に普通な話があるのだと純粋に信じる方こそ自意識過剰だ。

変に逆らうと何が起こるか分からないので、私は大人しく王子の話を聞くことにした。


「僕、王子なんて呼ばれてるけど、本当はそんな柄じゃないんだ。」


うんうん、と黙って頷く。

見た目は王子そのものなのにね、なんて口が裂けても言えない。

不敬罪で殺される。


「中身はどこにでもいるような…その、自分で言うことじゃないかもしれないけど…、みんなと同じだと思ってる。悪戯だって好きだし、グラビアの写真集を見るとそれなりに興奮だってする。童話の中の王子様みたいに、完璧な人間なんかじゃないんだ、僕は。」


……ん?

今王子の口から、妙な単語が飛び出たような…。

それなりに興奮するって…あれ?

私の聞き間違いか?

そうだよね、王子がそんなこと言うわけないよね。


私は気を取り直し、大袈裟に首を縦に振ってみせる。

分かるよ、私だって、みんなが思ってるほど根暗な人間ではないのだと声を大にして言いたいもん。

最近じゃクラスメイトに声が出ないのかなんて馬鹿にされたこともあった。

その都度相田ちゃんが庇ってくれたものの、今後絶対にそいつに私の美しい声を聞かせてやるものかとムカついた。

…もちろん、自己評価だ。

過去一度も、誰かに美しい声だと賞賛されたことはない。


「この間、クラスの女の子たちが言い争ってるのを聞いちゃって…。みんな、僕がトイレに行くかどうかを真面目に議論していたんだよ。行かない派の人たちの主張は、王子だから! って。僕、みんなの中でトイレにも行かないような人だと思われてるのかな…。」

「……。」


眉根を寄せてうなだれる王子。

ちょいと隣のクラスの女子さん方、一体あなたたちは何をディスカッションしてるんだ。


「昔から、そう。王子みたいだからって、やりたいことをやれなくて、やりたくないことをやらなきゃいけない。僕は文句の一つもこぼさない微笑んでるだけの人形とは違うのに。……周りの目が、時々怖いんだ。王子としての僕しか求めていないようで…本来の僕自身を否定されてるようで。参っちゃう、流石にストレスが溜まるよ。」

「す、すとれす…。」


王子でも、俗語をお使いになるんですね。

軽く眩暈がする。

私の中で、東堂皆葉という人間はどこまでも『純朴王子』でしかない。

私はたぶん、王子にストレスを与えてる側にいるのだ。

今も、きっとこれからも。

だからこんな悩みを打ち明けられても困る。


「言葉遣いだってね、いつの間にか丸まっちゃって。昔はもっと乱暴だったんだよ。年上のガキ大将に負けないくらい、性格も野性的だった。」

「え、あ、マジですか…。」


王子が、野性的。

似合わぬ。


「マジだよ、マジ。僕って、いつまでなよやかな王子でいればいいのかな。今の僕が完全なる『自分』ではない…ってわけじゃないけど、なんだかもう、『王子』に染まりすぎちゃって、本当の自分がよく分からないよ。」

「……。」

「あ、ごめんね、こんなに一方的に語って。さっきも言ったように、初めてだったんだ。僕と似たような悩みを抱えてる人。」


…私は別に、外と内とで態度が違うことを悩みだとは、王子に一言たりとも言ってない。

王子が勝手に脳内補完しているだけなのだが、間違ってもいないので、否定の仕様がなかった。


イケメンにも、イケメンなりの切実な悩みがあるんだね…。

私は王子に同情した。

でも、知りたくなかったよ。


「松村さんは? どうして性格を変えてるの?」

「えっ、私? …ですか。」

「うん。」


僕でよければ聞くよ、なんて優しく微笑む王子。

それ、本気で言ってる?

だとしたらなんて残酷な。


「いや、私は…。」

「遠慮しないで。松村さんって、平野先生以外にはとても謙虚だよね。お互いの秘密を知り合ったわけだし、僕にも本来の態度で接してくれていいんだよ?」


秘密って…。

いや、王子のはファンが知れば絶望ものかもしれないけど…。

というか勘違い、勘違いだから。

私はあえて態度を変えてるのではなく、どうしても変わってしまうのだ。

私が意識しておこなっているのではない。

人見知りとは、そういうものなのだ。


「…やっぱり、僕なんかが相手じゃダメかな。力不足だよね…。」

「!」


王子の麗しいかんばせが悲しみに歪む。

やめて。

神様が私に天罰を下しに来たらどうするんだ。

お願いだから、もとの造形美を保ったままでいて!

眉をハの字にさせないで!

私は必死に考えた。

イケメンや美少女に関わると、ろくなことにならない。

これ、体験談。

ゆえに私ができることといえば、矛先を別の場所へ向けるしか。


「あ、あ、あ、相田ちゃん! 相田ちゃんに相談するのはどうでしょうか!」

「結愛ちゃん? …なんで?」

「え……。な、なんでって…。」


相田ちゃんが好きなら、彼女と一緒に青春していればいい。

そう思ってしまうのは、私が恋をしたこともない未熟者だからだろうか。

あれか。

好きな子には幻滅されたくないんだ、ってやつか。

リア充滅びろ。


「もしかして、そんなに僕と話したくない?」


王子の発言に、固まる私。

何故バレた。


「…そうだよね。考えたら、嫌な相手だから態度を変えてたって可能性もあるんだよね。僕、なにか松村さんに嫌われるようなことしたかな? 身に覚えがないけど、もしそうなら謝るよ。だから、どうか嫌わないでほしい。」

「き、嫌ってなんか…。」


口が!

口が勝手に動くぅぅ!

これが脅威のイケメンの力なのか。

恐ろしすぎる。


「これっ、あ、あげます! いらなかったら、捨ててください。たぶん、祟られはしないと思うんで。」

「え? 松村さ……。」


私は咄嗟にポケットに入っていたお守りを王子に渡し、急いで回れ右をした。

耐えられない。

あの空間にいたら、あっという間に王子に流されてしまう気がする。

いち早く危機を察知した私は、苦肉の策として、あの効能ばっちりな厄除けのお守りを押しつけておいた。

だって、あまりに王子が悲しそうな表情をするから、いたたまれないんだよ…。

幸福がやってくるわけじゃないけど、厄は憂いなく払ってくれるから、是非とも王子には大切に持っててもらいたい。


「あ、ありがとう…。」


王子の言葉は、聞こえない振りだ。

さよならイケメン(厄難)

さよなら私の守護神(厄除け)


…そういえばお守りって、もともとの主人から別の人に譲り渡すのって、オーケーなんだっけ?

呪いとか、返ってこないよね。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ