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傍役メランコリー  作者: 夏冬
10/32

10.二重人格じゃありません


――結果から言えば、私は彼らの前に姿を現さずに済んだ。

その名の通り相田ちゃんの番犬である不良先輩がヒーローよろしく登場し、不良二人組をこてんぱんにしたのだ。

というより、殴り合いに発展する前に、不良二人組が先輩に恐れをなして土下座で謝り事なきを得た…という方が正しい。

相田ちゃんはもうこんなことしちゃダメだよ、と言って不良先輩とともに私の鞄を持って去っていった。

ものすごい解決力。

私は急いで、自分の教室に戻った。

不良二人組は気づかなかったようだが、鞄の中には学生証が入っている。

持ち主が誰なのか、相田ちゃんたちならきっと分かってしまうだろう。

だから、教室に先回りして、待機した。

予想通り、相田ちゃんは私のもとまで鞄を届けてくれた。


「はい! もうなくさないようにね。」

「あ、あ、あ、アリガトウ…。」

「ふふ、どういたしまして!」


ふんわり笑う美少女。

天使だ。

天使がここにいる。

対する私は、どこのカオナシだよって感じ。

しどろもどろになり過ぎだ。


相田ちゃんは鞄だけでなく、なんと私が出られなかった授業のノートまで取っていてくれたようで、一緒に渡してくれた。

な、なにこの子…!

天使どころか、女神様じゃないか。

私は己を恥じた。

こんなにも良い子を僻んで嫌うなんて。

卑屈すぎる。


そして私は、この日から、相田ちゃんをリスペクトするようになった。

だって相田ちゃん、私みたいな根暗女にも分け隔てなく優しくしてくれて、マジ女神。

今までの数々の無礼、お赦しください。



……で、数日後。

お守りのおかげでイケメンとの不慮な接触もなく、厄介事も現れず、非常に穏やかな日々を満喫していた私。

変わったことといえば、放課はいつも読書に徹していたのをやめ、暇さえあれば相田ちゃん観察にいそしむようになった。

相田ちゃんの後を隠れて尾行する。

ストーカー?

否、これはきちんとした任務なのである。

相田ちゃんを守るために!

そう、数日前に私は、相田ちゃん見守り隊に入隊したのだ。

隊員はいない。

何故なら私が心の中で勝手に作り上げたものだから。


「ハッ。てめぇが下心を持って結愛に近づいてんのは分かってんだよ。目的は何だ? ストーカーまがいのことしやがって。」


だから、決して、こんなことを言われる筋合いはないと思うんだ。

私が相田ちゃんの後をついて回っていたのは、相田ちゃんがいつ危機的状況に陥ってもすぐに助けに入られるからであって、断じて下心があったわけではない。

そりゃあ、ちょっとは目の保養にとか思ったりもしてた…けど。

不良先輩に胸元を掴まれて吊し上げにされるほど、酷いものじゃないよね!?

偶然通りかかった中庭で、まさかこんなことになるとは思わなかった。

不良先輩がいたと知っていたなら、絶対に通らなかったのに。


「く、ぐ……。」

「何言ってるか分かんねえよ。」

「ぐるぢい、れず……。」

「あ? 日本語話せよ。」


そう思うなら、手、離してくれないかな。

そろそろ窒息死しそう。

蟹のように泡を吹いて倒れるしかないのかと最悪の未来予想図を脳裏に描いていれば、そこでようやく不良先輩は私を解放してくれた。

この人、何度私を殺しかけるつもりなんだろう。


「生徒会のやつらに懸想してんのか? それとも、教師の横峰か。ああ、一年に東堂ってやつもいるな。結愛に嫉妬するのは勝手だが、逆恨みはやめろよ。」

「……。」


しかも、どうしてみんな、私がイケメンの誰かが好きなんじゃないかって勘違いするんだろ…。

そんな態度、一切とってないはずなのに。


私は制服のポケットに入っていたお守りを握りしめた。

厄払い、厄払い。

不良先輩よ、あっち行け!


「……! てめぇ、何を隠し持ってる?」

「…え?」

「カッターかナイフでも持ってんのか!? 用意周到だな!」

「いや…え?」


おいおい。

カッターかナイフ、だって?

ポケットの中には殺傷力が0に等しい手作りのお守りしか入ってませんけど。

ああでも、落とさないようにと内ポケットに入れておいたから、そこに手を突っ込んだらそう思えなくもない…のかな。

すごい誤解だなぁ。


瞬時に、私から距離をとる先輩。

ここでポケットからお守りを取り出したら、どうなるんだろう。


「最近のやつは何しでかすか分かったもんじゃねえな。…いいぜ、相手してやるよ。その得物で俺を傷つけることができるか、試してみるか?」


ふるふると首を全力で横に振る。

私は、まだ死にたくない。

最強と呼び声高い不良先輩。

お守り一つでどうしろと?

勝敗は始める前から目に見えてるじゃないか。


「ああん?」


ひいぃ。

出た、ヤンキー語!

私が嫌いな人種は、一にイケメン、二に不良だ。

目の前のこの人は二つを兼ね備えた、私にとって最悪の相手である。


「相田ちゃ…あ、相田さんをどうにかしようナンテ、私、微塵も思ってないデス。」


あと、生徒会の人たちも横峰先生も王子も、私は誰のことも好きじゃないから!


「口ではなんとでも言えるだろーが。」

「いや本当に…エット、相田ちゃんを尊敬しすぎてあんな行動に出てしまったというか…その、そ、そう女神! 私にとっての女神を害そうなんて、あり得ない!」

「……女神ぃ?」


うわ、めちゃくちゃ怪しい目で見られてる。

けれどこちらとて、誤解が解けなければ自分の命はないものと、とにかく必死だ。


「あ、相田ちゃんはいつも笑顔で場を和ませてくれるし、頼み事されたって嫌な顔一つしない! 男女問わずあんなに愛される子を、私は他に見たことがないんです! それに、私なんかにも良くしてくれて…この前なんて、私が授業に出られなかった分のノートをとっておいてくれたんですよ!? 影が薄くて、担任すら私が教室にいなかったことに気づいてなかったのに! 最初は相田ちゃんみたいになれればと思って彼女をよく観察することにしたんですけど、今じゃおこがましいというか! 相田ちゃんは、女神! 私の神様なんです! きっと、何かの事情で地上にとどまるしかなかった天界の女神なんですよ!」


えっと、えっと。

他に何言えばいいんだ?

とにかく、不良先輩に私の行動の理由を分かってほしいのだ。

息を継ぐ間もなく喋ったから、呼吸が荒くなる。

そんな私に、どうしてか残念な物を見るような視線が降り注がれる。

…あれれ?


「そういうことかよ…。」


呆れ気味に呟く不良先輩。

もしかしなくとも、誤解は解けたのか?

でも何故、呆れられてるんだろう。

さっぱり分からない。


「チッ。いいか、結愛に妙な真似したらぶっ殺すからな。ストーカーするのももうやめろ。結愛が怖がる。」

「……。」

「返事は?」


話しかけられないから、遠くから見ていたのに。

私にはそれすら許されないのか。

相田ちゃんに名前で呼ばれるようになったからって、調子に乗りやがって。


「返事は!?」

「はい!!」


そのイケてる面、ハチに刺されまくればいいのに!



「ずるい、ずるい、ずるい! 顔がちょっと良いからって、相田ちゃんの近くにいられる権利を持ちやがって! 私だって超絶美人な容姿をしていたら、遠慮なく相田ちゃんと友達になってたよっ! ………多分。」


不良先輩が見えなくなった後、私はその場で地団駄を踏んだ。

げしげしと、踏みに踏みまくった。

イケメンの周囲には美女しか吸えない酸素があるのと同じで、美女の周囲にも美形以外に効果を発揮する毒性の空気が存在する。

私が相田ちゃんに近づけないのはその所為だ。

というか、無論近づくつもりなんてない。

そんな神の領域を汚すような罰当たりなこと、するものか。


「だから遠巻きに見てたのにぃぃ…!」


今度は、地面に突っ伏してひたすら拳で土を叩いた。

悔しい。

不良先輩にストーカー認定されたこともそうだけど、人見知りゆえの人間関係の築き方を全否定された。

…今度、インターネットで藁人形の作り方でも調べようか。

不良先輩を呪ってやるのだ。

普段怒らない人を怒らせると怖いって、よく言うじゃないか。


「お守りよ…何故力を発揮してくれなかった…。」


最近は、イケメンとの接触も避けられていたはずなのに。

そろそろ効果が薄れてきたのかな…。


「――――松村さんって。」


ガサリ、と音が聞こえた。

私の視界に映り込んだのは、男子生徒の足だった。


こ、こここ、この声って……。


「……二重人格なの?」


きょとん。

漫画みたいな効果音をつけて、首を傾げるその男。


「ち…、チガイマス、ヨ?」


純朴王子が、何故ここにいる!




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