深夜の危険な探索と一つの成功例
「はぁ……」
気持ちを落ち着かせるために、飛び切りの豆を使ってコーヒーを作ってみたが、それでも浮上することはできなかった。
――助けられなかった。むしろ、サナを危険な目にあわせてしまった。あのとき、手が届いていたはずなのに。
それが羅那の心に深い影を落としていく。
「くっ……」
サナを守るため。それが自分の存在理由だというのに、だからこそ、努力して、ここまで力を得てきたというのに。
「まだ……足りないのか……?」
羅那は知らない。それが自分を追い込むことに。それでも、止められなかった。
守護者としての自分を、維持するためにも……。
「うーん、やっぱり気になるっ!!」
サナはあの最後に入った展示室のことが気になって、気になって仕方ない。
普段ならば、気にならないはずなのに……あの囁き声が脳裏に残っていた。
『綺麗な魂……『王妃の器』に……相応しい……』
そして、自分を狙ってきている。
「今、羅那くんについてきてなんて、言えないよ……」
自信を失い、意気消沈してしまった羅那を何とかしたいのはやまやまだったが、それよりも、あの言葉の意味が気になって仕方ない。
だからこそ。
「ごめんね、羅那くん……私、やっぱり行くよ!」
サナはこっそり、浅樹家を抜け出して、そのまま例の博物館へと向かったのだった。
羅那は落ち込みながら、ふと、眼下の道を見下ろしていた。
ある意味、それは偶然。
「!!!!」
サナが抜け出して、外に出て行っている。
「あの……馬鹿……っ!!」
だからといって、放っておくわけにはいかない。ミラーシェードを付けて、カリスにサナの向かう場所をトレースしてもらう。
ふと、足が止まった。
こんな自分で……サナを守れるだろうか? 今は恐ろしさの方が上回っている。けれど……。
「失う方が、嫌だ……」
ぎゅっと拳を握り締め、羅那もまた、闇の中へと追いかけていくのであった。
夜の博物館――展示室は閉館後の静寂に包まれていた。
サナは単独で資料の確認と遺物の検査を行っていた。床に残る微かな魔力の残滓を確認し、慎重に魔導具で調べていく。何度も確認したが、それでも確かめずにはいられない。魔道具がサナの魔力に反応して、調査結果を映し出していく。
『問題なし』
反応がなくなってしまった布切れは、完全な布切れになり果てていた。思わずため息が零れそうになる。
「それじゃあ、今度は……」
別の対象を調べようと、体を起こした次の瞬間だった。
「きゃっ!!」
背後の空気が急に冷たくなり、乾いた気配に染まった瞬間、白い包帯が床から滑るように伸びて、サナの足首に巻き付いてきたのだ。いや、その包帯はサナの足首だけではなく、体中に巻き付いてくる。
サナはそのまま態勢を崩されながら、包帯はまるで意思を持つかのように彼女を拘束する。
「ふぐっ!!」
口をふさがれ、身動きができない。ならばと、ブレスレットの弓を取り出そうと手を伸ばしたそのとき。
「王妃よ……乾いた王国へ戻ろう……そのためにも、その魂を、いただく……」
低く、冷たい声が響く。
ネフェル=ザークが、床の影から現れたのだ。しかも、包帯の魔力がサナの体から微細な力を吸い取り始める。
全身が冷たく痺れ、胸の奥がざわつく。サナは必死に抵抗し、結界を展開するも、包帯の魔力に押される。
(嘘っ!? こっちが魔力高いはずなのに!? ううん、違う、吸われているから、もしかしたら……)
このままでは、また大変なことになってしまう。
一人で調査なんてしてたから……。
(……私、やっぱり一人じゃ……無理だよ……)
思わず、サナの目に涙が浮かんだ。助けを呼ぶのは、すぐ傍でいつも見守ってくれている……。
「……そうはさせるかっ!!」
展示室の空気が不自然に揺れ、その言葉と共に、羅那の魔力が……生命の力が熱を帯び、空間を押し広げるように炸裂した。
必死だった。
何も考えられなかった。
ただ、奪われる未来だけが見えた。
サナが拘束されて、虚ろな瞳を見せていたから。
だから。
周囲の瘴気や封印結界が一瞬で吹き飛び、床に積まれていた巻物や埃が渦を巻く。
白い包帯は熱を帯びて縮み、サナの体を覆う束縛を焼き切った。
ネフェル=ザークはその熱波に押され、後退せざるを得なかった。
「……まだだ……次こそは必ず……」
彼は石の壁に身を隠すように退却する。
魔力の爆発の反動で羅那は後方に倒れ込む。全身に熱が残り、息を荒くしながらも、その瞳はサナの方を向いて。
(今回は、何とか……守りきれた……)
はぁ……はぁ……と息が切れるのは、この場所が自分に不利な場所だからか、それとも……。
と、サナにぎゅっと抱きしめられた。
「もう……無茶しないで……」
サナの手の温もりに、羅那は小さく笑うように目を細める。
「守りたかっただけだよ……サナを……」
けれど、今回は何とか成功したが、この次は……。
「ありがとう、羅那くん!!」
にこにこと抱きしめてくるサナを無下にはできない。こんな甘いご褒美を受け取る資格が果たして、自分にあるものだろうか。
ずきりと、胸が痛くなる。
(まだ……何も解決していない。必死に抵抗しただけだ……)
自分の未熟さを痛感するだけ。けれど、サナはそれでもと言葉を重ねていく。
「羅那くん……ありがとう。本当に……来てくれて、すごく嬉しかった」
「……うん。無事でよかった」
上手く、笑えているだろうか?
(……よかった、じゃない。失いかけたんだ。それが、何より怖い)
抱き着いてくるサナを、それよりも強く、羅那は抱きしめた。この温もりを、離さないようにと。




