守るべきものと守られるべきもの
立入禁止のバリケードをくぐると、より一層、その場の空気が一気に乾いたように感じられる。
展示ホールの奥――通常は非公開の『調査遺物保管区』。
床に古代模様が刻まれ、壁には未修復の棺や大量の巻物が積まれている。
昨日、警察がここで奇妙な痕跡を見つけたという。
羅那とサナは、浅樹家から派遣された研究班の補助として現場入りしていた。
「……これを、見て」
サナが指さした先の床に、淡く光を帯びた布の切れ端が散らばっていた。
ただの古布ではない。魔力が脈を打っている。
「サナ、気を付けて。それ、まだ動くようだ。必要なら封印するけど……」
「ちょっと待って……翔さんから借りた魔導具で、調べてみる」
「気を付けて……」
サナは翔から借りた魔導具でその布切れを調べてみる。
「えっと……ネフェル=ザークの魔導布……『記憶吸収包帯』だって。触れた相手の記憶を奪い、ミイラ化させるタイプってあるけど……」
「となると、昨日の被害者はこれに……?」
「恐らくそうだと思う。……でも、なんかおかしいのよね。罠が『展開済み』のまま放置されてるみたい」
「妙だね……」
もう少し、魔導具を操作して……。
「あー、これ以上調べるには、かなりの魔力が必要っぽいみたい……流石に、ここでこんなに魔力使うのはいけないよね……?」
「力貸そうか? それくらいなら問題ないだろうし」
そういって、羅那が手を差し出す。
「いい? じゃあ、ちょっと借りるね」
魔導具を布切れに向けながら、羅那の手を乗せた……その瞬間。
「……ッ!?」
抑えきれず、羅那の魔力が――瞬間的に暴発するかのように、外へ飛び散った。
「えっ!?」
その羅那の魔力を受けて、床一面の布が一斉に生き物のようにうねりを上げた。
ざぁぁぁ――!
光の筋……いや、その布がまるで生き物のようにうねりを上げて、サナの足元に殺到してきたのだ。
「あうっ!? だめっ!!」
足に絡みついてきた布を、サナは浄化の魔法ではねのける。
「は、はぁ……危なかった……って、羅那くん?」
羅那の顔は真っ青になっていた。
ミラーシェードで隠れていて、サナからはよく見えなかったが……。
――守れなかった!?
いや、あれは……。
「ご、ごめん……本当に制御が効かなくなって……魔力が勝手に……引っ張られて……」
守るべきサナを守れなかった。いや、寧ろ、怪我をさせてしまう所だった。
――大丈夫だと思っていた。
――相反属性でも、制御できると思っていた。
――父の後方配置も、過剰だと感じていた。
その全部が、一瞬で崩れ落ちた。
(……僕の判断ミスだ)
「羅那……くん……?」
明らかにショックを受けているのが分かった。
「だ、大丈夫だよ。ほら、平気だったし! ね、それに誰だって失敗することもあるし! 私も……」
「失敗なんて、しちゃいけないんだっ!!」
「えっ……」
思わず、羅那は大声を出してしまった。
もし、これが、生死が係わる戦いの最中だったら?
もし、これが、サナを守るための儀式の途中だったら?
もし、これが……!!
なにもかもが、ぐちゃぐちゃになる。
(僕が……完璧にやらなきゃ、サナはすぐに……)
「羅那くん……?」
心配そうに見上げるサナを見て、胸が痛む。
(ミスしてはいけないのに、僕は……)
「ごめん、少し……外で頭を冷やしてくる。何かあったら、これで呼んで」
そういって、羅那がサナの耳に付けたのは、以前、預かったあの蒼い色と金色のピアスだった。
距離を置くための行動なのに、同時に、離れきれない証のようでもあった。
「これで呼ぶって……ちょっと、羅那くん!?」
夜風に当たって、誰もいない路地にしゃがみ込む。
「なに……してんだろ、俺……」
だから、父さんは……俺を後方に追いやったのだろうか。
分かっていたつもりだった。
でも、溢れる力を持っていたから、経験があったから、だから、サナを守れると思っていた。
「この次は……守る。絶対に」
けれど……羅那はそう思いながらも、その『次』が来るのが、どこか怖く感じられたのだった。
「羅那くん、行っちゃった。……今の内に、もう少し調査しておこうかな」
サナは魔導具を握り直し、気になる所を調査していく。
先ほどの布切れ以外は、特に気にするものはなかったが……。
『…………き……れ……い…………』
「え……?」
その低く乾いた声に、サナが振り向く。
展示棚の影が、ゆらりと揺れた。
『綺麗な魂……『王妃の器』に……相応しい……』
声は、どこからともなく響き渡り、
乾いた気配だけが、サナの耳の奥を掠めていく。
その声は、サナにだけに向けられていた。
――王妃の器。
――綺麗な魂。
その言葉に、サナは微かに震えた。
背筋を冷たいものがなぞる。
と、羅那が戻って来た。
「サナ、そろそろ……戻ろうか。報告しないと」
「そ、そうだね」
なんだか、憔悴しきっている様子の羅那を見て、サナの胸がちくりと痛む。
それなら……
(……次は、私がちゃんと守る。羅那くんを、失敗させない!!)
二人の間に生まれたわずかな溝は、乾いた風のように、音もなく、静かに広がっていった。




