守りたい気持ちと相反する力と
また、羅那とサナは、翔に呼ばれていた。
「呼ばれた理由は分かるな?」
「何かあった?」
羅那は、ちょっと不機嫌そうだ。
「まあ、お前も見たことがあるだろ?」
ばさりと羅那達の前に放り出されたのは、とある展示会のパンフレットだ。
『特別公開、アスファロス王の石棺』
それを見て、明らかに嫌そうな顔をしたのは、羅那だけで。
「あっ!! それ、羅那くんと見に行こうとしていた展示会ですよ! ね、羅那くん!」
「うん、そうだけど……父さんが出してきたってことは……そこで、何かあったってことで、いい?」
「えっ!? そ、そうなの!?」
サナが驚きの声を上げる。
「そこで、死体が出た。普通じゃない死体がな……」
ぱさりと、今度はミイラな死体の写真が置かれる。
「……ミイラ?」
「ああ。その展示会を開催する博物館で、警備員……だそうだ。それが、一夜でそうなった」
「ええっ!!!」
翔の言葉に、サナは驚きを隠せない。
「それは……浅樹家案件だね」
まさか、こんな形であのときの予感が的中するとは思ってはいなかったが……と、羅那は瞳を細める。嫌そうに。
「それで、お前達に向かって欲しいんだが……羅那。お前は後方に回れ」
「はぁ!?」
変な声が出てしまった。超不機嫌な声が。
「『乾き』は、お前の属性と最悪に噛み合う。お前の『再生と命の流れ』を象徴する力とな」
「僕の属性って、無いと思ってたんだけど……オールラウンド的な? で、俺がそれだっていうの?」
「違うって言うのか? 属性的にはあってるだろ」
「…………」
「ら、羅那くん……」
「……わかったよ。そういうことにしておく」
不服そうではあるが、頷いたのを見て、翔はサナの方を見る。
「でだ。こいつは恐らく使い物にならんから、その間は、サナ。お前が前衛に立って欲しい」
「えっ……わ、私!?」
「はぁっ!?」
その言葉にサナと羅那が驚きを隠せない。いや、仕方ないかもしれない。羅那が前に出れないのであれば、自動的に前に出ることになる。
「少々、心もとないが……今回は仕方ないだろう。まあ、今回で経験を積むには良い機会かもしれないからな」
有無を言わさぬその口ぶりに羅那は、はぁっ……と、盛大なため息をついたのだった。
翌朝。博物館前は警察の規制線が張られ、マスコミでごった返していた。
その裏口から、羅那とサナは、彼らの目から逃れるように、博物館の中へと入って行く。
「昨日まで普通の展示だったのに……」
サナのその言葉に、羅那は思わず、笑みを浮かべた。
「そうだね、事件がなければ、僕らもここを見に行く予定だった……」
デートをなかった事にされて、少し残念にも思うが……あのCMを見たときの違和感は、恐らくこの事件のことを示唆していたのだろうと思う。あまり、当たってほしくはなかったが……。
ちなみに、今回は調査と言うことで、羅那は臨戦態勢なミラーシェードを付けた黒づくめの服に、腰には魔双剣を携えている。
サナも髪を一つにまとめ、弓になるブレスレットを装備し、羅那とはお揃いの黒のウェアに身を包んでいた。その首にはあの羅那が守護をかけまくったペンダントもつけられている。
経験も力も上の自分が、後方に回されることに、羅那は少し苛立っていた。
父の言いたいこともわかる。
けれど、その分、今までの経験と実力で何とか出来るという自負があった。
――そのときまでは。
「羅那くん、なんだか、どきどきするね!」
一方、初めての前衛にサナは、上機嫌であった。
(今回は私が頑張らないと……羅那くんを支えてあげるんだっ! 後ろに下がった羅那くんを、私が守る番なんだから!!)
かなり意気込んでいる様子。そんな様子が、羅那には可愛く映るのだが……けれど、サナを守るのは自分と思っていた羅那にとって、それは苦痛でしかなかった。
「気を付けて。相手は人を一夜にしてミイラにする力を持っているんだから」
万が一の場合はいつでも前に出るつもりで。
――ぴりっ。
「?」
それに気づいたのは最初の一瞬。
その次に感じたのは、自分の魔力の流出だった。
「えっ……」
思わず、羅那の声が漏れる。
「羅那くん?」
その様子にすぐに気づいたのは、サナだ。
「あ……いや、なんでもな……くっ!?」
厄災が体内からなくなったから、最近まではとても安定していた。恐らく手に入れた魔双剣の効果が効いているのだと思う。
――違う、これは……。
この数日間、あのCMを見た瞬間から、自分の魔力がおかしくなっているのが分かっていた。
気のせいだと思って、いや、思い込んでいた。
「くっ……」
「羅那くん、大丈夫!?」
サナが近づいてくる。
「はぁ……大丈夫。なんか、魔力が……いや、何でもない」
「なんでもなくないよっ!! それって、魔力が出て行っちゃったってやつでしょ!! ちょっと羅那くんの魔力が出ていったのが見えた!!」
サナの成長には驚かされる。つい最近までは魔力の流れまで見えなかったのに。
「けど、それだけだから。漏れ出たのは、ほんの少し出ていっただけだから……ほら、着いたよ」
羅那に促されて、今回調査する、事件のあった展示室へと足を踏み入れた。
展示室は薄暗く、警察の鑑識が忙しく動いている。
中央には、乾ききった被害者の遺体が白い布で覆われ、置かれていた。
その側に、展示されているアスファロス王の棺が置かれているのが見えた。
「……完全に『乾いてる』」
サナの言う通り、この場所は妙に乾いていた。
すぐに水が欲しくなるほどに、からからに。
「そのようだね……ミイラは確かエジプト産だったか? 乾いた場所から来たから、現地に近い室温に設定されているんだと思うんだけど……」
展示品によっては、現地の室温に近くすると聞いてはいるが、こんなに乾燥させる必要はあるのだろうか?
それとも、既にこの場が……。
そう思い、羅那がサナに近づいた瞬間。
胸の奥が、ズキリと、焼けるように痛んだ。
「……っ」
思わず、歯を食いしばってしまう。
「羅那くん!?」
その様子にいち早く気づいたサナが羅那の元へと駆け寄ってきた。
「魔力が……勝手に溢れて……制御が……効かない……」
まるで、羅那の魔力を『削るような』感覚、それが、この部屋に満ちている。
「羅那くん、私も手伝う?」
「……違う。これはただの暴走じゃない。『外から引っ張られている』みたいだ……でも、なんとか……なりそうだよ……」
そう言いながらも、羅那は無意識に、サナの前に立つように半歩、位置を変えていた。
――前に出るな、と言われたばかりなのに。
だが、なんとかそれも次第に抑えられるようになってきた。数分の異変ではあるが、気にするほどではないといえば、そうかもしれない。
ふうっと、息を吐いて、魔力の抑え込みに成功した。
――けれど……嫌というほど、自分の力が相手と相反するものだと、思い知らされた。多少相性が悪くたって、僕ならどうにかなる――そう、思っていたのに。痛みで食いしばるのではなく、不甲斐ない自分を悔しく思う、舌打ちが出てしまう。
(これほどまでに、嫌な属性があるなんて……な)
胸の奥に残る鈍い痛みと違和感。
だが、それをサナに悟られるつもりはなかった。
「……大丈夫?」
「うん。ちょっとびっくりしただけ」
即座にそう答えた自分の声が、思ったよりも自然だったことに、羅那は内心で苦笑する。
(……君の前では、弱ってる場合じゃない)
そして、改めて羅那の視線が棺へ向いた瞬間。
──琥珀の目が、棺の隙間で光った。
思わず、羅那は息を呑む。
「今、見えた……?」
サナの驚く声に、羅那も頷く。どうやら、サナがいち早く気づいたようだ。あの不気味な目に。
「……ああ。ここに『いる』。古代王……アスファロスが」
忌々しい属性を持った、その王の存在が、羅那をより苛立たせていたのだった。




