会議室の彼が恰好いい件について
その日、羅那は会議室で大事な会議を行っていた。
サナは少し気になってはいたが、研修員である自分は、まだ入ることを許されてはいなかった。
でも、あと数週間経ったら、研修期間は終了し、正式に社員として働くことになっていた。
「そういえば……羅那くんの会議中の様子って見たことなかったかも……」
そんな時、秘書の杉崎から、サナに依頼が届いた。
「柊さん、すみませんが、会議室にこの資料を持って行ってくれませんか?」
どうやら、杉崎は他にも仕事があるらしく、忙しいらしい。
「私で良ければ、喜んで」
杉崎から、資料を受け取り、会議室の扉でノックしてから入っていく。
「杉崎さんから、資料を渡すようにと来ました」
「ああ、ありがとう。皆に配ってくれるかな?」
羅那がそう言ってくれたので、助かった。
「はい、わかりました」
にこっと微笑んで、一人一人に資料を配っていく。
その間にも会議は進められていく。
「――では、今回の件ですが。現状のご提案ですと、運用コストが想定より二割ほど上がる計算になります」
プロジェクターに映る資料を指し示しながら、羅那は淡々と説明していく。
資料を手に、落ち着いた表情で、声はやや低く、穏やかではあるものの、無駄がない。
「もちろん、性能面では優れています。ただ、こちらとしては、長期的な運用を前提にしているため……この部分を調整できれば、導入の現実性が高まるかと」
相手企業の担当者が、少し困ったような顔をする。
「……確かに、その点は想定外でした」
「ええ。ただ、こちらで代替案をいくつか考えてきています」
そう言って、羅那は迷いなく次の資料……先ほど杉崎が持ってきた、いや、サナが運んできた資料へと切り替えた。
言葉遣いは柔らかいのに、言っている内容は的確で、遠慮がない。
なのに、相手の顔を立てる余白もちゃんと残している。
(……はわわ、きりっとしてて……格好いい)
思わず、サナは瞬きをした。
(羅那くん……こんな顔するんだ……)
普段の、優しくて、ちょっと照れ屋で、どこか不器用な羅那とは、明らかに違う。
落ち着いていて、余裕があって、隙がない。
でも、冷たいわけじゃない。
むしろ、相手の言葉を最後まで聞き、頷き、必要なところだけを静かに補足していく。
「この条件でしたら、双方にとって無理のない形で進められると思いますが……いかがでしょうか」
数秒の沈黙の後。
「……分かりました。その方向で再調整しましょう」
そう答えた相手の表情には、納得と安心が混じっていた。
それを見届けつつ、サナも資料を配り終えて、そそくさと部屋を後にする。
「あ、あれって……上手くいったって、ことだよね……?」
サナは思わずそう呟いてしまった。
「なんか、凄かった……」
会議はその後もスムーズに進んだらしく、予定より少し早めに終わったようだった。
会議室のドアが開き、羅那が出てくる。
「あ、サナ。待たせちゃった?」
「……」
「サナ?」
「……羅那くん」
「なに?」
「……仕事してる羅那くん、ずるい」
「……はい?」
唐突すぎる言葉に、羅那はきょとんとする。
「だって……あんなの見せられたら……反則じゃない……?」
「反則って……なんのこと……?」
話が見えずに羅那は困惑していた。と、ふと思い立って。
「……もしかして、さっきの見てた?」
「うん……なんかとっても、格好よかった。キリッとしてて」
「……」
一瞬の沈黙の後、羅那は、ぽっと頬を染めて。
「そ、それは……その、忘れて?」
「なんで!?」
「いや、だって……恥ずかしいし……」
そう言って、視線を逸らす羅那に、サナは思わず吹き出した。
「さっきまで、あんなに堂々としてたのに」
「は、恥ずかしい……」
「事実だもん」
そう言いながらも、サナの胸の奥は、なぜか少しざわついていた。
(……羅那くんって、私の知らない顔、まだいっぱいあるんだ……)
嬉しいのに、ちょっとだけ、胸がきゅっとする。
「……ねえ、羅那くん」
「うん?」
「仕事のときって、あんなふうに、全部うまくいくの?」
「……全部、ではないよ」
少し考えてから、羅那は答える。
「でも……理屈が通る相手なら、だいたいは」
「そっか……」
その言葉に、サナは小さく頷く。
(理屈が通る相手なら……か)
なぜか、その一言が、妙に引っかかった。
「……でも」
羅那は続ける。
「思う通りにいかない相手のほうが、正直、厄介だよ」
「え?」
「ああ……仕事の話なんだけどね」
そう前置きしつつ、羅那は苦笑する。
「こちらの想定が全部外れると……どう動くのが一番いいのか、判断が難しくなるんだよ。……正解が見えないときって、どう動くのが一番いいのか、分からなくなるから」
「……羅那くんでも?」
「僕でも、だよ。でも……父さんなら、そんな事なさそうな気がする。こういう咄嗟の時には父さんの方が上手いんだ。そうなりたいとは思うけど……」
その言葉に、サナは少し驚いた。
(羅那くんって……なんでもできる人だと思ってた……けど、完璧じゃないんだね)
でも同時に、胸の奥が、少しだけ柔らかくなる。
「……でもさ」
サナは、ぽつりと言う。
「それでも、さっきみたいに、ちゃんと向き合うんでしょ?」
「……まあ、逃げるのは性に合わないからね。出来る限りのことはやるよ」
そう言って微笑む羅那に、サナは胸がきゅっとした。
(……この人、本当に……)
しばらくして、二人はそのまま、いつも二人のいるオフィスへと戻っていく。
「お疲れさま、羅那くん」
「サナもお疲れ様」
「……ねえ」
「どうかした?」
「さっきの会議の羅那くん……私、ちょっとだけ、知らない人みたいで……でも」
「でも?」
「……やっぱり、好きだなって思った」
「……っ」
羅那は立ち止まり、耳まで真っ赤にして視線を逸らす。
「そ、そういうこと、あまりオフィスで言わないでくれる……?」
「ふふ」
その反応が可笑しくて、サナはくすっと笑う。
でも、心の奥では、さっきの言葉が、まだ引っかかっていた。
(思う通りにいかない相手……か)
サナは思う。
(……羅那くん、そういう相手に、弱いんだ……)
その時は、まだ。
それが、後で自分たちに関係してくるなんて、思いもしなかったけれど――。




