かつて神だったものと携帯と
羅那はそっと、サナの後をつけていた。
サナに見つからないよう、気配を消して。
その洞窟の奥に入って、羅那は思わず、顔を顰めた。
かなり中が淀んでいる。
入ったときから、そうではないかと思っていた。
――廃神社。
特に深夜に入るのは、危険が伴うことは理解していた。
そういう場所には、必ず、人を襲う何らかの異形が住み着いていると言われていたし、父からもそう教わっていた。触らぬ神に祟りなしである。
鳥居が壊れているところで、既に廃神社ということは理解していた。
それをサナが知らないのは、仕方ないかもしれない。
危険性を伝えていなかったこともある。
「けれど……」
先ほどのサナの願い事がリフレインしてくる。
『羅那くんの負担にならないよう……この依頼、一人で出来ますように……』
だからこそ、ギリギリまで見守ることにしていた。
その時までは。
「ちっ……」
目の前には、おどろおどろしい異形が待ち受けていた。
奥の社は崩れ、神聖さを失っている。
恐らく、神の眷属はもう、その力を失い、見境なく力ある者を襲おうとしている。自らの力を取り戻すために。
そして、落ちているスマートフォンらしきものも……サナが一生懸命に手を伸ばそうとしていたそれもまた、眷属の手で生み出された呪物になり果てていた。
もう既に、あの依頼は、依頼ではなく、罠として機能していたようだ。
自分ならば、すぐに看過して、無効化し、なかったものにしていた。
でも……サナはまだ、それができない。
だからこそ。
「術式展開……結界!!」
キインという音と共に、サナへと結界を即座に張った。
そして、アクセラレーションを使って、すぐさま、倒れかけたサナを抱きとめる。
ふわりと、サナのぬくもりと、その身に宿した香りに瞳が細められた。
「大丈夫か?」
「えっ……羅那……くん……?」
ついでにそっと、サナの瞳に看過の魔法をかけた。
これで、神に化けた異形を正確に見ることができるだろう。
「あれ……神サマ……?」
「あれは神なんかじゃない。神の眷属から堕とされた――化け物だよ。だから気を付けて」
「で、でも……あのスマートフォン、回収しないと……」
それでも回収したいサナの気持ちを思うと、少し胸が痛く感じる。あれは、異形の作った罠だから。
『我を無視するなぁーーーーー!!!』
「ああ、まだいたんだ」
静かに羅那がそう告げる。
サナを抱きかかえ、羅那は異形を一瞥する。
『我はその娘のお陰で力を得た……ならば、次はお前ら二人を殺して、我がものとする!!』
「サナ……廃神社は怖い所だから、気を付けて……奥の社も壊れて、ここは異形に支配されてる」
「で、でも……依頼が……」
「うん、頑張りたい気持ちは、凄くわかるよ。僕も昔はそうだったし……でも、あのお参りも罠だったし、サナの回収したいスマートフォン……あれ、本当にスマートフォンかな?」
「えっ……? でも、私が見た時は……えっ……??」
改めて見ると、それは、さっきまでの姿を微塵も残していない――おどろおどろしい木の板だった。
「さっきまでは……スマートフォンだったのに……??」
「うん、サナは間違って、ここに来てしまったんだ。あれは正規の依頼じゃない。たまにあるんだ、そういうのが」
「う、うそ……そんな……」
酷く絶望した顔を見せるサナに羅那は続ける。
「だから……ここを浄化しようと思うんだ。ここは異形が居ていい場所じゃないから」
「羅那くん……」
今にも泣きだしそうなサナに羅那は言葉を重ねる。
「僕一人じゃ、ちょっと大変だから……サナ、手伝ってくれるかな? サナの力が必要なんだ」
その言葉に、少しだけ上を向いた。まだ涙目なままだが。
「どうすればいい?」
「僕と一緒にこの地域一帯を、浄化しよう。もうここに異形が来れないように……」
「うん」
そういって、羅那はサナの手を握る。サナも羅那の手を握り、力を籠める。
『何を言っている? そんなことできるはずがない!! ここは我々の巣窟。そんなこと……できるわけが……』
羅那は楽しそうにふっと笑みを浮かべた。
「普通の退魔師なら、難しいだろうね。けど、僕らは違う。何故なら……神に選ばれし者だからね」
「羅那くん、それって、言いすぎなんじゃ……」
「だって、そうでしょ? あの土地の管理者権限だって、こういうのも兼ねているし」
というわけでと、羅那は告げる。
「光よ、我が声に集い、その力を貸したまえ」
ふわりと、羅那の背に白い翼が広がる。
「始めるよ、サナ……この地の浄化を……」
「うん……この地を清めたまえ……」
祈るように力を込めて……。
『やめろ、お前達にそんなこと……させるかっ!!!』
迫って来る異形を、羅那が光の結界で弾き返した。
『ぐあっ!!!』
「もう終わりなんだよ。ここに……俺がいる時点でな」
白い羽が舞う。光がこの洞窟を覆い。
それだけではなく、この地の神社の敷地、全てをその光で浄化した。
『ぐおおおおおおおおおおっ!!!!』
そこにいた異形を巻き込んで、その光でもって、消し飛ばす。
そして――この地に静けさが取り戻された。
「なんだか……寂しくなっちゃうね」
羅那からの治癒を受けて、サナはようやく、普段通りに動けるようになった。
崩れた洞窟の社に触れて、少し悲しそうに声をあげる。
「ああ、そうだ……サナ。これ、持っていく?」
つまむように拾い上げたのは、先ほど、サナがスマートフォンと勘違いした、木の板。
「ううん、持って行かない……だって、あの依頼……偽物だったんでしょ?」
その板をぽいっと捨てて、羅那はそっと、後ろからサナを抱きしめる。
「まさか、サナが僕の携帯を見て、依頼を受けるなんて思ってなかったから、驚いたよ。僕のことを思って、やろうとしてくれたんでしょ?」
「でも……できなかったよ……」
しゅんとしているサナに羅那は優しく告げる。
「僕は嬉しかったよ。サナが僕の為に頑張ってくれたこと……僕は一生忘れない。それに……まだサナには偽物の依頼の見分け方を教えていなかったし……仕方ないことだったんだ。だから、この次は……」
強く抱きしめながら、羅那は言葉を重ねていく。
「一緒にいこう。その方が安心だし……退魔師は、余程のことがない限り、複数で行動するのが常だから」
「えっ!? そ、そうなの!?」
驚くサナにうんと、羅那は頷いて見せた。
「ぶっちゃけると、僕と父さんと、母さんが……規格外ってとこかな?」
さてっと、羅那はサナの手を引き、連れていく。
「帰ろうか、サナ。疲れたでしょ?」
「うん、とっても……疲れちゃった」
「あ、そうだ……今日頑張ったご褒美あげてなかったね」
ふと、立ち止まり、くるりと羅那はサナを振り返る。
「ご褒美?」
羅那は悪戯な笑みを浮かべ、そして、そのまま、サナにキスをした。
「!! ちょ、ちょっとっ!? ご褒美って……!!」
「ん、やっぱりサナの唇は格別だね」
「も、もう……」
頬を染めるサナに羅那は、楽しそうにサナを黒のランボルギーニに乗せていったのだった。
浄化された奥の社。
そこには、白い羽が落ちていた。
もう、ここには異形はいない。何もかもが、浄化されて……消えてしまった。
後に残ったのは、かつて栄えたであろう、壊れてしまった社のみ。
そこに、神は降り立ち、社を見つめていた。
『ご苦労であったな』
そう優しく告げて。




