壊れた鳥居と長い階段
かなり大きい。
想像していたより、ずっと大きくて、圧がある。
夕暮れの中、ぼろぼろに欠けた朱色の鳥居は、まるで長い時間を経て歪んだ骨組みのように見えた。
その向こうで、カラスが飛んでいった。
かあ、かあと、不気味に鳴きながら。
思わず、サナは見上げる。
ぽかんと口が開いてしまったが、大丈夫。周囲には誰もいない。
それでも、なぜかここだけ空気が重たい気がして、無意識に肩をすくめた。
とにかく……あの鳥居は、ボロボロだ。壊れている。
「……こわ」
思わず、声が漏れた。怖い。
潜るときに崩れ落ちてこないか、そんな現実的な不安と、理由のわからない嫌な予感が混ざる。
と、そこで……あっと思い出した。
ぱちっと、サナは懐中電球のスイッチを入れる。
白い光が灯り、階段の下から奥までを照らし出した。
「あ、すっごい明るい。よかったーこれならいけるっ!!」
ほっとした表情で、さあ行くぞ、と階段の上を見上げた、その時だった。
――ゆらり。
光の縁に、影が揺れた。
黒い。
人型……だけど、妙に細長くて、背が高い。二メートルくらい? いや、それよりも大きい気がする。
顔のはずの場所には、何もない。それなのに――
見られた、と、はっきり分かった。
ぎろりと睨まれたような、そんな感覚が、背骨をなぞる。
「ひうっ!!」
心臓が跳ね上がり、喉の奥がひゅっと締まる。
空気が一気に冷えた気がして、腕に鳥肌が立った。
――完全に敵意を感じてる。
ぞくっと、背中を冷たいものが走った。ぞくっである。
咄嗟に、ブレスレットへと意識を向ける。
ひゅん、と弓を取り出し、反射的に構えて。
――ひゅんっ!!!
放たれた光の矢が、一直線に闇を裂いた。
ざしゅっと鈍い音がして、黒い影はそのまま霧散するように消滅した。
「で、できた……」
胸を押さえながら、しばらくその場に立ち尽くす。
「妖魔も行けたけど、そっか……異形さんとかも行けるんだ。前の死神っぽいのは消せなかったけど……」
小さく呟きながら、まだ少し早い鼓動を落ち着かせる。
後で羅那くんに聞いてみよう。そう思って、サナは再び階段へと足を向けた。
幸いなことに、それ以降、さっきのような影は現れなかった。
ただ、石段を踏みしめるたびに、どこかから視線を感じるような気がして、自然と歩幅が早くなる。
「……ヨシッ!!」
ようやく一息ついて、サナは小さく拳を握った。
きっとこれなら行ける!!
落とし物を拾いに向かう依頼は、これで行ける!!
そう、サナは実感したのだった。
黒のランボルギーニが、沈む夕陽を受けて鈍く光を反射する。
「ああああ、もう……何考えてるんだよ、サナ!!」
運転席で、羅那は苛立ちを抑えきれず、くしゃりと銀髪をかき上げた。
「すっごい嫌なのが……抜けないし……ぞわぞわするっ……!!」
理由は分からない。ただ、胸の奥に引っかかる、説明のつかない不快感。
何かが、間違っている気がしてならない。
アクセルを踏み込みながら、羅那は唇を噛みしめる。
「わかってるのか、サナ……君が動いたら……なんでもかんでもヤバくなるってことっ!!」
過去の光景が、断片的に脳裏をよぎる。
間に合った時。
間に合わなかった時。
笑顔で帰ってきた背中と、冷たい空気の中に取り残された後悔。
「ああ、もう……先に行くなよ。危ない所、絶対に行くなよ……俺が行く前にっ!!」
誰に届くわけでもない言葉を吐き捨てながら、羅那は無茶な速度で車を走らせる。
胸の奥に渦巻くのは、焦りと恐怖と、それ以上に――失うかもしれないという感情だった。
そして、遠くに、件の神社の影が見えた瞬間。
羅那は、思わず奥歯を噛み締める。
「……頼むから、無事でいてくれ」
そう小さく呟きながら、さらにアクセルを踏み込んだのだった。




