落ちたルーターが導く素敵な買い出しデート
それは、なんでもない平日の午後だった。
「……あれ?」
サナがキーボードを打ち込んでいた手を止め、画面を見つめる。
送信しようとしていた資料が、いつまでも読み込み中のまま動かない。
「ネット、止まってます?」
小さく首を傾げながら言うと、周囲からもぽつぽつと声が上がった。
「こっちも繋がらない」
「ルーター、落ちてるかも?」
その様子に、羅那は自分のパソコン画面を確認してから、立ち上がった。
「……このフロアのルーター、一つ死んでるみたいだね」
淡々とした声でそう言って、配線ラックの方へ向かう。
サナも椅子を引いて、その後を追った。
「ほんとだ、ランプ消えてる……」
「予備に切り替えれば、最低限は復旧できるよ。ちょっと待ってて」
そう言いながら、羅那は自分のデスクに戻り、ノートパソコンに繋いでいたルーターを取り外した。
「それ、羅那くんのだよね?」
「うん。でもこっち優先。みんなの方が切実だし」
言い切って、手早く配線を繋ぎ替える。
数秒後、周囲のパソコンが次々と復旧していった。
「あ、繋がった!」
「助かる……!」
そんな声が上がる中、サナは少しだけ、じっと羅那を見ていた。
「やっぱり、羅那くん……エンジニアさんなんだね」
「え、そう?」
「私、こういうの、全然できないから。困って暫く動けなくなっちゃう。でも、羅那くんはすぐに解決策を見つけて、直しちゃう。それがすっごく、凄いと思うの」
「……そ、それ……褒めてる?」
サナの突然の言葉に、羅那は轟沈した。
「ほ、褒めてるって言うか、ホントのこと言っただけなんだけど……あ、ホントだ。褒めてる」
「あ、ありがとう」
「それはこっちのセリフだよ。羅那くんもありがとうだよ! 社員さん達の困りごとをさくっと解決しちゃって、その、すっごく頼れる!!」
「頼れるって……」
ますます顔を火照らせる羅那に、サナは。
「と、とにかく、すぐに対応できるのは凄いよね。どうしたら、私もそうなれるかな?」
話題を変えてみた。恥ずかしくなったから。
「そうだね……まあ、慣れ、かな?」
そんな二人のやり取りを、にまにまと美咲達は見守っていて、はっと気づいた。
「ねえ、サナ。羅那くん。それって、羅那くん達のルーターよね? それを交換したってことは、そっちの席、ネット使えなくなるんじゃない?」
「「あっ……」」
二人は揃って声を上げ、すぐさま、それぞれのパソコンを確認する。確かに接続が切れてしまっていた。
「……あっちゃーだね、羅那くん」
「そうだね。修復はできたけど、僕とサナの分のルーターがなくなったね」
淡々とした報告に、サナはしばし沈黙してから、ぽつりと言った。
「……買いに行きます?」
「そうだね。急ぎの仕事もあるし」
「じゃあ、私も一緒に行きます! お使いは大得意ですから!」
言い切ると、羅那は一瞬だけサナを見て、それから小さく頷いた。
「じゃあ、一緒に行こうか」
――そうして、二人は並んで会社を出ることになった。
羅那の運転する白のランボルギーニで、さっそく電気屋へと向かう。
「……なんか、仕事で外出するの、久しぶりかも」
「そうだね。最近はずっと中ばかりだったからね。こういう風に外に出られるのも、気分転換にいい」
そう言いながら、信号待ちの列に止まる。
「なんかさ、羅那くん……二人っきりだから、その……ちょっとしたデート感、ない?」
その言葉に羅那は即座に。
「業務だよ……一応」
取ってつけたように一応と足して答えた。
「えー、でも、そんな感じしない?」
「……サナはデートにしたいの?」
その指摘にむむっとしながらも。
「だって……なんか、どきどきしてるの、私だけって不公平な感じしない?」
「!!!」
思わず、急ブレーキをかけそうになった。
「……羅那くん?」
「いや、なんでもないよ。でも……僕もどきどきしていないって、どこで判断したわけ?」
取り繕いながら、羅那は尋ねてみる。
「ほら、何でもない顔して運転してるんだもん。なんかちょっと、ズルい」
その言い方が可愛くて。でも。
「……してないと思う?」
「……???」
「僕は君が隣にいると……どきどきするけど」
「!!!!」
羅那の言葉に、ぼっと赤くなって。
「そ、それなら、うん。ヨシっ!!」
「なっ……それでいいわけ?」
「いいのっ!! ほら、もうすぐ着くよ!!」
話を逸らして、車はゆっくりと電気屋の駐車場へと入っていったのだった。
「うわあ……ルーターって、こんなに種類あるんだ……」
ずらりとルーターが並んでいる棚を眺めながら、サナは感心したように言う。
「うん。用途と規模で変わるけどね……せっかくだから、二つ買っていこうか。今日壊れた奴のと、僕らのと」
「えっ……二つも? いいの、買っちゃって?」
「僕らが使ってるルーターもそろそろ寿命というか、不安定になってたから。確か5年くらい使ってたやつだから、交換しても問題はないよ」
それぞれのスペックと値段を眺めつつ……そして、決めた。
「うん、これとこれだな。せっかくなので、グレードアップすることにしました」
「おおおお!! ってことは……」
「通信の速度が上がるはずです」
「おおおおお!!!! じゃあ、数秒で動画もダウンロードできるってこと!?」
「流石に、そこまではならないよ。けどインターネットの検索は早くなると思うよ」
そのまま買おうとする羅那の手を。
「ちょっと待った! ここのポイントカードはお持ちで?」
「いや、持ってないけど……あっ」
しぴっとサナは、そこの系列のポイントカードを取り出した。
「そこそこのお値段するなら、ポイントはガッツリつくはずなのですよ」
「抜け目ないね。僕は持ったことなかったから、つけたことはないんだけど……」
「勿体なさすぎる!! 私の貸してあげるから、しっかりポイントつけよう!!」
カードを借りて、ポイントを付けてもらう。
「あ、300ポイント増えた」
「でしょ? これがいずれ、山となって、ゲームソフトとか推しグッズに使えるのです!! 大事!!」
そういえば、ポイント使えなくても、すぐカードで支払いしている。
『おう、そうだ。そのクレカ。ポイントがつくらしいぞ。まあ、思い出したら使えばいい』
父である翔の言葉を思い出した。
「あの、クレカのポイントって、どのくらい溜まってますか?」
「あ、ちょっと待ってくださ…………ひっ!? え、ええっと、その……余裕過ぎるくらい、問題ないです……」
「ああ、溜まってましたか。では、今回はそれで購入させてください」
「は、はい……」
店員さんがぷるぷると震えているのは、気のせいだろうか?
ちなみに、羅那のクレカのポイントはとんでもない金額になっていた。ざっと、家が一軒建つくらいといえば、分かりやすいだろうか。
「ちょっと、羅那くん!! そういうのは、ポイントから使うべきだよ!! ポイントは有効期限があるんだから!!」
「そ、そうなの? 使ったことなかったから、知らなかったよ」
今度はポイントから使おうと心に決めて……。
「お荷物は私が持つ……あっ!!」
「僕が持つよ。なんかこう……これ持ってサナが転ぶ瞬間が目に浮かんだから」
「な、なにそれっ!! もう、失礼しちゃうな!!」
二人は気づいていない。ここに律儀にポイントを使い始めるお金持ち(な羅那)が爆誕したことに。
それと、密かにサナがヤバいフラグを立ててたのだが、それを華麗に羅那がへし折ってみせたことに。
「ねえ、サナ。愚かな提案をしてもいいかな?」
荷物を後部座席に置いて、運転席に座る羅那が続ける。
「愚かな……提案?」
「せっかくだから、少しだけ休憩しない? 実はこの近くに……このカフェがあります」
そういって、羅那が見せてきたのは、ふわっふわのパンケーキにこれでもかと、美味しそうなクリームが山盛りな写真を見せてきた。
(あ、よだれ垂れてる)
可愛いと心の中で呟いて、にこっと羅那が微笑むと。
「きょ、許可します!! もう、仕方ないなー。今回だけだからね? それと、会社の皆には内緒だからね?」
「もちろん。じゃあ、行きますか、サナ姫?」
「そ、それ禁止!!」
「あと、口元も拭いた方がいいと思うよ?」
「ふわあああ!!!」
あたふたとティッシュを探すサナに、羅那はくすくすと自分の持っているハンカチを手渡してきたのだった。
高級過ぎて使えないと突っ返されたが。
「はわぁ……蕩けるぅ……」
文字通り、ふわっふわのパンケーキに蕩けているのはサナだ。
「これは……本当に蕩けるね……」
羅那もそのふわとろ感に、クラクラしている。久しぶりに食べたが、こんなに美味しいとは侮れないと感じていた。
(もしかして、サナが目の前にいるから?)
と、サナを見て……そして、目が合って、恥ずかしくなって俯く。
「ほ、本当に美味しいね……二つ頼めばよかった」
「足りない?」
「いや……追加したら、時間かかりすぎるからやめておくよ」
あむっと、目の前のパンケーキを美味しく味わうことに切り替えたようだ。物凄く良い顔している。羅那が珍しく甘い物で。
「ふふふ、羅那くんも美味しいって感じると、そんな顔するんだね」
「えっ……あっ……へ、変な顔、してた?」
フォークを降ろして、ぺたぺたと自分の顔を触って確かめる。といっても触ってわかるはずもない。
「ううん。すっごく……その、可愛かった!」
「そ、そこは……格好いいって言って欲しかったな……あ、でも美味しいものを食べて、格好いいは変か……?」
そういう羅那の言葉にサナはくすくすと笑って。
二人は甘くて幸せな時間を、こうして楽しく過ごしたのだった。
会社に戻り、羅那は新しいルーターを設置し直した。壊れたルーターと自分達の新しいルーターを。
通信スピードが上がって、社員達はかなり喜んでいるようだった。
「お疲れ様、羅那くん」
「サナもお疲れ様」
「お仕事だったのに、ちょっと楽しかったね」
「うん、そうだね。たまにはこういうのもいいかも」
ほんの少しだけ、視線が絡む。
何も特別なことは起きていない。
でも、それがいい。
仕事の中に、自然に溶け込んだ、二人だけのささやかな幸福。
そんな一日だった。




