思い出したくない黒歴史とそこに集まる邪念と
――私立・鷹宮学園中等部。
かつて、羅那が通っていた中学だった。
どんと、意地悪な綾小路にどつかれ、僕は地面にしりもちをついてしまった。
「いいから、大人しく金を出せばいいんだよ!!」
「わ、わかったよ……だから、殴らないで……あうっ!!」
お金を渡したというのに、綾小路は殴って来た。あ、口の中、切れた。ぷっと血を吐いて、ため息が零れる。
でも、お金を渡せば、後はどうにでもなる。
ここでは、お金さえ渡して置けば、平穏に過ごせる。
だからこそ、何があってもいいように、色んな所にお金を仕込んでいた。
その所為で、歩く貯金箱って言われるようになったけど。
小説を読んでいたら、何を読んでいるのかと噂が立ったりもした。実際は普通のラノベなんだけど、他の人達が銀河鉄道の夜を読んでいるって噂していたとか、勝手に僕を文学少年にしてるのに。
普通にゲームとか好きだから、その輪に入りたかったけど……入ろうとしたら、怖がられてしまった(むしろ仲良くして欲しかった)。
そんなのが普通だったので、ここでの三年間は、孤高の貴公子ならぬ、『氷の貴公子』を欲しいままにしていた。
クールでお高く留まっている、いけ好かない少年。
それが、昔のかつての自分だった。
あの時は、あの『化け物』事件の後だったから、余計に人との関わりを拒絶していた時期であり。
ようやく暴走が落ち着いた頃だったので、いろんな意味で繊細というか、ナイーブだったと思う。
門をくぐって、それらが全部、思い出されてしまった。
大人になった今としては、はっきり言って……黒歴史な昔の自分を思い出し、恥ずかしいやら言わないで欲しいやら……。
幸いなことに、職員室に入ったら、三年の時にお世話になった屈強な担任を見つけて、ホッとしたのは内緒だ。
「羅那くん、あの人が羅那くんの担任の先生? 凄い強そうだね」
そのサナの声で、思わず吹き出しそうになった。こういう時の正直な感想はマジでヤバい。いや、そうじゃなくて。
「うん、体育の先生だからね。生活指導もしてた先生だよ……お久しぶりです、山吹先生」
そういって、僕はぺこりと頭を下げる。
「いやあ、君の話はよく聞くよ。あのひねくれ少年がこんな立派な青年になるとはねぇ……」
「……それは忘れてくださいね?」
思わず、本音が漏れそうになる。本当にあの時期の自分は、消し去ってしまいたい。
けれど――だからこそ、この学校には人の念が溜まっていく。
嬉しいものもあるだろう。
だが、ここは差別のキツイところだ。特に僕や琴葉にとって、良い場所ではないだろう。
僕の場合は、心を閉ざしていたから、そう問題はなかったけれど……。
病院で会った琴葉にとっては、あまり居心地の良い場所ではないはずだ。
「羅那くん、ここでは何をするの?」
山吹先生が準備してくれている間に、僕とサナは生徒指導室の方に移動していた。
「うん、琴葉の関係者を呼んでもらってる。山吹先生、琴葉の担任だそうだよ。ちょっと驚いたけどね」
もしかしたら、山吹先生はそういう生徒を受け持つサガを思っているのかもしれない。
「関係者?」
と呟いたとたんに、指導室の扉からノックが聞こえた。
「どうぞ」
僕が優しく声をかけると。
「あ、あの……ここに来るように言われて……!!?」
そこに待っていたのは、僕だ。まあ、驚くだろうなとは思っていた。なるべく怖がらせないよう柔らかな笑みを見せている。
「こっちに来て、座ってくれないかな? 少し、君達と話がしたいんだ」
にこっともう一度、微笑んで見せると、彼らは頬を染めて、指導室に用意された席に座っていく。
「まずは、僕から……浅樹羅那と言います。一ノ瀬琴葉さんのこと、知っているかな? 一ノ瀬さんに頼まれて、ここに来たんだ」
「わ、私は柊サナって言います! 隣のら……浅樹さんと一緒に来ました。その気楽に話してもらえると嬉しいです」
にこっとサナが笑うと、なんだか虫けらを見るような目でこちらを見てきた。
うん、だろうと思った。ちょっとムカついたけど、顔には出さない。
たぶん、サナの首から下がっている鳳凰のペンダントの意味を理解していないことに、思わず笑みが零れる。
まあ、子供にはまだわからないか……。
「順番に自己紹介、してもらっていいかな?」
と促すと、彼女達は順番に立ち上がり、自己紹介し始める。
「宮本 由依です。琴葉さんとはクラスメイトとして、お付き合いしています」
ちょっとだけ、ツンとしているところは、少し麗子を思わせる。恐らく、この子がこのグループのリーダーだろう。
「あ……佐倉 葵です。わ、私も……クラスメイトです……」
こちらは、どちらかというと、大人しく同調しやすい子のようだ。もしかしかすると、琴葉との相性は悪くないのではなかろうか。
「田口 真央です。同じく、クラスメイトです……これって、何の役に立つって言うんですか?」
うん、こっちは、由依の言えないことを代わりに言ったりする役目なようだ。
「一ノ瀬さんが、入院してるってことは知ってるよね? その原因に心当たりないかなって思って。よかったら、教えてくれないかな?」
サナがそう切り出してきた。
「いえ、ありません。何も」
由依はそう言っていたが、明らかに様子がおかしかったのは、葵だった。
サナの言葉を聞いて、がたがたと震え出した。
真央の方は……動じず、か。少しだけ顔色が変わった気がする。やはり、彼女達は何かを隠している。
そして、僕にも、それに心当たりがあった。
「旧校舎の、古い資料室」
そう告げれば、三人は驚いた様子で、僕の方を見てきた。
――やっぱり、あそこか。
なぜ、知っているか。
簡単だ。僕は何度か、そこを訪れていた。
僕の場合は、心休まる誰一人来ない、薄暗い場所。
しかし、その場所はもう一つの一面を持っていた。
僕には全く影響がなかったから、無視してその場所を好んでいたが。
淀み。
妬み、悲しみ、恨み……それがその場所に濁って集まっていた。
恐らく、僕のように孤独を好んだ者達の念を感じて……いや、違うか。
「今の内に、僕らに話しておいた方がいいよ。君達にまとわりつく『それ』。下手したら、君達にも影響を及ぼすからね」
そう僕が告げると、三人は顔を見合わせ、そして――。
「あ、あの……助けてくださいっ!!」
葵がそう、僕達に助けを求めてきたのだった。




