包帯使いの司祭ネフェル=ザーク
街の灯が、一つ、また一つと落ちていった。
まるで、誰かが闇で包み込むように、ビル風が唸る。
クフ=ロン、メーヘンが消滅した瞬間、その異変は――確かに『来た』。
高層ビルの影が、異様に『伸びる』。
伸びた先に立っていたのは、包帯の裂け目から光る眼だけが覗く、干からびた巨躯。
――ネフェル=ザーク。
「……ついに、我の出番が来たか。王妃よ……もう逃げぬことだ」
その声だけで、街の空気が『乾く』。
サナはビルの屋上を見上げ、そして思わず、羅那の腕を掴んだ。
「羅那くん……」
「ああ。確認した。……屋上だ」
羅那は衛星画像を通して、その存在を捉えていた。
だが――どこか、妙だった。
映像に、ごくわずかな遅延がある。
ほんのコンマ以下のズレだが、羅那の感覚には、確かに“異物”だった。
(……ノイズ? いや……)
だが、言うほどの異常ではない。
そう判断し、羅那はサナと視線を交わす。
「サナ……たぶん、この時間だから、エレベーターは止まってると思う。だから、少し無茶な魔法使ってもいい?」
サナを抱きかかえ、そして、足元に魔法陣を展開させる。
「無茶な魔法って、きゃっ!!」
ひょいっと、サナを抱きかかえ、告げる。
「閃光跳躍アクセラレイヤー!!」
一瞬で、そのビルの屋上まで飛び上がり、そこに着地……したと思ったら。
「!!!」
そのままアクセラレーションに切り替え、敵の攻撃を避けた。
――シュバッ、と白い影が弾け飛んできたのだ。
「わっ……包帯!?」
直後、屋上の床に、無数の包帯が突き刺さった。
「ずいぶんな歓迎だね……」
羅那が睨みつけるその先、屋上の中央にネフェル=ザークが立っていた。
「ご足労、感謝する……王妃よ。其方は主の傍らへ返す。拒否は認めぬ」
「誰がサナを連れて行かせるって? させるものか……」
サナを抱きしめる手に力を込めて、羅那は、なおもネフェル=ザークを拒む。
ネフェル=ザークは、ほう、と低く、興味深そうに息を吐いた。
「……ふむ。挑む気概はあるか。だが――もっと面白いものが視える」
「……何だと?」
「お主に繋がる『それ』だ」
包帯の裂け目の奥、ネフェル=ザークの光る眼が細くなる。
「……王妃の補機か?」
「――っ!?」
その瞬間。
羅那の背中を、冷たい針が貫いた。
違う。
痛みではない。
――“繋がれた”感覚。
「……何だ、これ……」
視界の端で、夜空の星が、微かに『歪んだ』。
『……マスター』
カリスの声が、ほんの一瞬だけ、ノイズ混じりになる。
『通信遅延、検出……』
(……まさか……)
「繊維……いや、回線か」
ネフェル=ザークが、分析するかのように囁く。
「特異な『人工衛星』……記憶の貯蔵庫か。なるほど」
「……っ!!」
羅那の脳裏に、嫌な確信が走る。
「やめろ……!」
羅那は即座に、接続遮断を試みた。
しかし、相手は髪のような細い繊維で突き進んで侵略してくる。その繊維が細すぎる……検知閾値をすり抜ける……!
ましてや、これでも羅那はエンジニアだ。この手の侵略は、何度も経験してきたのに。
(アナログが……効くって聞いていないっ!!)
それでもネフェル=ザークの侵略はなおも続く。
「王妃の記憶……いや、履歴の集積か」
ネフェル=ザークの声は、淡々としている。羅那の様子を見ながら、『それ』を理解しようとしていた。
「転生の軌跡を、外部媒体に保存する構造。……実に、合理的だ」
「勝手に、覗くな……!!」
だが次の瞬間――夜空が、『割れた』。
「あがああああああ!!」
『異常事態発生!
マスター、何者かが衛星に侵入しています!!』
カリスの叫びと、羅那自身の声が重なる。
(まさか……繋がっている俺を逆探知して……!?)
羅那は必死に遮断処理を走らせる。いくつもの、防護魔法を展開して撃退しているのにもかかわらず、侵略が止まらない。
どうしても、何をしても、常に一拍遅い。焦っているのが余計に後手に回ってしまうようだった。
思いがけないことに、対応できない羅那の悪い癖がここに出てしまったというべきか。
夜空の裂け目が、ゆっくりと広がっていく。
「……王妃の記憶。いや、これは……『喪失記録』か」
ネフェル=ザークの声に、微かな愉悦が混じる。
「興味深い。成功よりも、失敗の方が、遥かに高精度で保存されている」
「……っ!」
羅那の喉が、ひくりと鳴る。
(……やめろ……それには、触るな……)
「や、やめろっ……!」
「ならば、見るがよい」
裂け目の向こう、夜空いっぱいに――映像が溢れ出した。




