メーヘンの策略は
一方、その頃。
羅那は、結界の外にいた。
サナが消えた瞬間から、すでに数分が経っている。
だが、その数分が、永遠のように長かった。
「なんだよ、この結界はっ!!」
さっきから、何度も何度も、魔双剣で切りつけているが、全く受け付けない。
カキンカキンと、弾き返されてしまう。
「くそっ!! 開け!! 開けろっ!! 俺を……入れろって言ってるだろがっ!!」
最終的には、きいいいと、嫌な音が響く。
この中にサナがいるのが分かる。助けたいのに助けられない。
こんなに相性が悪いのか。
「いいから……開けって言ってるだろっ!!!」
たくさんのクリスタルランサーを生み出し、そのまま、何度も何度もビームを放つ。
じりじりとなんとか、焦げ目が出来てきた。けれど、これでは間に合わない。
――こんなんじゃ、間に合わないっ!!
闇を使うべきか、それとも光を使うべきか……いざとなったら……もう時間がなかった。
「落ち着いてくださいませ、魔王様」
その言葉にぴたりと、羅那の力が止まった。
「ヴェルメリア……なぜ、ここに……?」
「魔王様の嘆きが、届きました……私ならば、恐らく、ヒビを付けられます。ですが、それ以上は難しいかと」
「構わない。後は俺がやる。頼む」
じゃきっと魔双剣に無属性の力を込めて、羅那は準備を整える。
「では……僭越ながら」
すっと杖を取り出し、ヴェルメリアが力を籠める。
空間が、悲鳴を上げるように軋んだ。
次の瞬間、結界にパキッとヒビが入る。
そこにがつっと、羅那が魔双剣を突き刺し、そして、力を籠める。
「うああああああっ!!!」
バリバリという音ともに、ようやく、人が入れるくらいに開いた。
「魔王様、ここは私が維持いたします。ご武運を」
「ああ、任せる。すぐに戻る!」
そこから、羅那は急いで、より中へと潜入していったのだった。
(お願いだ……間に合ってくれっ!!)
アクセラレーションを使って、一気にサナの元へと……。
そこは――見慣れた社長室。
整然とした机。
窓から差し込む、柔らかな光。
そして。
「……羅那くん……?」
スーツ姿の羅那が、そこに立っていた。
だが、その表情は――冷たかった。
感情の色が、どこにもない。
「どうやら、僕は君をもう、守れないようだ……それに、君は僕を裏切った……失望したよ」
「裏切る? そんなことしてな……」
サナが弁明しようとしたときに、羅那がばさばさとサナの前にばら撒いたのは、よくわからない写真と資料の束。
それは明らかにサナが不倫をしたという、証拠証拠証拠……。
「わ、私、そんなこと……してないっ!!!」
ずきずきと心が痛い。嘘だって分かってる。なのに、羅那が静かにそう告げて、別れを切り出すのが悲しかった。
(やめて……羅那くんの声で、羅那くんの姿で……そんなこと、言わないでっ!!)
涙が溢れて来る。嘘だって分かってるのに、苦しくてたまらなかった。
ふふふと、メーヘンが嗤っているのが分かった。
「探していた、王妃よ」
悲しく苦しくなっていたその時、砂色の光とともに現れたのは、エジプトの王のような装いをした、逞しい青年。
琥珀色の瞳が、まっすぐにサナを射抜く。
「その者の言葉に、耳を傾けてはならぬ。貴女は、我に選ばれた王妃たる存在だ」
声は低く、穏やかで、妙に説得力を帯びていた。
羅那と同じくらいの年齢。
整った顔立ち。
強靭そうな体躯。
普通の女性ならば、それだけで惚れてしまうことだろう。
――だが。
「……違う……」
サナは、後ずさる。
「違う……!」
差し出された男の手を、振り払った。
「私が好きなのは……羅那くんだけ!! そんなこと、言わないで!!」
叫んだ声は、かすれていた。
涙が、止まらない。
「往生際が悪いわね、サナ」
いつの間にか、背後に立っていたメーヘンが、くすりと笑う。
「あなたは、アルファロス様に選ばれたのよ。光栄に思いなさい」
「そんな王様、知らない……!」
声が、震える。
「私は……私は……!」
「こんなにも素晴らしい王様なのに?」
メーヘンが、青年を示す。
確かに、美しく、逞しく、理想的な『王』の姿をしている。
でも、その姿に、サナの心は、まったく動かなかった。
脳裏に、別の声が、いくつも重なっていく。
『じゃあ、僕の恋人になりませんか?』
『君に渡したいと思ってたんだ。受け取ってくれるかな?』
『サナ、君を全身全霊で守る。君の家族の分まで』
『本当に俺はサナだけなんだ!!』
記憶の中の声は、温かくて、必死で、不器用で。
今、目の前にいる『羅那』とは、あまりにも違った。
「……私も……」
サナは、唇を噛みしめる。
「……私も、羅那くんだけだから……!」
どんと、何かが割れて、弾けたような音が響いた。
「……なに……?」
メーヘンが、眉をひそめる。
「まさか、外から……?」
そんなはずはなかった。何故なら、羅那にはそんな力が残って……。
「サナーーーー!!!!」
ぎゅんと、物凄い勢いで羅那が飛び込んできて、そして、サナを抱きしめた。
「よかった……良かった無事で」
「羅那くんっ!!」
羅那に抱きしめられて、先ほどの苦しみや悲しみが解れていくようだった。サナもまた、そっと羅那を抱きしめ返す。
「ごめん……来るのが遅れた」
「ううん、そんなことない……間に合ったよ。ちゃんと」
二人は安心したように微笑み合うと。
「そんなの、認めないわっ!!!」
メーヘンが叫ぶ。
「入れないはずの羅那が、なんで、入れるの!? なんで、ここにっ!?」
「丁度、協力者が来てくれたんだよ。お陰で何とか間に合った。後で礼をいわないとな、ヴェルメリアに」
「ヴェルメリアさんが来てくれたの!? 凄いっ!!」
後で私もお礼を言わないとと、サナは呟くが。
「そんなこと、させないっ!!」
いつの間にか黒く染まった怪しいナイフを手に、羅那を狙ってきた。が、しかし。
――カキンッ!!
光の強いシールドで弾き返され、ナイフがボロボロに砕け散った。
「呪いのナイフか……それなら、光で弾き返せる」
「くっ……!! お前が……お前が出てこなければ……! 私は、サナを王妃として迎えられた……我が王の復活を、成し遂げられたのに……!」
唇を噛みしめるメーヘンに羅那は、冷たい視線を返し。
「覚悟はできてるんだろうな?」
魔法の詠唱を始めようとする羅那を。
「待って、羅那くん!!」
止めたのはサナだった。
「……私に、やらせて」
「……サナ?」
羅那が抱きしめているサナを見下ろす。
サナの瞳は、まだ潤んでいるが、その奥には、確かな決意が宿っていた。
「だって……すっごく……ムカつくんだもん……」
小さな声ではあったが。
「私の気持ちを……羅那くんとの想いを……ぐちゃぐちゃにして……」
サナは、一歩、前に出る。
「だから……あなたを、浄化します」
「浄化ですって!?」
そんなこと、できるはずがない。だって、サナは少し魔力のある女性だから。
「あなたにそんなことが出来る訳……」
けれど、羅那は違う。なるほどと、笑みを浮かべている。
「相手はミイラだしね。死人には十分だよ……サナ。僕が許可する」
「ふふ、羅那くんなら、そう言ってくれると思ったよ。じゃあ、全力全開でいいかな?」
「僕の力はなくていいね?」
「うん、のーまんたいだよっ!!」
なんで、サナが自信満々なのか、メーヘンには理解できなかった。しかし、広く知識のあるネフェル=ザークなら、気づいたかもしれない。
サナの、本当の力を。
サナの本質は、高い魔力でも、派手な術式でもない。
――最高位の癒しの力を持つ、『白銀竜の巫女』。
「……ごめんなさい」
サナは、静かに告げる。
「あなたの王様とは、一緒になれないから。そう、伝えてね……って……」
小さく、困ったように笑う。
「……浄化しちゃったら、無理かな?」
次の瞬間。
白銀の光が、サナの身体から溢れ出した。
それは、温かく、優しく――
けれど、逃げ場のない、圧倒的な力だった。
「あ……ああああああああっ!!!!」
メーヘンの悲鳴が、夜を裂く。
包帯が、次々とほどけ、砂のように崩れ落ちていく。
やがて、残ったのは――
静かに横たわる、古びた包帯だけだった。
「……王は……あなたの……魂を……欲して……」
かすれた声が、闇に溶ける。
「……サナ……」
それを最後に、メーヘンの気配は、完全に消え失せたのだった。




