石棺の守護者クフ=ロン
その日の深夜。
羅那とサナは、博物館からネフェル=ザークとの戦闘を終え、浅樹家へと帰還していた。
まだ二人の服には、焦げた跡と砂の匂いが残っていた。
「どこかに行っていたのか?」
そこを翔に見つけられ、二人はバツの悪そうに苦笑を浮かべた。
「うん、ちょっとね……気になったことがあって。一応、報告しておくけど……またサナが狙われた」
「ちょっ……ら、羅那くん!?」
「サナが? 目的は?」
「それは……」
羅那はまだ、その目的は知らなかったが。
「私を王妃にしたいようです」
そのサナの言葉に二人は息を呑む。
「でも、大丈夫です。私には羅那くんもいますし」
と、隣にいた羅那の腕をぎゅっと掴んで、にこっとする。ずきりと羅那の胸が痛む。
今回は上手くいった……だが、次も上手くいくとは限らない。
だから、すぐには返答できなくて、曖昧に笑っていた。
「まあいい。夜も遅いから、お前らは少し休め。俺も少ししたら寝ることにする」
「うん、わかったよ」
翔の判断は正しい。
羅那は、精神的にも、先ほどの爆発の余波でかなり消耗しているし、サナもまた、先ほどの敵襲で疲れていた。
しかし――まさにその夜、事態は静かに悪化していた。
時計が午前一時すぎを知らせる。
街灯の下を、一人の女性が仕事帰りに歩いていた。
コンビニの袋を下げ、耳元で風の音だけが鳴っている。
――カラ……カラ……
砂を踏むような音。
彼女が振り返った瞬間、
足元から『黒い砂』が舞い上がり、肺に流れ込んだ。
「ご……ほっ……!?」
呼吸が一気に乾き、皮膚がひび割れ始める。
彼女の視界の端で、巨大な影がゆっくりと立ち上がった。
街灯が、その異形を照らす。
――石棺を背負った巨像。
体は全て、古代の石と呪砂で出来ている。
クフ=ロン。
乾いた王国の『棺の守護者』。
「王妃の……匂い……この街……どこかに……」
地響きのような低い声。
そして、女性の体から『生命』が吸われていく。
「……あれ?」
サナが身を震わせる。胸の奥に、微かな『砂の魔力』が刺さった。
翔の端末にも警報が入る。
《市街地北東エリアに異常魔力反応を確認。住民の行動異常……石化反応の可能性――》
「まずい……クフ=ロンだ。他にもメーヘン、ネフェル=ザークもいるが……そちらの気配はまだ、か」
翔はすぐに敵を特定し、立ち上がった。敵の動きが早いことに少し焦りを感じながらも。
「羅那、サナ。今すぐ向かえるか? 本隊は準備に時間がかかる。最速で動けるのは、お前達だ」
まだ、立ち直れたわけではない。
むしろ、恐怖の方が上回っていた。が、人が襲われるかもしれない状況を見過ごせるわけではない。
「任せてください! 私達で行ってきます!!」
先に声を上げたのは、サナだった。
「僕も行くよ。サナ一人に任せられないし……」
何より不安が先に来る。
(大丈夫だ……今は、安定している。あの敵のテリトリーである場所ではないから……たぶん)
「気を付けて行ってこい」
その翔の言葉が、羅那の心に重くのしかかってきていた。
住宅街の外れ。
ひび割れたアスファルトの真ん中に、石棺を背負った巨体が立っていた。
周囲には乾いた砂――怨念の砂が渦を巻いている。
「大丈夫ですか!!」
倒れている女性を見つけたサナが声をかけながら、駆け寄っていく。
「まだ息がある! でも……体が干からびる速度がおかしい!」
「ちっ……近くにいるな。サナはそのまま彼女の治療に専念して」
サナと女性を守るように、羅那は剣を抜き、周囲を見渡す。
その瞬間、クフ=ロンの暗い眼窩がわずかに光り、二人の方を向いた。
「……王妃の……気配……!」
クフ=ロンの声が聞こえた。
「羅那くん、あそこっ!!」
サナの声に羅那はすぐさま、クフ=ロンの声が聞こえる方を見た。
クフ=ロンの巨腕が、横殴りに振り下ろされる。
とたんに一瞬、羅那の眼下にあの光景がフラッシュバックする。
『あうっ!? だめっ!!』
助けられなかった、あの光景が。
――絶対にあんなことには……させないっ!!!
その為には、まず。
「アクセラレーションっ!!」
羅那はすぐさま、自身の身体スピードを爆上げして、サナと女性を抱えて、それを華麗に避けた。
あの乾いた場所でなければ、それほど魔力が不安定になることはなさそうだ。
そのことにホッとしながらも、頭をフル回転させて、次の攻撃、手段を探し求める。
まずは、牽制。
「クリスタルランサー展開、ライオット・ホーミングレーザー!!」
一気にクフ=ロンへと放った。羅那はアクセラレーションを維持したまま、クフ=ロンの懐に飛び込み。
「ウォーター・スラッシュ!!」
二本の魔双剣に水の魔力を纏わせ、何度も斬りつける。
斬られても、砕かれても、クフ=ロンは『壊れたという事実』を拒否するかのように、元の形へと戻っていく。
「ちっ、水じゃダメか!!」
振り下ろされるクフ=ロンの腕を避けるために、急いで後退。
「いや……一本じゃ威力が足りない? なら……こうする!!」
二本の魔双剣を一つにして、バスタードソードへと変化させる。両手で大きくなった剣を持ち、どすんどすんと、移動してくるクフ=ロンの攻撃を避けていく。
「今度は氷を使って……!!!?」
外だからか、少しは魔力が安定してるようだ。これなら、行けると思った。それでも、相手は乾きを司る相手だ。油断はできない。
次の攻撃を浴びせる前に、クフ=ロンがまた、こちらを狙っているのに、気づいた。自分ではない。
(誰を狙ってる? まさか……サナ!?)
そういえば、ずっと、クフ=ロンは狙っていた。サナのことを!!
「させるかっ!!!」
ぱきーーーんっ!!!
その周囲が、冷たい空気に包まれる。巨大な氷のシールド。それが、羅那とサナと倒れた女性を覆った。
ぱらぱらと、小さな氷の結晶が散っていく。
羅那の手には、バスタードソードにした魔双剣を頭の上に掲げながら、凄まじい氷の魔力を込めて、その氷のシールドを維持している。
「氷……阻む……邪魔……」
それでもクフ=ロンは、力を込めていく。
「ああ……お前の邪魔をしている……くっ……氷の魔力を吸い取ってるのか……」
「羅那くん!!」
「今のうちに、安全な場所へ!! こいつは俺がなんとか……する!!」
がすんと、シールドを叩き割るようにクフ=ロンが両手を振り下ろす。
腕が痺れ、視界の端が暗くなる。それでも、ここを抜かれたら終わりだった。
その度に氷の力を込めて、シールド構成をし直す。そうでなければ、すぐに割れてしまう。
そうしたら、自分はともかく、サナや今、治療中の女性も危ない。それだけは、何とかしなくてはならない。
――どうすればいい? 恐らく、この分だと、氷を纏わせても敵を斬ることはできないだろう。
でも――先ほど、無属性のライオット・ホーミングレーザーは、効いていた。今もあの時焼いた部分が焦げたままだ。
――無属性?
なら……無属性の攻撃なら、アイツのコアを砕くことが出来れば……。
「サナ! アイツのコア、見つけられるか!? 一瞬で良い、見てくれ!!」
「コアって、心臓ってこと!?」
「何でもいい、恐らく、一番、魔力が集中してるはずだ。その場所を教えてくれ!!」
自分ではまだ探ることは出来ない。足手まといという言葉が頭に浮かぶ。シールドを維持するので精一杯な自分が情けない。
でも……やれることは、ある。
「人の心臓と同じところ!! そこが一番、魔力が集中している!!」
「わかったっ!!」
魔力で視力を強化する。
――見えた!!
恐らく放てるのは、一瞬だけ。
だからこそ、慎重に、けれど、そのチャンスを見逃せない。
それにあれだけあった魔力も半分を切った。
外したら、終わりのやり直しも効かない、一撃。
手が震えそうになる。
でも、やれるのは、自分だけだ。ぐっと両手に力を籠める。
一撃を与える場所はもう、見えている。
ならば……やるしかない!!
「サナ、一度だけシールドを解く。その後、もう一度……何でもいい、最高のシールドを張れ!!」
「わ、わかったっ!!」
「……今だっ!!」
クフ=ロンの降ろしてきた腕を、強くはねのける。クフ=ロンが驚いたところをアクセラレーションを維持したまま、一気にクフ=ロンの懐に飛び込む。後ろでサナがシールドを展開するのを感じた。
(それでいい!!)
無属性の力を限界まで、バスタードソードにした魔双剣に込めた。
「……一度きりだ」
無属性の魔力が、剣から『色』を失っていく。
「零式機装――」
ギリギリまで、全力の力を込めていく。
「《エターナル・セヴァランス》!!!」
一瞬の剣戟。
斬った感触はなかった。
ただ、そこにあった『繋がり』が、音もなく断ち切られた。
ばきんっと、何かが激しく割れた音と共に。
ざざざーーと、クフ=ロンを構成していた黒き砂が崩れ落ちていく。そのまま後ろに避けて、後退。
ぐるりと世界が歪み、回るような感覚が羅那を襲う。
「魔力……かなり使い切った……かも」
どさりと、その場で尻もちをついてしまったが、動かずそのまま崩れていくクフ=ロンを見ると、何とかここでも勝利できたようだ。
「王妃……届かぬ……王の……再生……が……」
その言葉を最後に、クフ=ロンは全て、砂に戻り、強い風に吹き飛ばされて、消え去っていった。
「羅那くん……!」
「……ごめん……ちょっと……無理した……」
今回のギリギリだった。けれど、なんとか守れた。サナも、そして側にいた一般女性も。
「ねえ……さっきの判断……すごかったよ」
「……え?」
「クフ=ロン、あそこを壊されると終わりだったんでしょ? 羅那くん、迷わなかった。……偶然じゃないよ」
羅那は、言葉を失った。
(……偶然じゃ……ない?)
胸の奥、固く縛っていた何かが、ほんの少しだけ緩んだ。
「それに、あの一撃、凄かったよ!! でも、あれ、ギリギリだったんだよね? ギリギリの一撃、あんなの、羅那くんじゃなきゃ、できなかったよ!!」
サナはいつも、ダメな僕に嬉しい言葉をくれる。その羅那の見つめる瞳が優しくなっていく。
「どうだろう? 父さんだったら、もう少し……」
「いいの!! 羅那くんが格好よかったから!!」
「!!」
(君は、もう……)
「わかったよ。サナ……君が無事でよかった」
「ここにいる、お姉さんもだよ」
その言葉にようやく、羅那は笑みを浮かべたのだった。




