表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/41

【40】めでたしめでたし

「へ?」


 ランドウでもない、セラフィーナでもない。

 他の兵士にしては、年齢がいった声だ。

 しかも……ちょっと、聞き覚えがある。


 あたしたちは声の主を探して周囲を見渡し、ぎょっとした。

 村を囲む、セラフィーナの魔法兵団たち。それをさらに囲む軍隊が出現している。ばたばたと山からの風に旗がはためく。


 そこにあった紋章を読み、あたしは目を瞠った。


「あなたは……イブニングホーク男爵!?」


 あたしの叫びに応じて、馬上からダンディなおじさまが手を振ってくれた。


「やあやあ、遅くなった、ディアネット・ロビンキャッスル公爵令嬢。久しぶり……でもない気もするな?」


 そう言って片目を閉じたのは、あの、酔狂伯の館で会ったひとだ。アライアスたちに対抗してくれた貴族のおじさま。伝説の勇者一行の、戦士の子孫でもある。


 その横で穏やかに笑っているひととは初対面だったけど、誰だかはすぐわかった。

 四十代男性だろうに、それすらよくわからないような化粧と髪色をした、ド派手なひと。こんな格好をして馬に乗って様になるひとなんて、帝国中探したって一人しか居ない。


「ま、まさか……酔狂伯エンダーリング!? ……世捨て人同然で、館にこもっているという話でしたのに……」


 呆然とつぶやいたのは、セラフィーナだ。

 彼女がびっくりしているのは、エンダーリングが貴族内でかなり影響力を持っているひとだから。それを言ったらイブニングホークも相当だけど、レア度とランクはエンダーリングが数段上になるはずだ。


 つまり、伝説の勇者一行は未だに皆の中で英雄で……エンダーリングは伝説の吟遊詩人の直系なのである。そんな彼は、馬の上でけらけらと笑った。


「そうだ、そのとおり! 最近の世の中は、俺がわざわざ出て行くほどには面白くなかったからな。しかし!! 我が屋敷で繰り広げられた新しい衣装のお披露目は、久しぶりになかなか面白かったぞ?」


「新しい衣装……それって、あたしたちのドレスですか!?」


 あたしが思わず叫ぶと、エンダーリングはピエロみたいな化粧の顔でウィンクした。格好は奇抜だし、顔は結構皺だらけなのに、なんだか不思議な魅力のあるひとだ。


「そうとも! 誰がやったのか知って納得したよ。破天荒聖女、メリーベルの子孫らしい、素晴らしい衣装だった! あれは流行るぞ~」


「酔狂伯……光栄です!!」


 あたしは嬉しくて、感極まってしまう。

 酔狂伯の横では、イブニングホーク男爵があたしたちに向かって微笑みかける。


「我々勇者一行の子孫は、結束して人間界の平和のために尽力するのが勤めだ。だというのに、ディアネット……あなたを聖女の子孫と認め、迎えに来るのが遅くなってしまった。本当にすまなかった」


「や、そんなそんな、って、えっ、あたし、聖女の子孫認定なんです!?」


 あたしは焦ってきょろきょろと辺りを見渡す。

 勇者一行の子孫として正式に認められたら、貴族内での発言権は飛躍的に増す。なんだったら、皇帝にだって口だしできるくらいになる。


 うろたえるあたしの指で、指輪のメリーベルがため息を吐く音がした。


『まあ、ランドウは魔王だし。人間界で聖女の子孫を選ぶと、あなたになるんじゃない? 聖女の指輪も使えたわけだし』


「そ、そっか……」


 あたしは生唾をのっみこんだ。

 基本的にはただのギャルだったはずなのに、なんだかものすごく遠くへ来てしまった。


 あたしはまじまじと指輪を見つめて考えこむ。

 そうしているうちに、酔狂伯エンダーリングが叫んだ。


「さて、では、この壮大だがちっとも面白くない茶番を終わらせようではないか!! さあいけ、イブニングホーク!!」


「ご自分で言って下さればいいのに……。まあ、いいでしょう」


 イブニングホークはため息を吐いたのち、キリッとした顔になって告げる。


「先ほど、我々貴族院は皇太子妃セラフィーナを拘束、新たな宰相の任命まで、貴族院が帝国を管理することを決めた!! もちろん、こんな状況で戦争などもってのほかだ!! 皆の者、武器を置き、退け!!」


 堂々たる命令は、セラフィーナの完全な失脚を意味する。

 魔法兵団の兵士たちはそれを聞くなり、我先にと武器を置いた。

 セラフィーナに連れられてきたものの、やっぱり士気は低かったのかもしれない。彼らの顔は、ほっとしているように見える。


「あ……あ……ああ……」


 セラフィーナ本人はというと、呆然となってその場に座りこんだ。

 もう誰も彼女を見ないし、敬わない。

 兵士達の中には、ことさら彼女にぶつかって見せるものまで居て、あたしはちょっと心が痛んだ。


 そうこうしているうちに武装解除は進み、ランドウも魔族に指示を出す。


「魔族もだ。いいな?」


 魔族たちはそれぞれ顔を見合わせ、軽く肩をすくめたり、笑ったりして緊張を解いた。


「仕方ねえなあ。まあ、ここまで魔王と人間の仲良しを見せつけられちまうと、喧嘩する気も失せらぁ」


「俺たちも、楽しく喧嘩してえだけだしなあ」


「ギスギスしたいわけじゃねえんだよなー」


 周囲の空気が充分緩んだのを見計らい、酔狂伯エンダーリングが両手を広げる。


「よし!! ということで、戦争はやめだ!! だがな~、こんなところまで来て残念、という気分にはさせんぞぉ~~!! ここに集まった者たちは、世紀の披露宴に呼ばれた客だと思え! そして、祝うのだ! かつて結ばれそこなった魔族と人間が、今度こそ結ばれようとしている奇跡を!」


 エンダーリングが叫び終えたと思うと、彼の軍隊が武器をしまった。

 代わりに取り出したのは、楽器だ。

 陽気な音楽が一気にあふれ出して辺りを満たす。


「ふわ……すご……!」


 あたしたちもびっくりしたけど、魔法兵団は数段驚いた顔をしていた。

 まるで冗談みたいに、エンダーリングの軍隊がサーカス団みたいなエンタメ集団に早変わりしていく。とくに音楽は一流で、正直あたしは鳥肌が立った。


 陽気な音楽が渦になってあたしたちを呑みこみ、ぐるぐる、ぐるぐると回り続ける。


「ふん……ふふん、ふふん……ふふーん……!」


 鼻歌を歌いつつ、最初に踊り出したのは、陽気な魔族たちだ。


「お、踊りたいわけじゃねえが、まあ、黙って立ってるのもつまらんからな!」


 ヒビキをはじめとした人狼族が、そわそわしてステップを踏み始める。


「まあ、そういうことなら、乗るのも一興か」


 リエトたち吸血貴族は顔を見合わせ、あくまで優雅に、ひらり、ひらりと踊り出す。

 マリカは少しためらっていたけど、結局、村の人間に誘われて、真っ赤な顔で踊り出した。

 しまいには、剣竜までが、ふんふんと鼻歌を歌いながら体をゆする。


 踊る、踊る、みんなが踊る。

 村に、お祭りが戻ってくる。


「なんだろ……夢みたい」


 ぼんやりとみんなの踊りを眺めながら、あたしはつぶやく。

 あたしがここでやりたかったこと。幻のリア充文化祭。

 目の前で起こっていることは、それだ。


 幻の文化祭が終わって、幻のダンスパーティーが始まる。


「これは夢ではない。ディアが勝ち取って、俺に与えてくれた、現実だ」


「ランドウ……」


 振り向くと、崩れそうな笑みを浮かべているランドウがいた。


 彼はさらに何かを言おうとして、黙った。

 あたしも何かを言おうとして、黙った。


 そして結局、ランドウがすばらしく優雅に一礼した。


「一曲いかがでしょうか、我が奥方」


 言い方も、所作も、完璧だった。

 あたしは泣きそうになりながら、答える。


「ありがと、ランドウ。あたしの、最愛」



■□■



 この日を境に、あたしたちの生活はがらっと変わった。

 この、漫画みたいでゲームみたいな世界全体も、ちょっとだけ変わった。

 どう変わったかを、一言で説明するのは難しい。


 この話を自分たちの子孫に話して聞かせるなら、多分、あたしはこんな風に語る。



 昔々、あるところに。

 ひとりぼっちの魔王と、悪役令嬢がいました。

 二人は出会い、恋をしました。

 ただ、それだけでした。


 でも、とっても真剣な恋は――ほんの少しだけ、世界を変えたのかもしれません。


 これは、とっても小さくて、とっても大きな、ただのおとぎ話です。

お疲れさまでした……!!

これにて完結です。

もし面白かったよ! という方がいらっしゃいましたら、レビュー、★での評価をつけてくださると、ほんとにほんとにありがたいです。

やったぜ……!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ