【40】めでたしめでたし
「へ?」
ランドウでもない、セラフィーナでもない。
他の兵士にしては、年齢がいった声だ。
しかも……ちょっと、聞き覚えがある。
あたしたちは声の主を探して周囲を見渡し、ぎょっとした。
村を囲む、セラフィーナの魔法兵団たち。それをさらに囲む軍隊が出現している。ばたばたと山からの風に旗がはためく。
そこにあった紋章を読み、あたしは目を瞠った。
「あなたは……イブニングホーク男爵!?」
あたしの叫びに応じて、馬上からダンディなおじさまが手を振ってくれた。
「やあやあ、遅くなった、ディアネット・ロビンキャッスル公爵令嬢。久しぶり……でもない気もするな?」
そう言って片目を閉じたのは、あの、酔狂伯の館で会ったひとだ。アライアスたちに対抗してくれた貴族のおじさま。伝説の勇者一行の、戦士の子孫でもある。
その横で穏やかに笑っているひととは初対面だったけど、誰だかはすぐわかった。
四十代男性だろうに、それすらよくわからないような化粧と髪色をした、ド派手なひと。こんな格好をして馬に乗って様になるひとなんて、帝国中探したって一人しか居ない。
「ま、まさか……酔狂伯エンダーリング!? ……世捨て人同然で、館にこもっているという話でしたのに……」
呆然とつぶやいたのは、セラフィーナだ。
彼女がびっくりしているのは、エンダーリングが貴族内でかなり影響力を持っているひとだから。それを言ったらイブニングホークも相当だけど、レア度とランクはエンダーリングが数段上になるはずだ。
つまり、伝説の勇者一行は未だに皆の中で英雄で……エンダーリングは伝説の吟遊詩人の直系なのである。そんな彼は、馬の上でけらけらと笑った。
「そうだ、そのとおり! 最近の世の中は、俺がわざわざ出て行くほどには面白くなかったからな。しかし!! 我が屋敷で繰り広げられた新しい衣装のお披露目は、久しぶりになかなか面白かったぞ?」
「新しい衣装……それって、あたしたちのドレスですか!?」
あたしが思わず叫ぶと、エンダーリングはピエロみたいな化粧の顔でウィンクした。格好は奇抜だし、顔は結構皺だらけなのに、なんだか不思議な魅力のあるひとだ。
「そうとも! 誰がやったのか知って納得したよ。破天荒聖女、メリーベルの子孫らしい、素晴らしい衣装だった! あれは流行るぞ~」
「酔狂伯……光栄です!!」
あたしは嬉しくて、感極まってしまう。
酔狂伯の横では、イブニングホーク男爵があたしたちに向かって微笑みかける。
「我々勇者一行の子孫は、結束して人間界の平和のために尽力するのが勤めだ。だというのに、ディアネット……あなたを聖女の子孫と認め、迎えに来るのが遅くなってしまった。本当にすまなかった」
「や、そんなそんな、って、えっ、あたし、聖女の子孫認定なんです!?」
あたしは焦ってきょろきょろと辺りを見渡す。
勇者一行の子孫として正式に認められたら、貴族内での発言権は飛躍的に増す。なんだったら、皇帝にだって口だしできるくらいになる。
うろたえるあたしの指で、指輪のメリーベルがため息を吐く音がした。
『まあ、ランドウは魔王だし。人間界で聖女の子孫を選ぶと、あなたになるんじゃない? 聖女の指輪も使えたわけだし』
「そ、そっか……」
あたしは生唾をのっみこんだ。
基本的にはただのギャルだったはずなのに、なんだかものすごく遠くへ来てしまった。
あたしはまじまじと指輪を見つめて考えこむ。
そうしているうちに、酔狂伯エンダーリングが叫んだ。
「さて、では、この壮大だがちっとも面白くない茶番を終わらせようではないか!! さあいけ、イブニングホーク!!」
「ご自分で言って下さればいいのに……。まあ、いいでしょう」
イブニングホークはため息を吐いたのち、キリッとした顔になって告げる。
「先ほど、我々貴族院は皇太子妃セラフィーナを拘束、新たな宰相の任命まで、貴族院が帝国を管理することを決めた!! もちろん、こんな状況で戦争などもってのほかだ!! 皆の者、武器を置き、退け!!」
堂々たる命令は、セラフィーナの完全な失脚を意味する。
魔法兵団の兵士たちはそれを聞くなり、我先にと武器を置いた。
セラフィーナに連れられてきたものの、やっぱり士気は低かったのかもしれない。彼らの顔は、ほっとしているように見える。
「あ……あ……ああ……」
セラフィーナ本人はというと、呆然となってその場に座りこんだ。
もう誰も彼女を見ないし、敬わない。
兵士達の中には、ことさら彼女にぶつかって見せるものまで居て、あたしはちょっと心が痛んだ。
そうこうしているうちに武装解除は進み、ランドウも魔族に指示を出す。
「魔族もだ。いいな?」
魔族たちはそれぞれ顔を見合わせ、軽く肩をすくめたり、笑ったりして緊張を解いた。
「仕方ねえなあ。まあ、ここまで魔王と人間の仲良しを見せつけられちまうと、喧嘩する気も失せらぁ」
「俺たちも、楽しく喧嘩してえだけだしなあ」
「ギスギスしたいわけじゃねえんだよなー」
周囲の空気が充分緩んだのを見計らい、酔狂伯エンダーリングが両手を広げる。
「よし!! ということで、戦争はやめだ!! だがな~、こんなところまで来て残念、という気分にはさせんぞぉ~~!! ここに集まった者たちは、世紀の披露宴に呼ばれた客だと思え! そして、祝うのだ! かつて結ばれそこなった魔族と人間が、今度こそ結ばれようとしている奇跡を!」
エンダーリングが叫び終えたと思うと、彼の軍隊が武器をしまった。
代わりに取り出したのは、楽器だ。
陽気な音楽が一気にあふれ出して辺りを満たす。
「ふわ……すご……!」
あたしたちもびっくりしたけど、魔法兵団は数段驚いた顔をしていた。
まるで冗談みたいに、エンダーリングの軍隊がサーカス団みたいなエンタメ集団に早変わりしていく。とくに音楽は一流で、正直あたしは鳥肌が立った。
陽気な音楽が渦になってあたしたちを呑みこみ、ぐるぐる、ぐるぐると回り続ける。
「ふん……ふふん、ふふん……ふふーん……!」
鼻歌を歌いつつ、最初に踊り出したのは、陽気な魔族たちだ。
「お、踊りたいわけじゃねえが、まあ、黙って立ってるのもつまらんからな!」
ヒビキをはじめとした人狼族が、そわそわしてステップを踏み始める。
「まあ、そういうことなら、乗るのも一興か」
リエトたち吸血貴族は顔を見合わせ、あくまで優雅に、ひらり、ひらりと踊り出す。
マリカは少しためらっていたけど、結局、村の人間に誘われて、真っ赤な顔で踊り出した。
しまいには、剣竜までが、ふんふんと鼻歌を歌いながら体をゆする。
踊る、踊る、みんなが踊る。
村に、お祭りが戻ってくる。
「なんだろ……夢みたい」
ぼんやりとみんなの踊りを眺めながら、あたしはつぶやく。
あたしがここでやりたかったこと。幻のリア充文化祭。
目の前で起こっていることは、それだ。
幻の文化祭が終わって、幻のダンスパーティーが始まる。
「これは夢ではない。ディアが勝ち取って、俺に与えてくれた、現実だ」
「ランドウ……」
振り向くと、崩れそうな笑みを浮かべているランドウがいた。
彼はさらに何かを言おうとして、黙った。
あたしも何かを言おうとして、黙った。
そして結局、ランドウがすばらしく優雅に一礼した。
「一曲いかがでしょうか、我が奥方」
言い方も、所作も、完璧だった。
あたしは泣きそうになりながら、答える。
「ありがと、ランドウ。あたしの、最愛」
■□■
この日を境に、あたしたちの生活はがらっと変わった。
この、漫画みたいでゲームみたいな世界全体も、ちょっとだけ変わった。
どう変わったかを、一言で説明するのは難しい。
この話を自分たちの子孫に話して聞かせるなら、多分、あたしはこんな風に語る。
昔々、あるところに。
ひとりぼっちの魔王と、悪役令嬢がいました。
二人は出会い、恋をしました。
ただ、それだけでした。
でも、とっても真剣な恋は――ほんの少しだけ、世界を変えたのかもしれません。
これは、とっても小さくて、とっても大きな、ただのおとぎ話です。
お疲れさまでした……!!
これにて完結です。
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やったぜ……!!




