【39】ギャルの本気をなめるなよ
「えっ?」
ランドウが、血まみれの顔であたしを見る。
あたしは、ものすごい早口で言った。
「『えっ?』て。ちょー勝手にあたしの前で死にそーになって、『えっ?』しか言えないとか、なめてるとしか思えん」
あたしは、怒っていた。
猛烈に怒っていた。
セラフィーナに煽られたからっていうわけじゃない。いや、それもないではないけど、主に、ランドウの態度に怒っていた。
滅多にない怒りのパワーに押し流されて、理性は消えた。
あたしは指輪をした自分の手を、高々と掲げる。
「指輪さん、ランドウを無傷状態に戻してくださいっ!!」
指輪からは、戸惑ったような気配が漂う。
『え、と……本当にそれでいいの? 勢いで決めてない?』
「はい。勢いで決めてますけど、何か!?!?」
『あ、はい、うん、戻しとくね!!』
あたしの勢いに押されて、指輪がぱっと光を発する。
次の瞬間、ランドウに槍を刺していた騎士は大いによろけてすっころび、ランドウはちょっと離れたところに無傷でたたずんでいた。
周囲を取り囲んでいた人間たちも、魔族たちも、みんなどよめく。
「どうなってんだ……?」
「今、ものすごい魔力を感じたが……」
どよどよというみんなの声を振り払うように、あたしは言う。
「よし、威力絶大!!」
「今の魔法具、妙に懐かしい魔力を発したが、ひょっとして……?」
リエトも愕然としてあたしを見ていたけれど、今は相手にしている余裕がない。
あたしはぐいぐいとリエトを押しのけ、自分の腰に手を当てる。ランドウを刺していた騎士は、すかさず飛びかかったヒビキに捕らえられ、ランドウはまだ呆気にとられているようだ。
ランドウはさっきまで刺されていたはずの胸の真ん中を見下ろし、騎士を見て、あたしを見て、少しかすれた声で言う。
「……ディア、これは……」
「ランドウは生き返りました。マイ魔法道具で、いっぱつ!」
あたしがはきはきと言うと、ランドウはますますうろたえた。
「俺を生き返らせるような魔法道具? 本当か? 本当なら伝説級のものだ。俺なんかを生き返らせるより、他に使いようが……」
ランドウがそこまで言ったところで、あたしは真っ直ぐに手のひらを前に出す。
「はい、ストップ!!」
「んん……?」
「で、歯を食いしばる!!」
「!?」
ばっちーーーん!!
と、音を立てて、あたしの手のひらがランドウのほっぺに炸裂する。
長身でけっこうがっしりしたランドウは、びくともしなかった。
けど、メンタル的にはかなりびっくりしたんだろう。
驚いた小鳥みたいな感じで、あたしを見つめて固まっている。
「え……?」
「え……じゃありません!! 正座っ!!」
「せ、正座とは……」
「こーやって、こーやって座って、で、あたしを見る!!」
「は、はい」
「いーですか。あなたはあたしと結婚しましたね」
「はい……」
ランドウはおろおろとあたしの言いなりになり、うなだれる。
周囲は「魔王様!?」「ディアネット……!?」ざわめいていたけど、あたしの耳には入らない。ランドウだけを見つめてせっせと言いつのる。
「結婚っていうのは、健やかなときも病めるときも一緒にがんばろ! ってやつなので、ひとりで勝手に死ぬとかありえないです!! しかも『すまない』の一言で片付けよーとするとかサイテーです!! そんなんじゃ片付きません、あたしは!!」
「そ、そうだったのか……」
「はい!! あたしは、マジの恋したらしつこいです!! 世界が滅びても、ランドウが生きてればおっけー!! そーゆー女なの!! てか!! そーゆー女に、ランドウが、したの!!」
力一杯叫ぶと、あたしの目からはぶわっと涙がこぼれだした。
ランドウがあたしを見つめて、愛しいような、嬉しいような、悲しいような顔で目を細める。
「ディア……」
と、ここで、背後から誰かが近づいてくる気配があった。
「――ディアネット。どういう魔法か知らないけれど、ランドウを復活させて勝った気でいるなら大間違い……」
セラフィーナだ、と気付いたのとほとんど同時に振り向いて、あたしは、
ばっちーーーん!!
と、再び音を立て、セラフィーナのほっぺを平手ではたく。
「え……?」
セラフィーナは呆気にとられた顔で、やっぱりほっぺを押さえて固まった。
そんな彼女を指さし、あたしは叫ぶ。
「勝ったとか負けたとか、勝手にやってて!! あたしはやんないから!! あたしはランドウとLOVE&PEACEに生きてられればよしなの!!」
「ば……バカなの!? そんなふうに私をないがしろにして、あなたたちを幸せになんてさせませんわ!! あなたはもっと私を見て、私を気にして、私に好かれるように頑張りなさいよ!!」
「バカでいい!! てか、あたしがバカなのとかとーぜんじゃん!? それなのに散々構ってきて、こんなことまでして、どーーーーーー考えてもセラフィーナ、最初っからあたしのこと、大好きじゃん!!」
あたしが力の限り言い終えると、セラフィーナは思い切り固まった。
「え………………?」
カチコチになったセラフィーナはとりあえず放っておいて、あたしは魔法を使い切った指輪をした指を、思いっきり高く掲げる。
「魔族のみんなも、人間のみんなも、聞いて!! 今、ランドウを蘇らせた奇跡は、この指輪が起こしたものです!! これは、聖女メリーベルの指輪。一度は魔王軍を下し、停戦を実現した、平和の聖女のもの!!」
あたしの叫びを聞くと、周囲の人々にざわめきが生まれた。
魔族だって人間だって、伝説の勇者一行のことはよく知っている。
だけどなぜか、冒険のその後のことは、よく知らない。あたしだってそうだった。
でも、今ならわかる。
大事なことを、みんなに知らせよう。
「聖女は指輪の魔力で停戦を実現して、そのあとか、前か、わかんないけど、魔王とフォーーーーリンLOVE!! しました!!」
『え、ちょ、今、その話する!?』
指輪に残ったメリーベルの魂は叫ぶけど、あたしは続ける。
「その愛の結晶が、ランドウです!!」
周囲のざわめきが、どよどよに変わる。
「マジか!? 子供いたんだ!?」
「ってか、半分人間であの魔力、ヤバくないか!?」
「え、でも、マリーベルって生涯独身だったんじゃ……」
皆の視線を受けて、正座したままのランドウはびくりとしたが、やがて、しっかりと胸を張った。お母さんのことを恥じてるわけじゃないって、みんなに伝えようとしているのかもしれない。
やっぱり、ランドウはいい男。
あたしは嬉しくなりながら、言う。
「マリーベルは、先代魔王を愛していたと思います。でも、色んな事情で、人間界に帰ってきて、独身ってことで亡くなりました。多分、周りからの圧とかあったと思う」
このあたりはあたしの推測だけど、ほぼほぼみんなもわかってることだ。
魔王との結婚なんて、あたしみたいな崖っぷちでもなければ、難しい。
特に、英雄扱いの聖女にとっては。
「……こんな凄い指輪を持ってたんだから、マリーベルは自分の愛を押し通して、ランドウと一緒にいることもできたんだと思う。でも、しませんでした。できませんでした。多分、政治とか色々がわかる、かしこだったので」
そこまで言って、あたしはぐいっと顔を上げる。
「でも、あたしは違います!! あたしはマリーベルの血を引く公爵令嬢で、元ギャル!! バカだから、ランドウとの恋で、指輪の力を使い切りました。マリーベルの恋は悲しく終わったけど……自分の恋は、成就させて見せます!!」
空に指輪を突き上げたままの宣言に、周囲はますますどよめいた。
なんだか感心してくれてるみたいだけど、割とバカな主張だからね、これ。
自分でちょっと面白くなってしまって、あたしは、ふふ、と笑う。
ランドウがゆるりと立ち上がって、あたしに声をかけてくれる。
「ディア。おいで」
あたしはすぐに彼に歩み寄り、その腕に収まった。
「ランドウ……ごめんね」
ランドウはあたしを優しく、しっかり、抱きしめて、耳元に囁いてくれる。
「謝ることは何もない。間違っていたのは、俺だ。……逃げなければ、生きていれば、あとのことは、きっとどうにかなる」
「ほんと……?」
一番聞きたかったセリフに、あたしは顔を輝かせてランドウを見上げた。
ランドウはあたしを見て、とってもきれいに笑っている。
その顔は昔みたいに落ち着いて見えたけど、でも、存在感はものすごく、ある気がした。
そこへ、上方から声がかかる。
「――そうだとも。なんとか、しよう」




