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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第七章 銀河の揺りかご、あるいは神々の工房

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第六話:困惑の使者と見えざる笑顔


ディープ・エコーの乗る旗艦のメインコンソールに突如として現れた、ルナ・サクヤからのデータパッケージ。その中身を読み解こうとするディープ・エコーと、彼に随伴する神柱たちの間に、たちまち奇妙で滑稽な混乱が広がった。


「な、なんだこれは……!? 映像は地球の『ファンタジーゾーン』!? このような……幼稚園の遠足記録のような映像を? 何を企んでいる!」

ディープ・エコーの声は、困惑と、苛立ちに満ちていた。何をしたいのか、またどういう意味があるのか、理解不能な情報だった。ホログラムには、地球の荒れた大地に作られた「ファンタジーゾーン」で、棍棒を振り回す緑色のゴブリンと、それを相手に奮闘する、奇妙な武器を構えた人間たちの姿が映し出されている。そこまでは、まだそういうものだとして理解できた。


だが、問題は、その映像の端に映し出される白金の球体シロが、地球の子供たち(小野寺さくちゃん)と遊んでいる光景。そして、その背景から、かすかに聞こえる、呻きにも似た、しかし確かに「月の女神」の声だった。

「艦長! この音声データ、解析不能です! 『神聖文字』とも『異次元言語』とも異なる……しかし、我々の精神に直接干渉するような、奇妙な『ノイズ』が混じっています! 聞いていると、なぜか胸がざわつき、顔が熱くなるような錯覚を覚えます! 精神的防御フィールドが、わずかに揺らぐのを感じます!」

神柱の一人が、青白い顔で報告する。そのノイズは、彼らの精神に微細な、しかし確実に「バグ」のような奇妙な感覚を引き起こしていた。

別の神柱が叫んだ。「この映像、我々の星系の技術では作成不能と思われます! 空間を捻じ曲げて、リアルタイムで投影しているような記録...いや、でもそのような感じで記録られています!」

その言葉に、艦橋がざわめく。彼らは、異銀河の未知の力に、畏怖を抱き始めていた。同時に、この「月の女神」が、彼らがこれまで出会ったいかなる神とも異なる、「変人」ではないかとの認識が、急速に広がりつつあった。


そして、最後に隠されたように表示された、「世界一美味しい抹茶ケーキのレシピ」と、どこか子供じみたメッセージだった。

「ご褒美は、ちゃんと待っていれば来るものよ……? な、なんだというのだ、これは! 嘲弄か!? 侮辱か!? まさか、我々にケーキを焼かせようとでもいうのか!? この私に!?」

ディープ・エコーは、理解できなかった。もともと彼は、純粋なエネルギーの捕食者であり、狡猾な策謀家である彼にとって、目の前のデータは、あまりにも「人間的」で「意味不明」すぎた。彼の知る「神」とは、力強く、威厳があり、そして何よりも理路整然としたものだった。こんな不可解な意味があるのかないのか判らない行動を取る「神」は、彼の理解の範囲には存在していない。


(……くそっ! やはり、月の女神、わけわからん! その力も、その思考も、私の理解の範疇に無い……! こんな、まるで意味不明な「挨拶」を送りつけてくるとは……! しかし、それでもこれは、我々の存在を感知している証拠……!)

彼は、ルナ・サクヤの力を再認識し、言いようのない恐怖に襲われた。このデータパッケージは、訳の分からない心理的なダメージを大きく受けたと言わざるを得ない。ほぼ全ての神々から戦意を奪ってしまったのだから。ある意味、物理的な攻撃を受けた方がましだったと言える。

ディープ・エコーにも、理解できないものに対する戦慄が心の底に植え付けられた。


(だが、この不可解な情報を、上層部にどう報告すればいいのだ……!? 「月の女神は、ゴブリンと戦う地球の人間を監視しており、その声には奇妙なノイズが混じり、我々が抹茶ケーキを焼く日を待っている」と言えば、正気を疑われるだろう……! 冗談じゃない!)

ディープ・エコーは、艦橋のコンソールに映し出される、地球の子供たちの映像を睨みつけた。その映像の端には、シロと、そして背景に「月の女神」のうめき声が、不気味に響いていた。それは、彼の脳裏に深く焼き付き、彼の心を苛み始めていた。

「ちくしょう……! 何が目的だ、月の女神め……! 何がしたいのだ!?」

彼には、それがルナ・サクヤの「遊び」でしかないことなど、知る由もなかった。


その頃、ディープ・エコー率いる三隻の次元哨戒艇も、奇妙でコミカルな現象に包まれていた。


第一艦では、偵察任務に就いていた神柱たちが、突如として不可解な「幻影」に襲われていた。彼らの目の前に、故郷の星系では見たこともないような、色とりどりの花畑が広がり、そこに無数の「ひだまり」のような光の玉が、楽しそうに舞い踊っている。その光景は、彼らの戦士としての心を癒すかのように穏やかで、しかし同時に、任務を忘れてしまいそうなほど、奇妙な安らぎを誘った。

「艦長! センサーに異常な反応! 空間が…空間そのものが『歌っている』かのように感じられます! しかも、なぜか童謡のような、牧歌的な旋律が……! ...私はここに何をしに来たのだ...?」

「馬鹿な! そんなことが、あり得るのか!? 何かの幻覚か、あるいは、敵の精神攻撃か!?」

艦長は、慌てて乗組員に精神防御フィールドの強化を命じたが、現象は止まらない。その光の絵は、彼らの心に、形容しがたい美しさと、同時に畏怖の念を抱かせた。その「お花畑の香り」は、彼らの心に混乱と、得体の知れない安らぎを植え付け、偵察の意識を曖昧にさせていく。


第二艦では、航行システムが、突如として奇妙な「ルート」を提示し始めた。それは、これまで安全だと判断されていた、銀河の辺境の星間物質が密集する宙域を避け、まるで遊覧船のように、のんびりと星間空間を「遊泳」するように誘導しようとするものだった。

「艦長! 自動航行システムが、勝手にルートを変更しています! 強制停止させても、すぐに再起動してしまいます! しかも、そのルートが、なぜか花畑を通り過ぎるように、ゆったりとしたカーブを描いていて……! 我々の目的宙域とは真逆の方向へ向かっています!」

「何だと!? ハッキングか!? いや……まるで、艦そのものが意思を持っているかのようだ! これでは、ドン・ヴォルガ様にご報告する偵察情報が、全く得られないではないか!」

彼らは、その不可解な現象に抗う術を持たず、艦隊の進路は、ルナ・サクヤが指定した「観測エリア」へと、確実に誘導されていく。彼らの艦は、まるで遊覧船のように、のんびりと星間空間を進んでいく。


第三艦では、神柱たちが、各々の役割を全うしようと奮闘していた。彼らは、ルロム・メジャー星系の偵察任務を遂行し、エネルギー資源の探査と、月の女神の活動痕跡の捜索を行っていた。

「報告! この星系には、かつて『亜』が根を張っていた痕跡が確認できます! しかし、その全てが、まるで摘出されたかのように、完全に浄化されています! しかも、その空間から、微かに『焼き立てのパンと甘い蜜の香り』がします!?」

「この規模の侵食を、ここまで完璧に一掃できる存在が、この銀河にいるというのか……!?」

彼らは、その驚異的な浄化能力に、戦慄を覚えた。その「掃除」の痕跡からは、圧倒的な力と、しかし同時に、どこか個人的な「執念」のようなものが感じられ、不気味さを増していた。彼らは、ルナ・サクヤの力が、彼らの想像を遥かに超えていることを、否応なく理解させられた。その「甘い香り」は、彼らの心に、不気味な混乱と、得体の知れない恐怖を植え付けた。


突如として、ディープ・エコーの旗艦を含む三隻の哨戒艇の周囲の空間が、虹色の光を放ちながら、大きく『軋み』始めた。目に見えない巨大な手が、艦隊ごと宇宙空間を『丸めて』いるかのようだ。

「な、なんだ!? 空間が収縮している!? ワームホールだ! ワームホールが、勝手に開き始めたぞ!?」

神柱たちの悲鳴が響く中、艦隊のメインコンソールに、新たなメッセージが、まるで嘲笑うかのように、大きく、そして鮮明に投影された。


『あなた達では、話になりません。さっさと上を連れてきてくださいね』


そのメッセージは、理解不能な地球の言語でありながら、その冷徹な意志は、ディープ・エコーの魂に直接響き渡った。

「くそっ、この屈辱……! 私を! このディープ・エコーを、こんな無下に扱うとは……! 」

彼は、その怒りと屈辱に打ち震えながらも、同時に、この理解不能な強大な相手に、今の自分たちでは太刀打ちできないことを痛感させられた。抵抗する間も与えられず、ディープ・エコーの艦隊は、開かれたワームホールへと、まるでゴミのように吸い込まれていった。


「全艦に告ぐ! 偵察続行不能! 強制的に、異銀河へ帰還させられる! この月の女神の情報と、その力について、一刻も早く上層部に報告せねばならん!」

ディープ・エコーは、そう叫んだ。彼の声には、恐怖と混乱、そして何よりも、この「屈辱」を、親玉に報告せざるを得ないという、絶望的な感情が滲んでいた。

ワームホールが閉じる直前、ディープ・エコーの旗艦のメインコンソールには、先ほど見た地球の子供たちの映像が、最後に一瞬だけ、大きく映し出された。その横には、変わらずシロが子供と遊び、ルナ・サクヤの「悶絶するような声」が奇妙なノイズとして響いている。

「う、うあああああああああ!」

ディープ・エコーの、悲鳴にも似た叫びが、ワームホールの向こうへと消え去った。


【月詠朔:神域(旧六畳間)】


ルナ・サクヤは、神域のメインコンソールに映し出される、ディープ・エコーの艦橋のライブ映像を、満足げに眺めていた。彼の混乱ぶり、恐怖、そして何とか情報を解釈しようと苦慮する姿が、手に取るように分かる。

「……ふふん。なかなか面白い反応ね。ディープ・エコー。私の『歓迎』の真意、少しは理解できたのかしら?」

彼女の口元に、楽しげな、しかしどこか冷徹な笑みが浮かんだ。

傍らでその様子を観測していたシロ(システム)が、冷静に報告する。

『ルナ・サクヤ。対象:ディープ・エコーの精神的混乱度は、想定値を200%上回っています。彼らは、貴殿の能力と意図について、まったく理解できなかったと推測されます。貴殿の戦略は、極めて高い成功を収めたと評価されます』

「ふふん、当然でしょ。この銀河で好き勝手できると思ったら大間違いよ。」

ルナ・サクヤは、くすくすと笑った。


「さて、シロ。次は、異銀河の勢力の上層部が、この『挨拶』をどう受け止めるか、観測態勢を強化して。彼らの思考パターンを推測し、最適な『次の一手』を打つためのデータが必要だわ」

『了解しました、ルナ・サクヤ。異銀河勢力の動向に関する監視を強化します。……しかし、ルナ・サクヤ。貴殿のその「お遊び心」が、今後の宇宙の勢力図に、予測不能な影響を与える可能性を無視できません。』

「あら、それこそが、この『ゲーム』の醍醐味じゃない? 予測不能だからこそ、面白いんでしょ? ほら、シロも、もっと素直に楽しめばいいのに」

ルナ・サクヤは、そう言って、どこか遠い宇宙の彼方に視線を向けた。

彼女の「神のチェスボード」は、今、異銀河の駒を迎え入れ、より複雑で、よりスリリングな局面へと突入しようとしていた。

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