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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
【side story】深淵からの使者、あるいは厄介な火種

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第一話:流れ着いた異郷の星(ギャラクシー・ギルドニア)


虚無の裂け目――「ディメンション・ワームホール」が、不安定な揺らぎの果てに霧散すると、ディープ・エコー(ディープ・エコー)は名も知らぬ星系の重力に捕らえられ、荒涼とした岩石惑星の地表へと叩きつけられた。全身を打つ衝撃と、エネルギーの枯渇による虚脱感が、その存在を希薄な影のように震わせる。故郷の天の川銀河を支配していた、あの忌まわしき「月の女神」――ルナ・サクヤの追撃を振り切るため、彼は存在の全てを賭けてこの禁断の次元跳躍を敢行したのだ。しかし、その代償はあまりにも大きかった。


(……ここまでか…? このまま、名もなき宇宙の塵と消えるのか…? いや…まだだ…私は…私はまだ、終われない…!)


ディープ・エコーは、朦朧とする意識の中で、生存への執着を燃え上がらせる。彼は、かつて「侵食因子(コードネーム:亜)」の残渣から、自らの意志と異能で「神の位階」へと昇り詰めた存在。その誇りと野望が、彼を再び立ち上がらせようとしていた。


その時、惑星の上空から、二つの強大なエネルギー反応が急速に接近してくるのを感知した。反射的に身を隠そうとするが、今の彼には、もはやその余力すら残されていない。


やがて、二柱の神影が、ディープ・エコーの眼前に音もなく降り立った。一柱は、燃えるような赤いたてがみを持ち、その巨躯には、まるで星々を砕いて鍛え上げたかのような武具を纏っている。もう一柱は、より細身で、蒼白い肌に冷徹な光を宿した瞳を持ち、その手には、空間そのものを切り裂きそうな鋭利な刃が握られていた。彼らは、このギャラクシー・ギルドニアの辺境宙域を縄張りとする、銀河規模の武力組織「ギャラクティック・アウトローズ・ユニオン」に所属する中堅クラスの神々――斥候任務についていた若衆、炎神アグニスと氷刃のグラキエスだった。


「ほう、見慣れぬやからだな。どこの星系の流れ者か知らぬが、この宙域は我らギャラクティック・アウトローズ・ユニオンの支配下にある。貴様、何の目的で我らの庭に踏み込んだ?」

炎神アグニスが、その赤い瞳を細め、威圧するようにディープ・エコーを見下ろした。その声は、地底から響くマグマの奔流のように重く、周囲の大気を震わせる。


氷刃のグラキエスは、無言のまま、その鋭利な刃の切っ先をディープ・エコーの喉元へと向けた。その瞳には、獲物を見定める狩人のような、冷酷な光が宿っている。

「…随分と消耗しているようだな。我らに刃向かう気力も残ってはおるまい。身の程をわきまえ、正直に申せ。さすれば、あるいは、一片の慈悲をくれてやらぬでもない」

その声は、絶対零度の氷のように冷たく、ディープ・エコーの希薄な存在をさらに凍てつかせた。


ディープ・エコーは、瞬時に彼我の力量差を悟った。今の自分では、この二柱の神に抵抗することなど、到底不可能。しかし、彼の内なる狡猾さと生存本能は、即座に最善の選択肢を弾き出す。

(…強い…! だが、こいつら程度なら、いずれ…! 今は、生き残ることが最優先だ。そのためなら、どんな屈辱にも耐えてみせる…!)


ディープ・エコーは、その痩せこけた体に鞭打ち、ゆっくりとこうべを垂れた。その声は、弱々しく、しかし必死の懇願を込めて震えていた。

「も、申し上げます…! わたくしめは、遥か彼方の天の川銀河より参りました、ディープ・エコーと申す者…故郷の銀河にて、あまりにも強大で、あまりにも理不尽な力を持つ『月の女神』に全てを奪われ、命からがらこの地へと逃げ延びて参った次第にございます…! どうか、この哀れな流れ者に、一片の情けを…! この星系の片隅で、静かに息を潜めることをお許しいただけないでしょうか…!」

その言葉は、絶望と恐怖に彩られ、聞く者の同情を誘うかのように巧みに計算されていた。しかし、その卑屈な態度の裏で、ディープ・エコーの思考は冷徹に回転していた。

(まずは情報を集めねば…このギャラクシー・ギルドニアという銀河の勢力図、そして、こいつらが所属するというギャラクティック・アウトローズ・ユニオンの力…そして何よりも、この星系に存在するエネルギー源…! 機会を伺い、力を蓄え、いずれはこの者どもを出し抜き、この銀河で新たな地盤を築いてみせる…! あの月の女神への復讐の、第一歩として…!)


炎神アグニスと氷刃のグラキエスは、ディープ・エコーの卑屈な言葉と、その瞳の奥に隠された僅かな野心の光を、それぞれ異なる角度から見極めようとしていた。

アグニスは、ディープ・エコーが語る「月の女神」と「未開の銀河」という言葉に、純粋な興味を惹かれた。

「ほう…『月の女神』か。そして、まだ我らギャラクティック・アウトローズ・ユニオンの息のかかっておらぬ銀河とな。それは、なかなか興味深い話ではないか、グラキエス」

アグニスが、面白そうに隣の氷刃の神へと声をかける。

グラキエスは、依然として表情を変えることなく、しかし、その視線はディープ・エコーの魂の奥底まで見透かすかのように鋭かった。

「…確かに、この者の語ること、全てが真実とは限らぬ。しかし、この弱りきった様は、演技とも思えぬな。そして、もしその『天の川銀河』とやらが、本当に未だ我らの手の及ばぬ場所なのであれば…それは、ドン・ヴォルガ様にご報告申し上げる価値があるやもしれぬ」


二柱の神は、しばし視線を交わした後、再びディープ・エコーへと向き直った。

「ディープ・エコーとやら。貴様の命、今は預けておこう。だが、その代わり、その天の川銀河と、忌々しい『月の女神』について、我らに詳しく話を聞かせてもらおうか。場所を変えるぞ。ついてこい」

アグニスの言葉は、もはや問いかけではなく、決定だった。

ディープ・エコーは、内心で舌打ちしつつも、表面上は安堵の表情を浮かべ、深々と頭を下げた。

「は、はい! ありがたき幸せにございます…! このディープ・エコー、知る限りの全てを、お話しさせていただきます…!」


こうして、深淵からの逃亡者ディープ・エコーは、新たな銀河で、新たな神々と遭遇した。

それは、彼にとって屈辱的な再起の始まりであり、そして、ギャラクシー・ギルドニアの神々にとっては、未知なる銀河への侵略の、最初のきっかけとなるのかもしれない。

運命の歯車は、二つの銀河を巻き込みながら、静かに、しかし確実に回り始めていた。


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