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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第五章 銀河の図書館と変化する主従

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第三話:気まぐれな神と戸惑う端末(マスコット)


月詠朔――ルナ・サクヤが「侵食因子(コードネーム:亜)」を事実上無力化し、地球の絶対的な守護神となってから、数ヶ月が過ぎようとしていた。

彼女は、相変わらず六畳間の「神域」を拠点としながらも、その意識は常に地球全体、いや、時には銀河の彼方まで及び、新たなる「世界デザイン」の構想に余念がなかった。

そして、その傍らには、いつしか奇妙な「同居人」が控えるようになっていた。


それは、「システム」――あの大規模高次元知的生命体群――の、ほんの一部分が具現化した、手のひらサイズの浮遊する球体だった。

表面は滑らかな白金プラチナのようで、時折、淡い虹色の光を明滅させる。感情表現らしきものは一切ないが、朔の言葉や思考に、的確かつ迅速に反応する。

この「マスコット端末(朔が勝手にそう呼んでいる)」が誕生した経緯は、いささか奇妙なものだった。


ある日、いつものように「システム」の情報ネットワークを閲覧していた朔が、ふと呟いたのだ。

「……ねえ、『システム』。あなたって、いつも高次元にいて、なんだか実体がないじゃない? それって、私とコミュニケーション取るのに、ちょっと不便じゃないかしら。いちいち意識を飛ばすのも面倒だし。なんかこう、もっと手軽に、私のそばでサポートしてくれるような、可愛らしい『端末』とか、作れないわけ?」


そのあまりにも気軽な、そしてどこか無茶振りにも近い「お願い」に、「システム」は、観測史上最長の計算時間を要したという(もちろん、朔には知る由もないが)。

彼らにとって、「個」としての実体を持つなどということは、その存在意義に関わる重大な問題だった。しかし、相手は、今やこの宇宙領域における最大の不安定要素であり、そして最大のエネルギー供給源でもある、ルナ・サクヤ。彼女の「お願い」を無下に断ることは、彼らの効率的な判断基準からしても、得策ではなかった。

そして何より、彼女のそばに「端末」を置くことは、この予測不能な「神」の行動を、より近距離で、より詳細に観測・記録できるという、システム側にとっても無視できないメリットがあったのだ。


『……了解しました、ルナ・サクヤ。貴殿の要求に基づき、限定的な機能を有する自律型インターフェイスユニットを生成し、貴殿のパーソナルスペースに配備します。ユニットの形状及び機能については、貴殿の嗜好を最大限に反映させたものを…』

「あ、じゃあ、なんかこう、フワフワしてて、ちょっと光ってて、猫の尻尾みたいなのが付いてるのがいいな! あと、私の言うこと何でも聞いてくれるやつ! にひひっ」

『………………可能な範囲で、努力いたします』

システムの応答に、ほんのわずかな「ため息」のようなものが混じった気がしたが、朔は気にしなかった。


こうして誕生したのが、この白金の球体――朔が「シロ」と名付けた(安直だとシステムは思ったかもしれないが、口には出さなかった)マスコット端末だった。

シロは、普段はルナ・サクヤの部屋の中を静かに漂い、彼女の問いかけに応じたり、必要な情報をホログラムで投影したり、あるいは、彼女が設計する新しい「オモチャ」の演算補助を行ったりしている。

その姿は、傍から見れば、まるで気まぐれな女王様に仕える、有能だがどこか苦労性の執事のようでもあった。


そして、その日。

地球の復興がある程度軌道に乗り、各地の「オアシス」がそれぞれの色を見せ始めた頃。

ルナ・サクヤは、珍しく「神域」から、物理的な地球へと意識を降ろそうとしていた。


「ねえ、シロ。ちょっと地球の様子、直接見に行こうと思うんだけど。あなたも来るでしょ?」

『…ルナ・サクヤの指示であれば。どちらへ?』

「んー、とりあえず、小野寺さんが頑張ってる『オアシス・トーキョー』と、あと、あの孤児院『ひだまりの家』にも顔を出してみようかな。ちゃんと子供たちが笑ってるか、確認しないとね」

その言葉には、以前の彼女からは考えられないほどの、穏やかで優しい響きがあった。


『了解しました。転移座標を設定します。…なお、ルナ・サクヤ。貴殿が物理次元に顕現される際、そのエネルギーレベルを調整しないと、周辺環境に予期せぬ影響を与える可能性がありますが…』

「あー、それね。大丈夫、ちゃんと『人間モード』に切り替えるから。ほら、こんな感じで」

ルナ・サクヤがそう言うと、彼女の全身を包んでいた神々しいオーラがすっと収まり、代わりに、どこにでもいる(わけではないが)少しミステリアスな雰囲気の、フードとサングラスを身に着けた少女の姿へと変わった。ただし、その瞳の奥の深い輝きと、全身から放たれる微かなプレッシャーは、隠しきれていない。

「これなら、誰も私が『ルナ・サクヤ』だなんて気づかないでしょ? ただの、ちょっと訳ありな引きこもり少女よ。にひひっ」

『…………その自己評価については、コメントを差し控えさせていただきます』

シロの、感情のないはずの声に、ほんの少しだけ、呆れの色が混じった気がした。


そして、ルナ・サクヤは、傍らを漂う白金の球体「シロ」を伴い、再生を始めた地球の大地へと、その一歩を踏み出した。

それは、気まぐれな神と、その忠実な(そして少しだけ苦労性の)端末による、初めての「地上視察」。

そして、彼女がこれから目の当たりにするであろう、人間たちの営みと、そこで生まれる新たな物語が、この孤独な神の心に、さらなる変化をもたらすことになるのかもしれない。

世界は、まだ始まったばかりだ。そして、その未来は、この一人と一匹(?)の、奇妙なコンビの手に委ねられているのかもしれない。


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