光芒剣と聖王(後)
「……蘇ろうと……復活しようというのですか。光芒剣の力を使って」
聖王は、ただふわりと嬉しそうに微笑んだ。
その無垢で純粋な美しい微笑が、何よりも雄弁に私たちに物語る。
彼女は、本気だと。
そう悟った刹那、これまで凍り付いていた私の感覚が瞬時に爆発した。
「あなたは……聖王、あなたはもう亡くなっているのですよ! すでに伝説の、お伽話の中にいるお方なのです! アンジェを殺してまで、今更蘇って何を為されようというのです! 亡くなられた方はそのまま伝承の中で安らかにお眠りになっているべきです!」
激昂した私の口調が荒々しく花園の美しい空気を乱し、小鳥たちが驚いたように羽ばたいた。
「何を、というと、一口には難しいのですけれど」
対して聖王の態度はあくまでも静謐で温厚だ。
「……私はこの塔の中にあって、あまり大きく動きまわることは難しいのですが、それでも人々の動向を感じ取ることはできます。……ですから、わかるのですよ。この塔に挑む登攀者の皆さんの会話や呟きなどから。今のこの世界は、私がいた時に比べても、あまりうまくまとまってはいませんね。秀でた指導者に欠けているのか、大きな戦争こそ起きてはいないものの、その裏側で暗闘や、国家内でも勢力争いがあるようです。そして」
聖王はいったん言葉を切り、微かに首を回して視線を一人に向けた。
──ラフィーネさんに。
その眼差しの意味がつかめず、ラフィーネさんは驚いたように身じろぎする。
「そして……世界の『淀み』があります。今現在、聖殿は『淀み』を浄化するために、かなり無理のある方法を取っていますね?」
喘ぎ、呻く。
ラフィーネさんが。
その言葉は、ラフィーネさんの胸中に突き刺さってずっと抜けずにいた刺だった。
『黒の聖務官』として、自分の愛する姉が為している所業のこと。
『秘法』をエサにして、強制的に『淀み』を実体化させ、浄化するという手法のことだ。
そのやり方はラフィーネさんの信じる聖殿の正義とは異なり、けれど世界のためにはやむを得ない方法でもある二律背反。
それを今、聖王は口にしたのだ。
「『淀み』を実体化させる方法について記された『第七の書』は、もともと私が書き述べたものです。と言っても、私自身が見出したのではなく、この塔の中で発見した方法ですけれどね。……要は、一定の儀式に強い強い想いを乗せてそれを依代にし、『淀み』を引きずり出すというだけのこと。ですが、何も誰かを犠牲にせずとも、それができる方法があります」
聖王は唖然としている私たちを見回して、自分の胸に手を当てた。
「それは、この私に対する信仰です。──ふふ、自分で言うのも面映ゆいのですけれど、私に対しての人々の想いは、今や信仰と言ってもいいくらいのものでしょう? ですから、それを糧として儀式を行えばいいのです。具体的には私が人々の前に立って呼びかけるのです──私のために祈ってください、そして世界を糺しましょうと。一人一人の思念では力が足りずとも、それが何万何十万と集まれば扉を開くことは出来ましょう。こうすればもう、誰も危険を犯さずに『淀み』を呼び出し、倒すことができますよ」
口を開くことができない私たちの間を、聖王は優雅な足取りでゆっくりと通り抜け、そしてくるりと身を翻して可憐に手を広げた。朗らかな笑顔で。
「それとね、もうひとつ。単純に、私は私の生きたこの世界が好きなのです。好きだから、帰りたいなって、そう思ってもいるのです。青い空も白い雲も、草原も大河も、太陽も風雪も。みんなみんな、私は愛しています。だから、帰りたい。……以上が、理由のすべてですわ」
私は混乱の中で必死に考えを纏めようとした。
聖王が蘇り、塔の外に出れば、すべてが上手くいくと彼女は言っている。
国々を纏め、権力闘争をなくし、あまつさえ世界の淀みに対してさえ有効な手を打てる。
死者が蘇るという異常事態に対してさえ、聖者の奇跡として熱狂的な尊崇の根拠になってしまう可能性は高い。他の誰でもない、彼女は聖王なのだから。
そして──純粋に、一人の人間としての、願い。
世界が好きだから、戻りたい。
そのあまりにもシンプルな一言は、自分の世界を捨ててきた私を鈍く重く、抉った。
けれど。
どこか、なにか、意識の底に引っかかるものがある。彼女のその言葉に覚える違和感は何だ。
……いや、そんなことよりも。
私は頭を振って意識を集中させた。
今の眼前の問題はただ一つ。
聖王は自らの復活と引き換えにアンジェの命を奪うと言っている、そのことだけだ。
「──聖王、陛下」
私は震え出しそうになる拳を何とか鎮めようと努力しながら、無理やりに言葉を絞り出した。
「聖王陛下。……それは、今でなければいけませんか? あと何十年か経って、アンジェが平穏に寿命を迎えた時に光芒剣をお返しする……それでは駄目なのでしょうか」
「何十年も経って老い果て、死の間際のアンジェリカがこの99階層までやってこられるのですか? ……ふふ、それは無理でしょう。それ以前に、もしアンジェリカに子が産まれれば、光芒剣はその子に引き継がれてしまうのですよ。──私は長い間待ちました。光芒剣を持つ私の子孫がここまでたどり着いてくれるという、稀有とさえも言えない低い可能性をただひたすら。そして、ようやく今、この機会が来たのです。これ以上待つ気はありません」
そう、か。
ならば、もう、無理だ。
これ以上の言葉はもう、意味がない。
私は大きく息を吸うと、血走っていると自覚できる目を聖王へ向けた。
「……聖王。あなたが愛しているという、その世界の中にアンジェはいるのよ。都合よくアンジェを犠牲にしようとしている時点であなたの器も底が知れるわ」
「犠牲? 犠牲とは、死を否定的な価値観からしか見ていない考えではありませんか? あなた自身が先ほどおっしゃいましたよ、ラツキ。死は安らかな眠りだと。そこには死を肯定的に見る考えが含まれているのではありませんか? 場合によって死の概念を使い分けているあなたの言葉は『都合よく』はないのですか?」
「そうかもね」
私は素直に認め、口角を上げた。
「……つまり、私とあなたは、お互いに都合のいいことを言っている者同士。ならばもう、話をするまでもないということよ」
私は僅かに歩を進めると静かに腰を落とした。
そっと腰に手を伸ばし、双剣の柄に触れる。
陽炎と不知火の、その冷たさと重さが私に伝えてきていた。今私が向き合おうとしている現実の深刻さを。
──私は今、聖王を相手に剣を抜き合わせようとしているのだ。
神話に。伝説に。その名の通り、聖なるものに。
「……私に剣を向けますか、ラツキ? なるほど。でも、あなたのお仲間たちはどうでしょうね」
聖王は美しい笑みを崩さないまま、黄金の髪を微風になぶらせた。
そう。もちろん、わかっている。
それこそが、この相手に対する最も恐ろしい点だということは。
私が聖王を相手に剣を抜くとして──みんなはどうするのか。
この世界で生まれ育ち生きてきたみんなにとって、聖王の存在は、他に例えることもできず代替することもできない、絶対不可侵にして唯一無二の神聖なる表象だ。
その聖王に、みんなは戦う意思を向けることができるのか。
いや、一緒に戦ってくれないかもしれない、力を貸してくれないかもしれない、……ということだけなら、まだマシだとさえ、言えてしまう。
最悪なのは、そしてそんなことなどあり得ないと否定することもできないのは。
──みんなが私の敵になるという可能性だ。
敬虔な地龍族の出身であるテュロンも。もともと献納奴隷となるべく育てられてきたメイアも。当然、聖職者、聖務官であるラフィーネさんも。
それぞれ、聖王に対しては格別な強い信仰を抱いているだろう。
飄々としたキュリエナでさえ、聖王に対して茶化すような言動を見聞きしたことはない。
そしてもちろん、アンジェも。
彼女が聖王に対して強い敬意を抱いているということは、これまでにも何度も言葉や態度の端々からうかがえている。祖先だからと言うだけではなく、純粋に偉人として。
私が守ろうとしているアンジェが……彼女自身が、私の敵に、なってしまうのかもしれない……。
ちらりと、脳裏によぎる。
アンジェがずっと気にしていた、幻影。
──アンジェが私を殺すという幻影。
それはまさか、今、この場でのことなのか。私の敵になって。
眼前の聖王にまっすぐ視線を向けたまま、私は全身に神経を集中させ、周囲を伺った。
考えたくはない、考えたくはないけど。
でも、もしかしたら。
もしかしたら、……みんなのうちの誰かが。あるいは……全員が。
──私の背中に刃を立てるかもしれないと。そんなことをほんの少しでも想像することさえ、悪夢以上の何かだけれど。それでも、考えずにはいられなかった。
恐怖と戦慄がぎりぎりと音を立てて私の心臓に爪を立てる。
いや、哀しみと孤独、と言う方が正しいかもしれない。
体内を茨が締め付けるような苦悶を、私は感じていた。
だがそれでも、私に、聖王の言いなりになるという選択肢はなかった。
聖王は私からアンジェを奪うと言っているのだから。
誰であろうと、もう二度と、私から愛する者を奪わせはしない。
魂の奥底に刻まれた、よく知っているあの痛みを、再び味わうなんてことは。
──璃梨に続いてアンジェまでも失うなどということは、させるものか。
小さな音が響いた。
足音。
……私の背後から。
みんなのうち、誰の足音? そして、何のために? 私を助けるため? それとも……それとも。
張り詰めた全身の感覚が脳裏に警報を鳴らす。
そっと響いた震える声が、その足音の主の名を明かした。
「やめて……ください」
か細く可憐な、その声の主は、メイアだった。
やめて、というその制止は、誰に向けてのものなのか。
振り返ることができない私の背中で、メイアは、泣きそうな声で、呟くように、それでもはっきりと、言った。
「やめてください……聖王さま」
私は思わず息を飲む。
メイア。あなたは……。
「やめてください、聖王さま。僕たちから、アンジェ姉さまを取らないでください」
眼前の聖王は、面白そうに視線を巡らせた。その眼差しの先に、メイアがいる。
声だけでも、わかる、全身を震えさせ、顔色を蒼白にして、けれどしっかりと聖王の視線を受け止めているメイアの姿が。
「──それがあなたの意思ですか、メイア? 私よりもそちらのアンジェの方に生きて欲しいと? でもね、まだ子供であるあなたにはわかりづらいかもしれませんが、私が復活することによって……」
「はい、僕は子供です。……その子供から、家族を奪うようなことを、聖王さまがなさらないでください! 大事な家族を、大事な姉さまをです! そして……大事なご主人さまを!」
明確な声が、涙に詰まりながらも、メイアの強い感情を示していた。
……ああ。
私は、瞼の奥が熱くなっていく感覚を覚えた。
一瞬前の絶望的な孤独感は、春先の雪のように淡く消えていた。
そして、メイアの声に続き、もう一つの足音がゆっくりと前に進み出る。
「我が輝き煌めく知性の導きにおきまして、聖王陛下に懼れながら言上申し上げますわ。──私は私の脚で歩んでまいりとうございます。私たちは、幼児のように、どなたかに手を引いていただかなければ未来へ進めぬわけではございませんわ、たとえ陛下が偉大な先達でいらっしゃるとしましても」
「……ふふ、その気概はあなたらしいですね、テュロン。私は塔の中からあなた方のことをずっと見ていましたから、あなた方のことは知っているつもりですよ」
そう、今度言葉を発したのはテュロン。
さすがの怖いもの知らずなテュロンでも、その口調に緊張は隠せない。
けれど、凛然とした、向かい風に逆らって立つ獣のような彼女の姿が、振り返らずとも私の目には見える。
聖王は薄く笑って、テュロンの言葉に小さな肩をすくめた。
「ですが、反面、あなたらしくないともいえます。あなたの知性ならわかるはず。私が再臨することによって世にもたらされる大いなる利と益が。それを、精神論で片づけてしまうのですか? それも、世界に関わることを、あなた方だけのこの場の判断で」
あくまでも柔らかく問いかける聖王に対して、凛としたテュロンの声が響く。
「利ですか。まさにそこが落とし穴。確かに、短期的に見れば陛下のご再臨は人々に福音を告げるものでしょう。ですが長期的に見れば、それは人々が陛下なしでは何もできなくなってしまうことを意味し、自ら事を為し、道を切り開く能力を奪うものですわ。それは大局的な視点で観察した場合、利の上でも大きな損失となるものです。さらに、この場の私たちだけで判断する資格があるのかと仰せですが、陛下御自身が私たちに限定して御下問なさるという状況をおつくりになったのですから、私たちもまたその資格においてお答えせざるを得ません。以上、証明されましたわ。……なお、もう一言加えさせていただければ──」
その瞬間、テュロンの舌鋒が紅蓮の炎となって炸裂した。
「──私の最大の親友にして最大の恋敵の命を奪うなどという選択肢、元より肯えるものなどではございませんことよ!!」
くっくっ、という含み笑いと共に、さらりと空気を流してもう一人が進み出でた。
「熱いわね、テュロン。まあ、理由はともかく結論としては私も同じ。あなたの言葉には従えないわ、聖王サマ」
相手を韜晦する洒脱で妖艶なその声の主はキュリエナと、振り向かずともわかる。
聖王は無言のまま、興味深そうに彼女に視線を送った。
「世界を平和にするですって? やめてほしいわね、私は争い事と陰謀と企みと悪意と憎悪を混ぜて捏ね回した食事を楽しく美味しくいただいているのよ。人の稼ぎ場所と生き甲斐を勝手に奪わないでちょうだいな。聖王、悪いけど、この世には平和が好きな人間ばかりがいるわけじゃないわ、私のようにね」
キュリエナらしい、諧謔に満ちたものの言い方。元より、それは彼女の真意の、少なくとも一部ではあるのだろう。すべてではないかもしれないが。
簡単に言えば、平穏無事な世界はつまらない、というそれだけのことなのかもしれない。その代償としてたとえ自分の心臓の血が流れようとも、この捻くれた美女にとっては、「面白い」世界の方に価値があるのだ。もちろんそんな考え方は決して普遍的なものにはなりえないが、だからこそキュリエナ自身が「面白い」子ではあるのだろう。
「では、あなたはどうなのですか、聖務官? あなたならば、私の復活に異を唱えることはありませんよね」
聖王は細い首を回し、すらりとした手を差し伸べた。その視線の先にはラフィーネさんがいるはずだ。
息を飲み、身体を固くしたラフィーネさんの様子が感じ取れる。
聖職者であり、また、お姉さんが『黒の聖務官』として汚れ仕事についていることに強い苦悩を抱いているラフィーネさん。彼女はその二重の意味で、聖王の言に背くことはできないのではないだろうか。
「私……私は……」
のどに詰まるようなラフィーネさんのしわがれた声。
微かに、歯がかたかたと鳴る音も聞こえる。
苦しんでいる。
彼女は、突きつけられた難問に、喘ぎ、悶え、容易に答えを出せないでいる。
それなら、私は──どうするべきなのか。この愛しい親友に。
私の元にとどまってほしいと懇願することはただのエゴ。
逆に、あなたの好きにしていいんですよと突き放すことは無責任。
その狭間にあって、自分の錯綜する感情に絡めとられ、私自身も動けずにいた。
震える足音が、よろめいて聞こえた。
息を荒げながら、ラフィーネさんが一歩、前に出る。
行って、しまうのか。聖王のもとへ。
息が止まるような苦しさを感じた、時。
……けれど。
かちゃり、と小さな音がして。
やがて、ぱさりと小さく空を飛び、聖王の足元へ投げ捨てられたものがある。
──それは、聖務官の仮面だった。
日常では決して外さない、外してはならない、聖務官の仮面。
聖務官の証たるその仮面を、──ラフィーネさんは、打ち捨てた。
「私には……わかりません……!」
わななき、慄くラフィーネさんの言葉が、しかし前を向く。
「多分、どちらを選んでも、私は間違っていることになるのだと思います。どちらを選んでも、きっと後悔するんだと。でも……それでも」
嗚咽が混じり、しゃくりあげる声は途絶えることなく続いた。
「大のために小を切ることを已む無しとするのなら、それは私が否定したかった『黒の聖務官』そのものです。だから私は。……私は、たとえ姉を解放するためであっても、姉と同じ行動はとれません」
聖王は黙ってその言葉を聞き、やがてゆっくりと踵を返すと、花園に顔を向けた。
無言のまま、彼女は風に揺らぐ花を一輪摘まむ。
静かな、そして緊迫した一瞬が流れた。
聖王のその姿に、私の心の奥底で何かが響いた、ような、気がした。
だが、私がその何かをつかみ取ろうとする前に、聖王はこちらに向き直り、そして最後の言葉を発した。
「今までの皆さんの言葉は、無関係とは言いませんが、結局は他者のことです。……では、当事者であるあなたはどうなのですか、アンジェリカ?」
アンジェ。
そう、アンジェの意思。
そこに、つまるところは収斂される。
私たちが何を言ったとしても、最後に決めるのはアンジェの心。
今の今まで、アンジェはずっと、跪いたままだった。うつむいたままで、その表情も見えなかった。
名を呼ばれ、アンジェはそっと声を漏れ出させる。
「……私の、お慕いする方は……私の、大切な方は」
彼女のその声は、どこか夢見るようで、直前までの緊張感と困惑と戦慄に満ちた口調とは明らかに異なっていた。
「とてもお強いのに、とてもお弱くて、いつも、一人で色々なことをお悩みになり、お苦しみになり、お一人で泣いていらっしゃるお方です。──もし私を失ったなら、そのお方は決して御自分を許せずに、未来永劫、いつまでも血の涙を流し続けることでしょう」
静かに、アンジェは顔を上げた。静謐にして凛然とした決意に満ちたその横顔を、私は、──美しいと、思った。
「私は、そのお方を悲しませることはいたしません。そのお方を苦しませることは。そのお方を泣かせることは、私が許しません。私の──」
アンジェの姿はまさにその手にする光芒剣のようだった。美しく鋭く誰にも揺るがされない、神々しい剣のようだった。
「──私のラツキは、私が守ります」
雷に打たれたように、私は初めて首を回してアンジェの顔を覗き込んだ。
そっと視線を私に送り、アンジェはにっこりと微笑んでいた。
──ラツキ、と。
アンジェは、今、そう呼んだ。そう呼んでくれた。ご主人さま、ではなく、私の名を。
主従としてではなく。
……恋人と、して。
その瞬間の私の気持ちを、感情を、どう顕したらいいだろう。
魂の奥底が温かく柔らかく包み込まれ、それでいてきゅっと掴まれるような、そんな幸福感と高揚感が、私の中に満ち満ちていた。
周囲から、みんなの、少し驚いたような、でも少し楽しそうな、含み笑いが漏れ聞こえてくる。
ああ。
私は、私たちは。
──今、完全と呼べる何ものかに、なれた。
そんな、不条理で非論理的な、でもまぎれもなく確かな感慨を、私たちは共有していた。
「……そう、ですか」
しばし黙していた聖王は、静かに息をつきながら、口を開いた。
「それがあなた方のお考えなのですね。……私は、塔の中からあなた方をずっと見てきた、と、先程申し上げました。その上で、あえて申し上げましょう」
聖王は、微かに笑みを湛えた。
美しく優美な、けれど残酷にも見える、心の奥底が覗き込めないアルカイックスマイルを。
「──私は、あなた方よりも、強いですよ」
ぞわり、と背筋に一瞬、氷が走った。
その言葉は、ハッタリでも脅しでも、ない。そう、実感として感じ取れたから。
だが。
退こうとする者は一人もいなかった。
今までの、どの戦いにもまして──私たちは、引けない、そして負けられない戦場が、今、ここに現れたのだ。




