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異世界くじと神々の塔  作者: 天樹
75/84

強者と敗者

 現状の距離も間合いも時間も相手を利するだけ。

 そう瞬時に判断し、私は草むらを蹴立てて疾駆した。


 全力で、だ。

 私はこれまでの色々な戦いでも、完全に自分の力を出し切って戦ったことはまずない。

 だが、今はそのような手加減はしていられない。先刻の戦いを見る限り、モウンの剣技と体術は全力を出した私におそらく拮抗し、あるいは僅かに上を行きさえする。


 これまで一度も使ったことのない総力をいきなり振り絞ったら、あるいは自分で自分のコントロールができなくなってしまったかもしれない。

 だが、幸運にも、と言うべきだろうか、私は全力で戦ったことはなくとも、全力を出したことはあった。テュロンと何度か腕相撲をした時のことだ。あれで、私は自分の中の経験として、全力の出し方とその制御を一応は学んでいる。

 

 一方、モウンはおそらく「今の自分」の全力を出したことはないはずだ。彼がユーゼルクを取り込んだのはつい先ほどのことなのだし、その後の戦いでは完全に手加減をしていたのだから。

 その点では私の方にやや分があるかもしれない。

 だが、当然、戦いが長引くにつれ、モウンも自分の力の制御を学ぶだろう。だから、畳みかけるなら一気呵成にだ。

 

 それに。

 フォン=モウンの掌中にある大剣、『殲煌雷刃せんこうらいじん』には、強大な威力の雷撃を放つ能力が備わっている。それを撃たれたくはない。

 もちろん私の剣、陽炎と不知火にはそれぞれ魔法に対抗する能力があるが、それを使って防いだ時点で、こちらが一手、遅れる。私が速攻を挑んだのは、それを嫌ったという理由もある。

 さらに、もう一点。


 私がその「もう一点」を脳裏に描いて走り出したのとほぼ同時に、アンジェたちも全力で走り始めた。

 各自、ばらばらの場所にいたアンジェ、テュロン、メイア、キュリエナ、ラフィーネさんたちだったが、ほぼ一斉に、申し合わせたようにだ。

 私は彼女たちに何の合図も送っていないし、そんな暇もなかった。彼女たち同士で打ち合わせをする時間的猶予もなかったはずだ。


 それでも、アンジェたちは動いてくれた。

 私とモウンを挟んだ反対側へ、いわばモウンの「裏を取る」形に、アンジェたちは奔る。

 だが、それでモウンを挟撃しよう、というわけではなかった。

 アンジェたちの目標は、皇太子殿下だ。


 この瞬間、私にとって一番嫌なのは、フォン=モウンが『私以外の相手に気を移すこと』だ。

 その場合、私はその人を守るために動かねばならず、そこに体勢の崩れが生じてしまう。

 まして、皇太子殿下は現在たった一人取り残され、護衛できる状況に誰もいなかった。

 モウンが身を翻し、殿下を狙いに走ったら止められない。

 だから私は、モウンに強制的に私を相手どらせるために強襲し、近接戦を挑んだのだし、またアンジェたちも、それを察して皇太子殿下のガードに走ってくれたのだった。

 言葉を交わしもせずにアンジェたちとの感性が一致したことに、私は震えるような高揚を抱きながら、モウンへと迫る。


 モウンの眼球は、一瞬、ほんの一瞬だけ、動いた。傍らで走り出したアンジェたちを微かに追ったのだ。

 いわばアンジェたちの行動は陽動の意味でも役立ってくれたことになる。

 その一瞬で、私は、モウンの眼球が動いた逆方向に大きく身を傾けながら、怪鳥の羽ばたきのように両の剣を広げ、挟みこむように斬撃を叩きこんでいた。

 


 遠い山々を見るように。──『遠山の目付』。

 剣を振るうものはその眼付を固定せず、意図的に広い視野を確保し、相手のいかなる動きにも瞬時に対応できるようにしなければならない。

 それは技法のひとつではあるが、一流の剣士としての心境、心構えにも近い。

 ユーゼルクの『技』と『力』を奪っただけのモウンには、その『心』がいまだに及んでいなかった。

 私の一閃はそこを突いた形にはなった。が……



 モウンは瞬時に剣を横たえると、柄頭で左脇腹を狙った私の陽炎を弾き、その反動を使って右肩の切り下げを試みた不知火を突き返したのだ。

 一拍、いや半拍早く動いた私の攻撃に、モウンは完全に対応した。

 つまりモウンの反射速度は──僅かに私より、上か!

 私の剣は二つともに弾かれ、この刹那、私の体幹がガラ空きになっている。

 一方、モウンの殲煌雷刃は私の身体近くにその刃を輝かせたままで──

 刃を真横に引きざまの、薙ぎ払いが、来た。


 私の上半身が無くなった。

 ……ように、モウンには見えたかもしれない。

 踏み込んでいた私は後に跳び退る余裕もなく、とっさに上半身を真後ろに大きく逸らして、モウンの剣の軌道をぎりぎりで回避したのだ。

 上半身を倒したその勢いを利用し、私は空中で回転しながらモウンの顎を蹴り上げようとしつつ、後方へと着地する。

 私の蹴りはモウンの前髪をかすりつつ、空を切った。避けられはしたが、それで僅かな間合いを取ることには成功したわけではある。

 しかし。


 止めていた息を吐きながら、私は胸元に涼しさ……いや、寒さを感じる。

 ……真一文字に胴着を斬り裂かれ、私の肌が、少しだが露わになっていた。

 斬られた、という事実に対する寒気。その中に、じんわりとした熱さもあるのは、おそらく微かに肌も傷ついているからか。

 ──初めて、かな。

 滲む程度とはいえ、私が、戦場で血を流したのは。

 

 私は唇を噛む。それと対照的に、モウンの唇の端がきゅっと上に引き上げられた。

 肉薄した距離では己がやや優位と見ての、笑み。

 それにもかかわらず、彼は間合いを詰めようとはせずに、いったん自らも身を引いた。

 ……やばい。

 次の一手を、先に取られた。

 間合いを取られると、アレが来るとわかっていたのに……!


「殲煌……」

「くっ!」


 バチバチと唸る黄金の火花がモウンの剣に纏わりつく。身構える暇があったか否かの瞬刻に、「それ」が来た。


「──雷刃っ!!」



 狂乱の暴龍のごとく荒れ狂う電撃の奔流が。

 かつて見たユーゼルクが放つ「殲煌雷刃」は、どこか高貴で神聖な印象さえ与えていた。

 だが今、その同じ雷撃が、フォン=モウンの手によって撃ち出されたとき、まるで異なる──悍ましくも恐ろしい化け物の姿にも似て私へと殺到してきた。

 モウンの中にわだかまる、自分を拒んだ世界への呪詛が。憎悪が。嫌厭が。まるで形を取ったかのように。


 躊躇する間はない。私はとっさに、再び剣を投げ打った。今度は右手の陽炎を。

 黄金の凶龍たる殲煌雷刃めがけ、同じく黄金に煌めく私の陽炎が空を掛け、その真っただ中へと飲み込まれた。

 いや、斬り裂いて行くのだ。陽炎に備わる魔法斬断能力が、殲煌雷刃の雷撃を断ち斬りながらまっしぐらにモウンへと飛翔していき……だが。


 私が陽炎を投げ放った威力は荒れ狂う電撃の嵐の中に押し止められ、次第にその勢いを弱め減じ、ついには──沖天高く弾き飛ばされてしまった。

 陽炎で斬り裂き切れなかった電撃の余波を、私は辛うじて不知火の刃で受け止める。その余波でさえ、私の身体を大きくよろけさせるほどの威勢を保ち、とてもではないがモウンに向けて正確に反射するなどと言ったコントロールは出来なかった。


 それでもなんとか電撃を四方に散らしきった私をめがけ、モウンがとどめの一撃を加えるべく大きく踏み込む。踏み込みながら、彼は大剣を頭上高く大上段へと振りかぶった。



 ……だから。やはりそこが彼の、唯一の欠点でもある。

 確かに大上段からの斬り降ろしは最も威力を乗せることができるから、心情的には、いざ相手を倒す、というときにはその構えを取りたくもなる。だが、そこまで大袈裟な斬り方などしなくても人は殺せるのだ。

 逆に大上段は、自らの体幹をガラ空きにするという欠点を持つばかりか、もう一つの大きな問題点がある。

 諸手上段で大刀を振りかぶる時。

 自分自身の剣と両腕で、一瞬、ほんの一瞬だが、自分の視界を閉ざしてしまうということだ。


 これも、先程と同様、技や力というよりは心構えの問題だ。ユーゼルクの力と技に加え、自分自身を憎悪と狂気で塗り固め、妄執と怨念で力を増大させたモウンは確かに恐るべき相手。

 だが、フォン=モウンは心の在り方までは会得できていないのだ。

 


 私の姿がモウンの視界から消えたほんの刹那の隙。

 私は地を這うほどに低い姿勢を取り、自らも身体を投げ出すように突進していた。刃を寝かせて突き出す不知火が狙うは、モウンの脚。

 視界が開けた瞬間にその状況の変化を見て取ったモウンはさすがに顔から余裕を消し、その下段攻撃をかわすべく瞬時に跳躍した。


 ──そう、そこだ。

 いい位置に跳んでくれたじゃないの!

 

「来なさい、陽炎っ!」


 叫んだ私の声が響くや否や、先程弾き飛ばされていた陽炎が私の元へと弾丸のように飛び来たる。

 そしてその金色の軌道上には──モウンの背中。

 まともにモウンの背を貫くはずの陽炎が、だが。


「ちいっ!」


 振り返るゆとりがあるはずもないモウンが、すかさず己の背にかざしたのは殲煌雷刃。

 私の剣は呼べば来る。逆に言うと、呼ばない限り、来ない。声を出すということは相手にも聞こえてしまうということだ、

 先ほど不知火を呼び寄せる様子を見せてしまった以上、陽炎に対しても同じことをしてくるのではないかという予想は付けられていたのだろう。

 モウンの背に回った殲煌雷刃は、陽炎がモウンを貫くその寸前に間に合い、陽炎を防ぐことに成功していた。

 弾かれた陽炎は悔しげに空を舞い、それでも私の手元に収まる。

 が、私の意識は既に不知火にあった。モウンが着地する間際──今!


「フリーズオーラっ!!」


 殲煌雷刃は大剣だけに取り回しが利きづらい。無理な姿勢で陽炎を受けたモウンを狙うなら今だと判断し、私は満を持して不知火に備わった能力、闇と冷気と妖の力を秘めたフリーズオーラを撃ち放っていた。

 一瞬の溜めが必要なフレイムオーラやフリーズオーラは、まともに撃とうとしてもその前にモウンの剣が唸るだろう。だから、それらを撃てるタイミングを虎視眈々と狙いつつ、私は戦いを組み立てていたのだ。


 私の企図は的中した。空を裂き宙を唸って吠えた漆黒のエネルギーの奔流が、モウンをまともに撃ち抜いていたのだから。

 ……だが。


「……っ!」


 私は苦々しく鋭い舌打ちを飛ばす。

 私の目に映ったのは、黄金の輝きがモウンを覆っている姿。

 殲煌雷刃の電撃だ。モウンはそれを自らの全身に纏い、フリーズオーラから身を守っていたのだった。

 この間、暴走したユーゼルクと戦った時、私は殲煌雷刃の刃が帯びる電撃を相殺するためにフレイムオーラとフリーズオーラを発動したことがある。

 ……ならば、その逆もまた可能だということか。彼も殲煌雷刃の電撃でフリーズオーラを中和できるのだ。


 オーラと電撃が同時に弾けるように空中に消え、体勢を立て直した双方の視線が絡み合う。

 モウンは私を睨みつけていたが、やがてふっと相貌を緩め、口を開いた。


「……ラツキ。やはり君は強い。強いけど、君自身分かっただろう。君の手は通じない。ぎりぎりのところで、僕の方が少しだけ上なんだよ。今更だけど、僕は君に憧れていた。でも、その憧れの君より、僕はもう、強いんだ」

「単純に力と技だけならそうかもしれないわね。でもモウン、強弱は必ずしも勝敗に直結しないのよ」

 

 私が言い返した言葉に、モウンはにやりと笑む。負け惜しみとでも取っただろうか。


「そうかい? でも僕はそう思わないね。強いものが勝つんだよ。そしてそれは僕だ!」


 彼は言い捨てると、猛然と私に向かって再度突進してきた。

 私は、小さく息をつく。

 それは半ば切なさの入り混じった、虚無的な吐息だった。


 ……強さって、何だろう。いみじくも、その想いは先程、モウン自身が言った言葉に近かった。

 強さをくだらないと言っていたのはモウン本人ではなかったか。それなのに彼は今、自身の強さに陶酔してしまっている。いや、いつの間にか、「強さ」という魔物に飲み込まれてしまっているのだ……。

 脳裏に描くのは、ユーゼルクの姿。

 今のモウンはユーゼルクより強い。

 でも、多分、ユーゼルクが相手なら。彼が敵なら、通じなかったんだろうな、と思いながら──

 私は、陽炎と不知火の、第5の力を解放した。





 陽炎と不知火には、5つの能力を付与している、ということは、これまでにも幾度か述べた。

 ……ところで、私は、陽炎と不知火を研いだことがない。

 テュロンなんかは、とても丁寧にいつも自分の大斧を手入れしているし、自分の武器をベストの状態に置いておくのは戦士のたしなみでもあるだろう。

 だが、私はこの世界に来る前、最初にいろいろなスキルを選んだ時、剣を研ぎ、手入れをするためのスキルを会得しなかった。それ以外に取得すべきスキルが多かったこともあるし。

 そして研ぎ屋さんに出したこともない。一般の研ぎ屋さんに、EXアイテムである陽炎と不知火を研ぎに出しても対応できないだろうから。


 何故私がそのスキルを取らなかったか。

 それは、陽炎と不知火は、自分自身で自己修復が可能だから、という理由だった。

 これが、私の剣に付与した第1の能力。


 第2の能力は陽炎のフレイムオーラと不知火のフリーズオーラ。


 第3の能力は、それぞれの魔法対応能力──つまり、陽炎なら魔法斬断だし、不知火なら魔法反射。


 第4は、名を呼んで命じれば飛来する能力。


 そして、最後の能力は……。





 私は左半身になり不知火を中段から真っ直ぐに突き出して構え、同時に右手の陽炎を体の陰に置いた。

 不知火の中段霞も陽炎の虎尾の構えも、まっすぐ突っ込んでくる相手にとっては軌道と間合いが読みづらいはずだ。

 果たして、モウンは忌々し気な表情を浮かべ、その脚は一瞬鈍る。

 だが私は防御を目的としたわけではない。

 僅かにモウンの脚が緩んだ、その拍子に乗じて、不知火を鋭烈に突き込んだのだ。


「ふん……っ!」


 モウンは構えた剣でこれを迎え撃つ。

 そう、彼は見切れるはずだ。

 ギリギリのところで。

 それが彼と私の力の差。

 ……そう、彼は思っていた、だろう。


 が。

 

「──うっ!?」


 戸惑いと驚愕の叫びが上がったのはモウンの口から。

 いや、確かにモウンは不知火の突きを捌いた。

 その意味では彼の技量は間違いなく私を上回っている。

 が、自分でも納得していない「何か」が、モウンの中に生まれていたはずだ。

 その逡巡を好機として、虎尾変じて前撃と為す陽炎の刃が撃ち込まれた。

 

「く……んんっ!?」


 モウンはこれもまた殲煌雷刃で弾き返す。

 だが、その口中からはまたも当惑の声が漏れる。

 なにか、違う。

 どこか、違う。

 彼はそう、惑乱し始めている。


(そうよ、モウン。あなただから、これは無理なの)


 私は一種の物悲しささえ感じながら、しかし手は緩めない。続けざまに突き、払い、薙ぎ、斬り降ろし、斬り上げる。

 それはまるで砂塵を巻き上げ吹きすさぶ暴風のごとき乱打乱撃。たとえテュロンやルーフェン、ロッグロックのような熟達した武術者でも、キュリエナやバートリーのような一流の間士であっても、あるいはメイアのような特殊な眼を持つものであっても、完全に見切ることは難しいであろう、私の全力での連続攻撃。

 精確さよりも威力よりも、私はまず速さを主眼に置いて攻撃を叩きつけた。


 だが、モウンはその私の早さを僅かに上回る、紫電が閃くような太刀捌きで、攻撃のすべてを防いでいる。

 流し、外し、回避し、受け止める。


 傍から見れば、私の攻撃はことごとくモウンに防がれ、為す術がないように見えるだろう。

 だが、私とモウンの表情はまさにその逆だった。

 顔色を蒼褪めさせ、薄く汗をにじませているのは、モウン。

 私の技をすべて防いでいるにもかかわらず。だ。

 やがて、彼の体捌きに、微かな、しかし確実な歪みが生じ始める。


「な、何だ、……これはっ!?」


 モウンの声に焦燥が混じり、同時に明らかに彼の体勢が崩れていく。

 無駄な動きが次第に大きくなり、それをカバーしようと焦る無理な力みが、なおも彼自身の身体をぎこちなくさせていく。

 少しずつ、少しずつ。

 一見してわからないほど微妙にずらして重ねた積木でも、積み続ければ徐々にそのひずみは大きくなり、やがて呆気なく崩壊するように。

 私がやったのは、つまりそれだ。

 そして──ついに積み木が崩れるときが、来た。


「ぐっ!!」


 低いうめき声が上がった。

 ごく浅手ながら、陽炎の突きがモウンの肩をかすめたのだ。

 一瞬ぐらりとモウンの体勢がよじれる、そこへ不知火の逆袈裟が襲う。

 肉を裂く確かな手応えと共に、モウンの胸から無残に血飛沫が舞った。

 まだ致命の一撃ではない。

 が、驚愕に呆然とした表情がモウンの顔にこびりついており、その精神的な衝撃の大きさを物語っていた。

 半ば棒立ちになった彼の膝に、陽炎の刃が叩きつけられた。

 腱を切断されたモウンの身体はぐらりと揺れ、殲煌雷刃を大地に付き立てて、よろめいた身を何とか支える。

 もう、ここまでのようね。


「何を……何をしたんだ、ラツキ!?」


 信じられないものを見たように、色を失った唇を戦慄かせながら、モウンは下から私を見上げていた。

 私は剣を彼に突きつけながら、冷徹に宣言する。


「ただの小細工よ。小手先のごまかし。ユーゼルクなら、多分、こんなものはすぐに見切ったでしょうね。でも、あなたはそれができなかった。ユーゼルクより、そして私より強いはずのあなたがね」



 私が使った、陽炎と不知火の第5の能力。

 ──それは、「相手に間合いを誤認させる」力だった。


 陽炎の能力は、「空間の錯誤」。

 陽炎は、相手に見えているよりも、ほんの僅かに空間をずらして相手に届く。

 上下に、あるいは左右に、それとも前後に。ほんの微かな誤差で。

 だが、受けるにせよ回避するにせよ、その誤差は、時として相手の構えを揺さぶり、その判断を狂わせて死命を制する間合いになる。


 不知火の能力は、「時間の錯誤」。

 不知火は、相手が感じているよりも、ほんの僅かに時間をずらして相手に届く。

 一瞬だけ早く、あるいは逆に一瞬だけ遅く。

 外すにせよ流すにせよ、それは相手の剣に、どのタイミングでどの程度力が乗っているかを、意識にできないほどの速さでの判断であっても、ある程度想定している。その無意識の予想を、不知火は裏切るのだ。


 空間認識を、そして時間認識を。

 微妙に絶妙に狂わされ続けたモウンは、私の剣を確かに回避し、かわし、受け、流し、外し続けながらも、その手ごたえは彼の思っていたものとは全く異なっていたはずだ。

 受けたと思った一瞬後に衝撃が来る。かわしたと思ったそのすぐ下を剣がかすめる。

 かと思えば、十分余裕をもって流したはずの剣が一瞬早く届いて相手を焦燥させ、外したはずの一撃が思いもよらぬ距離で唸って驚嘆させる。


 それを、幾度も幾度も繰り返し続けられ、モウンの剣捌きは少しずつ、しかし確実にいびつに歪んでいき……そして完全に狂い、精密さを失ってしまった。

 それが、彼の敗因だったのだ。


 私がこの能力を付与したのは、もし仮に自分と互角の相手が現れた時には、この力が切り札になるだろうと思ったからだった。

 だが、この世界に来てから幾度かの戦いを潜り抜け、私の考えは変わった。この能力はさして意味がないと思うようになっていったのだ。

 何故なら、剣たちが相手に錯誤を起こさせるのは、あくまで「剣それ自体」の存在に関してだから。

 だから、相手が、剣だけにではなく、「私そのもの」を全体的視野で把握していたなら。重心の動かし方、運足、筋肉の動き方など、私の身体すべての情報を総合的に判断して私の剣先を予想していたなら。

 ……この錯誤能力は、たいして意味を持ちえない。

 そして、私と互角と思われるその想定相手は、その程度のことはやってのけるだろう、と思っていたからだ。


 事実、ユーゼルクなら、と私は思う。

 彼なら、この錯誤能力を破っていただろう。剣ではなく私自身を見て、その動きを読んでいただろう。

 だが、モウンにはそれができなかった。

 先ほどから何度か感じたように、彼には、得たばかりの優れた技と力を十分に使いこなすだけの心的な要素がまだ足りていなかったからだ。

 この戦いの最初、私と一緒に走り出したアンジェたちをつい目で追ってしまったように、彼は私の連撃に対して剣にだけ注意を向けてしまった。そして彼にとっては不幸なことに、それでもある程度対応できるだけの反応速度を持っていたために、ついに彼は最後まで、全体視という発想にさえ至らなかった。



 フォン=モウンは。

 強かったがゆえに、敗れたのだ。



 モウンの眼球は跳び出しそうに見開かれ、その歯は割れそうなばかりに噛みしめられていた。


「……嘘だ。それじゃやっぱりあいつの方が僕より優れているってことになるじゃないか。そんなはずはない。そんなはずはない! そんなことがあってたまるか!」


 モウンは震える手を力なく私の方へ伸ばす。何かを……決して手に入らない何かを追い求めるように。

 その姿を私が哀れな思いで見守りかけた、一瞬。



「ラツキ殿! そやつの手に触れられてはならぬっ!」



 野太い声で必死の叫びが木霊した。

 皇太子殿下の声、と意識するよりも早く、私は身を翻し、剣を平刃に寝かせて、延びてきたモウンの手を撃ち叩く。

 うめき声と共に、骨の折れる音が私の耳に届いた。

 痙攣するモウンの掌には、チラチラと明滅する小さな光が灯されていた。

 ……電撃の残滓……?

 そう言えば、暴走したユーゼルクと戦い終わった最後にも、彼を助け起こそうとした時、その身体が帯びていた電撃の残滓に軽く痺れさせられたことがあったけど……。

 そう思った時、私の脳裏に閃くものがあった。

 電撃……電気。

 そう、か。

 これが。


「フォン=モウン。それがあなたの……『登攀者殺し』の殺人方法だったのね」



 私の問いに、モウンは無言で絶望したような微笑を浮かべた。

 以前のモウンには魔力の素養はほとんどなかった。使えるとすれば、この程度の小さな小さな電気の火花を発生させる程度だったのだろう。

 

 だが。

 ささやかな電気で、十分なのだ。

 接触してその電気を相手の体内に送り込み、神経に届かせ、行動の自由を奪う程度なら。

 

 皇太子殿下が、人形のようにぎくしゃくとした動きで倒れ込み、地面に顔を埋めさせられた姿を私は思い出す。

 『登攀者殺し』の被害者はほとんどがうつ伏せだった。……つまり、こうして電気によって神経を麻痺させられ、地面に顔を埋めさせられて、窒息したのだ。あるいは崖から飛び降りさせられたというのも、同じように行動を操られ、強制的に歩かされて落とされたのだろう。

 

 僅かな魔力しか持たない弱い人間が、しかしその僅かな魔力ゆえに編み出した殺し方。

 それが、──結果的に、この、証拠の残らない不可思議な殺人を生み出したのか。



「フォン=モウン。……やはりあなたは……処断しなければならないのね。それがあなたという怪物を荒れさせてしまった私の責任だから」


 私はのろのろと呟くと、しかし迷いなく剣を振り上げた。

 私の胸中に突き刺すような痛みと悲しさがあるのは確かだった。

 フォン=モウンは私の恩人であり知人というだけでなく、社会から疎外されたようなその寂寥に、どこか私は自分と似た感覚を覚えてもいたから。


 だがそれでも、彼を許すという選択肢は、ない。無辜の人々を幾人も手に掛けてきた彼には。

 彼の生まれとその過去が、いかに理不尽な不運に満たされ、家族のエゴによって歪められた、悲痛で孤独なものであったとしても。

 そこまでを考慮してもなお、やはり──何の言い訳にもならないはずだ。

 モウンは無力な笑みを浮かべたまま、黙って私を見つめていた。その瞳は空虚であり、深さの底知れない暗渠だった。


 私が剣を振り下ろそうとした──時。



「やめてラツキ!! ──お願い、やめて!」


 私の身体にすがりついた、魂を斬り裂くような痛切な泣き声。

 振り返るまでもなく、知れていた。

 ……それはミカエラの声だと。

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