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異世界くじと神々の塔  作者: 天樹
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会議と決戦(前)

「いい顔してるわねえラツキ。何か素敵なことがあったみたいね、あなたの可愛い聖務官さんと」

「……ごほっごほっ! な、何言うのよ!」


 ニヤニヤとほくそ笑みながらのキュリエナのそんな一言に出迎えられ、私は咳込んだ。

 ここは聖殿内の控室。名残を惜しみつつも、ラフィーネさんといったん別れ、私は仲間たちのいるこの部屋に戻ってきていた。

 慌てて自分の顔をぺちぺちと触ってみる。そ、そんな変な顔してたかな。


「あら、何を慌ててるのかしら? 私はただ、今回の事件について、いい情報をあの聖務官から得られたんじゃない? っていう意味で言っただけなんだけどな」


 くっくっ、と朱唇を歪め、楽しそうに笑いながらキュリエナが揶揄する。ええい、いつものことながら、人をからかうことに生きがいを感じている女だ。


「ご主人さま、でも、本当に顔が赤いよ? 嬉しそうだし、何か素敵なこと、あったの?」

「え!? ななな、何でもないのよ? ほんとに」


 それに加えてメイアの純粋な目線がじーっとこっちを見てくるものだから、私はいたたまれなくなって視線をそらしてしまう。なんてこと。キュリエナとメイアにタッグを組まれるとこうまで厄介だったとは。


「うふふ。おめでとうございます、ご主人さま」


 一方アンジェは美しく穏やかな笑顔を浮かべながら私を見つめる。おお、さすが私の天使。


「ラフィーネ様がお相手なら仕方ないと言いますか、なぜもっと早くそうならないか、むしろ不思議ではありましたし。私もラフィーネ様は好きですから、ご主人さまとラフィーネ様がお幸せなら、私も嬉しいです」


 優しい言葉を掛けてくれるのは嬉しいんだけど、なんかもう、完全にバレてるなあ。いや、何も、隠すつもりもないんだけどさ。


「……まあ、ご主人さまの中の一番を譲るつもりもありませんけれどね」


 にっこりと天使の笑顔。……恐ろしい迫力の。

 あ、あはは、と力なく私も愛想笑いを漏らす。



 えと、まあ、何だ。言い訳ではないんだけど、私の、アンジェに対する感情と、ラフィーネさんに対する気持ちは、またちょっと違うっていうか。

 同じように、テュロン、メイア、キュリエナへの気持ちも、一人ずつ、それぞれちょっとずつ違うものではあるように思うんだけどね。もちろん、みんな愛してはいるんだけどさ。


 まあ、落ち着いて考えてみると、元日本人である私の感性では、一夫多妻……私の場合一婦多妻になるのかもだけど、それってあまり普通の発想ではないのは事実。

 もちろん、文化圏によっては一夫多妻も一妻多夫も多妻多夫もあるのだから、愛の在り方に、これと言って決まった正しい形なんてものがあるわけではない。

 それでも、私の育った環境では、それは一般的な感覚とは異なるものだった。……まあ、女性を愛する女性である私が、一般的な愛の形について考えるってのも、若干苦笑してしまうのかもだけど。


 けれど、なんだか私は、こうして、みんなを同時に愛しているという自分の現状を、特に違和感なく受け入れている。

 それは、ついさっきラフィーネさんが言ったように、実際に愛してしまったら理屈なんか関係ない、という部分もあるだろう。

 でもそのほかに、私のみんなへの愛し方が、ちょっとずつ異なるものだから、というのもあるのかもしれないな。



 ……なんて現実逃避していると、そこへ、テュロンが声を掛けてきた。おお、今度は本当に救いの女神が。


「皆様、私もご主人さまをイジりたい気持ちは多々あるのですが、またにいたしましょう。今は時間がないのですわ」

 

 ……えーと、なんか前半にすごい不穏な言葉が聞こえた気がするんだけど。でも、まあいいや。

 っていうか、確かにテュロンの言う通り、私たちには時間がないのだった。

 というのは、黒の聖務官から話を聞いていたのだ。事件のために開催延期されていた四か国会議が、明日の午後から開催されることに決まった、ということを。

 と言っても、今日はもう夜だから、事実上、あと半日しか私たちには余裕がないことになる。


「それで、先ほどキュリエナが言ったことはいかがだったのでしょう、ご主人さま? 事件に関しての情報のことですが」

「え、ええ。それなんだけど……」


 私は居住まいをただし、改めて、仲間たちに話を始めた。

 ラフィーネさんが私に話をしてくれたことを、さらに私がみんなに伝える、ということになる。彼女の話を聞けたのは私だけだものね。


 でも、普通に話をするだけでは、伝言をしている中で私の自己解釈が入ってしまったり、あるいは、伝えきれなかったちょっとした表現の些細な部分に、重要な要素が含まれていたりする可能性がある。

 私、そういう意味では自分の頭を信用していないのだ。というか、バカな点に置いては自信があるというか。

 普通の世間話ならそんな伝言ゲームも笑いごとで済むけれど、今回の事件に関わるような重大な話で、それは避けたい。


 なので、極力、ラフィーネさんが話をしてくれたことをそのままみんなに伝えたいと思った私は、あらかじめ用意をしていた。

 EXスキル『ディレイ・ヴォイス』を、私自身に掛けていたのだ。

 このスキルは、かつてレグダー男爵に仕掛けたことがあり、また伯爵夫人の事件の際にも活用したことがある。対象者の音声を記録し、後から再生してくれる能力だ。

 

 もっとも、再生してくれるのはあくまで対象者の音声のみ。なので、私は、ラフィーネさんの話を聞きながら、一言ずつ、自分の口中で小声で繰り返し、それを「録音」していた。


 もちろん本当ならラフィーネさん本人にこのスキルを掛け、彼女の言葉をそのまま録音したほうがいいのだけど、このスキルを発動させるには相手の自己防衛意識が低いときじゃないといけないのよね。なので、今回はちょっと無理だった。


 ともあれ、私は自分の中でその録音を再生しながら、それをみんなに伝えていった。

 だから、口ぶりとしてはかなりぎこちないものになったけど、記憶をたどりながら伝えているのだろう、ということで、みんなもあまり変には思わないでくれたようだった。





「なるほど、ですわね。よくわかりましたわ」


 話が終わると、テュロンが深く頷いた。私には相変わらず真相は霧の中だけれど、テュロンにとっては、何かしら、得るものがあったらしい。


「ですが、もう一つだけ……そこさえ分かれば……もう少しなのですわ……」


 だが、テュロンは眉間にしわを寄せ、可愛い唇を突き出して難しい顔になる。喉の奥から、がるる、と唸るような声をあげながら、テュロンはやおら立ち上がり、部屋を行ったり来たりし始めた。時折、神経質に、ふぁさっと髪の毛を手で払い直している。


 何か、最後のピースが上手くまだハマらないようだ。

 どうしよう。多少ポンコツなところはあるとはいえ、やはりうちの頭脳担当はテュロンだ。迂闊に声を掛けたら彼女の考えを邪魔してしまうだろうか。それとも、及ばずながら、みんなで相談したほうがいいのだろうか。うーん。


 とか、私たちがお互いに顔を見合わせながら思い悩んでいると、メイアがとことこと、無邪気にテュロンに近寄って行った。


「テュロン姉さま、せっかくの綺麗な髪が乱れちゃってるよ。僕、直してあげるね」


 見ると、確かにテュロンの特徴的な縦ロールが乱れてしまっている。彼女が考えに行き詰まり、無意識のうちに髪をいじっていたことで、セットが崩れてしまったようだった。


「あ、あら。ありがとうございますわ、メイア」


 純粋で無垢な好意だということはわかるだけに、思索が中断させられても、テュロンはメイアのそんな行動を咎めだてはしなかった。苦笑しながらも、素直にメイアが髪を整えてくれているのを受け入れている。

 が、その時。

 はっとしたようにテュロンは大きく眼を見開き、鋭く息を吸うと、メイアの手をぎゅっと握りしめた。


「ど、どうしたの、テュロン姉さま!?」


 驚いて尋ねるメイアに、テュロンはにこっと嬉しそうに微笑みかけた。


「改めてお礼を申し上げますわ、メイア。あなたの行動のおかげで、私の中に光明が見えました。これで、おそらくは、筋が通るはずですわ」

「ど、どういうことなの、テュロン?」


 今度は私が驚いてテュロンにその意を糺す。

 彼女は私たちを見回し、ピン、と指を一本立てると、きらりと目を輝かせながら、話し始めた。


「では、お聞きくださいませ、皆様。私の輝ける知性の導きによりますれば……」







「……という推論が成り立つのですわ」

「なるほどね。一応わかる話だけど」


 テュロンの示した絵解きに、私たちは頷く。目の前に明るい光が差し込んだようだった。

 彼女の言う通りなら、これで事件を解決でき、ラフィーネさんを救えるかもしれない。

 だが、キュリエナだけがやや皮肉気な笑みを浮かべていた。


「でもテュロン。あなたのその話、ただあなたの頭の中で考え出しただけよね。それをそのまま聖殿に持ち込んで、裁いてくださいなんて言ったって、受け入れてもらえるとは思えないわ」

「う……そ、それは……」


 テュロンは言葉に詰まった後、悔し気に唇を噛んだ。


「……ええ。残念ながら、これはただの、私の空論でしかありません。証拠がないのですわ……」


 キュリエナの指摘に、先ほどまでの得意満面な顔から一転、しゅんとなってテュロンがうなだれる。

 その姿を見て、私たちも再び、胸の奥が苦しくなるような感覚に襲われた。

 おそらく、あの場で何が起きたのかということに関しては、テュロンの考えが当たっているのではないだろうか。けれど、それを証する手段がなければ、キュリエナの言う通り、ただの絵空事でしかないのだ。


 けれど、そんな私たちを見て、キュリエナがくすくすと笑い声を立てた。


「だからほんと、そういうとこ、あなたたちって綺麗な世界の住人なのよね、って思うわ。だから好きなんだけどね。……あのね、私たちみたいなののいる世界では、証拠なんて、『なければ作る』ものなのよ」

「ちょ、キュリエナ!? 証拠を捏造しろとでもいうの!?」


 私は顔色を変えてキュリエナを睨んだ。アンジェ、テュロンも息を飲む。

 彼女は確かに裏の世界で生きてきた人だし、そういう発想になるのかもしれないけど。

 でも、そんな、真実を捻じ曲げるようなことって……。


「それがどうしたの、ラツキ? もしあなたが本当にラフィーネを助けたい、アンジェを救いたい、男爵を倒したいと思うなら……。本気でそう思っているなら、そのくらいのことはするべきじゃないの? それができないというのなら、あなたには覚悟が足りないんだわ」


 薄く笑みを浮かべたまま、キュリエナは、けれど冷徹な眼光を宿らせて私を見据えた。

 言葉を失い、私は目を伏せる。

 それは、私が確かに、考えつきもしなかったことだった。

 証拠を捏造する……。

 確かに、本当にみんなを救いたいのなら、そのくらいは……手を汚すくらいは、当然やるべきこと、なのだろうか……。

 

 でも。本当にそれでいいのだろうか。

 言っていること自体はキュリエナが正しいのだと思う。

 だけど。そこまでしてしまったら、私は、なにかもう、引き返せないようなところに足を踏み込んでしまうような気がする。

 でも、ほんとにみんなを助けたいなら、私なんかがどれほど汚れたって、そんなことは問題にするべきじゃなくて……。


 ぽん。と、肩を叩かれた。

 顔を上げると、キュリエナ。

 彼女が、微笑んでいた。

 その笑みはいつものような皮肉気な、あるいは人をからかうときのような悪戯っぽいものではなかった。

 それは、どこか遠い日の思い出を覗きこむような優しみを感じる、穏やかなものだった。


「……なーんて、ね。

ふふ、ねえラツキ、私の今の言葉に悩める人たちを、私は素直に眩しいと思うわ。私がもうなくしてしまって、取り戻せないものだもの」


 キュリエナは、長い睫毛を揺らめかせて、噛みしめるように言った。


「でも、私が今言ったことは、何も、証拠を捏造しろなんていう話ではないのよ。もちろん、いざとなれば、そういう手もあるけどね。

けれど、証拠がないのではなくて、ただその在り場所がわからないというだけなら、それを知っている人に出してきてもらえばいいだけの話。だったら、別に悪いことじゃないわよね」

「どういうこと……?」


 尋ねた私に、キュリエナは、今度は本当に腹黒そうな悪い笑みを浮かべた。

 ……この子を敵に回すのって、ほんとに厄介だな、と私は改めて感じたのだった。







「なるほど、それなら上手くいくかもしれませんね、ご主人さま!」

「そうでしょー? だからー、わたしー、あしたー、さっそく、いってみるわー」

「そこでうまく証拠をつかむことができれば、もう真相は明らかになったも同然ですわね。レグダー男爵の悪行もここまでですわ」

「そのとおりねー。あいつはー、いまごろー、あんしんしきっているのでしょうけれどー、あわれなものねー」


 夜道をのんびりと歩きながら、私たちは聖殿から屋敷へと向かっていた。

 聖都の中心部にある聖殿から郊外の屋敷までは、そこそこ距離がある。その道のりを、私たちは話し合いをしながら踏みしめていく。

 ……みんなの顔が妙にひきつっているのは何でだろう。


 ゆっくりと屋敷に戻り、扉を開けて中に足を踏み入れると、こらえきれなかったようにメイアが盛大に噴き出した。


「あ、あはは! ご主人さま、お芝居、下手過ぎ!」

「う……そ、そうかしら?」


 憮然として私はみんなを見回す。が、アンジェもテュロンも声をあげて笑っていた。


「ご主人さまは、なんだかんだ申しましても、多芸多才な方だと思っておりましたわ。ですが、どうも、演技に関しては不得手でいらっしゃるようですわね」

「で、でも。私、ご主人さまのそういうところ、お可愛らしくて好きですよ、……くふふっ」


 むー。私は仏頂面で黙り込む。そんなに下手だったかなあ。

 まあ別に、俳優を目指してるわけじゃないんだからいいんだけど。ただ、目的を果たせないくらいに不自然だとまずいのよね。


「その点に関しましては、おそらく大丈夫だとは思いますわ。というよりは、たとえご主人さまの言葉が不自然に感じたとしても、それでも相手は動かないわけにはいかないのですもの」


 テュロンが自信ありげに頷いてくれる。

 そうだ。

 私たちは、わざと、会話を聞かせたのだ。

 今は屋敷の内部に入っている。屋敷には対魔法結界が張られているから、あいつはここの会話を聴けはしない。

 けれど、屋敷に来るまでの道中、おそらくあいつは私たちの様子をうかがっていたことだろう。私たちが今回の事件に関し、色々と行動を起こしているのはわかっていたはずだから。


 ――レグダー男爵。

 彼には、遠隔視能力を備えた聖遺物がある。それは、男爵をここまでの地位に導いた宝であり、またそれによって私たちもこれまでは行動を制されてきた。さらに言えば、男爵が『秘法』と『黒の聖務官』に関する聖殿の暗部を探り出したのも、多分その力によるものだ。


 だけど、今回はその力を、こっちが逆に使わせてもらう。

 ――『わざとこちらの会話を聞かせる』という手段によってだ。


「あとは……キュリエナ。頼んだわよ」


 私は、この場にいない彼女の名を呼び、拳を握りしめた。




 


 その夜、古王国の大使館で、ごく小さな不審火があった。

 すぐにその小火は消し止められ、特に損害は出なかったようだが、当然のことながら騒ぎにはなったようだった。

 もちろん、キュリエナがやったわけではない。だが、私はそのことを聞き、小さく頷いた。

 ……奴は、動いたのだ。






 翌日、午後。

 午前中に軽い用を済ませた私が待っていると、聖殿から、夜会の時と同じように、迎えの馬車が来た。

 私たちはそれに乗り、聖殿へ向かう。

 いよいよ、四か国会議が開催されるのだ。

 そして、アンジェと光芒剣に関する議案は、その冒頭に審議されるのだという。


 国際会議と言っても、他の議題に関しては、事前にすでに官僚たちの間で根回しはほぼ終了しているものが多いのだそうだ。

 けれど、アンジェと光芒剣の議題だけは、その存在が明らかになったばかりということもあって、十分な合意が各国の間で取れていない。従って、まさにこの会議場で意見を戦わせることになる。

 だからこそ、そこに男爵が暗躍する余地もあったわけだが、逆に言えば、私たちが男爵の思惑をひっくり返す可能性もあるわけだ。


 身体検査は、当然ながら、今回も徹底していた。

 夜会の時も相当厳重だったけど、それでもあんな事件が起きたわけだしね。今回はそれに輪をかけて厳しかった。

 当然、武器なんか持ち込むわけにはいかない。今回も、私の剣、陽炎と不知火はお留守番だ。まあ、それは私に限らず、出席者の全員が同じなのだけど。警備の人を除いて。


 控え室で心の準備をしてから、聖務官さんに案内され、私とアンジェは揃って、会議室へ向かう。

 心配そうなメイアの頭を撫で、テュロンと視線をかわして頷きあって、私たちはいよいよ乗り込んだ。決戦の場へと。




 重く厚い扉がきしむ音もなく滑るように開く。私はふうと一つ息をつくと、アンジェの手を軽く握って、部屋の中に足を踏み入れた。

 中には既に、各国のお偉方がずらりと顔を揃えている。

 森の熊さんのような帝国の皇太子や、ユーゼルクのお父さんであるフェルゲイン公爵、フォジョン駐留官など、私が顔を見知った人も多い。


 そしてもちろん、彼――レグダー男爵も。

 薄皮を張り付けた骸骨のようなその不気味な顔つきの中、眼にだけは精気に、いや狂気に満ちた光を宿らせて、彼は座していた。

 男爵は艶光のする黒い礼服に身を包んでおり、それは豪奢で見事な仕立てのものではあったけれど、まるでその姿は屍衣を纏った死神のように私には思えた。


 男爵は私の姿を見ると、微かに薄い瞼を細める。その熱に浮かされてでもいるかと見える、尋常ではないまなざしを隠すように。

 いや、私の隣のアンジェを見たのか。今日、この場で、男爵は待ち望んだアンジェを、そして光芒剣を手に入れるつもりなのだろう。彼の色のない枯葉のような唇が、高揚でか、僅かに震えている。


 だが、男爵の思う通りにはさせない。

 今日ここで、決着をつける気でいるのは、私だって同じなのだ。私は斬りつけるような視線を男爵に送る。応じるような男爵の目つきは、余裕と侮蔑と憎悪に満ちていた。

 もちろん、腕ずくでケリを付けるというわけにはいかないけれど。そして、頭と舌を使った勝負となると、それは私の最も苦手な分野でもあるわけだが。でも、だからといって、こっちも退くわけにはいかないんだから。


 内心ではお互いに煮えたぎるものを抱え込んでいながらも、私はいったん男爵から視線を切り、素知らぬ顔でまずは席に着いた。

 アンジェも私の隣に座る。アンジェは奴隷だから、本来は私の後ろあたりに侍しているべきなのだけど、今回の会議に関してはアンジェも当事者なので、特別に席が用意されている。



「ほむべきかな、いと高き塔。ではこれより、四か国会議を開始させていただくことを宣言いたします」


 私たちが落ち着いたところを見計らって、議長の座についていた聖務官さんが口を切った。

 白く長いひげを生やしており、かなりのお年寄りっぽいけれど、まだ矍鑠かくしゃくとした風格のある聖務官さんだ。

 見た目に威厳があるだけでなく、その仮面には美しい装飾が施され、また法衣には金糸の見事な縫い取りがしてある。そのことから、ラフィーネさんはもちろん、ジメインさんよりも格上であろうことをうかがわせる。

 まあ、こんな大事な会議を仕切る聖殿代表なんだから、多分聖殿で一番か二番目に偉い人なんだろうな。


「まずは皆様ご承知の通り、聖王アンジェリカ陛下のご子孫の確認、そして光芒剣の再発見が為されたことを改めてお伝えいたします。

 そちらにおられます登攀奴隷が聖王陛下のご子孫アンジェリカ殿。またそのお隣の方が、彼女の主人、登攀者のラツキ・サホ殿です。御両名、本日の出席に感謝いたします」


 老聖務官さんの紹介に、私たちは礼をする。一同の視線が私たちに集まった。


「ラツキ・サホです。本日は私の奴隷アンジェリカとともに、このような場にお招きいただきましたこと、心から感謝申し上げます」

「アンジェリカでございます。卑賎な奴隷の身で尊い場を穢すご無礼をお許しいただけますよう」


 返答をしながらも、『私の奴隷』というところをさりげなく強調して発言してみた。そうだ、アンジェは私のだ。誰にも譲らないからね。

 その私たちの言葉に、快活にまず答えてくれたのは、森の熊さんの皇太子殿下だった。


「ははは、そうまで自らを卑下することもなかろう、ラツキ殿、それにアンジェリカ殿。聖王陛下のご子孫、しかも光芒剣の所有者とあらば、むしろ我々一同の方が恐懼せねばならぬ立場だ」


 皇太子の言葉は、私たちの緊張をほぐし、場に馴染ませようという御好意だったのだろう。だが、その言葉に、すぐさま食いついた男がいる。


「さよう、聖王陛下のご子孫にして光芒剣の所有者というお立場は、まことに尊いものですからな。その御身が、奴隷などという身分に落ちていることは、聖王陛下をなみすることといわねばなりませぬ」


 もったいぶった言い回しの、その発言者は、もちろんレグダー男爵だった。

 ふん。早くも、仕掛けてきたというわけだ。

 奴の目論見は、私の手からアンジェを取り上げ、帝国の貴族とし、さらに自分の妻として手中に収めること。由緒正しいアンジェが奴隷身分なのは問題だ、というのは、確かにこれ以上ないほどの大義名分ではある。


「アンジェリカは私が正規の手続きによって購入した私の奴隷です。また、憚りながら私は聖花の摘み手としての実績を得ており、聖王陛下の御栄誉を穢すものではないと愚考いたしますが」

「確かに『随伴奴隷としては』、聖花の摘み手の奴隷というのは名誉なことでありましょうな。しかし、問題なのは奴隷という身分そのものの方なのです。……皆様、帝国といたしましては、アンジェリカ嬢を奴隷身分から解放し、貴族に叙することで聖王陛下の栄光を讃えることをここに提案いたします。無論、ラツキ殿には十分な補償をさせていただくものとして」


 私の切り返しにも平然とした様子で、男爵は会場を見回し、芝居がかった仕草で手を広げて提案してきた。

 アンジェが、こくりと息を飲み込んでから、しかしはっきりとした口調で毅然とそれに答える。

 

「恐れながら、私本人の意思としましては、このまま、ラツキ様のお傍でお仕えすることを望んでおります」

「ははは。それは、奴隷としてはそう答えざるを得ないでしょうな。誓刻の制裁が下りかねませんからな」

「ち、違います! そうではなく、私は本当に……」


 言い募ろうとしたアンジェを、男爵は燃え上がるような狂気の視線で射抜いた。


「それに、もし本心からあなたがそうお考えだったとしてもだ。問題は、あなた一人だけの話ではない。聖王陛下の御威光に関わるという話なのですぞ。その歴史と偉業は、あなた個人のお考えで左右できるものではない。たとえ聖王陛下のご子孫御本人であったとしても。いや、ご子孫であればこそ、誰よりも、ご先祖の名誉を重んじなければならない立場ではないのですかな」

「そ、それは……」


 アンジェは口籠らざるを得ない。

 ちっ。アンジェ本人の意思さえ捻じ曲げに来たか。

 聖王の威光。聖王の偉業。それを持ち出されると、確かにアンジェ自身でさえも迂闊には逆らえない。

 場も、重苦しい空気に包まれている。各国出席者の誰も、表立って反対はしない。いや、できない。

 聖殿も帝国も古王国も既に男爵の根回しが済んでおり、それを他の二国も知らされているのだろう。


 男爵の口が歪んだ愉悦に満たされて波打つ。勝利を確信しているというわけか。

 だが。そうはいくか。

 私は口元に嗤いを湛えて、男爵を真正面から見据えた。

 


「聖王陛下の御威光ですか。確かにそれは尊ぶべきもの。そうであればこそ、血に穢れ、欲望に塗れたお方に、その御名を口にしてほしくはありませんね。それこそ陛下への冒涜です」



 ざわり、と会場が声にならない声で満たされる。

 うん。変に格式ばるよりも、やっぱりこういうやり取りの方が私らしくていいや。

 ここからは――ケンカだ。



「何を言い出すのかな? 言っておくが、この会議場でみだりに暴言・妄言を吐けば、退場に処せられるのみならず、罪に問われる可能性さえあるということをお教えしておきますぞ」


 まだ余裕を崩さず、しかしさすがに不快そうな顔つきになった男爵が吐き捨てる。それに頷き、議長である老聖務官さんも私に向き直った。


「ラツキ殿。少々お言葉が過ぎるようです。お気を付けられよ」

「申し訳ありません。議長閣下。ならば、穏当な言葉に変えて言い直させていただきます」


 私はふうと一息をつくと、鋭く男爵を指差した。空気の裂ける音が響く。



「乱暴な言葉で退場になるというのなら、ましてやそれよりも非道な重罪を犯した者には、この会議に出席する権利も、ましてや議案を提出する権利もありませんね。――ステューヴォ・レグダー男爵。古王国のムグディフ外務卿を殺害させたあなたには!」

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