森の熊さんと帝国の思惑
突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀。
そんな言葉があるのだそうだ。これは私の中のスキルが教えてくれた受け売りだけどね。
まあつまり、そこらに落ちているような何の変哲もない一本の棒。それが、熟練の武芸者の手に掛かれば、恐るべき武器と化すことを示している。……棒術、あるいは杖術という名となって。
――そして、今、私の目の前にいる彼は、まぎれもなくその、熟練の武芸者と呼ぶに値する男だった。
がっしりとした大柄な体つきに、丸い顔つき。どんぐり眼に団子鼻、もじゃもじゃの髭というユーモラスな外見だけれど、炯々と輝く眼光は鋭く、ただものではない。
その男が、手に持つ杖をりゅうとしごき、どん、と大地を踏み鳴らしざま、真正面から撃ちかかってきた。
僅かに半身になってかわす私に、反対側から今一撃が加えられる。手元の僅かな操作で、間合いも打撃方向も変幻自在、思うがままなのが、棒や杖の恐るべき点だ。
私は避けずにむしろ大きく踏み込むと、右手の木刀の柄頭で相手の杖を弾く。さらにそのまま木刀を相手の分厚い胸板めがけて突き出した。
相手が打ってきた瞬間にこそ、長柄武器に対して踏み込む隙ができる。撃った時点で、その武器の展開可能性はいわば死んでいるからだ。
だが相手も、そのがっしりとした体躯に務合わない素早さで上体を傾け、かろうじてながらも私の突きをかわした。その上体の捻じれを利用して、杖が下から円弧を描いて私を襲う。
今度は私の木刀の方が突き終わった瞬間の状態、つまり死んだ太刀だ。
杖の先端が私の顎をめがけて唸りを上げた時。
私は跳んだ。宙高く。
杖が空しく虚空を通過する。
その杖の先端に、私は宙から降下しながらつま先を掛けようとした。そのまま、杖を踏み折る意図で。
けれど、瞬間。男の手から、杖がほろりと落ちた。
朝露が凝り固まり、草の葉からほとりと滴るような、と、そう表現される。あるいは、柔らかな柳の枝から雪が静かに落ちるような。
柳雪の太刀。
相手の打ち込みに対し、あえて自らの得物を落としてこれに応じる技だ。
相手の武器は単に空振りするのではなく、僅かに敵の武器に触れたか触れないかの感覚で宙を切るために、物理的にも心理的にも大きな隙を生じる。そこを狙う技法だ。
しかし、今の私の場合は隙とか何とかいう話ではない。何せ、飛び降りて足を着けようとしていた、その目当ての杖がなくなったのだから。
足場を失った私は当然、空中で大きくバランスを崩す。そこへ、男の拳が唸った。ターゲットは私の顔面。
女の子の顔をためらいなくぶん殴りに来るとは大した覚悟ね、と変な感心をしながら、私はとっさに大きく首を振った。
ばさっと、黒い雨のように虚空に広がったのは、私の髪。
男の拳は私に届くことはなかった。
私の髪が、まるで生き物のように、男の拳にまとわりついていたのだ。
そのまま、ぐいと首を捻る。
頭髪は10トン以上の重量を支える強度を持つという。目の前の男がいかに大柄であろうとも、10トン以上あろうとは思えない。
男は自らの拳を繰り出した勢いに加え、私の髪に引っ張られて加速させられ、大きく腰が泳ぐ。そこへ潜り込んだ私の身体が、男を思い切り跳ね上げた。
いわば、髪の毛を使った釣込腰とか大腰、のような形。
男はぐるんと大きく宙を泳ぎ、砂煙を上げて地面に叩きつけられた。
「……参った。いやはや、こりゃあ参ったよ」
彼は綺麗に受け身を取っていたけれど、その団子鼻にこつんと軽く私の木刀が突きつけられていた。
素直に負けを認めた彼は、よっこいしょと大きな体を起こし、地べたに胡坐をかく。悔しそうという感じではなく、むしろ彼は楽しそうに大口を開けて、がははと快活に笑い出した。
「いやぁ、さすがだな、聖花の摘み手に選ばれるだけのことはある。いい勉強をさせてもらったよ」
もじゃもじゃの髭の中から綺麗な白い歯が覗く。先ほどまで爛々と光っていた丸い目に、今は人懐っこそうな輝きが宿っていた。
団子鼻がぴくぴくと蠢いて、見ているこっちまで楽しくなってしまうような、そんな表情。
「ありがとう。あなたも強かったわ。ええと、確か……ウィン、ウィンダークさん」
「がはは! そう言ってくれるとありがたいが、貴君は本気を出していなかっただろう。貴君は双剣使いと聞いたが、木刀一本で相手をしてくれたしなあ」
髭もじゃのウィンダークさんはそう言って豪快に笑った。私もつられて苦笑する。
ここは屋敷の中庭。周りでは、みんなが見守っていた。この試合を。
メイアはほっとした表情。心配してくれていたのね。
テュロンは涼しい顔。私が勝つのが当然と、信じてくれていたようだ。
しかしアンジェは何故か妙にぴくぴくと美しい顔を引きつらせており、対照的に、キュリエナはにやにやと、チェシャ猫のような笑みを浮かべている。
アンジェの表情の意味も気になるけど、問題はキュリエナだ。彼女のあの顔は、競争の時、敵だった際によく見たもの。
……つまり、なーんか腹に抱えてるな、あの油断ならない子は。今は仲間だとはいえ、彼女の悪戯好きが治ったわけではないだろうし。
「まずは改めて、手合せをしてもらった礼を言おう、ラツキ殿」
ウィンダークさんは立ち上がり、大仰に礼をした。野人のように見える外見だけれど、彼の身ごなしは丁寧で、意外と礼節にかなっている。
私はそのウィンダークさんに請われ、一手の手合わせをしていたのだ。
聖王祭の最終日に、ユーゼルクと出会った時、言われたことがあった。
聖花の摘み手となった私は、もう人々の注目の的になっている、と。
その言葉が事実であることを、私は聖王祭の後、すぐに実感することになる。
ちょっと出かけるだけでも街の人の視線を感じるし、見ず知らずの人に話しかけられたり、応援してますとか言われたり。まあ、それはそれでありがたくはあるんだけど。
しかしそれだけではなく、場合によっては、野試合を挑んでくる人も少なからず出たりし始めたのが面倒なところだった。
あるものは傲慢に、ある人は丁寧に、またある相手は野心に燃えて。態度としてはいろんな人がいたけれど、正直、いちいち相手なんかしてらんない。なので、基本的にそういう挑戦者は全部お断りしてたんだけどね。
そんな中で、なぜこのウィンダークさんと試合をすることになったかと言うと。
キュリエナだ。
この間、アンジェ、テュロン、そしてキュリエナの三人で買い物に行ってもらった時のこと。
キュリエナは酒屋さんでお酒を選んでいた。私と割り勘なので、思い切って高価なものを買って行こうと考えたらしい。後からそのことを知った私はキュリエナのほっぺをつねってやったけど。
その時、同じ銘柄を選んでいた男と偶然出会ったのだそうだ。それが、この髭もじゃのウィンダークさんだった。
私だけではなく、アンジェやテュロンの姿も、聖花の競争の際には当然映像中継されていた。なので、ウィンダークさんは、キュリエナと一緒にいたアンジェとテュロンを見て、私の仲間だと悟ったようだ。
そこで、私に一手の手合わせを願いたいと、キュリエナに仲介を頼んだのだという。
……で。キュリエナは私に一言の相談も断りもなく、あっさりそれを引き受けたのだ。私が、そういう申し込みは全部撥ね付けてるって知ってるはずなのに、まったく。
後からそのことを知った私はキュリエナの反対側のほっぺもつねってやったのだけど、でも約束しちゃった以上は仕方ない。特に予定があるわけでもないし、不承不承ながらも、受けざるを得なかった。断ろうにも相手の居場所もわからないし。
で、それから数日後。約束をした日、つまり今日、ウィンダークさんは意気軒高と現れ、私と試合をしたというわけだった。
結果的には、まあ、なかなか面白い内容の戦いにはなっていたと思うし、そういう意味では楽しめたけどね。ウィンダークさんも、大きな熊さんみたいな迫力のある外見だけど、カラッとしていて人好きのする男性だったし。
「お、お疲れさまでした、お二方。あ、あの、こちらに、喉を潤すものを用意しております」
なんかぎくしゃくした様子でアンジェが私たちに近づき、案内してくれた。
私たちが試合をした場所から少し離れた中庭の奥には小さな東屋があり、卓と椅子が置かれている。時々、気候のいい日には、みんなでここで食事を取ることもある。
そこに、盃と水瓶が用意されていた。
……だけどそれにしても、やっぱり様子おかしいよね、アンジェ。何をそんなにキョドってるんだろう。
「おお、これは申し訳ありませんな。聖王陛下のご子孫にご案内いただけるとは、なんとも恐縮。それにしても、やはりよく似ておられますな。まあ、私が存じ上げているのは聖王陛下の肖像画だけですが」
ウィンダークさんは機嫌よく、それでいて丁礼儀正しくアンジェに対応している。
……っていうか、主人である私に対するよりも、奴隷であるアンジェへの態度の方が丁寧な気がするんだけど。やっぱり聖王の子孫っていうのは大きいんだなあ。
そんなこと思いながらも、私たちは東屋に赴き、良く冷えた水を気持ちよく喉に流し込んだ。
「しかし、職責とはいえ、わざわざ聖都までやってくるのも面倒なことと思っておったが、思いがけず、いい経験をさせてもらったよ。何か礼を考えねばならんかなあ」
「あら、ではあなたは聖都の登攀者ではないのね?」
ウィンダークさんの言葉に、私は軽く驚いた。そういえば素性をよく聞いていなかったっけ。聞くまでもなく登攀者だと思い込んでいたからだけど。さっきの試合でもわかるように、彼はなかなかの腕前だったしね。
「あ、ああ、うむ。私……ごほん、わしは帝国の、まあ、貴族さ、これでもな。間もなく始まる四か国会議のために聖都に来たのだよ」
「へえ、……じゃなくて、そうだったんですか、貴族のおかたでしたか」
外見で判断するのは失礼だけど、森の熊さんみたいなこの人がねえ。
まあ、確かに結構、態度の端々に、きちんと礼儀作法をわきまえているような感じは受けていた。森の熊さんみたいだけど。
四か国会議のために来たということは、結構偉い人なのかな。森の熊さんみたいだけど。
一応口調を改めた私だったが、ウィンダークさんは豪快に笑い飛ばした。
「がっはっは。そんな言葉使いをされるとくすぐったいなあ。何、貴族などと言っても、かしこまる必要はないさ。古王国あたりでは家格だの由緒だのと厳格なようだが、帝国の貴族は、実力があると認められれば誰でもなれるものだからな。例えば、この聖都におる我が帝国の駐留官の男爵も、元は登攀者だよ」
「……ええ、知ってます」
ウィンダークさんのお言葉に甘えて、多少丁寧という程度の口調にしながら、私はやや苦い思いで答えた。
彼の言っているのはもちろんレグダー男爵のことだ。私としてはあんまり話題にしたくない相手だけど、ウィンダークさんがそれを知ってるわけはないしね。
「そうだ、ラツキ殿。もし貴君がお望みなら、わしが帝国に口をきいてもよい。帝国に帰属する気はないかね? 貴君ほどの腕前、しかも聖花の摘み手という実績があれば、誰も反対する者はないだろう。それどころか騎士団の一つくらい任せても良い」
「騎士団を任せる……?」
「あ、い、いや、その、うぉっほん。まあそのくらいの地位を与えられるよう推薦しようという意味でな」
ごほんごほん、と、ウィンダークさんはもじゃもじゃ髭の中から咳払いをする。
なんかよくわからないながらも、私は首を振った。
「お言葉はありがたいことです。でも、私は塔に登ると決めているんです。それに、私の仲間たちもそれを支持してくれているわ。今はみんなの気持ちが一つになっているんです」
「そうか……貴君の決心が堅いというなら仕方がないが」
ちょっと残念そうにウィンダークさんは頷き、次いで、ちらりと、傍らに侍立しているアンジェを意味ありげに見やった。
「気持ちが一つの仲間か……しかし……」
ぽつりと低く呟いたウィンダークさんの声を、けれど私は聞きとがめてしまった。
私の強化された聴覚は、良くも悪くも、普通の人なら聞き逃すような音量を拾ってしまう。
「しかし、何です?」
「うおっ、き、聞こえていたか!? ラツキ殿、耳が良いのだな!?」
ただでさえ大きなどんぐり眼をさらにひん剥いて驚くウィンダークさんに、私は重ねて問う。
「何か、私の仲間たちに問題でも?」
「い、いや、問題というわけではないのだが……その、まいったな」
視線を逸らして、もじゃもじゃ髭を困ったように撫でるウィンダークさんの様子に、私はいよいよ不審の念を強くする。
言い淀み、口をつぐむようなことが何かあるというのか。私の仲間たちに関して。
「ウィンダークさん。さっき、何か礼をすると言ってくれましたね。だったら、答えを頂くことでそのお礼に代えてもらいたいわ。何をあなたは言おうとしていたんです?」
「む、むう。それを言われると……」
ウィンダークさんは団子鼻をひくひくとさせ、困り顔で太い眉をしかめていたが、やがて大きな息を吐き出した。
「……やむを得んなあ。しかし、これは確定した話でもなんでもない、とまず承知しておいてもらいたい。あくまで、そういう意見が帝国の一部にあるにすぎんと」
「わかりました。それで?」
話を促す。
別に、ウィンダークさんをことさら困らせようとしているわけではない。だけど、私の大切な仲間たちに関する、何か特別な話があるというなら、私はそれを放置するわけにはいかない。
「う、うむ。その、アンジェリカ・オヴライト殿に関しての話なのだが」
ウィンダークさんの言葉に、アンジェがびくりと体を震わせる。
アンジェリカ・オヴライトはアンジェの本名。今は取り潰されてしまったアンジェの家名がオヴライトだ。
奴隷となったアンジェからは剥奪されてしまったはずの、それは呼び名だった。
「アンジェリカ殿が聖王陛下のご子孫であることが、この間の競争で明らかになったわけだ。しかし、聖王陛下のご子孫が奴隷のままでは忍びないうえ、帝国の沽券にも関わる。
――それゆえ、オヴライト家を復興させ、アンジェリカ殿を奴隷身分から解放して、改めて貴族に叙してはどうかという話があるのだよ」
ヒュウ、と小さく口笛を吹いたキュリエナが、慌てて唇を押さえた。
それはほんの微かな口笛だったけれど、そんな音が大きく響いてしまうほどの静寂が、一瞬その場を満たしていたのだ。
そんな静けさをいち早く破ったのは、アンジェだった。
「ま、まことでございましょうか!? オヴライト家を再興していただけるのですか!?」
心臓を鈍刀で叩き潰されたような感覚が私を襲った。
話をしているのは私とウィンダークさんだ。奴隷であるアンジェが口を挟むことはマナー違反だし、そんなことはアンジェも良くわきまえている。
けれど、いつも礼儀正しいアンジェが、そんな無作法を行ってしまうほどに、今の彼女は無我夢中な姿を見せていたのだ。
目を輝かせ、身を乗り出しているアンジェ。
彼女にとって、家の再興という言葉は、それほどに魅力的なことなのだろう。
でも。……でも。
「……アンジェ、あなたは、その。……やっぱり、家を復興してほしい?」
ためらいがちに聞いた私に、アンジェは刹那も迷うことなく大きく頷いた。
「は、はい! お許しがいただけるのでしたら!」
……そっか。
アンジェのお兄さんは、家を守るために登攀者になり、命を落としている。それほどに、家を守るということは、貴族にとっては大切なものなのだろう。
それはアンジェだって同じなんだろうな。彼女にとっては、ご両親、そしてお兄さんの、思い出の象徴でもあるのだろうし。
だけど。
奴隷から解放され、貴族に復帰するということは。
――私と、別れることじゃ、ないのかな。
アンジェは……それでも、いいの、かな。
全然全く一瞬も迷わずに、アンジェはそれを選んじゃったのかな。
アンジェの中の私の大きさって、そのくらい、だったのかな……。
――嫌な女だ、私。
愛する少女の願いが叶うことを素直に祝福できないとか、どんだけ卑しいのよ。
きゅっ、と唇の端を噛んで、目の奥がじわっと熱くなるのをこらえる。
アンジェがそれを望むなら、私は。私は――。
「昔窮乏していた時に、援助もしてくれなかった遠い親戚たちがいるのですけれど、多分そういう人たちも寄ってくると思います。聖王陛下に直接関わる家柄が、帝国のお声がかりで再興されることになるわけですから」
アンジェが頬を紅潮させながら言葉を続けている。良く意味は分からないけど。それがどうしたのかな。
「そうしたら、その中から、まあ多少マシな人を選んで、家督を譲りたいと思います。そうすれば、オヴライトの家名は安泰で、存続できますから、両親も兄も許してくれるでしょう。薄いとはいえ血縁ならば、聖王陛下の御血筋の家という名目もたちます」
「……へ?」
きょとんとしてアンジェを見つめる。
え、せっかく貴族に復帰できても、それを譲っちゃうの?
「そうしたら、またご主人さまとご一緒に塔に登れますね。自由民になった私が自由意思で行動するなら問題ないでしょうし。
……あ、でも、その時の私はもう奴隷ではないので、ご主人さまとは呼べなくなるでしょうか。うーん。ご主人さまがいいと仰ってくださるなら、その後も同じ呼び方をさせていただきたいですけど」
「ちょ、ちょっと待って、アンジェ」
私は慌ててアンジェの言葉を遮る。
えっと、今アンジェが言ったことは。
……貴族に戻れても、またすぐにその家を出て、私のところに戻ってきてくれるということ……なの?
「はい、ご主人さま?」
「あ、あの。あなた、……私と一緒に、その。また一緒に、その……」
なんかもう意味もなく同じことを繰り返しているテンパった私に、アンジェはぷくっと可愛い頬を膨らませた。
「ご主人さま? もしかしてですけど、私がご主人さまとお別れをする気でいるとでも、お思いになったのですか?」
「そ、それは……えっと……」
澄んだ目で睨まれて、私は言葉に詰まり、おどおどと目を泳がせる。
アンジェはそんな私に、めっ、とするような口調で言う。
「私がご主人さまと離れて生きていけるとお思いだったのなら、ひどいです。私、怒ります」
「うう……ごめんなさい」
私はしゅんとなって謝りつつも、でも必死で、ふにゃふにゃとだらしなく緩みそうになる口許を引き締めていた。
……そっか。えへへ、そっか。そっかあ。えへへへへへ。
すぐそばにウィンダークさんがいなければ、きっとアンジェを抱きかかえて踊りながらキスしていただろう。いや、それよりも先に、まず泣いちゃったかもね、笑いながら。
とにかくまあ、そんないろんな感情がごちゃ混ぜになって、私の中を、とろっとろになりそうなほどのピンク色にシェイクしていた。
アンジェは私と一緒がいいんだ。ふふふ、そうなんだ。
――あーヤバい。私、今、すっごい幸せだ。
けれど。そんな浮かれていた私に冷や水をぶっかけるような声で、テュロンが言った。
「ですが、そう上手くいきますでしょうかしら?」
「……どういうこと、テュロン?」
怪訝な目を向ける。テュロンは細い顎に人差し指を当て、考え込みながら答えた。
「帝国が求めているのは、単に聖王陛下の血筋のみではないのではないでしょうか。もちろんそれと裏表不可分の関係にあるのでしょうけれど、欠くことのできない要素として、光芒剣の存在があるのではございません?」
テュロンの言葉に、ウィンダークさんはもじゃもじゃ髭の中で苦笑いを浮かべた。
奴隷が口を挟むという無作法にも構わないでくれるのはありがたいけど、でも話の行方自体は、なんかまた不穏なものになってきたような。
「その通りでなあ。光芒剣をどこの誰が手に入れるかは重大な問題なのさ。何と言っても伝説に謳われたほどのまぎれもない聖王陛下の御遺愛の品、しかも今に至っても偉大な力を有していることが世界中に知れた品だ。その御威光は絶大なものがある。……つまり、帝国としては」
「……帝国としては、聖王陛下のご子孫であるアンジェに加え、伝説の光芒剣までをも抱え込んだということを背景として、諸国に対する影響力、発言力を強めたいという考えもおありだというわけですわね。だとすれば、仮に一度アンジェを取り込むことに成功した場合、もう手放すわけにはいかないということになりますわ」
私とアンジェの顔色が共にさっと変わる。
「ちょっと待って、それって……」
気色ばんで言いかけた私の言葉を、ウィンダークさんは野太い手を突き出して、あせあせと押し止めた。
「ま、まあ待ってくれ、ラツキ殿。先ほども言ったように、これはあくまでそう言った意見があるというだけのこと。別段、帝国としての統一された意向というわけでも総意でもない。
……だいたい、今のアンジェリカ殿はラツキ殿の奴隷、つまりラツキ殿の所有物だ。そしてラツキ殿は聖殿に所属する登攀者であるゆえ、帝国の一存でどうこうできるわけもないのさ。強引にことを運ぼうとしたら、影響力を増すどころか、逆に聖殿はもとより、諸国からの反発を一斉に買うことにもなりかねないしなあ」
あー。そう言われれば、そうか。
私はあくまで聖殿の人なんだものね。帝国が無理に口出しする権利はないわけだ。
少しだけど、落ち着きを取り戻す。
さらにテュロンがなだめるように言った。
「それに、聖殿としても同じ理由で、聖王陛下のご子孫と光芒剣を自分たちの管理下に置いておきたいはずですわね。従って、仮に帝国からそういった申し入れが行われても、容易に肯いはしないでしょう。さらに言えば最終的にはご主人さまのご意向に関わるのですし、ご主人さまはアンジェを手放す気はおありになりませんわよね」
「あったりまえよ!」
ふんす、と鼻息を荒くして私は即答した。
ほっとした様子で、メイアがきゅっとアンジェの手を握りしめている。
「よくわかんないけど、アンジェ姉さま、どこにも行ったりしないんだよね?」
「ええ、もちろんですよ、メイア」
アンジェが慈母のような笑みを浮かべてメイアの頭を撫でている。
そうだ、私にとってだけではない。メイアにとっても、いや他のみんなにとっても、アンジェはここに、私たちのこの場所に、必要な子なんだ。
ウィンダークさんはもう一杯盃を干して、太い息をつく。
「帝国の中にもいろいろな意見があってなあ。聖殿はもともと政治的には中立なのだし、そこにアンジェリカ殿と光芒剣をお預けしたままでも、帝国の害にはならんので良いではないかと考える者もおる。ごり押しして諸国の反発を買うよりは、とな。
一方で、帝国の権威を高めるためには、やはり多少強硬な態度に出てでも、アンジェリカ殿と光芒剣は必要だと考える者もおるし、さらにそういった者たちの中でも、その手法について意見が分かれたりもしておってなあ」
「手法?」
聞き返した私に、ウィンダークさんは太い指で額をトントンと叩いて少し考えていたが、やがて言った。
「まあ、ここまで話してしまったのだし、それにラツキ殿は当事者でもある。わしの責任においてもう少し話してしまうが、仮にアンジェリカ殿を貴族に叙することができたとして、その後、どうやって帝国に引き留めるかについての話なのだ」
ウィンダークさんはごつい肩をすくめた。
「先程アンジェリカ殿が言ったように、自由民にしたところで、帝国を出られてしまっては、意味がないからなあ。そこでこういう意見もある。……ひとつの意見だが」
ごほん、ともじゃもじゃ髭を咳払いで振るわせて、彼は、言った。
「アンジェリカ殿を、帝国貴族の誰かに嫁がせるというのはどうか、と」
小さく声にならない、けれど鋭い悲鳴を上げたのはアンジェ。
私は何も言わなかった。ただ、髪の毛がすべて逆立つような感覚を覚えていただけで。
その時の私の視線は、多分、気の弱いものならばそれだけで泡を吹きそうなほどのものだったと思う。
ウィンダークさんほどの豪のものでも、髭の中の口許をびくっと引きつらせて、私の視線を逸らしたほどだ。
もちろん、ウィンダークさんが悪いわけではないんだけど。でも、私が怒るのも、やっぱりそれは当然だと思う。
私の拳が自分の意思とは別に、うずうずと疼いている。
ふーん。ふーん。
こともあろうに、私のアンジェを、勝手に結婚させるだって?
……良かったね、その提案をした人。今この場にいなくて。
そんな提案をしたのが誰かは知らないけど、もしその人が目の前にいたら、私は自分を抑える自信はなかったぞ。
多分。
私とアンジェは女同士だから、知らない人からすれば、私たちが深い関係にあるとは思わないのだろう。だから平気で、そのうちの一人を結婚させようなんて発想が出てくる。
もし私とアンジェが男女だったら、きっと私たちの仲を裂こうなんて考えは出ないのではないだろうか。
……ああもう。女の子同士の関係って、ほんとに。
ぎりっと奥歯を噛みしめた私の前で、ウィンダークさんの話は続いた。
「た、ただ。貴族というのは、たいてい幼少のみぎりに、既に許嫁が決まってしまっていることが多くてな。もちろん、側室・側妾としてなら話は別なのだが、まさか聖王陛下のご子孫を側室にするというわけにもいくまいしなあ。
……しかし、貴族の家柄であって、過去の実績を持ち、しかもいまだ連れ合いを持たない独り身の男がいてな。その者に娶せたらどうか、という案も出てはおるのだ。それは」
ウィンダークさんのその言葉が終わらないうちから、私は不思議に嫌な予感がしていた。
多分無意識のうちに、その条件にあてはまる男がいることを、自分の中でも想定できていたからかもしれない。
それは、私が最も口にしてほしくない男の名だった。
「――聖都駐留官、ステューヴォ・レグダー男爵だよ」
私は静かに立ち上がった。
とても優しく穏やかな声で、みんなに言う。しっとりとした微笑みを浮かべて。
「ちょっと留守をお願いね。夕食までには戻るわ」
「いけませんわ、ご主人さま!」「だ、駄目だよ、ご主人さま!」
身を翻そうとした私の両手をテュロンとメイアが掴んでいた。必死な顔つきで。
「どうしたの、ふたりとも?」
柔らかく問う私に、メイアとテュロンが答える。
「わ、わかんないけど。でも、ご主人さまの中の力の波が、すごく、すごく怖い形に見えるんだ」
「落ち着いてくださいませ、ご主人さま。なさろうとしておられることは、我が輝ける知性によって想像ができますわ。ですが、それをすることはできない……少なくとも今はできないということもおわかりのはず」
うーん。そんな駄目なことかな。
――私、これからちょっと、男爵を斬りにいくだけなんだけど。
だって、もう明らかだもん。
男爵が、アンジェを妻にすることで光芒剣を入手しようと画策し、自分から帝国の要人にそう提案をしたのは間違いない。
まして、男爵は、私とアンジェの仲を知っている、知っていて、やったのだ。
ちょっと、もう、うん。
私の理性を繋ぎとめていた糸は、微塵に千切れ飛んでいる。
ぐいと引っ張った私の腕に吊られ、僅かながら、テュロンの身体がざざっと砂煙を上げて動いた。
驚愕の表情がテュロンの貌に走る。私自身もちょっと驚く。
あの怪力のテュロンを引きずるほどの力か。我ながら、怒りの力って怖いものね。
けれど。
私の前に、アンジェが立っていた。
彼女は何も言わなかった。しなやかな手を胸前で組み、黙したまま、ただ、私を見つめた。
やがてアンジェの金色の瞳から、たったひとしずく、煌めく涙がこぼれて落ちた。
その滴が、私の胸の奥にぽつんと落ち、ゆっくりと波紋を広げていく。
波紋が胸の中で広がり終えて緩やかに消えていったとき、ふう、と私は吐息をついた。
激昂は静まっていた。
いや、今だって、正直なことを言えば、脳みそがぐらぐら音を立てて煮え滾っているような感じではある。
けれど、無理をしてでも自分自身を止め、己を取り戻すだけの、ぎりぎりの足掛かりは、かろうじて蘇ってはいた。
激情に身を任せて無茶なことをすれば、自分だけではない、みんなにも等しく破滅を振りまいてしまう。そんな当たり前のことを当たり前に受け入れるだけの、小さな小さな心の置き場が、やっと。
「……ごめんね、みんな」
力を抜き、ぎこちなく謝った私に、みんなも虚脱したように疲れた笑みを浮かべる。
……ちょうどその時。
「失礼、……失礼、どなたも居られぬのかな?」
表門の方から、案内を乞う声がしているのに私たちは気づいた。
慌てて出迎えに行こうとしたが、既にこの場にいない人が一人。キュリエナだ。相変わらず反応の早い子。
やがて、キュリエナがその来訪者を伴って、中庭に現れた。
その相手の顔を見て、今度はウィンダークさんが、うぐ、と言ったような低い声を漏らす。
彼の知り合いだろうか。
その新たな来訪者は、長身痩躯ながらも、鍛え上げられたことがうかがえる外見を供えた、初老の男性だった。
服装は上質で典雅なものだが、袖から覗く拳はがっしりとしており、巌のようだ。
獅子のたてがみを思わせる金色の髪はその勇猛さを、そしてきちんと整えられた顎髭はその厳格な性格を物語る。輝く眼光が油断なく周囲を睥睨していた。
威厳と風格を備えた、がっしりとした古剣のような印象を与える。そんな人物だった。
「フェルゲイン公爵……良くここがわかったなあ」
ウィンダークさんが困った顔をしてもじゃもじゃ髭を撫でる。
フェルゲイン。えっと、最近聞いた名だ。……そうだ、ユーゼルクの名字じゃなかったっけ。
え? ってことは、この人は、ユーゼルクの……?
「新たな聖花の摘み手に手合せを願いたいとさんざん仰っておられたではないですかな。ならばすぐにでも察しはつきましょう。
……失礼、名乗りが遅れたな、ラツキ・サホ殿。私は帝国公爵フェルゲイン。息子から、貴君の話は聞いている」
謹厳な表情を変えないまま、フェルゲイン公と名乗った老紳士は私に軽く頷いた。
じゃあやっぱり、この人、ユーゼルクのお父さんなのか。
ユーゼルクの腕前はもちろん知っているけど、このフェルゲイン公も、その息子の存在が納得できるような鋭い雰囲気を纏っている。代々武門の家柄なのかしらね。
ユーゼルクは肩幅広く胸板の厚いイケメンマッチョだけど、お父さんの方はどっちかと言うと細身の人だな。
そのフェルゲイン公は、いかめしい顔を改めてウィンダークさんへ向けると、言った。
「さて、そろそろお帰りを頂きませぬと。間もなく会議も開かれるのです。あまりお戯れも過ぎませぬように……皇太子殿下」
……はい?
えっと、私の会話スキルに異常が発生したかな?
このおじさんは今なんて……え? こうたいしでんか?
「がはは、まあそう厳しいことを言うな、フェルゲイン公。我が武術の師とはいえ、卿に掛かったら、いつまでも私は子供扱いだな」
……何か、平然と会話してるし。
え、じゃあ、ほんとに。
ほんとにウィンダークさんって……えええ!?
「こ、皇太子……殿下であらせられますか!?」
思わず声がひっくり返る。
いやだって。『帝国の皇太子』、なんていう響きから考えれば、こう、さ。スマートでスタイリッシュで、ふわふわの髪に切れ長の瞳、マントが似合うような、ちょっと気障だけどうっとりするような美青年とか想像するじゃない!?
それが。
目の前にいるのは、ガッチリ系のどんぐり眼に団子鼻、もじゃもじゃ髭の、がははって笑う森の熊さんなんだよ!?
いや確かに、ウィンダークさん……いや、皇太子の身のこなしは礼儀正しかったし、帝国の内情にも詳しいし、偉い人なのかなって雰囲気はところどころにあったけど。
「がはは、まあ堅くならんでくれ、ラツキ殿。あくまで忍びだ、忍び。それに、今日はいい経験をさせてもらったしな。思いっきり投げ飛ばされて」
「あ、あはは……」
冷や汗ダラダラで愛想笑いをするしかない私。
そっか。道理で、アンジェとキュリエナが最初から挙動不審だったわけだ。
この世界にはネットはもちろん新聞もTVも、写真もないのだから、各国の王族と言っても、一般には意外に顔は知られていない。
けれどアンジェはもともと帝国貴族の出身。だから、皇太子のことは知っていたのだろう。
ちらとアンジェを見ると、申し訳なさそうに頭を下げている。
あー。皇太子から口止めされてたかな。
だけどキュリエナは……?
(ちょっとキュリエナ! あなた、知ってたわね!?)
皇太子とフェルゲイン公が帰る準備をしている隣で、私はキュリエナの脇腹を肘で突っつきながらささやきかけた。
(そりゃ知ってたわよ。私の商売柄、各国の要人・貴人の名前と顔は頭に入れてあるもの)
平然とささやき返すキュリエナ。彼女の商売知識って、あんまりよろしくないことに使うためのものな気もするけど、まあそれは置いといて。
(じゃあ、なんで教えてくれなかったのよ!)
(んー、そのほうが面白いから? ……って、痛い痛ーい!)
私は思いっきりキュリエナのお尻をつねってやった。
(最初から知ってたら、ラツキ緊張してまともに相手できないでしょ? それに帝国との個人的な伝手を作っておくのは悪いことじゃないと思ったのに。私の愛が伝わらないのね、悲しいわ)
涙目でぶつくさ言っているキュリエナは放っておく。
皇太子がこちらに向き直り、人懐こいどんぐり眼で笑顔を送ってきたからだ。
「ではラツキ殿、世話になったな。また会議の時に会えるだろうが」
「は、はい、また殿下に拝謁できることを楽しみにしております」
「がはは、だから堅いというのに。……時に、な」
不意に皇太子は声を低め、独り言にもならないほどの小声でつぶやいた。だが、私の聴覚はそれを拾うことができる。
「ラツキ殿は耳が良いから聞こえるであろう。先ほどの、アンジェリカ殿の結婚の話だが、条件に合う人物がもう一人だけおる。そのことも心に留められよ」
そんな言葉を残し、皇太子とフェルゲイン公は屋敷を去っていった。
私はそのあとで、仲間たちとその言葉の意味を考え合う。
が、特に悩む必要もない。すぐに察しはつくことだ。
そもそも、わざわざ小声で皇太子が言葉を残した、ということが大きな手掛かりでもあるのだから。つまり、傍にいる人物に聞かれたくなかったことを意味する。傍にいたのはフェルゲイン公。
従って。
「そっか。ユーゼルクも、あの条件に合致するわけ、ね……」
貴族の家柄で、実績があり、独身。
なぜか理由は知らないけど、ユーゼルクには特に許嫁はいないようだ。ミカエラは幼馴染だそうだけど、婚約者ではないみたいだし。
もちろんユーゼルクの今の身分は登攀者で、帝国に帰属してはいないけれど、いずれまた帝国貴族に復帰させることはできるわけだ。
「なるほど。皇太子殿下がご主人さまに会いにいらしたのは、そのためでしたか」
テュロンが縦ロールをふわっとなびかせながら言う。私は首を傾げ、問いを向けた。
「どういうこと、テュロン?」
「もちろん、ご主人さまと手合わせしたいという目的も実際にあったのでしょう。楽しそうに戦っていらっしゃいましたものね。
しかし同時に、アンジェと帝国貴族との結婚話、レグダー男爵とのこともそうですが、特にユーゼルク様との話をご主人さまの耳に入れ、あらかじめ反対の意思を固めてほしかったのだと思われますわ。会議の場でいきなり言われるのとでは、心の準備が違いますでしょうし」
テュロンは頷きながら語る。
でも、私にはまだよくわからない。何故皇太子は男爵やユーゼルクとアンジェの結婚を潰したいのだろう?
「帝国は、結婚することでアンジェと光芒剣を入手できますわね。帝国対他の国々、という関係で見れば、利益を得るのは確かに帝国でしょう。
しかしより詳しく、帝国内部という関係性で見れば、結婚という形を取る以上、それはフェルゲイン公爵家かあるいはレグダー男爵家のどちらかが、私物として入手することになりますわ。権威という意味では、王室よりも強い影響力を、臣下である公爵家か男爵家が持ちかねないことを意味します。それは、王室の御方である皇太子殿下にとっては防ぎたいことなのでしょう」
テュロンの言葉に続き、キュリエナも皮肉気に笑む。
「レグダー男爵は新参だけれど、巨額の資金力で帝国内部に大きな影響力を広げてるわ。
一方フェルゲイン家は聖王の男系の直系だものね。いわばアンジェとは遠い親戚というわけだけど、だからただでさえ強い権威を持ってる。そこへさらに女系の直系であるアンジェと光芒剣を手に入れたら、帝国内部での発言力は群を抜くものになるでしょうね。
男爵と公爵、どちらがさらに力を得るのも、王室としては面白くないはずだわ」
あ、そうか。
以前、レグダー男爵の屋敷に招待されたときに、アンジェがそう言ってたっけ。フェルゲイン家が聖王の子孫だと。
ふう、と私はため息をつく。色々な人たちがそれぞれの思惑で色々な策謀を巡らしているというわけね。
皇太子殿下は好人物そうに見えたし、事実、いい人ではあるのだろう。
けれど、単なるお人好しというだけでは、皇子という仕事はやってられないというわけか。
なんともまあ、いろいろとめんどくさい事態に巻き込まれつつあるみたいね。
不安げなまなざしを向けてきたアンジェの頭を軽く抱きながら、私は空を見上げた。
呑気な小鳥たちが可愛い声でさえずりながら戯れている。
はあ。早く私たちもあの小鳥たちのように、また楽しく戯れあえるようになれればいいのにな。
会議の日は、もうすぐそこまで近づいて来ていた。




