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異世界くじと神々の塔  作者: 天樹
47/84

聖花と摘み手

 艶やかな虹の七色の輝きを放ち。

 夜の帳を押し開く一筋の曙光のような鋭い刃を備え。

 輝き渡る日輪の高貴さと、静かな月光の気品を併せ持ち。

 降り注ぐ流星のような華麗さを纏った。


 誰も、見たことなどはない。ないが、目にしただけで、その剣の素性は当たり前のように、その場にいる全員の心底に明らかに伝わってきていた。


 聖王アンジェリカ。1000年前に、塔の百階層までを制覇した伝説の王。

 その聖王が有していたと言われ、けれどいつしか歴史の陰に消えた剣。そして、狂的にして病的な武具収集家であるレグダー男爵が血眼になって探し求めていたその剣が、今、アンジェの手に抱かれている。


 ――光芒剣。

 光芒の名にふさわしい、それはまさに宝剣だった。



 私も、テュロンも、メイアも、やや離れた場所にいたユーゼルクたちも。

 皆、唖然としてその光景を見つめていた。まるで光の花が咲き零れるかのようにアンジェを包み、そしてその光が剣と化して姿を現した一部始終を。


 もっとも、それは単に事象の展開を目撃していたというにすぎず、その意味を理解していた者は誰もいない。アンジェ自身でさえも、驚愕に目を見開いていたくらいなのだから。


 さらに言えば、私はその場にいた他の人たちとは、さらにもう一つの点で、異なる驚きを覚えていた。

 私には――私だけには、わかる。あれは。あの光芒剣なるものは……!




「い、命に輝きを与えるって……どうすれば……?」


 アンジェが戸惑ったように口中で呟く声に、私は思考を中断した。今はとにかく、この光芒剣をいかに使うかだ。それが、あの幻の美女がアンジェに示唆したことなのだろうから。


「アンジェ、あの人がそう言ったのね?」

「は、はい、そう感じました」


 早口に私たちは言葉を交わす。ならばもう、後は勘だ。ぐずぐずしている暇はない。迷い悩むのも、驚きや感慨に身を浸すのも、全部後でやればいい。


「メイア! 樹が力の『波』を一番強く集めているのはどのあたりから!?」


 振り返る間も惜しんで私は言葉を飛ばす。戸惑いながらも、メイアは髪をかきあげ、右目を輝かせて答える。


「え? えっと、アンジェさんの左斜め前十歩……ううん、十二歩くらいのとこ、かな」


 私はアンジェに指示しない。する暇はないし、しなくてもいい。メイアの言葉を聞くだけで、アンジェは良かったのだ。

 私と視線すら交わさず、メイアのことを聞き終えるや否や、アンジェは走った。

 メイアに教えられた地点へ。

 走りながら、彼女は光芒剣を振りかざし、そして、その地点へたどり着くと同時。

 アンジェは、深々と光芒剣を大地に突き刺したのだ。

 そう、それでいい。いいはずだ。



 『聖王の樹』を見た時、メイアは言った――「この階層の力の「波」が、全部あの樹に集まっているみたいだよ」と。

 私が受けた印象もそれと同じだった。この聖王の樹は、10階層のすべてから力を集め、この堂々たる威容を保っているのだろうと。


 だがまた、改めて先ほど思いもしたのだ。

 これほど巨大な樹に、一輪しか花が咲かないのは不思議だ、とも。

 ――つまりは。

 この樹により多くの花を咲かせるには、まだなお「波」――力の波が足りないのだ。


 そして、アンジェが幻の女性から聞いたという言葉、いや、感覚。命に輝きを与えよと。そのためにこそ、光芒剣を出現させる方法を、彼女はアンジェに教えたものらしい。

 だとするならば。光芒剣にはおそらく。おそらくとしか言えないけれど、命を……生命力を活性化させる力があるのではないか。


 そのために、私はメイアに命じ、聖王の樹がその力を集めるポイントを絞り込んだ。いわゆる、地脈、というのに近いのかもしれない、聖王の樹がこの階層から力を吸い上げ束ねる、そのもっとも密度の濃い一点を。


 私が判断できる程度のことはアンジェだって当然理解できる。彼女は賢いのだから。

 だから、私が何をしようとしているのか、何を求めているのかを、アンジェは察した。察して、走った。私に言われる前に。

 そして今、光芒剣は、突き立てられたのだ。



 光芒剣の宿す虹色の光が、大地の奥底へ流し込まれるように注がれる。

 と見るや、膨れ上がるような圧力が周囲の空気を満たす。不快感はない、清澄で澄んだ圧力。それが、光の軌跡を描きつつ、まっすぐ聖王の樹へ向かって迸った。


 輝きのラインが大樹に届いた、その瞬間に。

 聖王の樹全体が眩く煌めき、爆発するような閃光があふれて流れ出す。

 その光量は、まだ樹に到達してなかった他の多くの競争参加者にさえも届き、その目を疑わせたと後から聞いた。

 

 樹の間近にいた私たちも思わず目を背ける。だがそれも一瞬。

 その輝きが収まった後には、さらに驚嘆すべき光景が広がっていた。



 天に届かんばかりに聳える大樹。

 視界を圧して広がる巨大な樹の、慈愛深き巨人が手を広げたようなその雄大にして勇壮な枝々のすべてに。

 光り輝く花々が、溢れ落ちんばかりに咲き誇っていたのである。

 七色に光満ちた無数の花が、ひとしく艶やかに、ひとしく気高く。


 その景色は、まるで降り落ちてきた銀河の星々が瞬き、さんざめくかのよう。

 幻想的なまでに荘厳な光のオブジェが、見るものすべての心を奪うように美しく佇んでいたのだった。


 一度だけ、深呼吸をして。そして、私は叫んだ。


「テュロンっ!」


 彼女もまた、振り返らない。既に彼女は角をはやし、竜眼に転じた地龍族の真態だ。

 テュロンは私が声を掛けるのと同時に、両手を組んで前に突き出す。ちょうど、バレーボールのレシーブをするような姿勢。

 そこへ、思いっきり跳躍した私が飛び掛かる。テュロンの小さな、けれどこの上なく頑健な拳は、しっかりと私の両足を受け止め、そして次の瞬間。弾丸のように私の体を撃ち出した。


「せえええいっ! ですわーっ!!」


 弾丸? いや、むしろ砲弾だ。私自身を弾頭と化したテュロンという名の巨砲が、大地を揺るがして撃ち放たれたのだ。

 目指すは――聖王の樹。


 樹までの距離は、前の世界の感覚でいえば十数mほどだっただろうか。

 その距離を、一瞬で私は跳んだ。私自身の身体能力と、テュロンの豪力を合わせて。

 僅か一瞬。そのあいだに私がこなさなければならなかった行動は多い。

 身体を回転させ、姿勢を整えて樹への激突を避け、左手で不知火を抜き放ち、目標とすべき一枝を見計らう。そして。


 大樹の幹へと『着地』しながら膝を曲げて衝撃を吸収し、さらに再跳躍の準備。

 その刹那の時間に、不知火を一閃させて、大樹の枝を斬りはらい、それを右手で掴む。

 掴んだ時には既に私は再び跳んでいた。



 そのすべてが、寸毫の間に行われた。

 大樹の頂点に一輪だけ花が咲くならば、そこへ一瞬で駆け登ることはできなかった。しかし、樹のすべてに花が咲いた今なら、その中の手近な一枝だけを折り取ることは可能だったわけだ。



 ぶん投げられるように着地した私は、ほとんど転がるような勢いで、大樹の傍らに備えられている中央天移門へと向かっていく。

 受け身を取りながらとはいえ、体中に打ち身やあざが出来ているのはわかる。 その痛みをこらえながら、私はよたよたと走る。多分幽鬼もかくやといった形相だっただろう。


 それとほぼ同時。

 後ろから、私とは反対に、確かな足取りが猛然とした早さで駆けてくる。

 見ないでもわかる。ユーゼルクだ。彼もまた、大樹の枝を一振り手に取って、天移門へと疾走してきているのだ。


 私もユーゼルクも、どちらも聖花を手にしたことになる。

 あとは先に天移門へ入り、塔の外へ出た方が、――勝ちだ。



 一言だけ、ユーゼルクの名誉のために付言しておけば、彼らと私たちでは最初から持ち合わせていた情報量が違っていた。

 私たちはアンジェが光芒剣について何らかの関係があるかもしれない、ということを知っていたから、その出現に関しては、ほんの僅かだけど、心の準備は出来ていたわけだ。

 また、あの幻の女性に助けられてもいたし、その幻の女性が助言してくれた以上は、よくわからないけれど意味があることなのだろう、という点でも朧げな理解はあった。


 そういった、とても小さいけれど、でも確かな精神的ゆとりの差が、私たちとユーゼルクたちの間には事実としてあった。それが、初動の一瞬の差となって表れたのだと思う。

 場所的にはユーゼルクの方が私よりも聖王の樹に近かったのだし、同じタイミングで動き出していたなら、彼の方が先に聖花を摘むことができていたはずだ。


 だが実際には、転瞬の間だけ、私の方が先に動いていた。私だけではなく、アンジェもテュロンも、ほぼ同時に。メイアも不慣れながら、疑うこともためらうこともなく。

 結局は、そこだ。彼女たちの、みんなの意思と覚悟が揃っていたおかげなんだ。

 ……それを多分、陳腐にして素敵な表現で言えば、絆とかいう言葉になるのだろう。



 私は疲労と痛みに半分意識をぶっ飛ばしながら、それでも最後の力を振り絞って、中央天移門へ自分の身を投げ出す。手から力が抜けて聖花を落としそうになるのをこらえながら。

 傍らにほぼ同時に走り込んできた人影はユーゼルクのものだったのだろう。

青い光に包まれて、私は転移する。塔の外へと。

 私より先にユーゼルクが転移したのか、それとも私の方が先なのか、それはわからなかった。でもどちらにせよ、おそらくほぼ同時のタイミングだっただろう。あとはもう、知らない。これ以上は私にはどうしようもないもん。




 ぼんやりと周囲の景色が変わっていく。塔の中から外へ出たのだ。

 転移が終了するとともに、私は天地がぐらっとひっくり返る感覚を覚えた。

 あーだめだ。倒れるなこれ。また地面に顔面ぶつけそうだけど、仕方ないや。

 そう諦めて、聖花を手放していないことだけは確認しつつ、私は素直に倒れ込もうとした。

 けれど、私の顔面が着地したのは、硬い地面の上ではなくて、何か柔らかくて暖かい、ふにっとしたものの上だった。


「……?」


 何この気持ちいいもの? と思って顔を上げる。

 程よい弾力とぬくもりの中に、私は包まれていた。

 ……あらまあ、これはこれは。なかなかいいものお持ちなんですね、――ラフィーネさん。

 


「ラツキさん! 大丈夫ですか? 見てましたよ、しっかり!」


 明るく人懐こく快活なラフィーネさんの声。私は、転移したところを待っていてくれたラフィーネさんに、ブッ倒れる寸前、抱きとめられていたのだ。

 見上げる目にラフィーネさんの仮面が映る。

 聖務官である彼女は仮面をつけており、素顔はわからない。けれど、その無機質で硬質なはずの仮面が、なぜかとても優しく和やかに、私には見えた。


「ラツキ、しっかり。ほら、手を貸すよ」


 もう一つの声が掛かって、私の腕を取り、立たせてくれた。ユーゼルクだ。

 彼のもう一つの手には、しっかりと聖花の咲いた枝が握られている。


「ありがとう。……それで、勝ったのはあなた? それとも……」


 頭を振って意識をしゃっきりとさせながら問うた私に、ユーゼルクも首を傾げる。


「さて、ね。僕も判断はできなかった。同時くらいだったようには思うが……どうなのですか、聖務官殿?」


 ユーゼルクがただした聖務官というのはラフィーネさんではない。彼の視線の先には、大柄の猿人の聖務官さんが、口をへの字に曲げたいかめしい顔つきで立っていた。

 ジメインさんだ。そして、他にも幾人かの聖務官が、困ったように話し込みながらジメインさんを囲んでいる。いずれも、ジメインさんと同じように立派で威厳のある感じの聖務官さんたちだ。お偉方が総動員というわけかしら。


「どうにも困りましたな。記録を精査せねば断言はできませぬが、おそらく聖花が二輪以上持ち込まれたのは初めてでしょうな。と申すよりも、聖王の樹にあれだけの花が咲いたこと自体、記憶にも記録にもおそらくないことでしょうな」


 あれ、ジメインさんは聖王の樹に無数の聖花が咲き乱れたことを知ってるの? そういえば、さっきラフィーネさんも、「見てましたよ」とか言ってたっけ。

 と、そこまで考えて、思い出す。あー、この競争って、確か、テレビみたいな映像中継されてるんだったな。それであの場にいなかった他の人も、いろいろ知ってるわけか。



「しかし、この競争の本旨に基づいて考慮するにですな。つまりは、聖王陛下の遺徳をしのび、その偉業を讃えるため奉納する聖花を取得していただくことが目的なのですな。であります以上、ほぼ同時に聖花をもたらした複数の競争者に関し、必ずしもどちらか一人のみを選んで顕彰する必要もないと思われますな」



 ジメインさんは他の聖務官さんたちと顔を見合わせ、相互に頷きながら話を進める。

 ……ということは。




「本年度の『聖花の摘み手』の栄誉は――ユーゼルク・フェルゲイン殿、そしてラツキ・サホ殿。その御両名に同時に与えられるものですな」




 一瞬の静寂がその場を包む。私が、そしてユーゼルクがその言葉を理解し、反応するよりも早く。

 聖殿の外から、大歓声が天地をどよもす勢いで沸き上がった。

 私たちがいる天移門は聖殿の奥で、登攀者しか入れない場所だから、一般の観客はいない。けれど、おそらく聖殿の外で固唾を飲んで勝負の行方を見守っていた観客たちにも、今、同じ結果が告げられたのだろう。

 

 私とユーゼルクは、自分が喜ぶよりも先に毒気を抜かれてしまった感で、顔を見合わせ、苦笑した。

 そういえば、ユーゼルクの姓ってフェルゲインっていうのか。今まで知らなかったな。あれ、でも、フェルゲインってどっかで聞いたような気もするけど、なんだっけ、などと、どうでもいいことも考える。

 だが、そこでようやく、私の意識は、この結果の意味をゆっくりとだが、噛みしめ始めた。




 そっか。優勝。

 ……優勝、したんだ。

 


 まあ、ユーゼルクとは同着一位という結果ではあるけど。

 私は別に、ユーゼルク個人に勝とうとしていたわけではないから、それはいいや。

 私の目的は、メイアの名誉を回復し、メガックさんの危機を救い、私自身の預け金も守るというところにあった。

 そして今、それらは、すべて叶ったのだ。



 塔の中での苦労や困難が、なんだか遠く感じる。たった数日のことだったけれど、今回の競争とそれにまつわる顛末は、私に多大な試練となって襲い掛かっていた。

 けれど、乗り越えた今となっては、それも糧として意味があったのかも、なんて思える。いい思い出とまではいわないけど。


 ほっとして、またもへなへなと座り込みそうになる。

 そこへ、後ろから飛び掛かるような声。いや、実際物理的に飛び掛かってくる体重があった。



「ご主人さま! やりました!」「ご主人さま、成し遂げたのですわね!」「すごいよ、ご主人さま!」



 振り返るまでもない。アンジェ、テュロン、そしてメイア。彼女たちも今、天移門を通って帰ってきたのだ。続いて、ミカエラたち、ユーゼルクの隊のメンバーも帰還してくる。


「ありがとう、アンジェ、テュロン、メイア。あなたたちのおかげよ」

 

 三人まとめてぎゅっと抱きしめる。

 それは、私の偽らざる気持ちだった。

 今回の競争で、私自身が果たした役回りは大したことなかったと思う。

 最初だって頑張ってくれたのは他のみんなだった。

 そして最後のあの場面だって、地脈を読んだのはメイア。私を跳躍させてくれたのはテュロン。そしてもちろん、光芒剣で聖樹に花を咲かせてくれたのはアンジェだ。

 みんながいてくれなければ、私一人ではどうにもならないことが多すぎた。それを、今回は本当に痛感したのだった。


「あと、あの守護獣さんたちもだね、ご主人さま」

「ああ、そうね。あの子たちにも本当にお世話になったわ」


 メイアの悪戯っぽい笑みに、私も微笑み返す。

 あの仔馬のような守護獣たちにはかなり色々と負担を掛けてしまったが、あの子たちがいなければやっぱりどこかで挫折していたかもしれないわね。一瞬を争う事態で仕方なかったとはいえ、十分にねぎらう間もなく帰ってきてしまったのは、ちょっと良心が疼くかも。

 けれど、そんな私の心が伝わったのか、メイアはにっこりとして言った。


「えへへ、僕、あの子たちにいっぱいお礼を言ってきたよ。ご主人さまのぶんもね。なんか、良かったねって言ってるみたいだったよ」

「そうなの。嬉しいわ、メイア。ありがとう」


 優しくて気が付く子だ。彼女たちがこっちに戻ってくるのが少し遅れたのは、そういうことをしていたからだったのね。



「さて、ではユーゼルク殿、ラツキ殿。聖花をお持ちになって、こちらへ。引き続き、聖花献納の儀式を行わせていただきますぞ」 

 

 ジメインさんに促されて、私たちは歩み出す。

 疲労が抜けたわけではなかったけれど、自分の脚が軽く運べて行くことを実感して、私は自分の単純さに少し苦笑していた。







 このようにして、聖花の摘み手は選出され、今年の競争は終わりを告げた。聖王祭は古今稀な盛り上がりを見せて続いており、今も屋外からは遠く祭りの賑やかな声音が聞こえてくる。

 だが、当面の課題はクリアされたけれど、代わりに現れてきた問題もあるし、また積み残された疑問も幾つもある。


 その中でも大きなことは、あの『登攀者殺し』のことだろう。

 競争が終わってから後で聞けば、私たちが遭遇した他にも数件、全く手口の判明しない謎の登攀者の遺体が見つかっていたそうだ。

 聖王の樹に花が咲き乱れたこと、そして二人の優勝者が出たと言うことを、聖殿はかなり大きく喧伝していたが、それは登攀者殺しの噂から世間の耳目を遠ざけるという意味もあったのかもしれない。


 結局、この競争の間にその登攀者殺しの正体を掴むことはできなかった。

 けれど、いつか、私たちは、その登攀者殺しと対峙し、対決することになるだろう。そんな、確信に近い予感が私を捉えていた。


 

 そしてもう一つ。これもまた、重大なことがある。

 私は家に帰って落ち着いてから、アンジェに頼んでいた。


「ねえアンジェ、もう一度、光芒剣、見せてもらえる?」

「は、はい、ご主人さま」


 アンジェは目を閉じ、精神を集中すると、背に光翅を出現させた。初めての時と同じようにその翅が拡大し、その後収束して、光芒剣が現れる。


 アンジェは競争の後も何度か試みて、光芒剣を完全に自分の意思で出現させ、また消すことができると確かめていた。

 アンジェの体内に光芒剣を封じていたもの、それを魔法の結界というのかなんというのかは知らないけど、それは一度切断すればあとはアンジェの意思で自由になるらしい。

 いちいち私が陽炎でアンジェを斬らなくてもいいというのはありがたい。いくら大丈夫とわかっていても、あんまりいい気分のものじゃないしね。


 光芒剣は、形状で言えばいわゆる刺突剣レイピアに近いものだ。華美に流れない控えめな装飾が施されており、上品さと壮麗さを両立させている。その美しさと、自ら眩い光を放つ超常的な存在感は、まさに伝説の王の遺品に相応しい。

 ……そして。



(……やっぱりね)



 アンジェの出してくれた光芒剣をもう一度間近で見直し、私は心中でひとりごちた。

 最初にちらっと見た時にもそうではないかという感覚はあったのだが、改めて見直してみてその感覚は確信に変わる。私にはわかるのだ。私だから。

 これは。この光芒剣は。



 (――EXアイテム……だわ)



 そう。

 私の陽炎や不知火と同じように、この光芒剣は、この世界の外で作られたものだ。

 まあ、人の身体に出たり入ったり、あるいは生命力を活性化させる力を持ってたりするのは、魔法が存在するこの世界でさえも、そんじょそこらにあるような品物じゃないものね。

 そして何よりも、異世界転移者としての私の感覚に強烈に訴えてくる。この剣は、私と同じ起源をもつものだと。

 つまりこの光芒剣は、あのクソ電飾のところで製作されて、この世界に持ち込まれたものに間違いない。

 ……となれば。



(――聖王アンジェリカ……彼女も私と同じ存在だったというわけね)



 EXアイテムをこの世界に持ち込める人物は、私と同じ異世界転移者しかありえないだろう。

 もちろん、他の可能性も僅かながらある。他の異世界転移者が光芒剣を作って持ち込み、それをこの世界の人間だった聖王アンジェリカが譲り受けるなり奪い取るなりした、という可能性だ。


 だが、そもそも「聖王アンジェリカ」という名前そのものが、彼女の素性を示唆しているように思える。

 

 ――「天使のような」を意味する、それは私の世界の言葉なんだものね。 


 それは、私のアンジェを買った時にも不思議に思ったことだった。何故異世界人のアンジェが、私の世界と同じ語源の名前を持っているのだろうと。

 私のアンジェの名前の由来は、聖王アンジェリカにあやかったものだった。そしてその聖王アンジェリカは、EXアイテムを持っていた。

 EXアイテムを有し、しかも異世界由来の名前を持つのであれば、聖王アンジェリカは、まあ十中八九、私と同じ異世界転移者だったと考えていいと思う。


 この間クソ電飾のところでショッピングをした時に、私が死んだら代わりのものが選ばれるというような話をしていた。ならば逆に、私の前にも他の転移者がいたとしてもおかしくない。

 多分、それが聖王アンジェリカだったのね。一つの世界に転移者は一人というけれど、当該転移者が死んだ後に他のものが送り込まれるということなら、その説明は嘘にはならないわけだ。




「……いやぁ、しかしまあ、ありがたいというかかたじけないというか……まさかこの目で聖王陛下の光芒剣を拝することができるとは思いませんでしたよ」


 様々なことを考えつつ私が光芒剣を見つめている横から、同じように剣を覗き込んだ声が感に堪えぬように言う。

 ラフィーネさんだ。彼女は今日、聖殿からの使いとして来ている。



 聖王アンジェリカの遺品である光芒剣が発見された、ということもまた、聖都のみならず世界中の人々を驚かせるに足る知らせだった。

 光芒剣の扱いをどうするか、についても、簡単に済む話ではない。

 以前、レグダー男爵邸でラフィーネさんが言ったことがあるけれど、光芒剣は世界にとっての宝なのだ。アンジェ個人ではなく、聖殿が管理すべきでは、という意見もあることを、私はラフィーネさんから聞いていたところだった。


「……と言っても、光芒剣は、アンジェさんの体内に納められているものですからねえ。それを聖殿で管理すると言っても、どうすればいいのかって話なわけでして」


 お茶をすすりながらラフィーネさんが人ごとのように言う。いや、あなただって聖務官なんだから、聖殿側の人でしょうに。


「あと数日は聖王祭の真っ最中ですから動きが取れませんが、アンジェさんと光芒剣の扱いに関しては、日を改めてラツキさんとアンジェさんに、聖殿との間で話し合っていただくことになると思います。帝国も権利を主張してくるかもしれませんし」

「まあ仕方ないですけど。そんなの知らなーい、なんて誤魔化すわけにもいきませんしね」

「そりゃあね。思いっきり映像に映ってましたからね」


 肩をすくめた私に、ラフィーネさんが笑う。

 そう、競争の顛末、中でも聖王の樹での最後の場面は、水晶板に映像転送されて、多くの人々が目にしていた。アンジェの体内から光芒剣が現れ、聖王の樹に花を咲かせたことも。

 だからこそ、隠すことも誤魔化すこともできないわけだ。


「でも、ものは考えようですよ、ラツキさん。世間の人がみんな知りましたからね、アンジェさんが光芒剣の所有者だってことを。つまり、レグダー男爵は下手に陰謀巡らせて光芒剣を奪ったりしにくくなったというわけでもありますよ」

「それで諦めるようなジジイとも思えませんけどね」

「そうねえ、元依頼主ながら、あの人の執念深さは相当なものっぽかったしね。あ、お茶お替りちょうだいな」


 横から当たり前のように口を挟んできた相手に、私はさすがにこらえきれず後頭部にチョップを叩きこんだ。いや、だがその相手はひらりと身をかわし、くすくすと笑って私を見つめる。銀色の挑発的なまなざしで。



「だから! なんであなたがここにいるのよ、キュリエナ!!」



 その名で呼ばれた美女は、相変わらずの艶めかしい秋波を私に送ってみせる。重大で深刻な話があるっていうからしょうがなく家に入れたのに!


「なんでって。あなたが優勝しちゃったから、私のお仕事は失敗。私、どこの組織にも属してない一人働きの間士だから、一度でもお仕事にしくじると、次の依頼が来にくくなるのよね。それで、しょうがないからあなたのところに」

「いや意味わかんないから! なんであなたの仕事がなくなると私のところに来るのよ!?」


 ふーっ! と鼻息を荒くする私に対し、キュリエナは涼しい顔で、あっさり言ってのけた。



「だからね、ラツキ。私を雇ってほしいな」

「……はぁ!?」



 だからなんでそうなる。フリーダムな生き方にもほどがあるというか、私をそれに巻き込まないでほしい!


「えっとね、まず、自分で言うのもなんだけど、私そこそこ腕が立つでしょう?」

「……それは、まあ」


 不承不承ながら、それには同意せざるを得ない。実際、今回の競争で、キュリエナが敵として存在しなかったら、私はどれほど楽だっただろうと思う。逆に言えば、それはキュリエナの「仕事」ぶりがどれほど厄介であり、確実なものだったのかということを示してもいる。

 もとより、身軽さとあの魔法鞭を使った直接戦闘能力自体も侮れないし。


「そしてね、私は一度受けたお仕事は裏切らないわ。それもわかってくれるでしょ?」

「まあ……うん……」


 むすーっとしながら、私はもう一度頷く。

 あれほど私たちへの……私への好意を隠そうともせずに現わしておきながら、それでも結局最後までキュリエナは私の敵だった。

 気儘で気随で、好きなように生きているキュリエナだけど、受けた依頼に関しては忠実なことは確からしい。彼女独自のやり方で、ではあるけど。


「つまり、あなたが私を雇ってくれれば、私は仕事が見つかって幸せだし、あなたは役に立つ忠実な仲間を入手できて幸せというわけ。わあ、これってみんなが幸せになる、素晴らしい考えじゃない? うふふ」

「うふふじゃないっ! テュロン、この子追い出すから手伝って!」


 がたんと立ち上がってキュリエナを家から摘み出そうとした私だったが、後ろに侍立していたテュロンが細い指を顎に当て、考え込むように言った。


「お待ちくださいませ、彼女の言も、取り得べき選択肢の一つかもしれませんわ、ご主人さま」

「ちょ、テュロン!?」


 ぽかんと私はテュロンの顔を見つめる。テュロンはキュリエナとソリが悪いと思ってたのに。


「まあ、私もこの女性に対して個人的に好感を抱いているとは言い難いですわ。けれど、彼女は敵に回すと厄介な存在であることは事実ですわね。ご主人さまは、真正面からではなく、からめ手で挑まれた場合には、あまり対応がお得意とは申せませんもの。そして、我が輝く知性によれば、面倒な敵に対しての最も有効な手段は、味方にしてしまうことなのですわ」


 そ、それは、私も聞いたことはあるけど。でもなあ……。

 喉の奥から唸り声をあげて戸惑っている私と反対に、キュリエナは手を打ち叩いて嬉しそうに笑う。


「いいこと言ってくれるわ、私はあなたのこと嫌いじゃないわよ、テュロン? うふふ。

 それに、ねえラツキ。今私を雇ってくれたら、臥所ふしどでのご奉仕だって喜んで務めさせてもらっちゃうわ。私とあなたの身体の相性がいいことは、あの砂漠でちゃんとお互いはっきり実感してるわよね、ふふっ」

「バッ、誤解招くようなこと……!」


 私は泡を食ってキュリエナの口を塞ごうとする。みんな揃ってるこの場所で何てこと言い出すんだこの女は!

 ……だが、遅かった。


「まあ、ご主人さま。私とテュロンがいない間に、そんなことをなさっていたんですね」



 優しくたおやかな声が地獄の底から響くように聞こえてくる。アンジェの、死刑宣告に等しい可憐な声が。

 

「ま、待ちなさいアンジェ。誤解よ。っていうか、危ないから、それしまいなさい、光芒剣を!」

「あらご主人さま、危なくなんかありませんよ? 手元がうっかり滑ったりするようなことでもなければとても安全だと思います。……ええ、うっかりしなければ」


 いや、その手元がぷるぷる震えてる時点で、とても危険が危ないんですけどアンジェさん。

 というか、誰か止めてくれないかな!


「ラツキさん……あなた、ほんとに、ちょっと目を離すとすぐに可愛い女の子を新しく引っ掛けてくる癖、やめた方がいいと思うんですよねー……」

「だから誤解ですって!」


 ラフィーネさんまでうんざりしたように言い出す。なぜこうなった。

 うろたえる私の肩にポンと手がかけられる。


「大丈夫ですわ、ご主人さま。私はご主人さまを信じております」

「テュロン……!」

 

 心を打たれ、思わずうるうるとテュロンを見つめる。


「たとえ体は欲望に溺れても、心までは溺れる方ではないと」

「いや体も溺れてないから!」


 てんやわんやのところへ、とどめの一言がメイアの口から。


「ご主人さま、体の相性ってなに? 僕とご主人さまにもそういうのあるの? だったら、調べてほしいな、僕とご主人さまの体の相性」



 ……塔で競争してるほうが楽だったように思えてきたんですが、気のせいでしょうか。

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